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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
荒野の政治家
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小国家ケルシュトイル

 ケルシュトイル公国。グディネと東接し、ベリンディスと北接し、ミスラネイアと南接するこの国は、旧ベリンディス王国の公爵だった男が離反することで生まれた国である。

 『神が住み給う山』、旧名『獣山』。あの場に住む獣たちが魔法を使えなかった頃、ケルシュトイルはベリンディスと何度も何度も小競り合いをしたものだ。


 この一帯は小国家群であった。今ではグディネ、アストラスト、ブランディカが大国となったが、昔は違ったのだ。

 せいぜい大きな街が五つ程度の大きさの、小さな国が百近く。それがこの一帯の国の在り方だった。

「数多あった小国は、平和によって多くが滅んだ。」

戦争によって国の体を保っていた大きな街。今になって考えると、自分たちはそんなところで政治をしていたのだろう。


 それでも特別大きかったいくつかの国が、亡びた国家たちを吸収した。グディネたち大国はそれを利用して、さらに遠くの小国家群に進軍した。

 立地上、小国に甘えないといけなかった。ベリンディスやケルシュトイル等、未だに生き残っている小国たちはみな、立地上の問題……『神の住み給う山』に隣接した土地しか持たない、ということで侵略戦争が出来なかった国々だ。

 ゆえに小国。大国と神獣の影におびえる哀れな虫けら。その我々の、偶然続かれてきた小さな自治も、終わりを迎えようとしていた。


「『神の住み給う山』が滅びた、か……。」

先週からまことしやかにささやかれ始めた噂。その情報が真実だった時の恐ろしさは、公王にはよく理解できていた。

 ノックの音。公王は「入れ」と言って彼女の入室を促す。


 入ってきた少女。公王が40も後半になってから得た、一人娘。

 今は国政を少しずつ学び、この国の跡継ぎになるはずだった。

(娘をグディネの王太子に差し出し、この領だけを護る。)

実のところ、この一週間、何度その手で安寧を貪ろうかと考えたかわからない。


 もしも公王に息子ないしは二人目の娘がいたなら、自分は何の躊躇いもなくそれをやっただろう。

 だが、一人娘である。たった一人の、自分の血を受け継ぐ娘である。

 公王にとって、かわいくないはずがない。愛しい娘を、まだ20に満たない娘を、もう齢30を超える王太子などの元へと嫁がせられるはずもない。


 また、彼女をその王太子の元へと嫁がせてしまえば、自分の死後このケルシュトイル公国の持つ領を治めるのは、きっと自分と血縁関係にない、グディネの貴族である。それは嫌だと、脈々と受け継がれてきたこの領を愛する男は思っていた。

