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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
神の愛し子
148/314

当代の天才

 吹き飛ばされて体が倒れた。

 全身が痛い。立てない。起き上がれない。

 もう、動きたくない。ティキは動物が大好きである。シーヌには言っていなかったが、そもそも獣たちと戦うことすらやりたいとは思わない。

 そんな中、シーヌの敵だから戦った。応戦しないと死ぬから虐殺した。

 だが、ここまで来たら話は別。周りの全てが敵意を明らかにした獣たちで、それら一体一体が強力。そんな彼らを相手にして。

「もう、戦いたく、ないよ……。」

たとえ叔父の見据える未来が間違いだとしても。認められないとしても。


 自分の大好きな動物たちと戦う辛さと、この戦闘の現実的な辛さと、そして極度の疲労。

 それらが合わさったことでティキは、もう戦いたくないと、完全に戦意を失うまでに至っていた。


 アギャンはそれを見て、ティキに対する攻撃の手を止める。

「兄から弟に最後の贈り物を贈るくらい、問題はあるまい。」

一瞬だけ、貴族のような口調で呟かれた言葉の意味を捉える間もなく、ティキの意識は沈んでいった。




 ここはどこだろう。私は吹き飛ばされて倒れたはずだ。

「や。初めましてだね、ティキさん!」

聞いたことのない声。私はゆっくりとその声がした方を見る。

「あなたは……、あなたたちは、誰ですか?」

幼い容姿。まるでそこで時が止まってしまっているかのような、そんなはかなさを感じさせる雰囲気。

 最初に映った一人の少女は、途中で二人の少年少女へと変わる。

「言わないよ。シーヌだけでいいのよ、あたしたちを知るのは!!」

闊達とした声で、少女が笑う。それを微笑ましそうに見る、少年。


 そして、彼ら二人から、その背後から感じる、圧倒的な想いの気配。

「あなたたちは……誰?」

それでも私は繰り返す。彼女らの正体は。もしもそれを知ることが出来たら。

「絶対に言わない。言っちゃったら、僕たちの望みは果たせなくなるからね。」

彼の言葉に、ハッとする。彼らも目的があって……そしてそのために、ここに私を喚んだのだ。


 ということは、ここで発生するのは取引だ。何を対価に、何が望まれるのか。私はそれを、聞き届けなければならない。

「良い、ティキさん。僕たちは君に助言を、与える。」

「それが一体何の役に立つの?」

「今は知らなくていいんだ、ティキさん。シーヌが気付く日まで、知ってはいけない。」

ああ、考えるのを止めなければいけないんだ。薄々私は、それを悟った。


 そして、口を噤んだ私を見て、彼と彼女は大きく頷く。まるで、「僕たちに関して詮索しないのが正しいんだ」と言わんばかりに。そのことに多少の不満を抱きつつも、私は何も言わないことにした。

「じゃあ、何を助言してくれるの?」

「アギャン=ディッド=アイの殺し方。」

私の眉尻がピクリと震えるのがわかった。それだけの反応で済ませたことを、私は称えるべきなのかもしれない。


 なぜなら、私の心の中は怒りで煮え立っていたからだ。どこから沸いてくるのだと不思議に感じるくらいの激情が、ふつふつと少しずつ、零れ落ちてきていた。

「なぜ、シーヌに、言わないのです?」

「言えないんだよ。今シーヌの前に出るとどうなるか、僕らは容易に予想できる。」

何を言っているのか。そんなもの、分からないじゃないか。

 彼らが誰か知らないから思えることなのかもしれない。もしかしたら彼らは、シーヌの知っている人なのかもしれない。


 だからこそ、声を大にして叫びたかった。「そんなところで見守るな!シーヌは戦っているんだ!」と。

 言いはしない。ここで彼らにそれを言っても、何の返事もないのだろうと私は思っている。

「それとね。この方法は、あなたにしかできないの。」

明るい声で、少女が言う。

「どうして私にしか出来ないの?」

天真爛漫な少女と、大人っぽい少年。

 もしもここにシーヌが加わったら、どうなったのだろう?そういえば私は、シーヌがこれくらいの年齢の時どうしていたのか、知らないな、と思った。


 少年の方が、言うかどうか悩ましそうにした。いや、あれは言うかどうかを悩んでいるのではない。なんというべきかを悩んでいるのだ。

「ティキさんが、()()()()()()()()だからだよ!」

少女は天真爛漫、言い換えれば無邪気だ。そして、だからこそ、とんでもなく残酷だ。

 少年は「言わせてしまった」という後悔の表情を浮かべている。だからこそ、私は大きく二つ、深呼吸をした。

「もしかして、時間がないのでは?」

変に気を遣わせ過ぎている。そして、こうしている間に一番危険なのはシーヌだ。


 なんとなく、私はそれを感じた。シーヌの命の危機。それが取り返しのつかなくなる前に帰らないといけない。

 戦いたくはないけれど、シーヌを殺したくはない。そして、死んでもらっても困る。

 シーヌは、私が『アレイティアに帰らなくていい理由』そのものなのだ。あの少女が、それに気づかせてくれた。

 私は、ティキ=アツーア=ブラウだ。シーヌの妻、『ブラウ』にして、ティレイヌ=ファムーア=アツーアの娘、『アツーア』。もしもシーヌが死んだら、私の帰属は『アツーア』になる。


