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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
戦災の神山(前編)
171/314

東側、戦争準備

フローラは視界に映る光景を、一生忘れることはないだろう。

 まるで、崖。そんな道とも呼べぬところに、鎧を乗せぬ馬に乗って見下ろすなど、正気の沙汰ではない。

「まあ、出来ねば、確かに死ぬのは我々だ。」

事ここに及んで、フローラは逃げるつもりはない。小国七つ、みな同じ意見だろうということは、フローラにも安々と推測できる。


 遠目には、20万もの大軍。大国グディネのそれは、あまりにも、圧巻だ。

「“群竜の王”ビデール。奴の乗る竜は、アレか。」

下位の竜は、人間でも調教できる。兵士30人でかかれば殺すことができると言われるものだ。それのうち、飛行できる個体に乗った、派手な鎧もつ将といえば、“群竜の王”で間違いないだろう。

「冒険者組合員が、どのような策を持ってくるのか、だな。」

フローラは言いながら、たった数十の飛竜部隊以上に脅威なのが、数百いる、竜の背に乗って戦う竜騎士部隊だ。

 あれをどう止めるか。それが鍵になると、フローラは知っている。

「とはいえ、ティキとやらは、馬の勢いで止めるつもりらしいが。」

ミスラネイア軍、一万。地を這う竜たちを止めるだけなら、この崖の上からの逆さ落としでも十分に勝機はある。


 ベリンディス側も、非常に用意周到だ。竜たちが危険であるのは百も承知、それゆえに多量の落とし穴を掘っている。

 竜が落ちるような、十メートルの幅と深さを持つ落とし穴を、おおよそ戦場となる位置や全く関係ないところにも、大量に。そして、さらに堀まで掘っている。

 ベリンディス軍、一万五千。彼らは二時間交代四編成で、ひたすら土木作業に従事していた。

「防衛網は出来上がった。逆さ落としをするには明らかに堀と土嚢が邪魔だが……いや、何も言うまい。」

ベリンディスを捨て駒にすることが前提であるならば、あの陣地も取られることが前提とみなすべきだ。

 そう考えるのならば、ベリンディスの役割は、いや、ティキ=ブラウの目的は。


 考えるのをやめるべきだとわかっていても、フローラの思考は止まらない。すでに時代は動き出している。その奔流がミスラネイアのような小国には抗えないとわかっていても、逃げ道を、生き残る道を探してしまう。

「すでに勝ち筋には乗っているというのにな。」

怯える馬の首を撫でて、眼下に映る光景を眺める。

「早く慣れろよ、相棒。今からもっと怖いものが来るのだから。」

ティキ=ブラウに比べたら、調教されつくした数百の竜など怖くはない。……微かに、フローラは笑った。




 ベリンディスの指揮官は、交代した。元帥ブレディでも、宰相クロムでもなく、ベリンディス民主国元首ディオス=ネロが直々に兵を率いる。

「皆の者!スコップを持て!堀を深め、壁を築き、穴を掘れ!いいか、この戦は私が預かる!敗北は、決してない!」

ただ一つ、元首としてのカリスマで、一線を保つ。初陣の兵士が多い中、ディオスが為さねばならない絶対の仕事だ。


 だが、ディオスには自信があった。兵たちに、民たちに慕われているという絶対の自負。それがなければ、俺は元首になどなれはしないという、圧倒的なまでの事実に裏打ちされた自信。

 ディオスは剣を自身もスコップを握り、運ばれてきた土を作り上げた土壁の頂上に被せながら、叫び続ける。

 即ち、

「土木作業も効率だ!戦争も効率だ!我々は、他にはない、頭を使うという技術が備わっている!」

国を治めるにあたって絶対的な障害である賢民性。それを高々と利点と叫びつつ、ディオスは『勝ち残り、世界に養育を拡げる』という崇高な目的を、叶えられると信じていた。




 ミラは欠伸をかみ殺した。

「暇か、お嬢様?」

「ええ、正直。チェガ様、少し鍛錬に付き合っていただけませんか?」

「鍛錬って、お前の?」

「ええ。実は私、少々戦いの心得がございまして。」

ケルシュトイルの軍は、新生グディネ王国の最後尾をついて歩く。普通属国の軍など先人で使いつぶされるが定石ではあるものの、グディネでは逆だった。

 いや、今回が特殊例なのだろう。久しぶりにある大きな戦争、ましてや今まで『神の住み給う山』のせいで戦争すらできなかった国。


 “群竜の王”ビデールは、ケルシュトイルにでしゃばられることで動かしにくい軍隊になることを恐れたのだ。ゆえに、彼らは進軍時のしんがりとして、戦争時の非常部隊として、あくまで同行している。