「どうだ?」

「派遣部隊はおそらく明後日に帰ってくるだろう、ということです。それと、ベリンディスの辺境から、父上あてにこちらの手紙が届いております。」

娘が差し出した手紙を見る。太陽に透かして見ても、手紙以上の何かは入っていない。


 宛名には、アイネス=ブラス=ククル・ケルシュトイル公王と。そして差出人には、シーヌ=ヒンメル=ブラウと書かれている。

 その名を見て思い出す。確か、もう半年前になる、新規冒険者組合員の一人がそんな名前だったはずだ。

「冒険者組合か……。」

公王は、本能的に理解する。この名の人間が、“神の愛し子”と神獣たちを倒したのだ、と。


 余談だが、シーヌ=ヒンメルが冒険者組合員であることを知るものは少ない。

 というより、世の中の強者と呼ばれる人間が冒険者組合員だった、ということを知ることはあれど、誰が冒険者組合員である、ということを調べる人間は少ない。


 公王がそれでもシーヌを知っていたのは理由がある。

「ミラ。」

「なんですか、お父様?」

「もしリュット学園の生徒が、この状況下で、一帯に戦争を起こそうとしていたら、どうする?」

「どこの国ですか?」

リュット学園魔法衛生課出身、公女ミラ=ククルは質問で返す。

「“神の愛し子”を殺した冒険者組合員。目的はおそらく、“災厄の傭兵”含む四人への復讐。」

「小国最低四つとの同盟、かつ三大国の『神の住み給う山』への進軍。」

解答は簡潔だった。そして、公王の思考とも合致した。


 この手紙を書いたのは、ベリンディスの辺境だという。つまり、同盟を結ぶための足掛かりを、ベリンディスに求めたということ。

「娘よ。お前の気にかけた娘は、ちゃんとやっていっているようだ。」

「……ティキ様が?」

「ああ、この舞台のシナリオを描いている。」

ミラは目を丸くした。ティキ=アツーア・アレイティア公爵令嬢とは、数日に一度、数分間の世間話をする仲だったという。


 大国の大公爵と小国の公王。距離も国力にも大きな開きがあるからこそお目こぼしされていた、小さな小さな交流。

 ミラはそれによってティキを知り、その動向を知りたがっていた。

 卒業したあと本当に血脈婚させられるのなら、きっと彼女の身柄を奪い取ってやるとまで息巻いていた。

 アイネスはさすがに国際問題に発展しかねないので抑えていた(血脈婚という非人道的な行為のために育てたことを考えると、体面的に問題にしない可能性もあった)が、彼女が冒険者組合試験を受けるとミラたちにだけ話したと聞いて、今年の合格者は確認していた。


「シーヌ=ヒンメル=ブラウ……。彼女と共に試験に合格した人間だ。」

「そうでしたね。結婚したのですか?」

「おそらくは、アレイティア公爵家から逃げるためだろう。多くの問題はあるが、結婚すれば、ティキが優先すべきは『アツーア』、『アレイティア』ではなく、『ブラウ』だからな。」

貴族ともなれば色々手間がかかってくるが、と思う。

 それでもきっと、その瞬間には最善の一手だったのだろう。公爵家から逃げるために結婚し、そして今もきっと、二人で活動しているのだ。


 さて、と手紙の封を切る。

 中身は、公王の予想通り。小国家群同盟の形成。

 だが、この手紙にはもう一つ、先があった。

「ベリンディスにいる“災厄の傭兵”を抱き込みたい。やはり調べた通り、シーヌとやらはクロウの生き残りか。」

ティキの合格で得た、シーヌ、デリア、アリスという、合計四人の冒険者組合員の名前。そこから調べた彼らの経歴。


 シーヌ=ヒンメルだけは、出なかった。どんな戸籍を探しても、旅人たちのネットワークにすらかからない。

 だから、死んだ人間たちから探した。特に、シーヌ=ヒンメルが殺したらしいガラフ傭兵団から、念入りに。


 突き止めたのは、死んだ人間の大半が、元『シキノ傭兵団』であるということ。そしてその後、シーヌ=ヒンメルの後をつけた者からの伝令によって得た、“赤竜殺し”ガレット=ヒルデナ=アリリードの死。

 情報としては十分だった。シーヌ=ヒンメルはクロウの生き残りである。

 だが、実に彼らは巧妙だ。ガレットが死んだという情報はある。だが、誰が殺したのかは誰も知らない。その後に死んだケイ=アルスタン=ネモン。彼は反逆罪で処刑されたとのみしか伝えられていない。


 間違いない。シーヌ=ヒンメルはクロウの生き残り、『歯止めなき暴虐事件』の敗残兵。

 そして、その彼の目的は、復讐。ベリンディスに滞在する“災厄の傭兵”、アストラストの“災厄の巫女”、ブランディカの“破魔の戦士”、グディネの“群竜の王”。彼らを殺すことが、最大級の目的だろう。

「ミラ。ワルテリーとケニムスの伝手に早馬を出せ。お前の友に、事実を伝えるといい。」

「良いのですか?」

「ああ。お前たちも、戦場に出ておくべきだろう。……これから、国は荒れるのだから。」

手紙の続きを読んで、ため息を吐く。


 これからしばらく、休みはないかもしれない。それでも、アイネスは娘の願いをかなえてやりたいと思った。

 そう。ただ、「ティキ=アツーアの良き友でありたい」などという、健気な願い。それを無視して鼻で笑って、この同盟を蹴られるほど、アイネスは愚王でも、非人道でもなかった。


 それに、と呟く。信じられないような、圧倒的利益があった。

 一つは、隣接する大国グディネの誇る英雄、“群竜の王”の討伐。精神的支柱を、大国は失う。

 一つは、同様、グディネ軍の壊滅。ブランディカ・アストラストと戦う以上、グディネは精鋭を出してくる。それらの多くを討ち果たすと、討てる算段をつけると、ティキは言ってきている。

 そして、ベリンディスのケルシュトイルへの統合。ベリンディスを滅ぼしたい。それは、ティキ個人の願望のようであり、またその理由も政治家としては納得できるもの。

「認めよう、ティキ=アツーア。お前は非常に優れた外交官だ。」

ケルシュトイルの公王は、こうして、戦争への決意を、決めた。




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