 戦意が湧いてきた。この戦いは負けられない。というより、私が生きている限りシーヌには死んでもらうわけにはいかない。

 私にそれを気付かせた少女は、実に無邪気な顔で首を傾げている。ダメだ、これはなにもm考えていない。私はそう確信する。

「そうだね、時間はない。じゃあ、どうやったら情勢をひっくり返せるか、話をしようか。」

そうして聞いた話。方法。私は、出来るか不安になる方法だった。


 だが、同時に確信する。それは確かに、私にしかできない。チェガにも、シーヌにも、決してできない。

「どうして、出来ると?」

「君は思っている以上に才能にあふれている、ティキ。今日までシーヌと共に、君は隣で戦ってきた。それがどれだけすごい事か、わかるだろう?」

その問いに私は沈黙で答える。わかる。これ以上なく良く、理解できる。


 今まで戦ってきた敵たちが、あくまで格上だっただけ。セーゲルの兵士たち、ルックワーツの超兵たち、ネスティア王国の精鋭たち。

 それらのどれらをとっても、断言できる。彼らは弱くはなかったが、かといってシーヌと隣り合って戦えるほどまで強くはなかった。

 ワデシャさんたち、セーゲルの主要人物たちも。誰もかれも。シーヌと共闘することは出来ても、ずっと共にいることはきっとできなかっただろう。


 私だから。シーヌの最大の理解者として、私だから隣に立てる。

「君の才能は本物だ。そして、君の境遇は、偽りだった。」

最後に呟かれた一言が聞こえなかった。本当に、本当に小さな声で話したからだ。

「だから、行ってほしい、ティキさん。シーヌをよろしく頼む。」

言われて、私は立ち上がる。帰り方はなんとなくわかった。だって、ここは私の意識だ。

「待っていて、シーヌ。……あなたは、絶対、殺させない。」

そう呟くと、私は徐々に光に呑み込まれていく。




「僕たちはもう、見守ることしかできないから。」

「ほんと。あの場所は、私が狙ってたのに。」

「え、ダメだよ。僕が君の隣にいるつもりだったのに。」

「わからないよ?十年の間に気持ちは変わったかも……変わらないと思うけどね!」

「嫌味だろ。……でも、それでも、僕たちは三人一緒のつもりだったんだよ。」

「一生親友ポジだね。お隣さんかな?」

「君の無邪気さは平然と心を抉るんだって。」

二人はティキの帰った空間で、少し寂しそうに話し続ける。


「良かったのか?ティキとシーヌの関係を捻じ曲げて。」

「だって、ティキちゃんが私のシーヌの心を奪っているなんて、なんか嫌だもん。」

「全く、感情的じゃな。子供の頃というのはこういうもんかの?」

「そうですね。僕らの時はそうでした。みんな感情的でしたよ。」

「そなたに感情的と言われると悩ましいところがあるのう……。」

後から加わった老婆が彼らの意志を確認する。

「大丈夫、僕らがティキさんの感情に揺さぶりをかけるのは最後ですよ。」

「コロコロ話が変わる辺りはれっきとした子供なんじゃが……最後なのか?」

「ええ。次の僕らの干渉は、あと二回になるはずです。」

その言葉に、老婆は遠い目をして何かを覗く。


 それを終えると、魔女はスゥ、と小さく息をした。

「なぜ、ティキを選んだ?」

「僕らの目的を果たしてくれるのにベストなのが、彼女だったんです。」

「……そうか。」

何か、分かる気がする。老婆はそう独り言ちると、その光の中で胡坐をかく。

「恐れ続けていてはわからんことは、思った以上に多くあったぞ、シーヌ、ティキ。」

老婆は語る。まるで彼らをよく見知っているかのように、ポツポツと。

 だが、それを聞くはずの人物は、もうそこにはいなかった。




 飛び起きた。自分が起きたときに真っ先に知らせるための要因だったのだろう。巨狼が大きく声を上げる。その背に飛び乗って、頭に手を当てて、ティキは大きな声で叫んだ。

「“従属化”!!!」

そうして、勢力は反転していく。


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