 ケルシュトイルにとってはラッキーだった。ケルシュトイル公国の軍は一万。一万人が、無警戒のグディネ軍の背後に食らいつけるというのはとってもありがたいことだ。

「はぁ!」

「うお?」

そんなことを考えながらも容赦なく放った、渾身の槍での突きは、実にあっさりとチェガに防がれる。


 とはいえ、鍛錬のための広場に出たわけでもない。馬車の中から、槍を造りだして突き出しただけだ。

「俺と同じことを!」

「この間やっているのを見ましたの!わざわざ武器を持ち歩かなくていいというのは、便利でございますね?」

「見てすぐ真似されると俺自信なくなるんだけど?」

チェガが馬車から離れつつ、叫ぶ。時間的には夜遅く、そろそろ就寝しようという兵も多くいる。


 彼らはチェガの大声によって目を覚まし、テントの中から這い出て、それを見た。

 馬車から槍をもって飛び出てくる自分たちの指揮官。それから逃げながらも、どこか余裕を感じさせる護衛の男。

 彼らの、槍での舞が始まった。


 ミラが、終始攻勢。だが、それはチェガが守勢に回っている、ということではなく、ただ彼女の腕を見ているというだけ。

 チェガがタイミングを見て攻勢に回ると、今度はミラが守勢に回る。これもまた、互いに様子見の色が濃い、軽い打ち合い。


 互いに三回、攻勢守勢を入れ替えた後、再びチェガが槍を握って大技を出す。

「さて、ついてきてくださいね、お嬢さん!」

「それはこちらのセリフです!」

ミラとチェガの戦闘は美しい。攻守の交代、攻撃の速度。

「私が、お前に勝つ、チェガ=ディーダ!」

「え、俺、そんなに言われるようなことしたっけ?」

ミラが感情を込めた突きを放つと、受け止めながらも驚いたようにチェガが固まる。


 その隙を突いて連続で突きを放っても、ほとんど反射でチェガはその悉くを打ち払った。

「いえ、私を救っていただいたので。」

「あれ、ティキの指示だぞ?」

「そんなことは関係ないのです!」

次に突き込まれた槍を受け止めたとき、チェガは熱波を感じて後ずさった。

「まだ、話す時ではありません。が、私が納得するまで付き合っていただきます!」

「無茶苦茶だ!!」

というか、なぜ、今?そう思うチェガはそれでも、まぁ律義に付き合ってやるか、と槍を振るう。




 ミラは熱くなっていた。それが、魔法として、槍の周りにまとう熱として、外に出る。

「あなたを討つ!」

「なんでだよ!!」

わからないのにそれでも付き合ってくれる目の前の男が、とても優しいのだと、ミラは思う。

「……はぁぁ!!」

突き出した槍にまとう熱は、既に人の肌を焦がせるレベルに達している。なのに、涼しい顔で受け止めるチェガを、ミラは恨みを込めた目で見つめる。

「本当に、強いですね。」

「ありがとよ。……でも、これじゃ、シーヌには届かねぇ。」

「やはり、それだけ強いのですか?」

油断なく槍を構えなおしながら問いかけたミラに、チェガは笑って答えた。

「ああ、強い。つえぇけど、弱ぇやつだよ、あいつは。」


 ミラはその言葉に一瞬呆ける。いや、呆けたのは言葉に対してか、それとも友のことを語るその顔にか。

「大切な、友人なのですね。」

「ああ。お前にも、いるんだろ?」

「ええ、二人。……ティキ様にも、友と呼んでもらいたいものですが。」

「言ってみろよ、全部終わったら。」

その言葉を軽く言った男に、恨みがましい目を向ける。

 そんなこと、出来たら悩みはしない。だが、まあ。

「そうですね、出来たら、そうしてみます。」

槍を下ろした。


 ミラは思う。この、人生楽しいですと言わんばかりに笑みを浮かべる男が、羨ましかったのかもしれないな、と。

 友のために全力を尽くせる姿勢が、今ミラが望んでいるものに近いから。だから、彼が羨ましいのだろう、と。

「八つ当たりをしました、すいません。」

「良いってことよ。それに、それだけが目的じゃ」

「ミラ=ククル・ケルシュトイル公女。」

最後まで言い切る前に、ミラに声をかける男が一人。


 チェガはその声で誰か悟ると、一歩引いて場所を開けた。

「どうしましたか、エルフィン=ティオーネ・グディネ第二皇子閣下。」

「閣下とはまた、婚約者ではないか。」

「そうですね、ですがまだ公表されておりませんので。」

ケルシュトイル公国を属国化する……ケルシュトイル公爵領として残す代わりに、ミラをグディネ竜帝国に差し出す。彼らの中で交わされた盟約があった。

 だからこそ、ミラたちはグディネ軍の中で、一定程度の自由が保証されているのだ。

「私は槍を振るう野蛮な女性より、おとなしく家で編み物をしている女性らしい女性が好きだ。そんな武骨な物、振り回さないでいただきたい。」

「結婚したのであれば、控えましょう。今は最後の自由やもしれないのです。好きにさせていただけませんか?」

ため息を吐きながらミラは彼を見て、皇子もまた苛立ったように彼女を見る。


 だが、折れたのは皇子の方だった。何しろ彼女の方から『結婚したら控える』という言質を取った。だからこそ、これ以上は何も言えない。

「はぁ、まあ、いいでしょう。でゃ、良い夜を。」

「あなたのおかげで気分が台無しよ。」

聞こえないように呟いた一言。身体強化をかけていない皇子は気付かなかったが、チェガには聞こえた。

「公女ってのは面倒くせえなぁ。」

「そうですね。……でも、どちらに転んでも、彼と結婚する未来はありえませんから。」

裏切る路線は決まっている。なのに、結婚する未来を想像しても意味がない。

「チェガ。」

「初めて正面切って名前呼んだな、ミラ様。なんだ?」

「あれは、私が討ちます。」

「了解了解。」

そう言うと、チェガはヒラヒラ手を振って、馬車の上に飛び乗る。

「だからあなたは、なんとしても、武功を挙げてください。」

呟く一言は、満天の星空の中に吸い込まれていった。


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