K-B-M三国同盟へ
ティキはケルシュトイルの使者が訪れたと聞いて、彼らが対談する部屋へと向かった。
チェガと合流するという目的もあったし、何よりティキの知らないところで対談されて、ティキの思惑から外れた行動をされると面白くないからだ。
「……え?」
そこでティキは、完全に思惑から外れた現象を見て取った。
見覚えがある。今の今まで忘れていたが、自分にとって数少ない茶飲み友達がそこにいる。
「……ミラ。」
「お久しぶりです、お嬢……いえ、初めまして。私はケルシュトイル公国公女、ミラ=ククルと申します。」
久しぶりの対面。だが、その影が出たのはほんの一瞬……すぐミラは初対面という風を装う。
それが装いだと、ティキも、チェガも、そしてケルシュトイル公国の使者たちも、承知した上で見て見ぬふりをした。
「ちょ、それは、うぐっ。」
それに対して物申そうとした馬鹿者はクロムによって口を閉じさせられた。
「公女殿下がわざわざここへ来られるとは。」
「いえ、外国との交渉を見てこい、と公王陛下は言われましたので。冒険者組合の方と交流する良い機会だと。それに、シーヌ様に興味があった模様です。」
暗に、「あなたが関わっているからここに来た」と言われたわけで、ティキは内心苦笑する。
何も言わずに一礼すると、正使であるエムラスが対談席の右側中央に座り、その下座にミラが座った。公女であっても見習いであるという立場は変えないらしい。
「ベリンディス国の皆様に、我が国公王アイネス=ブラス=ククル・ケルシュトイルのお言葉をお伝えする。我が国は既にグディネに抗う用意が出来ている。汝らの決断は如何に?とのことだ。」
言葉で伝えつつ、より細かい記述をされた手紙をベリンディス元首ディオス=ネロに渡す。彼はそれを受け取って、中身を見ずに答えた。
「我が国もグディネを撃退することに決めた。だが、地の利を得るために、グディネには『神の住み給う山』に入ってもらいたい。その役割を頼めないだろうか?」
早い。ティキはそう感じた。
ケルシュトイルが来たときにどう対応するか、何を要求するか、最初から決めていないと出来ない問いだ。だが、それに対する回答はケルシュトイル側も持っている。
「もちろん、その役目を負うことに嫌やはありません。ですが、おそらくこれから起こるは三大国と小国家たちの威信をかけた統一戦争。我ら二国しかないのでは、請け負いかねまする。」
当たり前だろうな、とティキは思った。ケルシュトイルとベリンディスでは、三大国どれとも拮抗する戦力にはなりえない。
他国を巻き込み、同盟国家とする。連名で抵抗することを許容しない限り、ケルシュトイル側も同盟には参加しない。
ケルシュトイル公国が公国として生き残る道は抵抗し、勝つことであるが、国民が完全に無事に生き残る方法はグディネに降伏することだ。
「了承した。まずはミスラネイアに同盟の使者を出そうと思うが、如何か?」
「もちろん、構わない。ただ、我々はこの地に留まる。ケルシュトイル公国は二面作戦を実行することを決断している。」
その言葉にクロムは焦ったような表情を、ディオスは訝し気な表情を浮かべた。
「どういう意味であるか?」
そして、元帥であるブレディに至っては、直接聞いた。
ティキはうまい、と思う。政治のトップである宰相クロムはこういう場で、相手の主張を基本的に理解している。それは、周辺国家の事情をよく理解し、把握し、足りない情報は推測で埋めて、政治を運営しているからだ。
対して、元首は違う。彼が考えるべきは宰相のように外交、経済ではない。国力でもない。ただ国民のことを考えていればいい。
国民が過ごしやすい社会……国民の声を聴いて、それの中から大事なものをクロムに「やれ」と言いつけるだけの仕事が、ディオスだ。
だが、それは選挙というシステムを採用し、専門家ではない素人意見を政治に関与させるから起こりうるエラーである。元来元首の位置にあるはずの国王は、クロムの役割を半分背負う。
