侵略戦争と生存戦争
冒険者組合。繰り返しになるが、これは『最強組織』である。
その『最強』というのは、『戦力最強』という意味である。
もっと言うのであれば、『一騎当千が千人いたら百万人とは戦えるよね』という単純思考による『戦力最強』である。
……尤も、シーヌとティキの二人でも一般兵士レベルの軍相手なら一万くらいは殲滅できる。そういう意味合いでは『最強組織』の今の看板は『世界全ての人間と戦える』ことにあるのかもしれない。
対して、ティキが『脅威になりえる』と話す三大国。グディネ、アストラスト、ブランディカ。この三国自体はそこまで脅威ではない。特に『神の住み給う山』が存在した期間に限って話せば、戦力が頭打ちになるのが目に見えていたことまで含めて、『全く脅威ではなかった』。
その理由は、立地だ。三大国はそれぞれ、隣接した国境が少ない。ただ一つだけある」グディネとアストラストの国境も、『神の住み給う山』に近すぎる。
彼らはそれゆえに、侵略戦争は反対側……『神の住み給う山』の反対側に向けてのみ伸ばしてきた。
頭打ちになる、と言ったのはそれが理由……いずれ、彼らは真の大国に辿り着く。“黒鉄の天使”のような“奇跡”をもって国に仕える人間たちが数多住むいくつかの大国に隣接する。
そこからは、泥沼の争い……にはならない。真の大国は、身の程を弁えている。冒険者組合の力の一部を見せられたことのある彼らは、それゆえに冒険者組合と対峙する道を選ばない。
冒険者組合と対峙することを恐れるというのは、言い換えると国力の向上に消極的であるということだ。
兵士自体の能力は上がる。質を向上させることも、数を増やすことも、『出来る』。が、やらない。
理由は簡単だ。やらない方がいいからだ。
やれば目を付けられるから、やらない。だが、大国であればあるほど他国に対する防備も絶対必要。それがゆえに真の大国たちは決まってこうする。
兵士の質を上げるとき、戦争をするとき、そして数を増やすとき。必ず冒険者組合員の誰かに監視させるのだ。
正直な話、冒険者組合としてはそれをされても意味がない。
国の兵士レベルの質の向上など、冒険者組合員にとってあってないようなものだからだ。
一騎当百程度の兵士がいくら増えたところで、冒険者組合員にとっては蟻がテントウムシになった程度にしか変わらない。蹂躙するのに大差はない。
冒険者組合にとって脅威なのは、兵士たちが皆、シーヌが殺してきた復讐敵たちのようになることだ。
最低“三念”を獲得、その三割近くが“奇跡”を習得。そして総数が千を超える。……ほとんど冒険者組合と同様の基準に達することだ。
クロウのように、意識的に“奇跡”獲得に向けた研究をしない限り、普通そんな兵士が量産されることはない。ない、のだ……。
戦時に頭角を現す将というのがいる。平時にはただの凡庸としか捉えられないものがいる。
冒険者組合が恐れているのは、『神の住み給う山』の周囲で泥沼の戦争を演じ、その過程で多くの“奇跡”能力者を獲得することだった。
そんな事情は、どの国も知らない。冒険者組合が最も恐れることを、他国に漏らすわけがない。そもそも“奇跡”を知っているのは“奇跡”を得た人間だけ。その彼らとて“奇跡”の実態をよく理解しているわけではない。
冒険者組合がその“奇跡”をよく知っているのは、所属する人間の多くが“奇跡”を取得しているからに他ならず、またその調査結果自体をほとんど完全に隠蔽しているからに他ならない。
知らない多くの国にとって、『冒険者組合にとっての脅威』が何かはわからない。
「……三国どれかに勢力が傾いて欲しくない。そういうことだと捉えてもよろしいのですか?」
ティキにとって、その質問は頷くことは出来ない。交渉の席に、シーヌのために、冒険者組合の名前を出して座っているのだ。
シーヌとティキの名に泥を塗るのはいい。冒険者組合の看板には泥を塗れない。
ゆえに、ティキは、『たかが大陸の四分の一が占領された』程度を恐れるとは言えない。
