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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
神の愛し子
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家族の束縛

 ティキは、シーヌのおかげで逃れえたはずの悪夢を、血脈をその目に映し、ただ茫然と突っ立っていた。思えばヒントはあった。

 獣と話せる特異体質。それが高じた、獣の魔獣化。規律によって縛られることで得た、神獣という名称。


 ティキのよく知るアレイティアという血脈、その祖は、神獣を創造することを目標にした魔法使いだったらしい。

 祖は、その神獣化のための基盤を猫に求めた。その力を龍の生態に求め、人間に寄り添う獣の代表として猫を選び、それがゆえに、猫の改造能力という才能を門外不出の能力として保持している。

 そう。その猫が獣になっただけで、ヒントはいくらでもあったのだ。特に、彼が作り上げた獣のうちでも多かった、フェーダティーガー。

 翼の生えた虎。まんまであるものの……まんまであるからこそ、ヒントとしてはとても大きかった。トラは、ネコ科である。


「聞いた、事は、ありました……。」

切れ切れに、言葉を紡ぐティキ。その姿は、最初、シーヌがドラッド=ファーベと対峙したときに「家に帰れ」と言われたときと全く同じ、怯えた姿。

「父上が当主になれたのは、叔父様がいなくなったからだ、と。……叔父様が家を継いでいれば、アレイティアの家は優秀な魔法使いを輩出する家系でいられたのに、と……。」

「そう、だ。僕は、確かに、天才、だ。お前などより、ティレイヌなどより、はるかに、優秀だった。」

たどたどしい言葉遣いで、だが間違いのなく自分自慢を始める男に、シーヌは呆れたような目を向ける。

 同時に、感じた。これはもしかしたら、『復讐鬼の物語』と『鬼の妻の恋物語』が正真正銘、初めて交わった機会なのかもしれないと。


「はじめよう、ティキ=アツーアよ。アレイティアに、連なるもの、よ。」

「父上から、結婚の許可は、得たのか?得ていないなら、貴様はまだ、『ブラウ』では、ないぞ?」

アレイティア。貴族の家系に連なるもの。そう。この世全てに存在する、正真正銘の貴族たちの大半は、貴き血の抽出を防ぐという目的の元、原則的に結婚は父親の了承がないと出来ない。