だが、ディオスはそれが出来ない。そして、出来なくてわからないからと言って、国のトップが政治に関して疑問を、少なくとも公の場ですることは出来ない。
理由は言うまでもないだろう。その程度もわからない国のトップなど、舐められるからだ。
では、そんな中で、どうやってわからないことを質問するのか……その役目を担うのが、元帥ブレディである。
政治に対して深い理解のある元帥は、少なくない。だがだからと言って、多くもない。
元帥の仕事は、戦争に勝利することだ。政争を戦い抜くことではない。
軍人は軍のことだけ考えていればいい。そう思う将校は少なくないのだ。
ゆえに、この場で疑問を問いかけることが許される。なにしろ、わかっていなくても『異常』ではない。
ブレディの疑問を受けて、エムラスがミラに向けて手を差し出す。ミラはその手に、この一帯……『神の住み給う山』の地図を渡した。
「グディネの軍が『神の住み給う山』へと進軍するためには、ケルシュトイルかベリンディス、どちらかを通過する必要があります。」
そう。グディネは、『神の住み給う山』と隣接する領地はない。
「三大国と戦うなら、グディネはあまり戦力を消費したくはない……我々どちらかに、降伏勧告を送ってくるでしょう。」
どちらかではなく、両方にだろう。ティキは一瞬そんなことを思った。
ブレディはその意味を読み取ったようだ。対してディオスはわからないという表情を浮かべている。
(せっかく庇っても無意味じゃない。……哀れね。)
ティキは深々と息を吐く。国のトップが無能だと証明したようなものだ、これでは。せめて表情くらいは何とか隠せと言いなくなる。
「その時我が国はその降伏に一時的に従う。グディネの属国として、『神の住み給う山』へと進軍する。」
「それでは同盟の意味が!」
「元首殿。こうすればグディネは味方のうちに火種を自ら抱え込みます。そうなれば、敗けることはなくなるかと。」
「安全圏で被害を出さずに功だけ奪うというか!」
「グディネからの略奪品はあなた方が持っていけばよろしい。必要なのは勝利。違いますか?」
その言葉で黙り込んだディオスを横目に、クロムはとエムラスはティキの方をチラリと見る。この二人はこの時点で、ティキがベリンディスを滅ぼすつもりなのを知っている。あるいは、悟っている。
だからこそケルシュトイル側は『戦利品はベリンディスへ』と言ったのだ。立地上、この地はケルシュトイルのものになると理解した上で、『一時的に』『便宜上』『ベリンディスのものにする』と。
尾の思惑を理解した上で、クロムが選んだのは
(介入しない。気づいているのは気付かれている。なら、私はティキ=ブラウに味方すると示しておいたほうが良い)
国家の無事ではなく、命の無事。いつ下克上されてもおかしくない綱渡りのような国家の中で、更には自分一人が得することもできない。
そんな監獄のような国を護るより、彼は滅ぼすことを選んだ。
誰が彼を非難できようか、とティキは思う。自分一人だけ幸福を得たい。生き延びたい。そんな人間らしい情動を、願望を、誰が非難できようか。
(魔法が強い人に必要なのは、そういった自己中心性。彼ならきっと……)
この国の元首は邪魔だ。だが、元帥と宰相まで殺すと、この国、この地域を管理していた人間がいなくなる。
それはケルシュトイルがベリンディスを支配するにあたってとんでもない障害になりかねない。
ティキはそれを含めたいくつかの条件を満たす人間として、宰相クロムを選ぼうとしていた。
「では、ここにいる人間のうち、何人かでミスラネイアへ向かいましょう。この三国の同盟が約束された段階で、皆様を『神の住み給う山』……現在冒険者組合ティキ=ブラウが支配する地へ、お招きいたします。」
こうしてここに、ケルシュトイル―ベリンディス二国間で、仮の大国抵抗同盟が締結された。
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