終わらせた平穏
シーヌを見つめる『シキノ傭兵団』オデイア隊。
彼らは『歯止めなき暴虐事件』に参加し、その防衛主力である騎士団を崩壊させ、しかし『暴虐事件』という名の虐殺行為には参加しなかった、変り者集団である。
「オデイア。……チェガ。」
「ああぁ……、師匠だ。」
「わかっているのか、どういうことか?」
「わかってるよ。それでもな。けじめはつけておくべきだと、俺は思うわけよ。」
意味が分からないほどシーヌも馬鹿ではない。そして、いくら何でも殺気を丸出しにされた状態でけじめなどつけられないことも、頭では理解している。
ちらりと、後方でシーヌを眺めるティキを見た。彼女はもうボロボロだし、この人数を相手に守りながら戦える余力はない。
それになんとなくだが、彼らと戦ってはならないと、“復讐”が伝えてきている気がしていた。
だからシーヌは手を下げる。ホッとしたように、チェガやオデイアが息を吐いた。
そしてティキは驚愕していた。何かの意志を感じさせる小さな光。それがシーヌの周りを飛び回っている。
それがシーヌの体にわずかに触れる度、シーヌから殺気がわずかにそぎ落とされていく。
「何が。」
発しようとした言葉を飲み込んだ。なぜなら、声が聞こえた気がしたから。
(黙っていて、ティキ。)
それは、あの二人でもない誰かの声。ティキの知らない誰かの声。でも、シーヌのことを想う、誰かの声。
だから、ティキは沈黙し……そして、視た。
シーヌが殺気を霧散させる。声は発さず、剣は握らず、同時に戦おうという意志を見せず。だがしかし、警戒心だけは隠そうとせず。
「シーヌ=アニャーラ。」
「ヒンメル=ブラウだ、『シキノ傭兵団』。」
即座に答えるシーヌの声に、傭兵団の面々は口を噤む。
「あの時、何も介入せず、虐殺が起こることを予期したうえで、手を出さなかったことを、謝罪する。それゆえに死んだ君の家族や友人を、我々は悼む。」
「悼んだところで帰ってこない。余計なことに労力を使うな。だが、謝罪は受け入れてやる。」
シーヌは、尊大に、言い放つ。言い放ったがゆえに逆にシキノ傭兵団の面々は逆に笑った。
許すものと許されるものの構図を、しっかりと理解して、作り上げた。間違ってっも謝罪する傭兵団と謝罪されるシーヌの立場は対等ではない。それがわかっているなら十分だというように
「何かあったら、罪は償う。」
「位置情報を教えておけ。僕たちは戦争に出る。」
その言葉の意味を正確に察したのは、三人。
シーヌ、オデイア、チェガ。もともと情報のないティキはわからず、行動指針をオデイアに丸投げしている傭兵団は、考える必要はない。
“殺戮将軍”の元にはいかない。それ以外の、シーヌの仇は、あとわずか。
同時に全員仕留められる場所がある。いや、仕留められる環境を創りあげる方法がある。
「ブランディカの“破魔の戦士”、グディネの“群竜の王”、アストラストの“災厄の巫女”!」
それは、この“神の愛し子”ゆえに停滞していた国家の戦士たち。
『神の住み給う山』に隣接した国は、戦火によって山を刺激するのを避けるため、山の近くでは戦争をしなかった。
対して、その隣接する反対側はどうか。
『神の住み給う山』の北側にあるブランディカは、北方への侵略で。
西側にあるグディネは、西側への侵略で。最後、南側にあるアストラストは、南側への侵略で。
国境沿いにある山に沿うようにある小国には手を出さず、それぞれが山の反対に侵略し、」それぞれ国土を拡張してきていた。
彼らの仲は、悪い。この『神の住み給う山』がなければ、とっくに戦争をしていただろうという確信があるほどに。
「……手を貸しても、よいか?」
オデイアの発言に、シーヌは我が意を得たりとばかりに頷く。
「頼んで、いいか?」
「人手はある。馬鹿だが、愚かではない。手紙を出すならできるだろうし、交渉事は俺がやる。」
「チェガは」
「持ってけ。」
それによって、ティキは意味を悟る。そして、笑った。
「シーヌ、私も残る。」
「良かったのか?」
「『シキノ傭兵団』に、それが出来るやつはいなかった。」
「そこまで弱いか?」
「今のチェガなら全員相手にしても善戦できるさ。」
馬車に乗って、チェガとシーヌは進む。この馬車のうち三頭のペガサスはティキのものだ。だから、シーヌも支配権を半分持てるように、屈服させた。
その、合計四頭のペガサスたちは、シーヌをミッセンに運んで行く。
「おれが“奇跡”持ってるの、気付いたのか。」
「得なかったら、きっとお前は死んでいた。」
そうなったら、自分は自分を許せるだろうか。そんなわずかに生まれた疑問を、シーヌは無理やり消失させる。
復讐の路を歩むと決めた。その時点で、そんな悩みに意味などない。
そうして進んだ先。三日ほどで見え始めたミッセン。
「次の復讐、厳しいぞ?」
「今回ほどじゃないんだろ、シーヌ?」
「違う。お前は、人を殺すんだ。」
「お前に出来て、あの嬢ちゃんに出来て、俺に出来ない。そんなことはないだろうさ。」
チェガは飄々という。そんな軽さが誰かに似ていると、シーヌは思った。
ああ、アゲーティルに似ているんだ。そうシーヌは確信し、だがその違いをも明確に見て取る。
辛酸舐め切ったグラウと、シーヌに手を貸すために軽い態度に『見せている』チェガ。
明確な両者の違いに、シーヌはわずかに不安を感じ。
「何とかなるか。」
それを見せないよう、精一杯に覆い隠して、街を見る。
「師匠は、なんて言うかな。」
親代わりになっている男のことを想う。この自分が、妻の後は友人を連れて行く。そんな珍現象を起こそうとしている自分を顧みる。
「復讐鬼には、あまり、見えないな。」
こぼれた言葉の続きを考えないようにして、シーヌは馬車を走らせる。
次の復讐は時間がかかる。それでも、時間と労力に見合った数の仇を殲滅できる。
せいぜい一軍に組み込まれた大将クラス。それでも、国家に守られた戦力を確実に殺したいのなら、戦乱に紛れたどさくさがいい。
シーヌは焦りながらも悠長に、その時のための準備物を考え始めていた。
これで『神の愛し子』編は終了です。
次は『荒野の政治家』編、『戦乱の讃歌』編の二部編成でお届けします!
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