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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
荒野の政治家
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師と弟子と友

 “次元越えのアスハ”。彼の“奇跡”について知るものはいない。

 そもそもシーヌのような、その人生を少し紐解けばわかるような、そんな“奇跡”なんて少ない。チェガやティキなんて、人生だけでなくその内心まで読み解かなければその“奇跡”にはたどり着くことすらできないのだから。

 だが、何かしらの“奇跡”を持っているのは間違いないだろう、とシーヌは思っていた。“奇跡”なく強者たりえるというのはとても難しいからだ。


 “奇跡”は瞬間的に世界を騙す。それだけの力を得ていなければ、冒険者組合で上位になれない、とシーヌは思っていた。

 シーヌは勘違いをしている。“奇跡”=最高の魔法概念ではあるものの、“奇跡”を持つ者が総じて持たない者より強いわけではない。

 単純な話だ。例えばシーヌが最初に殺した復讐敵、“隻脚の魔法士”ドラッド=ファーべ=アレイ。もしも彼がシーヌの“復讐”の範囲外の人間だったら。シーヌは“奇跡”を持ったまま、対象じゃないという理由で、純粋な技量の差で敗北していたはずだ。


 “奇跡”は、その範囲にある限り、不可能を可能にする。同時に、その人の“奇跡”の範囲外にある不可能は可能にならない。

 “奇跡”を得るだけの心の強さがある。それはイコールで、それだけの心の強さがない者よりも強いということにはなりえないのだ。


 アスハは“奇跡”を持たない。持たないことを知る人間も少ない。

 だが彼は、“奇跡”を得たシーヌやティキ、あるいは“黒鉄の天使”ケイや“夢幻の死神”ペストリーよりも強い。

 理由は単純だ。“奇跡”を得ずとも、彼が天才であるからである。冒険者組合における上位の強者。その実力を、シーヌとチェガは存分に味わっていた。




 利き腕は折れた。チェガはそうはっきりとわかる。

 彼の戦闘スタイルは、中近距離における槍での戦闘と長距離における投槍術である。長柄武器の欠点として両手が使えないと戦いにくい。槍なんてものを投げるのにも、片手では出来ない。

 シーヌはアスハの攻撃の癖を覚えているのか、まだ致命傷は負っていない。だが、そう長くこの均衡は持たないだろうという確信があった。


 アスハは、反則だ。何が反則かって、場所を特定できないことだ。

 真正面にいたと思えば、槍の穂先がそっちをむいた瞬間には遥か自分の背中側にいたりする。

 その長い戦闘勘でチェガの戦闘スタイルを見抜き、ほんの瞬間で腕を使い物にならなくした判断力。2対1という状況を即座に1対1にした行動力。

 これぞ、冒険者組合、と言えるものだった。

「戦闘訓練はどうなったんだ?」

という純粋な疑問は残ったが、チェガにとって「上には上がいる」ということを知るいい機会だった。

「というかあいつなら『神に住み給う山』の神獣を一掃できたのでは?」

「それは無理だとも。」

「うわっ!」

チェガがぼやくと、百メートルは先にいたはずのアスハが真隣に現れる。


 どうやっているんだ、という疑問はさておき、鬼のような形相でこちらへ向けて走ってくるシーヌを見ながら、どういうことだ、と目線で訊ねた。

「いつの間にかあの一帯の抑止力になっていた山を一掃すれば、戦争が起きるのは間違いなかった。今、シーヌたちがやろうとしているように。」

その通りだ。“神の愛し子”が死ねば、あの一帯の国家は覇権を争って戦争を起こす。そんなのはわかり切っている。

 自分たちもそう判断したからこそ、その戦争の盤面を、シーヌが復讐を果たしやすいように弄ろうとするだけに留めているのだから。


 だが、そもそも戦争を起こすということ自体にアスハは反対のようだった。

「戦争。経済活動として、主義主張として。奴隷売買として。別によかろう、戦争自体は。……だが、俺はシーヌを知っている。増やしたくないのだよ、憎しみに囚われた子供はな。」

孤児が増えようがどうでもいい。だが、憎しみ以外を糧に出来ない子供の量産は好まない。なんともきれいごとで出来た話だな、とチェガは思う。

「戦争については何も言わないのか?」

「人間が戦争を止められるわけがなかろう?」

このタイミングで、戦争回避の言い訳を並べておいてそれをいうのか、とチェガは素直に思い

「それに……シーヌをああした『歯止めなき暴虐事件』。我々冒険者組合上層部が命じたんだ。『クロウの研究を破壊しろ』と。」

つまりあの虐殺の原因は私たちにあるわけだ。その言葉が耳に入った瞬間、


 チェガの目の前が真っ赤に染まった。

 折れた腕は右。自分はまだ左手で槍を振るうことは出来なかったはずだ、と頭の冷静な部分が声を上げる。

 知るか、出来るなら何でもいい。そんな声が心の奥から聞こえた気がした。とりあえず、冷静なチェガが感じることができるのは、自分が今信じられないくらい激高しているということ、衝動で槍を奮っているということ。


