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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
荒野の政治家
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内通の契約

 急に冷え切った酒場の雰囲気。それが自分たちのせいだと察したティキは、内心、わずかに慌てた。

「場所を変えましょう。」

「必要ない。ここで話せ。」

“災厄の傭兵”は容赦がなかった。その頑固さ、慎重さにティキはため息を吐く。

「“神の愛し子”を、元シキノ傭兵団オデイア=ゴノリック=ディーダとその部下が討った。」

「不可能だ。奴にそこまでの才能はない。」

「共に戦った人間として、冒険者組合員がいます。」

「なら、アギャン=ディッド=アイを討ったのはそいつか。……だが、冒険者組合にその利はないはずだがな。」

トントンと進む会話。だが、トントンと進んでいることが、ティキの内心を大きく焦らせていた。


 ティキとて、傭兵が時に政治家御用達になるのは知っている。時にそれだけの頭の回転が求められるのは知っている。

 だが、だからといってこれはあまりに予想外過ぎたのだ。

 このまま語り続ければ、いずれ情報はシーヌに行きつく。ティキは用意していた言い訳を切り、吟味する間もなく次の話題に移らせようと決めた。

「功績がいるのです。冒険者組合員として認められ続けるための。」

「新人か。……確かに、“神の愛し子”は都合がいいな。強さも申し分なく、周辺国から見たら災害でしかない。……だが、危険すぎたな。そんな愚か者が……。」

「強さの秘訣、知らないわけじゃないでしょう、マルス。……私たちは、その尻拭いをしているのです。」

「戦争、それも大きなものであれば、冒険者組合の介入は……新人か。」

「関係ありませんね。自分の尻拭いは自分でする。それだけです。」

「……つまり、お前が“神の愛し子”を……?あり得ん。」


 ミスリードに失敗した。……いや、していないのだろうか。

「本気で、あり得ないと?」

ティキはわずかに殺気を漏らす。交渉しないのなら喧嘩だと言わんばかりに、その空気を険悪なものへと変化させ

「……いや、言いすぎた。謝罪する。」

ただじゃすまない被害が出ると悟ったか、“災厄の傭兵”は謝罪した。

「運が良ければ、勝てるだろう。私でも、十回やったら三回くらいはやられそうだ。」

「……そう。言い忘れました。私は、冒険者組合員、ティキ=ブラウといいます。」

実際の実力差と同じくらいの目安で測られている。ティキはそれを理解して、軽く小さくため息を吐いた。


 ティキは確かに、“災厄の傭兵”に勝てる価値率は三割……いや、二割を超えるくらいだろう。

 ティキはシーヌのように、対復讐敵特化のような“奇跡”を持っていないのだから。

 一年。一年後には一人でもこの男を殺せるほどになる。だから今は落ち着けと言い聞かせ、ティキは本題に戻った。


「主のいなくなった『神の住み給う山』に進軍する三大国に対し、周辺小国家は連合を組んで対抗することになりました。」

「烏合の衆で?よっぽどの旗頭があるんだろうな、それ?」

「ええ。『冒険者組合員』という旗頭があります。」

「……なるほど、補強役としての“災厄の傭兵”と“凍傷の魔剣士”か。確かに、旗印としては十分だろう。」

だが、と彼は、ティキもわかり切っていたセリフを続けた。

「俺はアストラストに仕える“災厄の巫女”の弟だぞ。本気で味方に加えようと言っているのか?」

「ええ。理由もお聞きになられますか?」

しめた。もうこれ以上シーヌのことが悟られるような会話はないだろう。ティキはそう、心底から安堵した。




 対して、マルスは。

 ティキいがいにも冒険者組合員がいる可能性には、たどり着いていた。

(しかし。こいつの話からするに、そいつの話は避けたいらしい……。)

