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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
神の愛し子
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アレイティアの麒麟児

 シーヌは頬に伝った汗をぬぐう。

「減らねぇ。」

呑み込もうとして呑み込めなかった言葉が口から漏れ出て、シーヌは気の緩みを感じた。

 きっと疲れているのだ。もう丸一日ほど戦い続けなのだから……。そう自分に言い訳し、それから気を取り直すと、暗くなり始めた空に多量の魔法を放ちながら、大量の肉壁に向けて突進を続ける。

 巨大な象をなぎ倒し、その重量で小型の獣を数匹圧死させる。急降下してくる白鳥の認識を誤認させ、地面に墜落させる。


 頭がずきずきと痛んでいて、これ以上は戦えないと悲鳴を上げる中。シーヌは全く諦めずに戦闘を続けている。

 アギャンはそれを冷めた目で見つめながらも、思い出していた。自分のルーツ、アレイティア公爵家の長男として生まれた自分を。

 ティキが来たからだろう。そうでもなければ、自分の生まれた家など思い出すこともなかった。そんなことを思いながら、弟を、父を、そして友人たちを、思い出した。




 アレイティア公爵家。ボレスティア王国における、最大の貴族の家。

 その家の子供に生まれた以上、その子には三つの才能が課される。

 一つは、貴族の家としての政治の才能。一つは魔法の才能。そして最後に、優秀な子孫を残す才能。

 間違えてはいけないことがある。アレイティア公爵家で課されるこれらは、『努力で上り詰めた秀才』であることを許しはしない、ということだ。

 アレイティア公爵家を継ぐ以上、決して忘れてはいけないのだ。この三つの、『才能』を持っていなければいけないということを。


 アレイティアの麒麟児。政治の才能にあふれ、御年13歳で宰相であった祖父に認められた。

 たった8歳のころに自分の愛猫に魔法を使わせることに成功し、公爵家が抱える魔法研究機関員たちがどっと沸いた。

 そして。15歳の時に割り当てられ、子作りを課されたときに産んだ子供が、たったの三歳で魔法を扱うようになった。


 その子と母はビレッドの足枷になるということで縊り殺された、が……この時点で、ビレッド=ファムーアはアレイティア公爵家当主になる道を規定路線として定められた。

「面白くない。」

愛猫を眺めながら、僕は呟いた。

「ここじゃ、君は神になれやしない。」

(仕方ないニャー。わかっているニャ?寿命があるミャーじゃ、神にはなれないニャ。)

「寿命があってもいい。それでも、獣が人を支配する構図が欲しい。」

(ミャーはビレッドと歩むことを願ってるニャよ?)

「僕だけであって欲しいんだ。僕以外の人間を、対等だと認めないでほしいんだ。」

(ビレッドは独占欲が強いニャ。貴族らしくていいと思うニャよ。)


 何度、愛猫と会話をしただろう。僕は獣たちと会話ができる才能を持っていた。

 きっと、獣たちを神にしなければならないというお達しだろう。ヒトに虐げられて死んだ獣たちが、ヒトを支配したいと願い、それを成し遂げられる僕に才能を与えたのだろう。


 僕は真剣にそう思い、そのように行動したいと願っていた。

 だが、良くも悪くもアレイティア公爵家というのは貴族の一員。金もあり、家の敷地も広く、護衛も多く、その腕はいい。

「どうしたものだと思う?」

自宅に飼っていた鷹に餌をやる。やりながら、ボケーっと会話をしていた。

(逃がしてあげましょうか?)

「出来ないでしょ。」

(空から逃げればよろしい。)

鷹の言うことは良くわかる。非常に、大変、よくわかる。


 空を飛ぶ魔法使いは少なく、そして、僕もその例にもれず、使えない。

 だからこそ、空を飛んで、追撃の魔法が飛んでくる前に逃げ切るというのは非常に有効だ。

 だが。それはただ一つの条件を満たしたときのみができる芸当だと、僕はとてもよく理解していた。

「僕が空を飛べること、光の速さで、飛べること。それが条件じゃ、ちょっと厳しいよ?」

(それをしなくてもできるから言っているのですよ。)

鷹の断言に、僕は大きく首を傾げる。

(私に魔法を教えてください、ビレッド様。)

これが、僕が本当の意味で神獣を量産する、きっかけ。




 飛ぶのは楽しく、風は気持ちよく。僕の愛猫、ミャーが盗んできた長剣を脇に抱え、巨大化の魔法を覚えた鷹のクルスに乗って空を飛ぶ。

 広大な広さ。空の前では貴族の広い家など小さな小さな檻に等しく、僕は自由を謳歌していた。

「さあ、行こう。僕らは広い旅の海に臨むんだ。きっと今なら神にもなれるさ。」

(では、私の故郷に行きましょう。不可侵的な獣の巣窟です。)