だからこそ、ティキは『武力による脅迫』をしなければならない。
「まさか。問題は、それをやって勢い余って冒険者組合に手を出してくることです。わざわざ国を滅ぼす必要はないでしょう?」
もしも冒険者組合と全面戦争をしようとしたら手加減しても滅ぼしてしまう。ティキはわざわざそう言った言い回しを使う。
「……脅威にすらならないと?」
「ええ。近づく、というのは、物理的にです。戦力で冒険者組合と近づく?宇宙人でも呼ぶつもりですか?」
あるいは、上位の龍を数千単位で用意することだ。たった数人、上位の龍を複数相手にしても生き残れるような人はいるが、それでも十近くを相手にすれば死ぬだろう。
「ようは、この一帯に人っ子一人生きていない、そんな事態を防ぐのが、私の目的です。冒険者組合の強さは同じ冒険者組合がよくわかっていますからね。」
嘘である。ティキたちが知っている冒険者組合員など、『シキノ傭兵団』、“次元越えのアスハ”、“雷鳴の大鷲”一族、そして、“空墜の弓兵”。
どれもこれも、弱くはない。少なくとも“奇跡”を得ているチェガより、強い。
アスハに至っては、冒険者組合の中でも上位百人には入れるような怪物だ。おそらく、上位の龍を二体くらいは同時に狩れる。
冒険者組合の強さを測る尺度として用いられる龍。国力を測る尺度としてよく用いられる竜の上位種である。一言でいうなら、災害。ブレス一つで三つの街と十の村を焼くと言われるのが、下位の龍。一国を容易に滅ぼしうると言われるのが、中位の龍。
それらに対して、飛翔するのが見えたときにはすでに死んでいる、と言われるのが上位の龍である(ちなみに、それは理性を失った龍の話であり、普通の上位龍はそもそも人の目につく場所に行かない)。
上記ティキの出会った冒険者組合員の中で、アスハを除けば上位の龍を殺せるものはいない。『シキノ傭兵団』などは下位の龍にすら苦戦を強いられるはずだ。
だが、それでも、アスハという基準がある。上位百人に入りながらも、決してそれ以上になれないアスハという、怪物が。
ゆえに、ティキはわかる。『冒険者組合』に所属するということ、そのカードを持つことの意味を。それを持って交渉に当たることの価値を。
「まさか、将来民衆が全滅することを避けるための戦い。それをしないというわけではないですよね?」
ティキは首をちょっと横に傾げながら、そう言った。
可憐な少女。かわいらしい仕草。そんなもの、見せかけだ。
この少女は悪魔だと、ようやく冷静な思考に立ち返ったクロムは思った。
だが、既に手遅れ。彼女の切った札。『未来への投資』『民草の殲滅』、そして『生存戦争』。これらに加えて『私たちが手助けするよ』という、援助申請。
それらすべてを無視できるほど、彼女の話は軽くなかった。
それだけではない。自分の中には『神の住み給う山』が滅びたときの仮想敵はグディネのみであった。一度、ほんの一度たりとも、アストラストとブランディカのことを考えなかったのだ。
すでに戦争は決まった。自分はこの国の宰相である。自分の役割はこの国の存続である。
ゆえに、クロムははっきりと確信するべく、交渉を続ける。
彼女は言った。この国が選べる道が、「蹂躙されるか撃退するか」であると。言い換えれば、その二つは選択可能であるということである。
「どうやって撃退をする予定です?」
「覚悟は決めましたか?」
少女の笑みに惹きこまれそうになりながら、クロムは思う。
『神の住み給う山』がもたらす、恐怖による平穏。それに甘えてきた、ベリンディスをはじめとする小国家群。
自分たちが生き残るには、彼女の手に踊らされる以外の道はないのかもしれない。
それでも、蹂躙してくる敵国家に対しては暴力をもって対抗するしかないのだ。
侵略戦争を仕掛けてくる敵に対する生存戦争。圧倒的弱者たる自分たちが生き残るために、ティキの話を聞く。
クロムと、そして上司たるディオスは覚悟を決めたと大きく頷いた。
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