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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
戦災の神山(前編)
172/314

女騎士と政治家

 一通の手紙と、それを読む女性。

 戦う女性として有名になりすぎたゆえに失った結婚の機会の代わりに得たのが、22万人の指揮権を得られるほどの、絶対的な地位。

「どうしたものでしょうね。」

「何がですか、巫女様。」

悩みに疑問で返してくるこの副官は、酷く、煩わしい。

「言う必要がありますか?」

「私は巫女様の負担をわずかでも和らげようと……。」

「なら黙っているように。」

息をするようには如何に『役立たず』のレッテルを張りつけつつ、やはり彼女は思い悩む。


 悩む原因は、一枚の手紙。自分の弟、“災厄の傭兵”マルス=グディーが送ってきた手紙に書かれていた内容は、ピリオネにとっても納得できるもの。

 自分たちがグディネを打ち倒す。ゆえに姉上はブランディカと戦ってもらいたい。各国の戦力、練度、状況、地の利。全てを鑑みて、合理的な策であると断言できる。

「どうしてこれほど胸がざわめくのでしょうか?」

“未来予見”が発動しない。それはつまり、何の未来も予想が出来ないということに他ならない。だが、この手紙が何か不吉な予感がするということ、それだけは、巫女もはっきりと理解できていた。


 今までピリオネの命を何度も救ってきた、“未来予見”が効かないのなら、“修正”の仕様がない。よって、ピリオネの行動指針はこの弟からの手紙一つになる。

「弟は、『傭兵』だ。雇用主に逆らうことはプライドが許すまい。」

「ですが、同時にピリオネ様の弟です。裏切りもしないと思います。」

そう、その通りだ。そして、このティキ=ブラウという娘は、そこも加味した上で作戦を立てているように思える。

「全軍に伝令。不確定要素がいくつかあるが、そのうちどれかが我々を壊滅の危機に誘う可能性がある。警戒は密に。決して油断をするなと伝えよ。」

足りない、とは思う。だが、それが何かを断言できない以上、『かもしれない』で話を進めるしかない。


 ピリオネははっきりとため息を吐く。厄介だとは気づいている。

「私の“未来予見”を潜り抜けるほどの能力。まず間違いなく敵は“三念”をも持っている。」

わかる。ティキ=ブラウとやらの持つ能力か、彼女の隠し玉が持つ能力は、自分や“群竜の王”、“破魔の戦士”などよりわずかに上。

「厄介な……。」

だが、既に取れる手は多くないのだ。


 危機が未知である以上、それが『ヒト』であると断言した上で、調整の仕方を考えるしかないのだから。

「厄介な……。」

そして、その呟きを遠くから聞いていた少年もまた。

 能力の不発で、敵の能力を、脅威度を推し量る。そんなこと、百戦錬磨の将校にしか出来ないだろうと理解して。

「まあ、先に、“災厄の傭兵”から、な。」

少年はそして、その場から消えた。




 まず間違いなく。ブランディカとアストラストは衝突する。偵察からそれを聞いたティキは安堵の息を吐く。

「ティキ殿。」

「ああ、フローラさん。お疲れ様です。」

「山場は超えた、といったところか?」

「そうですね、助かりました。アストラストがブランディカに向かってくれないとちょっと厄介なことになったので。」

「ちなみに、その場合はどうする予定だったのです?」

「四国で山頂側、急な道の中に埋伏、伐り倒した樹や岩を転がり落としつつ、狭い面積の中によって来た大国をかち合わせる予定でしたよ。」

まともに大国と戦わない。その方針だけは一致しているのか、とフローラは微かに笑う。

「敵に回したくないですね、あなたは。気づけば負けていそうだ。」

「理由がなければ戦いませんよ。ですので、理由を与えなければいいのです。」

逆鱗の場所もわからない龍とどう付き合えと。そうフローラは思ったが、口には出さない。


 その程度の皮肉であれば、ティキは苦笑いで済ませるだろう。だが、もう一頭の龍の逆鱗の場所までは、これが初対面であるフローラには推測できなかった。

「あら、気付いたのですか?」

部下と会話している時の彼女は皮肉や小言が多い。この数日で彼女の特性を理解したからこそ、この場でそれを言わない理由を、ティキは容易に察した。

「どなたかはわかりません。が、私では敵わないことは、はっきりと理解できておりますよ。」

「だってさ、シーヌ。」

ティキは再度偵察の方を向いて、そう言った。


 それを受けて、偵察の少年……のような、軍の小間使いのような恰好をしたシーヌが苦笑する。

「ティキにバレるのは、まあいい。だが、フローラ第三王女殿下に気付かれるとは思っておりませんでしたね。」

「シーヌ殿。貴殿も冒険者組合員であるならば、敬うのは私の方である。」

その言葉に、再度シーヌは苦笑する。シーヌが敬語であることには苦言を呈し、ティキが敬語であることには呈さない。それが、人格を見抜いたからだとわかる以上、シーヌに何か言葉を続ける気持ちはない。


