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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
隻脚の魔法士
15/314

15.試験戦線

 シーヌは、それを聞いて、嗤った。嬉しいとでもいうかのように。

「デリア、聞いていたのか?」

「いや、初めて聞いた。まぁ、早く終わるに越したことはないな。」

デリアもあまり慌ててはいないようだ。というより、望んでいるようだった。


「問題は人数やな。向こうは二百ちょい、こっちはたったの四人。勝ち目ないわ。」

「大将だけを狙えばいいさ。それさえ落とせば、割とあとは何とかなる。」

シーヌが丸投げするかのように、いや実際丸投げして言った。

「いえ、グラウ。実際はほんの五十人ほどです。ガラフ本人以外はみなシキノ傭兵団で固めるから、とドラッドが命令していたのを見ています。」

 ファリナが言ったセリフに、デリアとアリス、グラウが同時に表情を固めた。シーヌはまるで悪魔かのように、ニィっと口角を上げると。


「全員殺せばいいわけだ。それなら簡単だ、ついているな。」

ぞっとするような声音で言い切った。


 その声音でグラウは悟る。シーヌの中では、シキノ傭兵団はもう皆殺しにすることが確定している。

「物騒なこと言うとるけどな、実際数の差は覆せへんで。」

「なんとかなる。僕が奥の手を解放すれば。」

シーヌは、数の差もある程度覆せる自信を持っていた。あるいは、デリア以外の手を借りずとも勝てるかもしれない、と考えるほどに。

「奥の手?」


アリスは、ドラッドがいる以上、数の差を覆せるほどの強力な魔法が使えるとは思えなかった。

「詳細は言えない。けれど、これは、『シキノ傭兵団』にとって宿敵のような、最悪の“魔法”だよ。」

シーヌが強調したのは『魔法』の二文字。その意味を正確に理解できたのは、そこにいたのはティキ一人。


「魔法……。」

その呟きは、シーヌの心に少しの波を立てた。彼女にそれを見られたくはない。しかし、今更だ、という想いも湧いてくる。

 “憤怒”と“憎悪”を見られた時点で、シーヌの中に渦巻いているものがまっとうでないことくらいはティキに知られている。制御をせずに本気で放った時に、その激情の強さすらも察されているだろう。

「うん、わかった。シーヌ、私も、シーヌの復讐に付き合うよ。」

ティキは決意を固め、シーヌに対して宣言する。


 シーヌは初めて、ティキの覚悟を知った。彼についていく覚悟が、揺るぎのないものであることを理解した。

(人は、変わるんだね)

大して自分は、いつから変わらずにいるだろうか。自分の能力を失うことが怖くて、変わらなければ失わないことを知っていて、だから何も変わろうとしたことがない。


(すべてが終われば、僕は何かを変えなくちゃいけないかな)

シーヌはいつ終わるとも知れない未来に、自身の変化を夢想した。彼の復讐は、シキノ傭兵団のみに留まらない。

「ティキ……本当に?」

アリスが信じられないものを見るかのようにティキを見つめる。デリアが肩を軽くたたいて彼女を諫めなかったら、アリスとティキは喧嘩していたかもしれない。


 それくらい、アリスにもティキが言うことが普通は無理なことだとわかっていた。彼女自身が出来そうにないものだと、理解できていた。

(どうして、ティキはここまで強くなったの?何がそれほどに強くできるの?)

アリスも、ティキが世間知らずなのは気付いている。


 それでも、この二日間、ティキがシーヌを見ていたのなら、彼が歩む道のりが想像を絶するものであることは気づけるはずだ。その道についていこうとするのは無理だと、不可能だと思っていた。

(そもそもついていこうと考えつくのが一つの間違いじゃない)

それがもはや、ただシーヌを否定する考えであることに、アリスは気がつかない。


「もし、アリスが同じ道を歩むなら。」

デリアがアリスにだけ聞こえるように言い始めた。同じ道を歩む、というのは復讐の道を行く、という意味だ。

「俺はアリスを受け入れる。アリスといられれば、アリスがアリスなら、他は何もいらない。」

彼女はハッとしたようにデリアを見た。彼女自身も、デリアに対しては同じことが言えるかもしれない。

(私はたぶん、先にデリアに思いとどまるように説得する気がするけれど)

