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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
荒野の政治家
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民衆説明の餌

 開戦。そのための同盟交渉。

 決断したベリンディス首脳陣の活動は本当に速かった。その日のうちに戦争のための準備、国民からの承認を得るための草案の起草、演説用意……様々なことを急ピッチで行い始める。

「ティキ様。」

「ああ、えっと、ブレディさんのところの……。」

「従者のレティです。ブレディ様以下お三方がお呼びですので、付いてきていただけますか?」

ティキは無言で立ち上がる。


 彼の後に続きながら、ティキはこの国の政務所に目を走らせる。

 特別豪華ではない。どちらかと言えば、広さと頑丈さを重視したかのような造り。

 もしもの時はここが避難所になるから、……だけではきっとないのだろう。

「安い材質ばかりですね。しかし、頑丈で、壊れにくいものばかりです。」

それだけで、彼はこの建物のことだとわかったのだろう。微かに笑ったような気配がした。

「先代元首にして最後の王がこうしたのですよ。曰く、『民主制、共和制のわかりやすい省庁が必要だ』と。」

「なるほど。中央にお金を使わず、その分を民のために回しましょうですか。」

全く、馬鹿ですね。ティキはその言葉を辛うじて飲み込んだ。


「全く、愚かなことです。」

しかしその発言は、レティの口から放たれた。この国に住まう人間としてはあまりな発言に、ティキは彼の方をじっと見る。

「知っていますか?この国では政治家より商人の方が力があるのです。お金がありますから。」

そうでしょうね、とティキは頷く。


 政治家は金がある方が有利なのだ。

 それは、こんな民衆に意見を聞くような愚政であっても変わらない……いや、こちらの方がより露骨だろう。

 政治とは、カネをどのように集め、どこにどのように使い、そしてどのように利益を得るか。それに終始する。そこに政治家という職業は、その職自体の収入も関わってくる。


 政治とカネは切り離せない。金を持つ者であればあるほど、政治もやりやすくなっていく。それは、いつどこでも変わらない。変わってはならない。

「民衆操作は商人の方がやりやすいですからね。」

「ええ。ですからおそらく、今回の戦争法案、随分可決が難しくなるかもしれません。」

大国と戦争。普通の商人なら、大国への武器売買で稼ごうとするはずだ。

「大丈夫、私がいます。」

ティキは断言する。


 かつて高名であった『シキノ傭兵団』。ティキの構想する『七小国家同盟』。そして、その中でもそれなりの役割を担う、“災厄の傭兵”。

 ここに、『冒険者組合員』ブラウ夫妻が関わってくる。本当の意味で聡い商人であれば、小国家同盟に付くはずだ。

 そんなことを話すうちに、一昨日元首・宰相両名と話した執務室に近づく。ティキはその部屋の中に入ると、さっと部屋を見回した。


 三人。元首、元帥、宰相。

「どこまで情報を開示しますか?」

挨拶もそこそこに、宰相が問いかける。この国の国民はなまじ知識を持つだけに、国家機密もいくつか開示しなければ国民が付いてこない。

「『神の住み給う山』。『三大国の戦争』。……あとこの国でしたら、それによって彼らが失うもの。」

「失うとは?」

元首が首を傾げる。平和でなくなることや将来展望の話であれば、国民にはおおよそ想像がつかないから開戦風潮には持ち込めないのではないか。彼はそう目で語っている。


 ティキはそれを簡単に説明できる。きっと宰相もわかっているのだろう。

 ティキ個人としては取り上げたいものでもあるので、どちらにせよこの国の国民たちはそれを失うのだが……

「勉学の自由。」

ティキははっきりと断言する。


 為政者にとっての足枷とは、『よくわからないままに参入された国民の意志』だ。まともな為政者なら、それが国政に介入してくるのを避けるはずだ。

「選挙制度の廃止もあるでしょうね。避けたいならば、戦争で生き残るしかない。そう主張しなければならないでしょう。」

むしろそれを主張すれば、国民はこぞって味方をしてくれるでしょう。ティキはそう笑って言った。


 元首ディオスの顔が真っ赤に染まる。いや、ディオスだけではない。宰相クロム、元帥ブレディの顔も真っ赤に染まった。

 だが、その怒りの質が違うことに、客観的に見ているティキだからこそ気が付いた。ディオスの怒りは、勉学の自由や選挙制度の廃止があり得ることに対するものだ。

 対して、クロムやブレディの怒りは『それら』を取り上げられる可能性を『選挙』の中身として使うことへの忌避だ。つまり、それらが民衆にわたっている現状を嫌っているのだろう。

