表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
隻脚の魔法士
16/314

結婚

「アレイティア公爵、ですか。」

ティキの隣で、ファリナが呟いた。ティキ自身も、茫然と足を止めている。

 彼女は自分の出自に驚いているわけではない。公爵家と言われたところで、身内婚を強制させられていた彼女が、そんなことを知っている道理もないからだ。

 彼女は、父が今この瞬間に、こんなところに手を伸ばしてきている、その事実に戦慄していた。怒りすらをも覚えていた。

「お前は、アツーアの名前に縛られている。家族に帰れと言われたら、そこに帰るしかない。」

ドラッドが冷たく言い放つ。この世界で最も重いのは、夫婦の関係だ。たとえ国王であろうとも、共にあろうとする夫婦を離婚させたり、罪も義務もないのに隔離させたりはできない。お互いの了承がない限り。

 ティキは結婚していない。夫婦の名前を持っていない。なら、彼女が次に縛られるのはアツーアという名前。つまり、親子の仲に縛られ続けてしまう。たとえ逃げても、家族が追いかけてきたら縛られなければならない。


 それは、この世界で生きるための義務だ。

「ティキ......」

シーヌは歯噛みする。このままでは、ティキの未来に希望がないことは、ティキの事情を薄々察しているだけのシーヌにもわかるのだ。

「兄さんと結婚させられる気はないよ。逃げるから。」

「できません。あなたの姓から解き放たれる方法は、この世界には何一つない。」

「冒険者組合は、その絶対不変のルールから逃げられる道よ。」

「そうさせないために、あなたの父はこのシキノ傭兵団に仕事を依頼したのです。」

一応公爵令嬢だからか、敬語で話すドラッドにも、徹底的に抵抗する意思を見せるティキにも、不穏な空気が流れ始める。


 シーヌの頭に、ありえないことに、一つの解決策が浮かんだ。今この瞬間に、ティキを救う術としてその手段が思い浮かんだことに、シーヌは一瞬困惑を浮かべる。

 しかし、状況はその困惑の理由を求めることを良しとはしない。だから、その解決策に穴がないか、必死にあらゆる視点から思考を巡らせ始めた。

「おい、どういうことだドラッド!」

ガラフがわけもわからずに叫ぶ。彼はこの話を全く聞いていなかったらしい。


「言いました。シキノ傭兵団は、ティキ=アツーアの身柄の拘束、及びアレイティア公爵家への身柄の引き渡しの依頼を受けた。これをもって、ガラフ傭兵団との契約も完了させてもらう。」

仲間割れを起こしているらしい。そして、ガラフ傭兵団とシキノ傭兵団は、決別するらしい。

「そうか。やれ、ガラフ傭兵団!うざったるかったシキノの奴らとの交戦を許すぞ!」


ドラッドの叫び声に、野太い声が聞こえた。シキノ傭兵団より明らかに能力の劣る傭兵たちが、数に任せてガラフ傭兵団に詰め寄っている。

「無駄、だ、馬鹿め。」

ガラフ傭兵団の傭兵が、麻痺したように動かなくなっていく。あの時と同じだ、ティキが交戦した傭兵から、金のカードを奪った時と同じ。謎の魔力が、傭兵たちの懐から肉体に攻撃を喰らわせたらしい。

「数が減って、助かりましたね。」

ファリナがそういいながら、ガラフ傭兵団と対峙する。彼女はあの数、あの質の傭兵たちと真っ向から争うつもりのようだった。


「ティキ!」

 シーヌは、思考を終えて叫んだ。間違いなくティキを救い、ドラッドの依頼の遂行を難しくする方法。それが、ティキの同意さえあれば間違いなく成立する。

 常識的に、シーヌたちはドラッドの依頼遂行の邪魔はできない。シーヌはティキが捕らえられることは、見逃さなければならない......普通ならば。

 しかし、普通でない方法ならば救えるのだ。シーヌにもデメリットは間違いなく存在するけれど。

「えっと、あの、えっと」

彼は緊張で言葉が出ない。シーヌが、よりにもよって緊張するのだ。滅多に見られる現象ではない。


 それでも、何度か深呼吸を繰り返して。大きく息を吸い、吐き出して。

「僕と、結婚してくれませんか。」

恋愛をすっとばした超展開。彼はこれで、否が応でもティキに縛られ、ティキもいやでもシーヌに縛られることになる。

 それでもシーヌはその道を取った。目的は叶える。彼の道に、彼女はもしかしたら邪魔になる。

 それを重々承知の上で、シーヌは結婚が彼の目的に今、一番添えると判断した。

「......。」

ティキは完全に思考を停止した。いきなりの、風情も何もないプロポーズ。しかし、同時にティキはそこに一筋の光明も見出した。

「シーヌと結婚すれば、優先順位は父よりシーヌが上になる。」

ポツリと、彼女は口にする。上手い、とデリアも口に出す。


 普通は思い浮かびやしない方法であった。しかしシーヌは、それを思い浮かび、決断をした。

「結婚を、道具として扱うか。」

ドラッドは口にして、そのあとで慌てた。それでは依頼遂行ができない。

(ようやく冒険者組合の情報を引き出したのに、それでは困る!)

