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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
荒野の政治家
154/314

冒険者組合史

 工業都市ミッセンに帰還し、シーヌたちは宿にチェックインを済ませる。

「高そうなとこだな。」

「実際高いぞ。冒険者組合御用達の宿だからな。」

チェガの呟きにシーヌが答えると彼は怯えたようにヒュッと息を吸い込んだ。


 怯えた理由は額と肩書だろうな、とこの宿の全てともいえることを理由に挙げながら、さて、と身なりを整える。

「チェガ、正装……はさておき、余所行き用の服とかあるか?」

「あるぜ、親父が必要だからって、俺の取り分から持って行った分が。」

そういえばこいつはパン屋にならなかったんだっけか、と元の進路と共に考えた。もとはオデイアたちも傭兵だ。伝手でも辿って、傭兵稼業で追いついてきたのだろうな、とシーヌは思う。

「正装?」

「いや、傭兵っぽくて、礼服っぽい服?一応礼儀を考えた、と感じられたら、むしろ多少荒っぽさを見せた方が操りやすそうに映るとかでいいらしい。」

なるほど、とシーヌは首を振る。『シキノ傭兵団』はどちらかというと商人や下級貴族から受ける依頼が多かったのだろう。それは今のセリフで確信できた。


 何しろ上級貴族は礼や態度、服装など、あらゆるものに上級であることを要求する。粗野っぽいというのは、操りやすいというより上の貴族の影響を受けていないことを知るために必要なのだろうな、と思った。

 そうこう言い合いながらも着替えを終え、この街最大の建築物へと歩を進める。シーヌがそこに足を踏み入れると、チェガも続こうとして……弾き飛ばされた。

「やっぱりか。」

「やっぱりかじゃねぇ!ってかなんで!」

「冒険者組合じゃないからだよ。」

シーヌの、わかりきっているだろう、とばかりの発言に、チェガが苦い顔を向ける。


 その内心は、「わかってたなら連れてくるなよ」である。だが、これからシーヌは育て親に……“次元越えのアスハ”に会うのである。前回は妻を連れて行った。今回友人を連れて行けば、平穏無事に帰れるのではないか……そう考えたから連れてきたのだ。

「シーヌ。」

「師匠。ご健勝のようで何よりです。」

「お前はそれしか挨拶がないのか。人付き合いはちゃんとしろ。」

ピクリと頬を引き攣らせる。師匠にそれ以上どう挨拶するのが正しいのか、と聞きたくなるのをグッと堪えて、シーヌは頭を下げる。

「……チェガ=ディーダ。」

「お久しぶりです、アスハ=ミネル=ニーバス。」

ギョッとしてシーヌが親友を振り返る。


「会っていたのか、チェガ。」

「ブロッセに来てた時に何回か見たぞ。」

「嘘だろ、おい。」

シーヌは知らなかった事実に驚愕し、しかし何も言わないことを選択する。

「“神の愛し子”は討ったか。」

「ああ、殺した。……その上で、戦争を起こしたい。」

「戦争?ブランディカ、グディネ、アストラストか。」

「いくつかの小国と元『シキノ傭兵団』を巻き込んだうえで“災厄の傭兵”を参戦させたい。」

シーヌがそう言うとアスハはピクリと頬を引き攣らせる。そっくりな反応にチェガがクスリと笑いをこぼした。

「場所を変えよう。規則でな。私の家に招待しよう。」

つまり、冒険者組合支部には入れられない。そうアスハは言っている。

 シーヌはそれに頷くと、チェガともども彼の後に続いた。




「チェガ君は冒険者組合についてどれくらい知っている?」

「ええと、一人で一軍に匹敵するような強者か、とんでもない名声を得た人しか入れないってことくらいです。」

「規則はそうだが、成り立ちについては?」

無言。知らないということをそれで雄弁に語りながら、チェガはアスハの言葉に耳を傾ける。

「かつて、この世界は“神の愛し子”が作り上げた神獣たちのような、そんな獣が満ち満ちていたのだ。」

“神の愛し子”アギャン。彼が作り出した魔法を使え、理性も持つ獣たち。彼らの恐ろしさを、チェガはまだ忘れられない。

「まあ、古代の神獣たちに比べれば“神の愛し子”に作られた獣などアリとトラくらいの戦力比はあろうがな。」

そんなセリフを聞いて、チェガは動揺する。動揺した頭でシーヌを探し、シーヌがあまりにも平然としている事実に目を見開く。


 まるでそんなのわかっているというかのように超然とした態度を崩さないシーヌに、チェガは声をかけようとして

「で、続きは?」

と問いかけるシーヌに、腰を抜かしそうになった。シーヌにとって、それくらいは「わかっていること」だということだろう。

「冒険者組合は、そんな神獣やそれを治める神龍を討ち滅ぼし、人の世を創ろうとした者の総意が生み出した組織だ。」

チェガは頭に疑問符を浮かべる。それがどうして『冒険者組合』という名称になるのか、そして強者だけしか受け入れない組織になるのかを理解できないというように。


 そこでシーヌが補足を入れる。彼は“永久の魔女”に与えられた当時の記憶がある。それをそのまま披露するわけでもないが、多少かみ砕いた説明をできる程度には多く知識を持っている。何しろ彼女は、冒険者組合創始当時に生きた最強の魔女の一角なのだから。

