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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
神の愛し子
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神たちの死

 アギャン。己の生き方を形にした、“奇跡”の力を得た男。通称、“神の愛し子”。

 だがしかし、その力はアギャンの表層的な理想とは程遠く、ゆえにアギャンは己の“奇跡”、己の生きざまを否定した。


 この戦闘のさなか、自分の血縁に属するものの手によって忘れていたそれを暴露され、死にそうになったそれは、失意の底まで落ちていた。

 失意の底まで落ち果てても、戦いは続いている。彼を救うべく、ただ二匹の彼の(神獣)が戦いに参戦している。

 だが、それでも。ミャーもクルスも、迫りくる“従属化”された獣たちとその親玉の対処で精一杯だった。

 そもそも前提として作戦に組み込まれていた挟み撃ちは、たった一人の修羅(チェガ)の手によって阻まれている。


 もしも脅威がこれだけなら。その仮定に意味はない。

 そもそもの前提として、この状況は彼の手なくして起こりえない。同様、アギャンを護る彼ら友人たちの手が、アギャンから離れること。その現象も、彼の“奇跡”なくしてはありえない。

 純然たる事実として、(アギャン)が絶望する状況。それは、アギャンが、それ以外の仇たちが作り上げた、復讐鬼の持つ権能に他ならず。




 魔法とは、意識の力だ。意志の力だ。

 失意の底に落ちるとは、その魔法の力を失うということと同義である。

 そして、その大きすぎる隙を見逃すような“復讐鬼”ではない。多少の足止めを蟲たちから喰らいながら、それでもシーヌはアギャンの首筋に剣を添えた。

「“神の愛し子”アギャン=ディッド=アイ。」

「偽名、だ。僕は、結婚も、していない。」

「していたのだろう。この山と。……夫婦並び立つのではなく、上下関係と考える辺り、お前は貴族だったのだろうが。」

この山の全ての獣を実質支配したアギャンの在り様。それを『貴族』と称しながら、シーヌはアギャンを問い詰めにかかる。


「クロウの人間たちの人生を折ることに、ためらいはなかったのか?」

「悪いと思わなかったのか?」

「生き様すらをも決めさせてもらえなかった、僕たちの無念を考えなかったのか?」

その問いに、失意の底に落ちた男は、悩む間もなく答えた。

「僕以外の人間のことなど、どうして考えなければならない?」

ああ、この男は。シーヌは、あまりにも他者を消し去った思考を見て、気付く。


 他者との交流を一切せず、自分の理想にだけ邁進し、獣だけを友と呼ぶ。

 閉じた世界の人間の有様が、これだ。

 この男に憎しみをぶつけることに意味はない。なぜなら、憎んだシーヌの激情も、この男にとっては歯牙にかけるほどでもないことだからだ。

「お前はどうして、迎撃した?」

「夢を阻もうとするからだ。邪魔ものだからだ。」

ああ。この男は。自分の目的である『復讐』自体を見ていない。復讐しに来た自分に対して、『僕の夢を邪魔するから』敵対したのだ。


 行き場のない憎しみが血に巡る。自分を圧し潰そうとしたそれを、シーヌは殺意で上塗りする。

 どちらにしろ、彼は殺す。絶望は与えた。ティキの手によって与えられた。

「復讐するために、僕はここにいる。」

「夢も希望も持たずにか。」

「復讐を終えたら、きっとわかる。」

斬ったという、感覚はなかった。それでもアギャンの首から血は噴き出たし、それが頬に当たることで、自分が剣を振りぬいたことに気が付いた。


 シーヌ=ヒンメル=ブラウ。“復讐鬼”。

 彼は、死んでもおかしくなかった、事実上の最大戦力を斬り殺した。

 “神の愛し子”アギャン=ディッド=アイが、本当は『冒険者組合』に次ぐ『怪物集団』であったことは誰も知らない。実際に戦ったここにいるメンバーも、『シキノ傭兵団』の生き残りたちも。

 この山が本気を出したときの実力のほどを、その肌で感じてなお。

 その力量を図るための量りを持ち合わせたものなど、ここには、いない。


 そうして一つの復讐は終わる。だが、シーヌは、この理不尽に抱かされた激情を、殺意に変えた憎悪を、持て余していた。

「ああ。……。ああ。」

そうしてシーヌは、あまりに見向きもされなかった死人の怨念(シーヌの友人)たちの無念を晴らしたいと願い。そしてそうするのが正しいのかのように、未だ生き残る獣たちへと、牙をむいた。