獸の子供や鳥の雛の密猟者が後を絶たず、同時に五体満足に帰ってくることも少ない、悪魔の山。僕の愛鳥はそこから攫われた鳥であったらしい。

「いいよ、行こうか。」

あっさりと頷いた僕に、クルスとミャーが「良いのか?」と言った目で僕を見る。


 確かに死ぬかもしれない。そんな気はしないでもない。

 でも、それでもいいや、と思えるだけのものが、この『自由』にはあった。

「檻の中じゃない場所で死ぬ。そんな幸せが与えられているのに、どうして僕が文句を言うのさ?」

今なら死んでも文句は言わない。そんな自信と共に、僕はその山へと向かったのだ。




 ふと意識を上げると、獣たちの断末魔が聞こえてくる。

 獣以上に感情に拠った、獣らしい行動を執る少年と、人間らしく複雑に絡み合う感情に呑み込まれている少女。

「人間との、戦闘経験は、貴重。」

元々魔法は人間や龍など、『意志持つもの』たちのもの。逆説的には、魔法を使えることがそのまま『意志を持つ者である』ことになる。


 より高度な魔法能力を持つ者との交戦は、獣たちの魔法戦闘の技術を向上させるだろう。それは即ち、より高度な意志を持つことと直結する。

「さあ、戦え、戦え、僕の友人たち……。」

いつ流れ玉が飛んできてもいいように剣を構えながら、僕は再び思考の海に沈む。

 そう。あれは、冒険者組合から手紙が送られてきたときのことだ。『クロウの研究を破壊しろ』と、何様のつもりかわからないが命令してきた、あの手紙のことを、思い出す。




 それは、唐突のことだった。

 この山に来て、たくさんの獣たちを神獣に変えた。

 そのうちの最古参、この山の中でも最強に数えられるような一体、白い大鷲がボロボロの姿で落ちてきた。

「……お前をそこまで傷つけられる者が、いるのか?」

脚に括りつけられた手紙を解きながら、驚いた。


 飛翔機能に問題が出ないように、治療ができるように、最大限の傷をつけている。

 その傷を見てわかった。うちの最強格は、どうやら正面から戦って、戦闘にすらならずに瞬殺されたのだと。

「どうすればそこまで無残な姿になる?」

僕はわからずに、首を傾げながら、手紙を拡げた。いつもなら無視しただろう。だが、この鷲が瞬殺されるレベルの何者かからの手紙など、考えるだけで恐ろしい。もしも敵対したら。

「僕の夢は叶わない。」

その化け物が死ぬまで待つ。それまでは従う。

 貴族として、政治家として育成された僕の頭は、すぐに戦闘することの愚を避ける方向で考えた。その上で、手紙を読んで、驚いた。


「クロウの研究を破壊しろ……?」

クロウ。聞いたことはある。冒険者組合の持つ三都市から外れた地域。近くはないが、遠くもない、微妙な位置に位置する小さな村。

 だが、それだけの村だったはずだ。ボレスティア王国からも遠かったし、ネスティア王国からも遠かったし、その他数国からも微妙に遠い。


 あらゆる国の国境沿いにあり、冒険者組合の主要都市のはるか南にある地。それが、クロウだった。一緒に書かれていた地図を見て、僕はどういうことか首を傾げる。

「一緒にある名前も、いくつか見たことあるな……。」

ケイ=アルスタンやタリス=クロード=シャルラッハなんて言う名前は僕も聞き知っている名前だ。

「冒険者組合は僕を同格の危険者として扱っているんだ。」

この手紙が来たことの意味、そして理由を正確に読み取ると、僕はとても面白い気分になる。


 これは、威力偵察だ。『クロウの研究』とやらが冒険者組合の立場を大きく揺るがせるようなものなのは間違いない。

 同時に、冒険者組合は不安視しているのだ。各国家に軍事的支柱がいて、在野にいつ登用されるかわからない強者がいる状況と、クロウという街の脅威度を理解できないことを。

「お互い食い合わせたい、と。被害が出れば上々なわけだ。」

最強の冒険者組合。脳筋ばかりかと思えば、そんなことは決してないらしい。

「行こうか。僕も、冒険者組合が、恐れている、研究には、興味がある。」

そして。参戦を決めて、クロウにたどり着いて。


 鉄壁の守りを崩すべく、僕はクロウの門を破壊させた。

 カラスや雀たちが防壁魔法を展開する中、犀たちが門扉に突撃し、破壊して。

 獣たちが大勢死んだ。二千ほど連れて行って、帰ってきたのはたったの五百。本当の『闘い』を覚えた彼らは、その後うちの獣たちにも戦いを教えていた。

 でも、そんなことはどうでもよかった。僕はそこにいた英傑たちや獣たちに戦いを任せて、研究資料を読み漁っていたのだ。


「“三念”、“奇跡”。」

より強固な意志が生み出す、より強力な魔法。

 僕はそれを得たいと願い、考え、理想を思い。

「魔法概念、“奇跡”。その区分は“理想”。冠された名は“心は友と”。」

――。それが、僕の得た力。獣と語り、獣を友とし、そしてその力を共に奮う。


 この山で得た力。得たのは、“歯止めなき暴虐事件”から七年後。

 僕は、この力を使って獣たちを育て、僕の望む条件を満たせば、人間たちに宣戦布告するつもり、だった。

 ここ数年、この山の近隣の国家は戦争をしていない。つまり兵士たちは弱い。

 彼らを戦闘経験用の道具にして、獣たちを完全に育て上げるつもりだった。神による人間の支配。僕はその計画を発動するつもりで……。




「あと、少しだ。」

僕は、意識を完全に浮上させる。世代交代を重ね続けているクルスの子孫が、僕の姪に体当たりをして、吹き飛ばしたところだった。


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