当代の天才
吹き飛ばされて体が倒れた。
全身が痛い。立てない。起き上がれない。
もう、動きたくない。ティキは動物が大好きである。シーヌには言っていなかったが、そもそも獣たちと戦うことすらやりたいとは思わない。
そんな中、シーヌの敵だから戦った。応戦しないと死ぬから虐殺した。
だが、ここまで来たら話は別。周りの全てが敵意を明らかにした獣たちで、それら一体一体が強力。そんな彼らを相手にして。
「もう、戦いたく、ないよ……。」
たとえ叔父の見据える未来が間違いだとしても。認められないとしても。
自分の大好きな動物たちと戦う辛さと、この戦闘の現実的な辛さと、そして極度の疲労。
それらが合わさったことでティキは、もう戦いたくないと、完全に戦意を失うまでに至っていた。
アギャンはそれを見て、ティキに対する攻撃の手を止める。
「兄から弟に最後の贈り物を贈るくらい、問題はあるまい。」
一瞬だけ、貴族のような口調で呟かれた言葉の意味を捉える間もなく、ティキの意識は沈んでいった。
ここはどこだろう。私は吹き飛ばされて倒れたはずだ。
「や。初めましてだね、ティキさん!」
聞いたことのない声。私はゆっくりとその声がした方を見る。
「あなたは……、あなたたちは、誰ですか?」
幼い容姿。まるでそこで時が止まってしまっているかのような、そんなはかなさを感じさせる雰囲気。
最初に映った一人の少女は、途中で二人の少年少女へと変わる。
「言わないよ。シーヌだけでいいのよ、あたしたちを知るのは!!」
闊達とした声で、少女が笑う。それを微笑ましそうに見る、少年。
そして、彼ら二人から、その背後から感じる、圧倒的な想いの気配。
「あなたたちは……誰?」
それでも私は繰り返す。彼女らの正体は。もしもそれを知ることが出来たら。
「絶対に言わない。言っちゃったら、僕たちの望みは果たせなくなるからね。」
彼の言葉に、ハッとする。彼らも目的があって……そしてそのために、ここに私を喚んだのだ。
ということは、ここで発生するのは取引だ。何を対価に、何が望まれるのか。私はそれを、聞き届けなければならない。
「良い、ティキさん。僕たちは君に助言を、与える。」
「それが一体何の役に立つの?」
「今は知らなくていいんだ、ティキさん。シーヌが気付く日まで、知ってはいけない。」
ああ、考えるのを止めなければいけないんだ。薄々私は、それを悟った。
そして、口を噤んだ私を見て、彼と彼女は大きく頷く。まるで、「僕たちに関して詮索しないのが正しいんだ」と言わんばかりに。そのことに多少の不満を抱きつつも、私は何も言わないことにした。
「じゃあ、何を助言してくれるの?」
「アギャン=ディッド=アイの殺し方。」
私の眉尻がピクリと震えるのがわかった。それだけの反応で済ませたことを、私は称えるべきなのかもしれない。
なぜなら、私の心の中は怒りで煮え立っていたからだ。どこから沸いてくるのだと不思議に感じるくらいの激情が、ふつふつと少しずつ、零れ落ちてきていた。
「なぜ、シーヌに、言わないのです?」
「言えないんだよ。今シーヌの前に出るとどうなるか、僕らは容易に予想できる。」
何を言っているのか。そんなもの、分からないじゃないか。
彼らが誰か知らないから思えることなのかもしれない。もしかしたら彼らは、シーヌの知っている人なのかもしれない。
だからこそ、声を大にして叫びたかった。「そんなところで見守るな!シーヌは戦っているんだ!」と。
言いはしない。ここで彼らにそれを言っても、何の返事もないのだろうと私は思っている。
「それとね。この方法は、あなたにしかできないの。」
明るい声で、少女が言う。
「どうして私にしか出来ないの?」
天真爛漫な少女と、大人っぽい少年。
もしもここにシーヌが加わったら、どうなったのだろう?そういえば私は、シーヌがこれくらいの年齢の時どうしていたのか、知らないな、と思った。
少年の方が、言うかどうか悩ましそうにした。いや、あれは言うかどうかを悩んでいるのではない。なんというべきかを悩んでいるのだ。
「ティキさんが、アレイティアの人だからだよ!」
少女は天真爛漫、言い換えれば無邪気だ。そして、だからこそ、とんでもなく残酷だ。
少年は「言わせてしまった」という後悔の表情を浮かべている。だからこそ、私は大きく二つ、深呼吸をした。
「もしかして、時間がないのでは?」
変に気を遣わせ過ぎている。そして、こうしている間に一番危険なのはシーヌだ。