彼はガラフ傭兵団と、金と力を使って交渉をした。自分たちを形だけでも配下として扱って、シキノ傭兵団の悪名が薄れるまでの間匿えば、お前たちを皆殺しにはしない、と。


 ガラフは間違いなく腕が立つ傭兵だった。当時盗賊団だったシキノ傭兵団と戦えば、間違いなく誰一人生きられないか、あるいはガラフ一人しか生きられない、と。その判断ができるくらいには、実力を持った傭兵だった。

 ガラフは、仲間を生かすためにその契約を結んだ。契約を結ぶだけの条件を提示して。

 シキノ傭兵団がいつ契約を解除するか、わからなかった。いつ仲間が殺されるのか、ガラフには読めなかった。


 だから彼は、仲間にいい思いをしてから死んでもらうことにした。死ぬにしろ、良いことなしに死ぬのはさせなかった。

 そのために、シキノ傭兵団が集めた金はかなり使われた。依頼交渉も、より金が増えるように、ドラッドが全てこなした。それが契約条件だった。


 冒険者組合に入ることができて、そこの所属する人間の情報を多く盗んだ。もう、ガラフ傭兵団の悪名は当時のシキノ傭兵団並みに高い。彼らとともにいるメリットが薄れたから、この依頼でおさらばするつもりだった。

 ガラフたちが使ったおかげで失った、傭兵団として活動するための必要最低賃金。それをドラッドは、今回の公爵家からの依頼の成功報酬で賄う気でいたのだ。


(ティキがこれに頷いたらこちらの計算が狂う......!)

ドラッドは、ティキに寝てもらおうと魔法を放って、それが何かに阻まれたことに気付く。

("非存在"、彼女を守るために盾になるか!)

直撃はしたはずだ。第三の魔法概念といえども、その存在の定義づけがある以上、そのルールからははみ出せない。


 彼女は、魔法での防御を使わなかったはずだから、身を盾にした。ドラッドはそう判断した。

(危なかったですね。盾を"非存在"で消していたおかげで、私が無傷だと気付かれてはいないでしょうが。)

背中に負った盾は、無機物であるがゆえに攻撃意図が見せられない。意志を持つのは、常に人だ。"非存在"は、盾を完全に隠すことができた。彼女は魔法で武器の存在を消して戦う魔法使いだった。というよりも、"非存在"の本来の使用方法がそれだった。


 武器が存在しないように見える。攻撃さされたことはわかるのに、攻撃したものがわからない。

 『攻撃手段が存在しないのに、攻撃はされている』。『攻撃意思は見えるのに、攻撃方法がわからない』。それが"非存在"のルールだ。彼女が自らを隠しているのは、『自分は意思を持たない何かである』という定義づけを、自らに行っているからに他ならない。


 つまり、自分の魔法を騙すことで、たまたま自分の存在を隠しているだけだった。

(ティキさん、早く返事を返してほしいところなのですが。)

自分の存在を現して、ドラッドの攻撃思念を打ち消して。呆然とするガラフを無視してティキヘ襲い掛かろうとする傭兵たちを押しとどめるデリアを見ながら。

(でなければ、数分で私たちが負けてしまいます。)

時間稼ぎに行った夫とアリスの安否など、考えている余裕はなかった。




 後ろでは激しい剣戟の音。前では魔法を防ぐファリナの奮戦。

 さらに向こうでは、覚悟を決めたシーヌの力強い、そして少しの不安を宿した目。

 ティキは、そのプロポーズに答えるしかこの場から逃げる方法がないことを理解しながら、同時に皮肉さも感じていた。

(結婚から逃げるために、他の人と結婚する......)