「“友愛”を奇跡にした男だ。そうなるとは思っていた。」

低い、聞きなれた、なぜか憎しみを感じる男の声。

「“三念”。“代理戦闘”の概念は、『誰かの代わりに仇をとる』こと。そして『その誰かの“三念”を一時的に借り受けること』。……見た感じ、そんなところだろうか?」

憎きアスハの声が、チェガの耳に響く。その姿が視界に映った時には、今までの自分の何よりも早く腕が動き、槍の穂先はアスハの胸に近づいていく。

「遅い。」

それでも、弾かれる。自分が自分らしくない動きをしている、そう判断して、体を無理やり動かしている何かを感じ取ろうとする。


 掴んだ。自分の体の制御権を自分のもとに返す。

「……何をした。」

苦々しげな声になったのは仕方がないことだろう。どうしてか、今までで一番強く、一番早く自分は動いていたのだから。

「君の感情を爆発させた。“奇跡”も“三念”も、価値観や人生観というものが形になったものだが、トリガーは感情だ。君の怒りを爆発させれば、何に対して怒っているかがそのまま“三念”になるだろうと踏んだのだ。」

チラリとシーヌを見ると、近づくと端から遠くに跳ばされていた。“次元越え”の戦い方なのだろう。


 シーヌのため。それをわかっても、憎々しい奴だとチェガは思う。掌で転がされたようなものだ。苛立ちを覚えないわけがない。

 最後に一撃、と言わんばかりに、全身全霊の力を込めた槍を投擲する。近くにいようと関係ない。むしろ近くにいる方が当てやすいだろうと思っていた一撃は、随分あっさりと流された。

 流されたというより、別のところに転移させられたという方が正しいだろう。“次元越えのアスハ”。攻防優れた男だと話には聞いていたが、ここまでだとは思っていなかった、とチェガは諦念と共に思った。




 シーヌも疲労に倒れ、チェガは新しい魔法概念を覚えさせられた。シーヌはそのやり方にとても感慨深いものを覚えていた。

 心を爆発させて、感情を形にする。やり方自体は歪だが、その方法をとれば確かに“三念”を目覚めさせることができる。


 “三念”に目覚めた人間と目覚めていない人間では、魔法威力に大きな差が出る。それだけでなく、その他大勢と比べておおよそ絶対的な人間としての分厚さの差ができる。まあ、それ自体は当然と言えば当然だ。自分という人間をわかりやすく言葉にしたものが“三念”なのだから、それだけ自分を突き詰めるようなことをしたということになる。


 “永久の魔女”はそれをしなかったな、とシーヌは思い出していた。必要なかった、というのが本音なのかもしれない。

 シーヌは“奇跡”以外に三つ“三念”を持っているし、ティキは前例のない“奇跡”の変質が起きていた。なら、新たな“三念”を芽生えさせるより戦闘勘や経験を植え付ける方が大事だったのだろう。

「シーヌ。お前は今までよりはるかにうまく私の攻撃を捌けていた。それほどまでの戦闘勘は、“永久の魔女”から譲り受けたものか?」

「多分、そうでしょう。合格ですか?」

「私に対してはな。……シーヌ、お前の戦おうとする復讐敵たちは、私たち『冒険者組合』の上層部にとっては取るに足らない、弱者の一部でしかない。それはわかるな?」

「はい、わかっています。」

のろのろと体を起こしながら、シーヌは答える。


 師匠であるアスハとて、総勢二千人を超える程度の人数しかいない冒険者組合の中で上層に位置するというだけの戦士である。

 その実は、上位百人の中に入っているだけ。実際に戦えば辺り一帯が焦土となりかねないから戦わないが、アスハに匹敵する戦士は多くいるし、それ以上の戦士もまた、多い。

 アスハ自身はかつて、「私はおそらく、冒険者組合で戦いになれば91位くらいになるのではないだろうか?」と言っていた。言い換えるなら、アスハの上には90人の強者がいる。

「慢心するなとは言わん。シーヌは確かに強くなった。だが、同時に慢心しすぎるなとは言おう。シーヌ、私とて、最強の座には程遠い。油断すると、簡単に足元を掬われるぞ。」

そのセリフは、戦争を起こさせようとしているシーヌに対する忠告だ。それを受けて、シーヌは大きく頷いた。


 “災厄の傭兵”、そして三大国の三人の将。

 彼らを殺すために戦争を起こすということへの承諾は、こうしてアスハから簡単に降りた。




 その一週間後、商業都市マニエルにある冒険者組合本部で、男は怒りに形相を歪めていた。その手にはアスハの贈ってきた手紙と、冒険者組合員の名簿と、それ以外の何かの書類。

「クロウの生き残りだと……?アスハの弟子だと……?」

冒険者組合の中でも最上位に属する彼は数回深呼吸をして息を落ち着けつつ、執務机に向かって紙を数枚取り出した。

「さて。なら、やることはいくつかあるな。全ては、クロウの敗残兵が事を為し終えてからだ。」

手元にある、アヅール=イレイという男が送ってきた手紙を見やる。アレイティア公爵家の使者であるという男からの依頼も、今はまだ果たせないだろう。


 男は煙草に火をつけた。ぷかぷかと浮く煙を眺めながら、一番賭けになりかねない一要素を考える。

「さて、ティキ=アツーアは、戦士か、それとも女か。」

男にとって、それが最重要なことだった。


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