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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
荒野の政治家
163/314

ケルシュトイルの使者

民衆の意見を受け入れた国家は、哀れだ。

 それが正しいと主張する国家は、むしろ無様だ。

 ……なぜって、元来この国が取れる最良の手段は、グディネに無条件降伏をして、王族を見捨てる代わりに数名の貴族を生き残らせることだった。


 国民選挙という方法で戦争を……『勝つ』という方式を可決させたこの国の馬鹿さ加減を見て、ティキは盛大にため息を吐く。

 隣国が戦うと決めた。小国が大国と戦争をすれば、周囲の国々は嫌でも巻き込まれてしまう。

 ケルシュトイルは参戦を決断するだろう。冒険者組合支部から渡された情報から、ミスアネイアは『神の住み給う山』の占領を狙うだろうと読んでいる。

「小国家は流れを創れば乗ってくる。まずはケルシュトイルからね。」

「よう、ティキ。」

政治家っぽく、人の上に立つものとしての心構えとして、そして舐められないために、ティキは敬語を止めた。そんなティキに気軽に話しかけられる人間は、この国にはいない。

「チェガ……シーヌは?」

「来てねぇよ。あいつはまだ師匠に稽古をつけられてる。技術の拙さをなんとかするんだってよ。」

最愛の恋人に会えなかったことにティキはがっかりした。


 だが、チェガが来たということはティキにとっても幸いなことである。

「持ってきた?」

「俺は読んでないぜ?」

言いながら差し出してきた箱。シーヌの復讐敵四人の情報が書かれた書類が、中に入っている。

「ありがと。護衛として私の近くにいてくれると助かるんだけど。」

受け取ってそういうティキに、チェガは目を丸くさせながら言った。

「変わったか?」

そう見えるんだ、とティキは思う。


 容姿が変わったというわけではないだろう。口調の問題はちょっとあるかもしれない。

「立場が人を育てるんだよ、チェガ。」

そう言ってティキは微かに笑う。

「みたいだな。……強くなったように見える。」

「もともとチェガよりは強いよ。」

チェガは「言われたくなかったな」と呟きながらも、眩しそうにティキを見た。


 確かにティキが強くなったように見える。何が強くなったのかも、なんとなくチェガにはわかった。

 今までのティキは、ここぞという時しか強くなかった。戦闘時しか強くなかった。

 今のティキは違う。戦闘以外で自分の役割をしっかりと持っている。

 そんな彼女が、強くないわけが、なかった。


「で、次は?」

「諸外国との同盟、ってことになるかな?正直なところ、ケルシュトイルとオデイアさんが向かったクティックかニアスの反応次第で変えなくちゃいけないから。」

それを聞いたチェガは軽く頷いて、こう告げた。

「こっちに来る途中、ケルシュトイルの使者が向かってくるのを見たぞ。」

「馬車?」

「ああ。赤い戦斧はケルシュトイルの国旗だろ?」

ティキの希望通りに、ケルシュトイルは動いたらしかった。

「あなたにやってほしいことが出来ました、チェガ。」




 一方、チェガと離れたシーヌは、勝ち目のない戦いに身を投じ続けていた。

「なんで!」

「お前が“奇跡”に頼った戦いを続けているからだ、馬鹿者!」

アスハにしごかれて、シーヌはその身を何度も焼かれる。対面するのは冒険者組合員“雷鳴の大鷲”グレゴリー=ドスト。

 どうやら彼の役割であったネスティア王国での鉄鋼の回収作業は、べつの人間が行うことになったらしいな、とシーヌは思う。

 そんなことを思っている間も、戦闘の音は止まらない。シーヌもグレゴリーも、冒険者組合員である以上、決して弱くはない。


 だが、それでもシーヌは実力の差を嫌というほど感じ取っていた。

(く……くそっ!!)