それがどうもおかしい、と思う。どっちと結婚したいかと言われれば、間違いなくシーヌだと答えられるのに。

 彼の道についていくと決めた。逃げ出さないとは決めていない。結婚すれば、まず間違いなく逃げられなくなるだろう。

 離婚は禁忌だ。やってはいけないことの筆頭だ。次に、勘当だ。その両方は、人間がやってはいけない絶対不変のルールだ。


 同時に、一番の美徳は死んだ配偶者の後を追うこと。それを何というのかは知らないけれど、それが一番格好いい死に方だと言われている。

 私は、シーヌの後を追えるだろうか、とティキは思う。後を追わなくても、生きられなくなる気はするけれど、とも思う。

 シーヌは私の後を追ってくれるだろうか、と思う。いくら彼が私を好きでも、彼の人生の目標を投げ出せるほどじゃあない、とわかった。


 あまりに愛の少ない結婚。お互い想いあっていても、お互いが必要としているわけではない。

 お互いが望んでいても、今この瞬間だけの利害関係。

「一生、そばにいてもいい?」

ティキは......私は、シーヌにそれを聞く。禁忌に触れない?と。

「惚れちゃってるのは事実だからね。後悔はしない。」


微妙にズレた答え。ああ、彼は自分が先に死ぬと思っているに違いない。先に死ぬから、ずっとそばにはいられないのだと。

「じゃあ、シーヌが死ぬまで、ずっと着いていくよ。」

死んでもそばまで行くだろう。彼が死んだ世界で、物理的に生きてはいけないだろうから。お嬢様は、どれだけ頑張ってもお嬢様なのだ。

「そうだね......姓は、ブラウとか、どう?青組だし。」

我ながら安直だなぁ、と思う。ティキ=アツーア=ブラウとシーヌ=ヒンメル=ブラウ。うん、いいじゃないか。

 同じことを考えたのか、シーヌの口が自分の名前を口にした。16歳の結婚。これで私は、ブラウという名前に縛られる。

 この結婚が早いかどうかは知らないけれど、これで私の人生は、厳しいことはあっても、無難ではなくても、安泰だ。




「なぜだ......」

ドラッド=アレイが口元を歪ませた。怒りか、嘆きか、絶望か。今の結婚、ティキが縛られなければならないものの最上位の変更で、ドラッドが失ったものは彼自身にとってあまりにも重い。


「未亡人なら、問題ないな。それが処女であるなら、結婚したと本人が言い張ったところで誰も信じない。」

しかしこの期に及んでも、ドラッドは自らの依頼の遂行を諦めなかった。事実だろう。間違いないだろう。確かに、誰も信じない。

「はぁぁ!」

シーヌが短剣でドラッド=アレイに斬りかかる。そう、僕が死んだら、間違いなくドラッドの言う通り、誰も信じやしないだろう。ファリナさんやデリアが証言しようとしたところで、公爵家の権力が握りつぶすだろう。


 結婚した夫婦を引き裂くことはできなくても、結婚したての夫婦のそれをなかったことにはできる。配偶者どちらかの、死によって。

「ふざ、けるな!」

渾身の右足での回し蹴りが飛んでくる。それのほうが自分の刃よりも先に自分に届くと判断すると、シーヌはその短剣の刃で脚ごと切り裂こうと方向を変える。

 脚が刃を通り抜けた。アリスと傭兵の戦いで起こったことと同じ現象。違いはただ一つ、作り出しているのが剣か、脚か。

 シーヌは蹴り飛ばされて地面を跳ねる。二度目の肩での着地と同時に魔法をかけて、自分の体を風で上空に吹き飛ばす。


 同時に、シーヌが三度目の着地をする予定だった位置に、土の顎が現れて空を噛んだ。シーヌは喰われるさまが思い浮かんだその奇跡に、感謝しながらドラッドへ向けて背中から風を受ける。

「"憎悪"!」

その恨みは貴様に送る。そう思い定めて、自分の思いのたけを圧としてぶつける。

「な?」

ドラッドは膝をついた自分を見て驚きを浮かべる。こんな小僧に、そして初日以上の実力を見せる少年に、驚きを隠すことすらできないらしい。

 それでも、ドラッドは百戦錬磨の傭兵であった。すぐにその圧に対抗して立ち上がると杖を取り出して、こちらに向けて杖を向け、純粋な痛みだけを与えてくる。


「効くかぁぁぁぁ!」

叫びをあげながら、それでも痛みの影響で目的位置よりもズレた、予知した位置に着地する。

「......喰らえ。」

それは、ドラッド=アレイの右足の前。存在するのかしないのか、誰も知らない右脚の前。

 その脚を、その足の膝の少し上を、存在する脚の部分を、シーヌは確信をもって切り裂いた。

 彼、ドラッドは、自分の脚がないのを知っている。そこが傷つくことがないことを知っている。だから、確実に傷つけられる場所に攻撃されない限り、回避しない。

 今回もそれだと思った。それだと判断した。しかし、実際の刃は、自分の足の皮一枚、ギリギリ痛みを感じ、確実に多くの血が流れる脈の一部を傷つけている。

「な、な、な、なぜだぁぁぁぁぁ!!」

今度こそ、完全にドラッドは理性を失った。その叫びを受けて、配下の傭兵たちの攻撃が止む。ガラフがはっきり意識を取り戻す。デリアとファリナがそちらを振り返り、ティキだけが変わらず、信じるような目でシーヌを見つめる。


「思い出せ、かつてお前のその脚を斬り落とした少年を。その少年の名は、シーヌ=ヒンメルと言ったはずだ。」

 その少年の呟きが、ドラッド=ファーベ=アレイの耳朶をうった。あまりに信じられなかった出来事だった故に封印して、忘れ去っていた記憶が、彼の頭に流れ込み始める。

「あ、あ、あ......。」

 恐怖と、絶望。あの頃依頼覚えなかった感情が、彼の記憶から蘇ってきていた。

 『歯止めなき暴虐事件』。彼が騎士団を殲滅させてから、他国の騎士団が攻め入った隙をついて略奪の限りを尽くした、そのあとに起こった出来事を、彼は今更になって思い返した。


次の投稿は多分金曜日です。

明日、第一話を改稿します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