あくまで、“災厄の巫女”とつながりのある傭兵の引き抜き。そういう立場を堅持するなら、切り札は持っておきたいところだろう。

 そしてマルスとしても、このティキと名乗る少女の提案にはある程度の魅力があった。そして、そこから得られる利益にも。

「聞こう、どういう理由だ?」

「まず、ですが。小国七ヵ国だけでは、どうやっても大国三つを迎撃することは出来ません。」

ティキのその断言に、マルスは「違いないな」と苦笑する。いくらうまくまとめたところで、決して戦争が出来なかった小国と、外側に向かって戦争を続けた大国では、練度が違う。勝てるわけがないのは道理である。

「その上で、勝つために必要なものを考えます。……たとえば、大国同士が潰し合ううちに、片側を潰す。」


 ティキという少女の作戦は、理に叶っていた。……正直に、素晴らしいと感じた。

 “破魔の戦士”と“災厄の巫女”をかち合わせ、俺とこの少女と“凍傷の魔剣士”が“群竜の王”に当たる。おそらく、少女と共にあるはずのもう一人の冒険者組合員は、姉にバレないよう、“破魔の戦士”と戦いに行く。

「戦力的には、俺がいた方が有利になる。」

「はい。また、結果論として、“災厄の巫女”の助けにもなります。」

「ティキ=ブラウ。お前はどうして、アストラストの背中を押したい。」

「彼女の気質は、女帝のそれには向かない。あくまであるものを維持することには優れているが、侵略には向いていない。そう聞いている。」


 その言葉に、マルスは大いに舌打ちした。

「冒険者組合っつうのは、うぜぇな。」

「そうですか。……返事を聞きましょう。」

答えは一つしかない。マルスははらわたが煮えくりそうな内心を宥めながら、答えた。

「行くしかないだろうが、それは。……俺のことも、調べた上で来ているな?」

「ええ、もちろん。」

ティキはそう言って、微笑んだ。

(シーヌが仇の情報は全部調べてくれているもの。因果が逆だよ、“災厄の傭兵”。)

あくまで、復讐があって、戦争がある。

 復讐のために、戦争を起こすのだ。だが、マルスのような、あくまで傭兵として理性的な頭をしている男には、裏にいるシーヌの、そしてその目的を忠実に実行しようというティキの狂気は、察せない。

「では、来週の今日、『神の住み給う山』に、ベリンディス軍と共に向かいます。表向きの雇い主はベリンディスです。いいですね?」

「なんでだ?」

「グディネとの戦争で、前線に立つのはベリンディスだからです。」

言い切った。ティキは、“災厄の傭兵”に、「お前の相手は“群竜の王”だ」と。


 そしてその言葉の裏を、マルスは理解する。ティキ=ブラウと名乗ったこの少女は、ベリンディスの取る賢民政策を良しとしない、と。終局的に、ベリンディスとケルシュトイル公国の合併までをも視野に入れている、と。

「お前、冒険者組合員より悪の組織の首領の方が向いているぜ。」

「冒険者組合は、ある意味『悪の組織』ですよ。」

世界を牛耳っているという意味で。ティキの笑みに自然とつられて笑みを浮かべ、“災厄の傭兵”マルスは椅子から腰を上げた。

「じゃ、俺は“群竜の王”を討つまで、『小国七ヵ国同盟』に雇われる。その後はアストラストに帰るぜ。」

「構いません。……アストラストに帰るまでに、死ななければ良いですね?」

「は。お前が後から俺を討つなら、可能性はあるな。」

そう言って、マルスは宿から出て行く。おおよそ、装備と荷物の整理だろう。ティキは笛を鳴らしてペガサスを呼び、背に乗ってベリンディスの都に向かう。


「あなたは、シーヌに討たれるのですよ。……一番最初に。」

ベリンディス軍、被害甚大。そうするにも、彼は邪魔だ。だから、ティキは順番をおおよそ決めて、彼を対グディネの最前線に置いた。……理由は、簡単。

「背後から襲われるのは、あなたではなく、グディネですから。」

あるパーツは全て、ティキの掌の上で踊っている。踊っていないのは、ただ二つ。

 シーヌ=ヒンメル=ブラウ、“復讐鬼”と、絡まり合ってほぐせない人間関係のみである。


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