なんとなく、私はそれを感じた。シーヌの命の危機。それが取り返しのつかなくなる前に帰らないといけない。
戦いたくはないけれど、シーヌを殺したくはない。そして、死んでもらっても困る。
シーヌは、私が『アレイティアに帰らなくていい理由』そのものなのだ。あの少女が、それに気づかせてくれた。
私は、ティキ=アツーア=ブラウだ。シーヌの妻、『ブラウ』にして、ティレイヌ=ファムーア=アツーアの娘、『アツーア』。もしもシーヌが死んだら、私の帰属は『アツーア』になる。
戦意が湧いてきた。この戦いは負けられない。というより、私が生きている限りシーヌには死んでもらうわけにはいかない。
私にそれを気付かせた少女は、実に無邪気な顔で首を傾げている。ダメだ、これはなにもm考えていない。私はそう確信する。
「そうだね、時間はない。じゃあ、どうやったら情勢をひっくり返せるか、話をしようか。」
そうして聞いた話。方法。私は、出来るか不安になる方法だった。
だが、同時に確信する。それは確かに、私にしかできない。チェガにも、シーヌにも、決してできない。
「どうして、出来ると?」
「君は思っている以上に才能にあふれている、ティキ。今日までシーヌと共に、君は隣で戦ってきた。それがどれだけすごい事か、わかるだろう?」
その問いに私は沈黙で答える。わかる。これ以上なく良く、理解できる。
今まで戦ってきた敵たちが、あくまで格上だっただけ。セーゲルの兵士たち、ルックワーツの超兵たち、ネスティア王国の精鋭たち。
それらのどれらをとっても、断言できる。彼らは弱くはなかったが、かといってシーヌと隣り合って戦えるほどまで強くはなかった。
ワデシャさんたち、セーゲルの主要人物たちも。誰もかれも。シーヌと共闘することは出来ても、ずっと共にいることはきっとできなかっただろう。
私だから。シーヌの最大の理解者として、私だから隣に立てる。
「君の才能は本物だ。そして、君の境遇は、偽りだった。」
最後に呟かれた一言が聞こえなかった。本当に、本当に小さな声で話したからだ。
「だから、行ってほしい、ティキさん。シーヌをよろしく頼む。」
言われて、私は立ち上がる。帰り方はなんとなくわかった。だって、ここは私の意識だ。
「待っていて、シーヌ。……あなたは、絶対、殺させない。」
そう呟くと、私は徐々に光に呑み込まれていく。
「僕たちはもう、見守ることしかできないから。」
「ほんと。あの場所は、私が狙ってたのに。」
「え、ダメだよ。僕が君の隣にいるつもりだったのに。」
「わからないよ?十年の間に気持ちは変わったかも……変わらないと思うけどね!」
「嫌味だろ。……でも、それでも、僕たちは三人一緒のつもりだったんだよ。」
「一生親友ポジだね。お隣さんかな?」
「君の無邪気さは平然と心を抉るんだって。」
二人はティキの帰った空間で、少し寂しそうに話し続ける。
「良かったのか?ティキとシーヌの関係を捻じ曲げて。」
「だって、ティキちゃんが私のシーヌの心を奪っているなんて、なんか嫌だもん。」
「全く、感情的じゃな。子供の頃というのはこういうもんかの?」
「そうですね。僕らの時はそうでした。みんな感情的でしたよ。」
「そなたに感情的と言われると悩ましいところがあるのう……。」
後から加わった老婆が彼らの意志を確認する。
「大丈夫、僕らがティキさんの感情に揺さぶりをかけるのは最後ですよ。」
「コロコロ話が変わる辺りはれっきとした子供なんじゃが……最後なのか?」
「ええ。次の僕らの干渉は、あと二回になるはずです。」
その言葉に、老婆は遠い目をして何かを覗く。
それを終えると、魔女はスゥ、と小さく息をした。
「なぜ、ティキを選んだ?」
「僕らの目的を果たしてくれるのにベストなのが、彼女だったんです。」
「……そうか。」
何か、分かる気がする。老婆はそう独り言ちると、その光の中で胡坐をかく。
「恐れ続けていてはわからんことは、思った以上に多くあったぞ、シーヌ、ティキ。」
老婆は語る。まるで彼らをよく見知っているかのように、ポツポツと。
だが、それを聞くはずの人物は、もうそこにはいなかった。
飛び起きた。自分が起きたときに真っ先に知らせるための要因だったのだろう。巨狼が大きく声を上げる。その背に飛び乗って、頭に手を当てて、ティキは大きな声で叫んだ。
「“従属化”!!!」
そうして、勢力は反転していく。
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