勝ち目の低さ。そんな言葉では言い表せない、苦しみがある。


 貴様の傲慢を叩き直す。アスハはそう言って、何人かの冒険者組合員とシーヌを戦わせている。

 誰も加減しない。シーヌも、なぜか、まだ死なない。

 明確に致命傷を負っている。死んでいなくてはおかしいような一撃ももらっている。

 なのに、死なない。はらわたが引き裂かれようが、その躰が貫かれようが。そして心の臓が抉れ、つぶれることになったとしても、シーヌはなぜか、死なない。


 グレゴリーはその現象をこそ恐ろしく思った。魔法は意思の力が必要だ。つまり、死んでただの躯になってしまえば魔法は発動しない。

 魔法という名の、法則。それが通用しないシーヌという人間のことを、ここにいるシーヌに訓練をつける冒険者組合員たちは、恐れ始めていた。


「あああぁぁぁ!!」

シーヌはそうして。そこにいる冒険者組合員たちと訓練を繰り返していく。

 遠目からそれを眺めながら、アスハは呟いた。

「お前に足りないのは、想像力だ。シーヌ。」

シーヌの切り札は、“幻想展開”。それが、“凍土”“焦土”“地獄”“砂漠”。どれであろうと、シーヌのそれには必ず、モデルとなった『現実』がある。


 つまり、シーヌは新たな魔法を作り上げる才能がない。一つの魔法を工夫する能力はあるだろう。細かい制御や激情を乗せた威力向上には、瞠目するものもある。

 戦闘経験の蓄積も、歳不相応に多い。だからこそ、シーヌに必要なものはただ一つだった。

「模倣しろ、シーヌ。ここにいるのは、世界中でも魔法のプロ……一流と超一流の狭間にいる、傑物たちだ。」

己のことも含めて、アスハは言う。

「シーヌ。お前は……まだ。」

いずれなるであろう彼の姿を想像しながら、アスハは弟子への愛情をもって、弟子を思う存分いたぶり続けた。




 馬車の中で少女は目覚める。

 外は豪華な馬車だが、中身はそこまで豪華ではない。

 見せかけの明るい塗料と、遠目には柔らかそうな白い椅子。だが、安物であることには変わらない。馬車そのものが高いものであるとはいえ、国家の威信をかけなければならないものがこの程度であることに、少女はため息を吐いた。

「お目覚めですか、お嬢様?」

「身体が痛いわ。」

「諦めてください、お嬢様。どうやら、準備が完了したようです。」

「そう。……じゃあ、行きましょうか。」

ここ数日、この馬車の中で過ごした少女は、待ち焦がれたように言う。


 ケルシュトイル公国。使者エムラスの参謀として同行しているのは、公女ミラ。

 彼女らは待っていた。ベリンディスの民衆が、戦争法案に賛成し、やり手の商人がベリンディスに武器を渡すのを。そして、その趨勢を見守った彼らが、ケルシュトイル公国に武器を売りに出るのを。