彼女は復讐を良しとは思えない。もちろん、悪いと言えるわけではない。

 彼女が生きてきた人生は、それを判断できるほど濃くはないし、殺戮の世界で生きたことのない彼女が、殺人や復讐を悪いことだと言ってはならないほどには馬鹿ではない、わかっている。


 しかし、生理的嫌悪感は拭えなかった。アリスは自分が人を殺すことはできないだろう、と思う。

「気絶させる、そこまでなら私もできるわ。」

アリスは、殺しはしないと明言した。そうすることで、自分のスタンスを決めたうえで、その中で今は協力する、と言い切った。


「……アリス、シーヌの復讐のための同盟じゃないぞ。」

デリアは本題から離れたところで悩むアリスに、自分たちは目的が違うのだと修正をかける。

「そやな、俺らの目的もあんたらを合格させることで、シーヌの復讐に手ぇ貸すことじゃあないわ。」

グラウもうんうんと頷く。


「そうだね。それに僕の奥の手は、ガラフには通用しないから。」

シーヌは別段、アリスの悩みに付き合うつもりもないから、気にせずに話を進める。アリスは一瞬ムッとしたが、気にされなくても当然だと思ったのか、文句を言うことはなかった。

「ガラフに通用しないなら、デリアはガラフを倒すことに集中すればいいわけだ。私とティキと、スティーティア夫妻は、どうすればいいわけ?」


作戦会議だと、アリスは意識を入れ換えた。生き方会議とか、人生哲学とか、そんなものを語る場ではないのだと、彼女は自分に言い聞かせる。

「いやぁ、アリスさんはどう考えても囮やなぁ、しかもわかりやすい感じで。」

半数はあんたに殺到して欲しいわぁ。そうグラウは言う。一人で25人引き付けて、生き残れという事らしい。


「逃げるだけでいいなら、出来るわ。ティキは?」

「そりゃ、シーヌとデリアの露払いやわ。ファリナと一緒に。」

グラウは即答する。シーヌたちが立てられる作戦の、最も幹部たちに近づく方法を、彼は提示していた。


 シーヌもデリアも、その作戦がどういうものか、もうすでに察している。それでいいと受け入れて、納得して、何も言葉を挟まずに聞いていた。

「……グラウさんは?」

「俺はあんたに着いていって、あんたが逃げてる間に邪魔ものを殺していく役やわ。」

彼女が逃げている間に、彼女を追いかけている傭兵は減っていくらしい。楽になるならいいか、とアリスは釈然としないものを感じながらも頷いた。


「で、いつ着くの?」

「三時間後、ですね。後から何かトラブルでも起きていない限り。」

「っつうことで、移動始めよか。とはいえ俺とアリスはここに残るけども。」

「こんなギリギリで、間に合わなかったらどうするつもりだったんだ?」

シーヌがぼやきながら、グラウに金のカードを差し出しつつ、目に異様な光を覗かせて立ち上がる。それは一つの目的を達成することへの喜びと異様なまでの殺意に満ちていて、デリアが一瞬腰を引いた。

「その殺意を抑えてください、シーヌ=ヒンメル。“非存在”が発動できません。」

静かに淡々と、やるべきことを承知している女が言う。それを聞いて、自分の昂った感情を抑え込むように一度、二度と、シーヌは深呼吸を繰り返す。

「……へ?」

アリスの前から、ファリナの横に並んだデリア、シーヌ、ティキの姿が消える。ファリナが姿を消せることは知っていても、それが他の人に及ぼせることを、アリスもティキも知らなかった。