「アギャンが作り出した獣よりもはるかに強い化け物たちの群れの前に、チェガは“奇跡”を得ていない状態で立とうと思う?」

「いや、何か理由がない限り立とうとは思わない。」

「たとえば、そうだな……村人が襲われているとかなら?」

「行かない。共倒れになる。」

正しい選択だ。シーヌとアスハは共に頷く。


 なら、と前置きしてシーヌは続けた。

「“奇跡”、あるいは“三念”を得た後なら?」

「範囲による。……俺なら行かねぇ。」

チェガの“奇跡”は“友愛”。名を、“友が為の修羅”である。

 言いかえると、友のために戦うわけでない限りチェガの戦闘力は一般人より少し強い程度でしかない。

 範囲による、とは、その状況下で自分が持っている“三念”の能力の範囲による、ということだ。チェガとて絶対に死ぬ闘いには身を投じる気はない。


 神獣に襲われているのがシーヌであれば、あるいはチェガが“奇跡”を発動させられるだけの友情を持つ友であれば、チェガは戦いに身を投じられるだろう。

「そういうことだ。」

「何がだよ。」

それで説明終わり、とでも言わんばかりのシーヌにチェガが待ったをかける。結局よくわからなかったのだ。


 シーヌは何といえばわからず、口を閉ざす。アスハはそれを見て、からかいの笑みをシーヌに向けると、再び説明すべく口を開いた。

「一般人より少し強い程度では勝負にならない。そんなのを相手にしたいのなら、方法はひとつしかないだろう?」

自分で考えて見ろ、と言われているのを見て取って、チェガは頭をフル回転させた。

「人の世を創り出そうとした、のですよね?」

「同時に、神獣の世を終わらせようとした、とも取れるな。」

ならば答えは一つだ。質を上げて、数を増やす。元からいる質の良い戦士を集める。それが最も正しい選択肢のはずだ。

「そう。そうして集められた、神獣たちに対抗できる力を持つ戦士たちは、己らのことを冒険者と呼び、己らとそれ以外の兵士たちを分けた。これが冒険者組合の始まりだ。」

チェガは呆れたように息を吐いて言った。


「わざわざ冒険者と戦士を分けて扱う必要があったのか?」

「強さの量りだ。複数の神獣との戦いに耐えうるのか耐えられないのか。一人で複数の神獣と戦えるのと、複数人で一体の神獣と戦えるのでは、話が違うからな。当時人間の世ではなく、人間の総数は今よりはるかに少なかった。足の引っ張り合いをしないためにも、強者とそれ以外を分ける必要があったのだ。」

アスハはそう言うと、かなりおおきな邸宅の中に入っていく。シーヌとチェガもそれに続いた。


 アスハは玄関に入らず、そのまま広い庭の方へ歩いていく。その行動で次に何が来るかわかったシーヌが、「やめてください」と震える声で呟いた。

「シーヌ。戦争を起こすといったな。」

「言いました。」

「ティキさんが帰ってきていない、元『シキノ傭兵団』を巻き込むといいながら、帰り道に一緒だったという報告は聞いていない。」

「……。」

やはり全部監視されていたのか、とシーヌはぼやく。そんなことを考えてでもいないと、やってられなくなる。それを重々承知しているからこそのボヤキだ。


 アスハはそんな死にかけのシーヌの目をチラリと見やると、庭にある、一見物置小屋のような建物の扉に手をかける。

「チェガ君。」

「なんです?」

「例のあれだ。くぐってみたいと言っていただろう?」

「ああ、言いましたね、そんなこと。」

意外とちゃんとした交流があったんだな、と本気でシーヌは驚く。ブロッセにいたころにチェガとアスハを会わせることがなかったために、交流はないと思い込んでいた。


 扉に手をかけたまま、アスハはシーヌに振り返る。

「シーヌ。」

「なんでしょう?」

「最初から戦争に変える気だったか?」

「『シキノ傭兵団』とチェガの参戦で決めました。」

ティキや元『シキノ傭兵団』を『神の住み給う山』に残してきた時点で、あの近隣での戦争を止めることは出来ないと判断したのだろう。アスハは深い息を吐くと、言った。

「成功ばかり、か。そろそろその鼻っ面を折っておくべきだな。」

「ここに向かった時点でそういう意図だろうというのはわかっていますよ。」


 何度この扉にお世話になったのか、シーヌは覚えていない。そう吐くと、早く開けろと身振りで催促した。

「……荒野でいいか。」

アスハはゆっくり扉を開け、くぐるように示唆する。シーヌは慣れているかのようにさっさとくぐり、チェガは興味半分恐怖半分で扉をくぐった。


 扉の先。そこは、元の扉があった物置小屋の中とは思えないほど広い、荒野。

 アスハの二つ名となっている“次元越え”。その能力の一端である、“空間跳躍”。本来アスハ単体しか通れないそれを、『扉の先をつなぐ』というイメージで誰にでも通れるようにしたもの。

 その先にある荒野で待っているのは、シーヌにとっては地獄である訓練。

「さて、シーヌ、チェガ君。構えなさい。」

「え、俺もですか?」

予想外の自分の参加に、チェガは背筋から汗が吹き出し

「“奇跡”を得ただけでは足りん。“三念”の一つや二つ、覚えて帰れ。」

アスハはチェガに、そう告げた。

「……生きて帰れるか、俺?」

「安心しろ、師匠の特訓は死にかけはするが、死にはしない。」

嬉しくねぇ保証だな。そう呟きながらも、チェガは思った。

 息子代わりの男の友へ特訓をつける。それだけ、シーヌに死んでほしくないのだろう。愛されているな、という言葉は、二人共の反感を買うだろうから、言わなかった。


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