(ケルシュトイルには彼らを生かす方向で交渉しますか。)

ティキはそう決断した。




 国内の政争はティキの手の出すべき範疇ではない。ティキが介入するのは、政争ではなく戦争だ。

 そして、そもそもの目的が、ティキと巻き込もうとしている小国家たちでは違う。

 そして、その目的を両方とも……戦争とシーヌの復讐の両方を達成するためには、ある男の情報が絶対に必要だった。

「ほんとうに、その条件を飲んでいただけますね?」

「ああ、当然だ。私は約束は必ず護る。」

クロムの家で、ティキはブレディとクロムを睨むようにしながら強気に、それでも『信じられない』といった感情を声音に乗せて、言う。


 クロムとして、ティキのその疑問はなぜあるのか理解できない。

 だが、彼女が重要視するその依頼は、自分たちにとってもとても大事な契約だ。

「我々にとっても、必要なもの。そのための援助を惜しむつもりは、私たちにはない。」

「そうですか。信じます。」

ティキはそれだけ言うと、ゆっくりと息を吐き出した。

「もうお前たちを護る神獣はいない。それを証明すればよいのですね?」

「出来るのか?」

「これ、なんだと思います?」

ティキが懐から取り出したのは、小さな小さな氷塊だった。


 ティキの懐に入っていたということは、間違いなく人肌に触れていたといいうこと。それなのに融けていない氷は、それが魔法で作られたものであるということと、作り出したのがティキであるということを強烈に印象付ける。

「わからない。」

それだけを見て中身を察するなど、神業に近い。当然そんな術を持ち合わせていないクロムたちの回答は、それに留まる。


「『神の住み給う山』に住んでいた神獣、フェーダティーガーの遺体が二十。」

その発言は、クロムの目を見開かせるには十分だった。

「あの巨体が、か?」

「ええ。常時魔法を発動させる……意識をこれにある程度裂き続ける必要こそありますが、これなら『神獣全滅』には十分な証明でしょう?」

むしろ過剰だ。喉元まで出かかった言葉を、クロムとブレディは必死になって呑み込んだ。

「……わかった。演説に最後まで付き合ってくれたのなら、“災厄の傭兵”の居場所を吐こう。だが、奴をアストラストとの戦争には使えんぞ?」

「逆もまた然り、ですよ。アストラストと戦うのは最後、と彼には伝えます。」

“災厄の傭兵”。シーヌの復讐敵の一人。そしてその姉、アストラストの英雄“災厄の巫女”。これもまた、シーヌの復讐敵の一人。


 同時に戦うのは下策。まず味方陣営に“災厄の傭兵”を引きずり込み、英雄と戦力を大国家と並べて等価にする方が先決。

 グディネかブランディカ。どちらかを墜とせば、戦局は一週間程度の硬直に陥るはずだ。その間に、“傭兵”を討つ。

 ティキは着実に、シーヌに復讐してもらうための包囲網を形成していた。




 ティキは、まだ、気付かない。

 己の行動はシーヌのためであって、ティキのためではないことを。

 ティキはまだ、気付いていない。

 ティキは今、順調すぎるほど順調に、復讐の場を作り上げている……ティキの“奇跡”は介在せずに。


 “永久の魔女”がいたら気付いただろう。

 これほどまで、他人の行動に介入できてしまっているシーヌの“奇跡”。その異常に。

 これほどまでの長時間、ずっと“奇跡”が発動できている。“永久の魔女”のような生涯を通した“奇跡”でもないのに、ただ刹那のための“奇跡”にはあり得るべからざる『運』の向き方が、どう考えてもおかしいということに。

 ティキは、まだ、気付いていない。


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