 しかし、シーヌもデリアも、グラウもファリナも、消せることを前提で話を進めていたのだ。話の流れから読み取れなかったことは、彼女のミスだと彼女は後悔した。

「いってらっしゃいな。」

「……グラウ、わかってるとは思うが。」

「既婚者やで、俺。」

「……そうか。」

どこからかもわからないデリアの声が聞こえた。その後、ガサガサという音とともに、頭上の樹が揺れて遠ざかっていく。


「いや、アリスさん、あんた愛されてますなぁ。」

当たり前のことを男が告げる。アリスは少しだけ遠ざかっていった方を見つめて、その後腰から剣を抜く。

「シーヌを敵視するのも受け入れへんのもええんやけどな。」

グラウがそんなアリスに声をかけた。

「綺麗ごとで生きたいんやったら、冒険者組合なんか入るなや。というか、死にぃや。」

矛盾することを、グラウが言った。生きたいなら死ねとは一体どういうつもりなのだろうか。


「綺麗ごとで生きれる場所は、どこの世界にも存在せん。殺人を悪と断じるなんてこと、どこの世界にもあったらあかん。」

男は遠い目をして言う。

「俺は、殺しを悪だと思って躊躇って、全部を失ったことがある。シーヌも間違いない、その辺の手合いや。」

アリスにはわからない。殺しをする場に立ち会ったことも、される場に立ち会ったことも、彼女にはないのだから。

「平和な世なんか、どこにもない。殺すことをアカンいうなら、殺されろ。」

重たい一言で、電気が走ったようにアリスは固まった。それが本気で言っている一言なのは、彼女にもわかった。


「人の醜さにちゃんと目ぇ向けや。綺麗ごとしか教えへんかった大人の言うことはな、何一つあてにならへんで。」

それは、醜さから目をそらし続けた人間の言う事やねんからな。重たすぎる毒を吐いた後、彼は一転笑顔で言った。

「ま、その場になるまでは理解はせんでええ。頭の片隅には置いとき。」

人生の先輩からのアドバイスや、と、間違いなく過酷な戦場を知ってきた傭兵は言った。




 シーヌは、思った以上に落ち着いていた。もっと強く感情が出ると思っていたけど、シーヌはやっぱりすごい人だった。

 『歯止めなき暴虐事件』。これが今のシーヌを作っている、とっても重要な何かなのはわかる。だからこそ、シーヌが話すまでは私は知らなくてもいい。


 彼が私にそれを話してくれる時、それはきっと、彼が本当の意味で私が一緒にいることを認めてくれた時だと思う。私は、彼が話してくれるまで、ただ待っていればいいのだから。

 家を出て本当に良かった、と思う。外の世界に憧れて、恋愛物語みたいな恋に憧れて、それを決して許されないことを知っていたから、家を飛び出す方法を探して、見つけて。


 今の私は、恋愛物語みたいな素敵な恋愛はしていないと思う。依存心と、生きる手段と、救ってもらえた恩と。そして、彼が私に一目惚れしてくれたことを知ったから。流されただけなのは自分がよくわかっている。それでも、今の私は、どうしてか、シーヌが好きだった。

「三本先の樹で止まる。」

デリアさんが言う言葉に、シーヌとファリナさんがわかったと答える。私は何も言わない。シーヌに抱えられているだけだから。

 “非存在”はファリナさん以外も隠すことが出来たけれど、完璧ではなかった。というのも、それほどの範囲を隠せるわけではなかったのだ。


 私が一番遅いから、一番範囲外に出やすい。だから、シーヌが抱えて運んでいた。彼は自分の強化も魔法でこなせるみたいで、どうやってそんなこと練習したのだろうか、と思う。

 今の自分よりも強い自分自身を想像すれば、シーヌのやっていることは達成できる。自分より強い自分なんて、私には想像の仕方がわからないけれど、シーヌには簡単にできることみたいだ。


 運動能力は間違いなくシーヌが勝っているな、と私は思った。グラウが冒険者組合の裏事情を話してくれた時に言っていた、『技術はティキ、威力はアリス、でも戦えば二人相手でもシーヌが勝つ』というのは、この運動能力も含めてなのだろう。アリスは運動能力も確かなのだろうけれど、それでも魔法技術を駆使したシーヌには絶対勝てない。


