三大国、決断す
“神の愛し子”が死んだ。彼らのもとにその情報が届いたのは、“神の愛し子”が死んでから、実に一ヵ月と半分が経った頃だった。
小国七ヵ国ではすでにその情報を得、今後の行動指針を大幅に修正しなおした……つまり、大国三国と小国七つが対面する、という結論に至った直後のことである。
「さて。となれば。我が国が取るべき行動は、何だ?」
グディネ帝国……正式には、新生グディネ竜帝国という名の国の王は、全官僚たちに向けて問いかけた。
臣下たちがその質問に対して、答えを出さない。出さずともその心情はみな同じであると、彼らは嫌というほど理解している。
新生グディネ竜帝国。通称、グディネは、とある二国と不可侵条約を結んだ国である。
同時に、そのとある二国と野望を同じくする国である。
即ち、この近隣……『神の住み給う山』を中心とした広大な地域の、占領。それによって、世界有数の土地と人口を持ち、世界唯一の『複数の国民性を持つ』国に仕上げることである。世界の経済勢力を一気に制圧戦とするこの野望は、ただ、神獣という最大にして最悪の集団によって、阻まれ続けていた。
グディネは野望もつ国である。障害となる壁が高すぎ、硬すぎ、かつ厚すぎたゆえに妥協を強いられた国である。
「『神の住み給う山』に進軍する。あの地を得た国が、この地域で最も強き国として君臨できるのは、もはや前例を見ればよくわかるであろう!」
そこに“神の愛し子”が住まった。ゆえに、そこは不可侵となった。
山頂に陣を置いた軍は、強い。“神の愛し子”は死んだ。
「我らが行くは覇道である。誰より先に『神の住み給う山』を占領する!」
「陛下!小国が二つほど道を阻んでおりますが、いかがいたしましょう!」
臣下の一人が声を上げる。彼はこういう役回りをもつ臣下である。
不敬には口を挟まない。そういう役回りは必要悪である。
「ベリンディスは放置だ。あの愚物の国は、亡ぼすべきであろう故な。ケルシュトイルに伝えよ。手は出さぬゆえ、我らを通せと。」
ベリンディスは受け入れないだろうが、ケルシュトイルなら無抵抗でグディネを通すだろう。普通に考えて、ここでグディネに敵対するより、いずれ無抵抗降伏をしてグディネの諸侯に加えられる方が断然マシだろう。
「陛下、恐れながら申し上げます!」
臣下の一人が声を上げる。皇帝は黙って続きを促した。
「むしろわが軍の背後に付かせ、わが軍のために戦わせるのが正しい選択肢なのではないでしょうか!」
「属国にならぬ段階から、属国としての役割を求めるわけか。……ふむ、悪くはないな。」
皇帝はさらりとそう言うと、発言をした臣下に申し渡す。
「では、使者にはそなたが行け。言い出した者が責任を取れ。」
げ、といったように動揺する気配がした。馬鹿め、と皇帝は嗤う。
「では、軍の編成を告げる。」
この会議が開かれた時点で、結末は既に定まっている。本来政治とは、マッチポンプの塊である。
会議を開く。その時点で会議をする者たちの間で結末が決まっていないなど、そんな愚かな真似はこの国ではしない。臣下の対話の大半も、そしてこれから発表される軍事編成も。すでに、最初から定められたものであった。
「総大将、新生グディネ竜帝国上龍将、ビデール=ノア=グリデイ・グディネ大公。」
「ハッ。」
「“災厄の巫女”“破魔の戦士”。奴らはきっと現れよう。決着をつけてまいれ、弟よ。」
「承知!!!」
そうして、グディネから派遣される軍の概要が発表された。その軍のそう戦力は、二十万。……この近隣で初めて起きる、超大軍による戦争の、狼煙が上がった。
その女帝は、あまりの情報の多さに頭を抱えた。
いや、情報が多いわけではない。これから起こりうることを推測した場合、自分が処理しなければならないものの多さに、頭を抱えたのだ。
「大丈夫です、女帝陛下。勝てば、必ず私も手伝いますから。」
「そもそも戦争自体がリスクが大きすぎるのよ!!」
女帝は平和主義であった。いや、確実に勝てる戦争しかしたくない主義であった。
「勝ち目があありないわ、これじゃあ……。」
「私がいます。弟も、小国家連合とやらを私たちに有利なように持っていくと約束しています。ですから、勝てます!」
“災厄の巫女”、アストラストの最高戦力がそう主張しても、彼女は自信をもって「勝てる」なんて言わなかった。
むしろ、憐れむような眼で“災厄の巫女”を見たのである。
「気付かないの、あなた?」
「何にでしょう?」
その目は何も考えていない、無垢な少女のもの。もう四十になるのにこれほど無垢であるのは、素晴らしいのか、悲しいのか……と女帝は唸る。
「気付いていないなら断言するわ。この戦争、最初から仕組まれているわよ。」
「こんな三大国をぶつけるように?どこがですか?」
新生グディネ竜帝国、アストラスト女帝国、ブランディカ連合国。これらを相討たせて、利益を得られる国などない。
「それこそ、『七ヵ国小国家連合』を作り出したシキノ傭兵団でしょう。」