「でも、思ったより少なかったわね。」

「武器より、食糧の方が売れると見たようです。多くの商人がグディネの方で食糧……それも、日持ちするものを買いあさっているという報告を受けています。」

「止めさせなさい。いえ、ペースを落とさせて。今はまだ早いわ。」

「ええ。そのように動いています。どうやらベリンディスの暗部もそう動いたようです。」

その報告を聞いて、ミラは衝撃を受けた。


 民衆の国ベリンディス。選挙によって政治方針を定め、民衆に学を与えるという、特権階級殺しの政策を取る彼ら。

 そんな国に暗部がいるとは……と思って、即座にその正体に思い当たる。

「ブレディの私兵ですか。」

「みたいですね。随分賢くやっているようで。」

その言葉を最後に馬車を走らせようとして、エムラスは固まった。

「よう、ケルシュトイルの使者さん。」

そこには、ベリンディスの、随分上質な服を着た男たちが立っていた。




 数日前。時はティキとチェガが再会したときに遡る。

「何をしてほしい?」

「まずはこの後の展望なんだけど。」

反対派……戦争反対派が、折れない可能性がある。ティキはそう呟く。

「勉学の自由より、平穏を望む。そんな人たちが取れる方法があるの。」

「……同盟か。」

チェガもティキの言わんとしたことが分かったらしい。いつだ?というように首を傾げる。

「決着が出るまでは動かないと思う。ベリンディス側じゃなくて、ケルシュトイル側が。」

政治における最大の手札は、情報だ。


「ベリンディスは他国への情報戦の力はないね。」

「みたいだな。だが、……甘いのか?」

「必要なかったから。」

普通、他国に使者を出すときは、その前の使者を放っておくのが恒例なんだけど……ね。ティキはそう言うと、チラリと外を眺める。

「礼儀知らずの汚名を被ってでも優位に立ちたかったのかな、ケルシュトイル公王は。」

ティキの呟きは、ケルシュトイルの思惑とおおよそのところで一致する。だが、もっと大枠を見れば、ケルシュトイルの望みは『襲われること』であるとティキは捉えることができただろう。


 ティキはそういう意味において、まだ経験不足の感が否めなかった。まさかケルシュトイルの目的が、『弱みを握ったうえでの脅迫』と読み取ることが出来なかったのだから。

 だが、結果的にティキのこの経験不足が、ティキの思いもよらない事態を巻き起こすことになる。




 来たか、とミラは思った。

 国民を統制できず、使者に傷を与えた。そういう弱みを作り上げるために行われた、この陰湿な使者遠征。

 しかもその中に、国の要人として公女がいるのだ。ちょっと攻撃されただけでも、非難の材料としては十二分。こうなってほしいという願いがあって、こんな張りぼてみたいな馬車を使ったのだから。

 恐怖はある。だが、戦闘の心得もある。

 ミラはキッと、ベリンディスの国民を睨みつける。いざ、尋常に。初めての人殺しさえ覚悟していたというのに。


 予想と反して、戦闘にはならなかった。というより、気が付けば全員倒れていた。

 コロコロと、馬車の車輪近くに転がってきた物を見る。それは小さな鉄球だった。大きさは小指の先ほど。

「え?」

目の前でそれが消えうせる。それが魔法で作られたものだったと気が付くまでに、数秒の時を要した。

「初めまして、ケルシュトイル公国の皆さま。」

丁寧な口調と、それに見合わぬ軽薄そうな声。ミラの耳に届いたのは、そんなものだった。


 そちらの方を見る。視界に一瞬、倒れた男たちが見えた。一瞬見えただけでも十人を超えている。

 対して、その声がした方にいたのは一人だった。しかも、ミラと同じような年ごろをした少年。

「私の名はチェガ。旧『シキノ傭兵団』において副団長をしていた“反撃の烈斧”オデイア=ゴノリック=ディーダの息子にございます。」

「そうか、それでその腕か。我らのことを知っておるのか?」

「ええ。この辺りに陣取っていたのも、『何を待っていたのか』も知っております。ところでですが、その馬車は捨てていきましょう。こちらにケルシュトイルの権威を示すような高級馬車がございます。」

チェガはここで数日張っていた。ゆえに、ケルシュトイル公国の真の目的も知っていた。というより、推測できた。


「正直に申しますと、あまり褒められた手ではないように感じます。無抵抗で公女殿下が連れ去られる、ということがない限り、むしろ国民を傷つけたとして殿下方が賠償を支払わなければならなかったでしょう。」

そう言うと、チェガは指笛を拭いて馬を呼び寄せる。


 それは、シーヌがペガサスに引かせるために作った馬車。に、適当に貴族用の飾りをつけたものだ。

 あまり華美ではないものの、造りの頑丈さと職人の腕を強く匂わせる馬車は、確かに一国の代表としてふさわしい物。

「あと、もう一つ。……あまり、若くて美しい女性をこのような粗末な馬車に乗せるものではないと思いますよ。」

父に習った敬語とおべっかを最大限に使いながら、チェガはケルシュトイルの代表たちをシーヌの馬車に乗せ換える。


「……ありがとう、感謝する。」

身分の違いを理解して、上から目線でミラは謝意と感謝を示した。それを受けて、チェガもにこりと微笑んで返す。

「いえ、殿下が無事で何よりでございます。では、行きましょうか。」

進んで御者台に乗り、チェガは馬車を出す。


 まだチェガは気付いていない。己がやりすぎたのだということを。

 そしてもう一つ。……彼には、ティキ以上に、智謀に長けているということに、チェガはまだ、気付いていない。


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