 きっとあのメンバーたちの中で、シーヌにダメージを与えられる人は、全員だ。全員、シーヌに傷をつけられる。

 でもシーヌを殺せる力を持っているのは、二人だけ。五人のうち二人、シーヌと五分で戦えて、シーヌを殺すことが出来る。

 デリアと、ファリナさん。この二人だけは、シーヌの敵に回しちゃいけない。そう私は強く思った。




 足を止めたシーヌが私を下ろす。少し先を見ると、もう傭兵たちが私たちのいた場所をめがけて歩いていくのが見えた。

 10メートル先に、幹部が10人くらい。その後ろにも十人くらい、傭兵がいて、さらに後ろに何十人か、まるで無理やり従わされているかのような傭兵たちがいた。

 強さに優劣があるのは当然で、だからこそ序列だってあるとは思う。でもそれにしたって、後ろの傭兵たちはあまりに不服そうに歩いていて、どうしてだろう、と不思議に思った。

「おい、ガラフ傭兵団がどうしてあそこにいる?」

シーヌが話が違うというふうに声を抑えて抗議する。しかし、ファリナさんは軽く首を振るだけで、何も知らないかのように無言だった。


「……やるべきことに、変わりはありません。できますか、ティキさん。」

彼女が私に確認を取るのは、彼らを止めるのが私の役目だから。そして、私はシーヌのためにそれをする、と決めていて。

「やるよ。」

そう言って、突撃を決断した。




 シーヌがそれを聞いて真っ先に飛び出した。シーヌの実力は疑うまでもないが、彼の能力を眺めるいい機会だから、その場で数秒踏みとどまる。

 その間に、ティキとファリナがシーヌの向かった先の斜め後方に向けて走り始めた。ファリナは相変わらず見えにくいが、どうやら“非存在”ではない魔法を使っているらしく、俺でも姿が視認できる。


 瞬間、急に傭兵団の人間の半数、ファリナによるところの『シキノ傭兵団』のメンバーが吹き飛んだ。

 立っているのは、ガラフと、ドラッドと、後方で争い始めたガラフ傭兵団とティキ達だけ。それを見て自分は慌てて飛び出す。自己強化の魔法を自分にかけて、瞬きする間にシーヌの横に並んだ。


「ガラフ傭兵団!戦闘を中止しろ!」

何が起こったか、ガラフが大声で叫びをあげ、「これでいいのか」とドラッドに確認している。俺は一つの事実に戦慄した。

 この傭兵団は、実質団長の権限が副団長より低い。ガラフが、ドラッドに、行動の正誤を確認しなければならないほどに。


 そうこうしているうちに、吹き飛んだ傭兵たちが俺たちの周りに集まってくる。自分が一瞬の好奇心を覗かせなければ、何があったかを正確に知ることが出来たのに。

「……さて、ティキ=アツーア。あなたに話があります。」

ドラッドが口を開く。俺でも、アリスでも、シーヌでもない。ティキに声をかけてきた。その理由が、俺には、わからない。




 奥の手を解放して、最適手として空から風を、広がるように叩きつけた。それによって傭兵たちが遠くに吹き飛び、何人かは骨も何本か奪えただろう。

 しかし、その直後、ドラッドの攻撃がティキに向いて、僕は攻撃の手を緩めざるを得なかった。

「手を出すなよ、シーヌ=ヒンメル。」

ドラッドが言う。そのセリフで、ティキが自分の弱みだと、今この瞬間はそうだったのだと証言してしまった。


 無視して攻撃するのが最適だ、ということはわかり切っていたのにだ。結果、自分の未熟さをさらけ出してしまった。愚か者にもほどがある。

 ガラフが何か叫んだ。ティキの名前が呼ばれた。そんなことより、どうすればドラッドを殺せるかが、自分にとって重要だった。

「ティレイヌ=ファム―ア=アツーア・アレイティア公爵閣下からの命令だ。帰れ。」

意外な一言を、全く予想していなかった一言を、告げた。


次の更新は水曜日です。

今回急に視点が変わり始めましたが、すぐに元に戻りますので、あまり意識しないでいただけると助かります

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