 クルスは己が統率していた獣たちの動揺を、その皮膚で感じ取った。

 同時に、自分の心の中にあった、決して譲れない何かを護り続ける必要がないことも、悟ってしまった。

 混乱の極みに陥った獣たちは、その果てに同士討ちで、あるいは反逆者たちの手で、その命を奪われていく。

 ああ。クルスは思う。この山の獣たちは、ほとんど全滅するだろう。


 今ミャーが戦っているティキ=アツーアという少女。そして、一度に数万という数を足止めしてのけたチェガという少年。

 そして、己が主を倒してのけたシーヌという名の怪物。

「彼らは、強い。」

ゆえに、クルスは思う。

「鷲の理を超えて生きた先。せめて強敵との戦いで命を散らそう。」

三人のうち、己が友と戦う少女ではなく、主を殺し、憎悪の行き場を持て余す少年でもなく。


 最古の大鷲、大空を羽ばたく神獣は、己が生き方に最も近い修羅(チェガ)を、好敵手と選んだ。




 主が死んだ。味方はもう半壊している。

 そんな最中、原初の神獣はただ少女に一撃いれんと奮闘していた。

「勝てないよ、それじゃ。」

ティキが後ろに立っている。撃ちだされた魔法はミャーの目の前と足元。

 跳躍して回避した先から生えてきた杭。その端に足を添えて跳躍。その先から飛んできた矢を魔法で吹き飛ばし、吹き飛ばしたときの風圧を使って体を動かす。

「確かに、勝てないニャ。」

ミャーは長く生きている。だが、獣と人間では魔法の精度、種類、威力に大きな差が出る。


 生きた年月ではない。才能の多寡でもない。

 純粋に脳の大きさとして、思考の速度として、感情の大きさとして、獣は人に勝てないのだ。

 それでもミャーは戦い続ける。友は死んだ。ミャーは、己の最初の肉体が滅びたとき、友がどれだけ泣き叫んだか、覚えている。

 だからこそ、ミャーは本気で戦うのだ。獣でも、ただの猫でも。

「ミャーは、人間とここまで戦えるのだと!神獣と呼ばれるに足りうるのだと!草葉の陰にいるアギャンに叫ばなければならないのニャ!!」

爪が、猛威を振るう。叫び声に木霊するように、魔法が次々飛び交い、ティキとミャーは、ヒトと猫は戦い続け。


 いつしか、周囲は争い合う二つの音以外は消え去っている。

 それは、その二つの争いを見守っているからではない。いや、彼らを見守る眼はそれなりにあるが、それだけではない。

 シーヌの八つ当たりが終わったからだ。八つ当たりによって、この山に住む全ての神獣たちが、刈り取られたからだ。

「もう、終わりだニャ。」

ミャーの姿は悲惨だった。すでに片耳はなく、尾は途切れ、片腕もなく。

 それでも戦えるのは、ミャーが猫であるからだ。


 小回りが利き、狙いがつけにくい。ミャーはその利を精一杯に使って、ティキを相手に善戦していた。

 だが、それでも。ミャーは次が最後の一合だとわかっていた。

 何度も肉体の死は経験している。何回も若い獣の体を乗っ取って、戦ってきたのだから。生き続けてきたのだから。

 己の体の力は、もう数分しか持たないと知っていた。


 ティキが巨大な剣を生み出す。ミャーはそれを見て微笑んだ。

 彼女は、最後の最後まで、自分を強敵として扱った。それをわからないほど、ミャーは馬鹿ではなかった。

 己の両足に力を籠める。失った腕を魔法で再現した。低く落とした姿勢から、跳躍する。同時に自分の周りに光を展開する。

 一筋の光になって跳躍した。その体はティキの剣と衝突する。


 一か八かの賭けだった。ミャーの肉体が、ティキの光剣に勝てば、ティキの体にそのままぶつかることが叶うだろう。

 満身創痍のミャーが最後に見たものは、疲れ切って地面に崩れ落ちそうな体を手近な木の棒で支えながら剣の魔法を必死に制御する、勇猛可憐な少女の姿だった。




 敵が大混乱に陥った。自分が相手していた五万近い獣を、ほんの数千ほど減らしたところで、チェガはその謎現象に気が付いた。

「シーヌ?」

応えるものはいない。だが、気を抜いてもいいのかもしれない。

 そう思った矢先に、空から飛翔してくる弾丸。チェガはピクリと頬を揺らす。

「勘弁してくれ。こっちはとっくにガス欠なんだ。」

それがこの山最強の一角であることなど、チェガは知らない。だが、それに準じるものであることなどは容易に想像がつく。


 魔法で作った槍を投げだしながら、チェガは思った。

「これ、勝てるのか?」

声に出るほど、逼迫していた。


 物音が消えた山の中で、急降下するクルス。

 ミャーとティキの緊張感の高まりとともに、クルスとチェガの戦いも佳境に入る。

 クルスは無傷。対してチェガは満身創痍。

 ティキたちの現象とは全く反対であるからこそ、クルスは早々に決着をつけることを選ぶ。


 もしも1対2の状況になったら、絶対に勝てない。だからこそ、クルスは勝負を急ぐ。

 弾丸のように体を小さく。高所から飛び降りる。

 当然のように、チェガも反応し。

 あっけなく、クルスはその身を大地に横たえていた。


 チェガはずっと、槍を使っていた。だからクルスは、チェガは槍と魔法しか使わないと信じていた。

「最後の最期で、体術か。」

「掴んだだけだよ。体術って言えるほどでもねぇな。」

そうか。それは言葉にならなかった。いう必要もないことは心にとどめて、クルスは言う。

「少年よ。」

「チェガ=ディーダだ。なんだ?」

「悔いなく、生きろよ。」

本心から、クルスは言う。今なら言えることがある。


 自分とミャーがもっとちゃんとビレッドを見ていたら、ビレッドはきっと絶望しなかった。もっときちんと話し合っていれば、彼はクロウには行かなかった。

「おう。わかったよ。」

それでも彼は、いつか何かを悔いるだろう。生きるとは、そういうことだ。

「ではな、チェガ。……さらば、だ。」

そう最後まで言い切ると、大鷲は死んだ。

「これで、ようやく一つの復讐は幕引き、っと。」

そう呟くと、チェガはギャラリーたちの方を見る。


 そこには、一触即発の空気を纏った、『シキノ傭兵団』の面々とシーヌの姿があった。


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