「彼らに利がありませんわ?それに、三大国がそれぞれに大ダメージを負ったところで、小国家ごときでは我々と戦えません。」
“災厄の巫女”の主張は正しい。ティキが集めた七ヵ国と、元シキノ傭兵団、そして“災厄の傭兵”を合わせたところで、大国と正々堂々とぶつかれるはずがないのだ。
理由は簡単、烏合の衆だからである。よほどのカリスマがない限り、彼らを束ねることは不可能なのだ。それこそ十年以上国の中でカリスマを見せてきた各国の英傑たちのように、時間をかけなければ。
ゆえに、“災厄の巫女”は断言する。この戦争、出兵しない方が不利である、と。
「理屈は、わかっているのよ……。」
女帝も唸りながら、そう呟く。それでも、不安はぬぐえなかった。
「でも、出兵することは、避けられない……。」
なまじ大国だからこそ、そしてその頂点だからこそ、わかっている。ここでアストラストが出征しなければ、“神の愛し子”喪失による環境の変化に置いていかれることなど、百も承知なのだ。
「……必ず。いいですか、必ず帰ってきなさい、ピリー。」
「……うん。わかっているわ、叔母様。」
“災厄の巫女”ピリオネ=グディー。迷い込んだ神獣を、魔獣を、何度も何度も討伐してきた、薙刀と弓の巫女である。
女帝の部屋を出たピリオネは、少しだけ安堵の息を吐く。
「敗けるのは、わかっているのですよ、叔母様。」
ピリオネは“三念”を持つ。彼女の持つそれは、二つ。一つを、魔法概念“生存”、その区分を“未来予見”。もう一つは、“理想”、その区分を“修正”。
未来を感じて、そうならないように修正する。一人芝居の魔法だ。
だが、それを持っているゆえに、ピリオネは感じていた。このままではきっと、自分にとって良くないことが起きるのだろうと。
女帝は「必ず帰って来い」といった。その約束は何としても果たすつもりだ。だが、
「敗北は、あるいは大損害が出るのは、避けられないでしょうね。」
しばらく大戦が起こせないほどに。“災厄の巫女”はそれを感じ取っているが、それでも何かができるというわけではない。彼女は嫌というほど理解している。今できるのは、戦い抜くということ、ただそれだけなのだと。
「編成された諸将を集めよ。軍議を行う!」
ただ、与えられた役目に忠実に。ピリオネは、自分にそう言い聞かせた。
ブランディカ皇帝エラフ=ククル=ギラ・ブランディカはむすっとした顔を隠しもしなかった。戦争である。国民が減るのである。
「余に忠誠を誓う馬鹿どもが減るではないか。」
「勝てば増えます、皇帝閣下。」
「皇帝は閣下ではないと何度も言っておろう、馬鹿め。頭から押さえつけられた臣下など、忠誠心があるものか。」
「そうですね、忠誠心は世代を重ねるごとに増していくものです。一代で忠誠を得るのは……。」
「だからこそ、今余に忠誠を誓っておるものが希少なのではないか。」
怒りを宥めるように、左右に立つ臣下たちが声を上げる。その声を一瞥して斬り捨てて、皇帝は言った。
「とはいえ、国の威信にかけて出兵せぬわけにはいかね。」
「……承知しておりますとも。」
だからこそ、この皇帝のご機嫌伺いをいていたのだから、彼らとてその事情は嫌というほどわかっている。
「おい、メラーゼ。」
「ハッ。」
「バルデスをつける。奴は少人数で使った方が良いだろうが、上手く使え。」
「“破魔の戦士”をですか。……よいのですか?」
「敵はグディネとアストラストぞ?対等に渡り合える戦士が一人では釣り合うまい。」
「承知いたしました。では、兵士は。」
「二十五万。好きな兵士を持っていけ。」
元帥メラーゼに丸投げして、皇帝はその場から去る。
謁見の間に残されたのは、この国でも重要な役割を担う文官武官と、近衛が数名。
「このまま会議室に向かう。軍議だ。」
“連合の大壁”メラーゼ=ニスラは、即座に戦闘の準備を始めた。
“破魔の戦士”バルデス=エンゲと、“連合の大壁”メラーゼ=ニスラ。シーヌもティキも推測していない、「もう一人の英傑」の手によって、小国家連合は予想外の苦戦を強いられることになる。
時間は少しだけ、遡る。
それは、ティキがチェガと再会した、少しあと。
ベリンディスの南の方の街の酒場に、ティキは訪れていた。
「“災厄の傭兵”マルス=グディー。」
「あん?嬢ちゃん、なんだ、抱かれに来たのか。」
「残念ですね、そんなことに興味はありませんよ。」
「そうか?……別嬪さんだが、好みじゃねぇなぁ。」
話が通じない、いや、話をする気がないのかとティキは思った。
「仕事の依頼できました。大きな仕事です。……戦争という、大きな。」
そう言うと、ティキは微かに歯を見せて笑う。
「聞くだけでもどうです?あなたの興味のある話もあると思いますが?」
その言葉に、傭兵はチラリとティキを見る。
そうして、ハァ、と息を吐くと、言った。
「話せ。内容によっては受けてやる。」
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