 だが、その瞳に、『どうして見抜けた?』という疑問を浮かべてまっすぐに見つめることはやめなかった。それに対して、ミスラネイアの王女は端的に答える。

「侵攻方針について偵察できた。つまり、アストラストの指揮所までたどり着いて、情報を得て、無事に出てこれたということであろう?」

並みの人間にそれができるか、という無言の問いかけ。対してシーヌは、不可能であるとわかっているからこそ両手を挙げる。

「降参だ。確かにあれほどの警戒網、ちょっとやそっとの強者レベルじゃ話にならない。」

「だろうな。さて、紹介には与れるのだろうか?」

シーヌはティキと親しく話す女性を見て、安堵した。


 ティキはうまくやったのだろう。ティキは、うまく信用されたのだろう。

「ええ、構いません。私は故合って親の名を隠していますが、彼はシーヌ=ヒンメル=ブラウ、我が夫です。」

これは、シーヌに対して、彼女に対して、両方に対する説明だ。

 まずフローラに、シーヌが夫で自らが既婚者であると伝える意。

 そしてシーヌに対して、自らが『アツーア』の姓を持つことを隠すの意。

「なるほど、承知しました。彼があなたの隠し玉ですね。」

「ええ。うまく隠し続ける必要のある、隠し玉です。」

“災厄の傭兵”には隠しきる。ティキとフローラの中で、暗黙の了解が敷かれる。


 フローラはそうしたやり取りを通しながらも、疑問に感じていた。

「どうして、私にここまで?」

「ミスラネイアには、“災厄の巫女”亡き後のアストラストを任せなければなりません。」

しれッと彼女は、“災厄の巫女”を討つと語った。それに、フローラは絶句する。


 既定路線。シーヌ、ティキ以外にも、ミラ、フェル、エル、チェガ、オデイアの中で共有されている、四人の英雄の殺害。

 その輪の中に、フローラを加えんと彼女は画策していた。だが、フローラは逆に「はい?」といったところだろう。

「順番が逆なのですよ、フローラ。戦争がきっかけで、英雄を討つのではなく、英雄を討つために、戦争を起こしたのです。」

その言葉の意味を飲み込み始めたフローラは、驚いたようにシーヌを見る。


 ティキはその驚きを見て、口角を上げた。やはり、彼女は王女だ。頭の回転が速く、因果の起点にほぼ行きついている。

「シーヌ=ヒンメル=ブラウの討った敵を紹介しましょう。“隻脚の魔法士”、“赤竜殺しの英雄”。」

その二人に、共通点は少ない。名だたる強者である、ということ以外には。

 だが、それも、数が増えると変わってくる。

「“黒鉄の天使”、“盟約の四翼”、その配下“四翼”。“洗脳の聖女”、“夢幻の死神”、そして“神の愛し子”。」

ここまで語れば、その共通点は一つになる。あまりにあまりな強者たちの名前と、それを討った少年と少女にフローラは大いに身を震わせる。


「は、ど、『歯止めなき暴虐事件』。」

「の生き残り、シーヌ=アニャーラ。今はシーヌヒンメル=ブラウを名乗っている。よろしく頼む。」

その言葉は、その実績は、フローラを……小国とはいえ一国の王女を務めるものとして、脅威と、そして自然な従属に値し

「協力、お願いしますね?」

ティキの、天使のような可憐な笑みに、コクコクと首を振らされる。


だが、彼らが去ってから、フローラは呟いた。

「こ、これは、敗ける気がしないな。」

悪魔の筋書きを描く冒険者組合員の少女、在野にあって恐るべき政治家の少女と。

 その筋書きを描かせることができる、悪魔に慕われた復讐鬼。

「軍があれば、軍があれば。」

彼らは世界だって手中に収められてしまう。

 冒険者組合員、その恐ろしさを、フローラはその瞳に映したのだった。


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