 目の前にいるアギャンも、かつてアレイティアの家系に連なっていたものとして、ティキのやってはいけない異常事態を見逃すわけにもいかないのだろう。


「家から出奔した、男が、言うものじゃない。」

「その通り。だが、僕は、祖の目的を、果たした。」

神獣の作成。創造。彼はそれを成し遂げるために出奔したのだと声高に主張する。

「確かに、お前が教育した獣たちは神獣と呼ばれるものだろう。」

シーヌが横から口をはさんだ。

「黙っていろ。これは血縁同士の会話だ。」

「共に家を出た。お前は祖先代々の野望を叶えるため。ティキはアレイティアから逃げるために。」

「共に家を出たからこそ話せることというのがあろう?」

「ない。どこまでもアレイティアであるお前と、アレイティアになりたくないティキでは、本質が違う。」

シーヌの擁護が心に響く。ティキは少し心が落ち着くのを感じた。

 あらぶっていた恐怖が落ち着き、それゆえに一つの事実を明確に理解する。


「叔父様?」

「なんだい、ティキ?」

「あなたが創造為された獣たちは、神獣ではありませんわ?ただの、魔獣です。」

かつて使った言葉遣いで、それとなく明確に、叔父に敵対宣言をする。

 だが、叔父は、アギャンはそんなこと知らぬとでも言うように鼻を鳴らした。

「どこがだ。人々、はこの山を、『神の住み給う山』、と呼ぶ。彼らのことを、神獣と呼ぶ。」

「人々が、神と呼べば、どんな物でも、それは神だ。」

哲学論争だった。少なくともシーヌはそう感じた。だが、ティキは、違うとハッキリわかっているようだった。


 凛とした表情で、しっかりと叔父の目を見据えて。

 しかし内心、家族、父親と接していた頃の恐怖に囚われながらも。

 今代のアレイティアの天才は、前代のアレイティアの天才に、正面から食って掛かった。

「神であるならば、彼らには自分の意志があるでしょう?」

「もしあなたが彼らに命令を出さなくても自律的に動けるならば、彼らはきっと神獣となりえるのでしょう。」

「叔父様がこの森から消えたとき、果たしてここに住む彼らは、人を襲わずにいられますか?」

ティキの畳みかけるような言葉の嵐に、アギャンは平然と、まるで何でもない風に答えた。

「不可能、だ。この森の獣たちは、僕以外の人間を、人間だと、思っていない。」


 人間だと、思っていない。神獣が、人間を。それがどういう意味か、ティキには痛いほどよくわかった。

 アレイティア家の家系において、祖が人間と共に歩むことを望んで生み出そうとした心中とは別の、神獣の捉え方。

 祖の目的は神と人との共存。だが、後世に出現したもう一つの派閥は違う。

「神による、人の支配……!」

「そうだ、姪よ。わかるか?僕が死ねば、神と対等な人は、いない。神は、人を支配する。」

「それは……!」

言葉に詰まったティキに代わって、シーヌが動いた。数体の獣の命を奪い、その死体を盾にしながらアギャンの首筋へと刃を向ける。

「食らわんよ、少年。僕に勝つには、数が足りない。」

地面から飛び出したモグラがシーヌの道を阻もうとし、それを反射的に踏みつけたシーヌがさらに一歩を踏み出す。


 鷹。視界に映すより先に回避行動を取り、その先に待っていた風による突き上げの魔法を風を圧縮して相殺。そこから踏み出した先に襲い掛かってきた子栗鼠を斬り飛ばし、空いたわき腹を狙ってくる猫を防壁で阻み。

 風の壁を押し出しながら突進してきた鹿に突き飛ばされながら、その鹿を燃やし尽くした。

「数の差が多い……!」

シーヌの恨み言はアギャンの耳には届かない。アギャンはティキだけをじっと見ていて、シーヌなど意識の埒外だった。




 ティキは、アギャンのセリフが、ある意味において事実であると認めた。そもそもティキはアレイティア家の一員である。一員であるがゆえに、家の価値観は嫌というほど理解している。

 目の前にいる、今はアギャンと名乗る自らの叔父は、確かに、『神が人を支配する』構造における『神獣』を作り上げることに成功した。それが祖の、『ヒトと共に歩む神』の構造とは別であっても、確かに彼は神獣を作り上げたのだ。


 だが。ティキは、その神獣の在り方を受け入れたくないと思った。いや、明確に、否定した。

 なぜならティキは、“永久の魔女”を知っている。今よりはるかに魔獣にあふれていた頃、ここにいる神獣たちレベルの獣たちが世界中に跋扈していた頃、人間たちの生活範囲を広げ、生存競争を勝ち抜いた女傑の存在を、その記憶を、知っている。

「認めない……。」

広範囲殲滅魔法、自称、“剣の雨”。

 ティキの持つ最大にして最広の、強大な、魔法。

 それを、限界を超えて拡げ、積層させ、いつでも降らせられるようにしながら、言った。

「先人たちの努力を棒に振らせることなんて、私は、認めない!!」

叫び終わると同時に一撃必殺の威力を秘めた魔法が降る。逃げ場はどこにもなく、シーヌすらをも巻き込みながら、ティキの前にいる全ての獣たちの命を絶つべく、降り注ぐ。


 アギャンはいくつかの剣を相殺しながら、言った。

「ティレイヌは、とんでもない子を産んだ、らしい。手放した、理由が、わからんな。」

「あなたと同じです!家に嫌気がさしたから、逃げてきました。」

頭に登っていた。それは、魔法を放ったことで落ち着いた。


 そう思わせるだけの冷静な口調に戻ったティキは、それでも魔法の手を休めることはない。

 上空にいる鳥たちは最初に死んだ。防壁の魔法を組んでいる獣は、度重なる高威力に打たれることでその壁を割り砕かれて地に伏した。

 圧倒的。その言葉がこれほど似合う魔法もないな、と、全てを相殺して生き延びたシーヌは思う。

「もう、終わりか?」

ティキが雨を止ませた直後、アギャンが問いかける。

「あとは、あなただけです。」

「どうして、僕の神獣たちが、たった千ぽっきりだと思ったんだ?」

ティキの目の前にいた彼らは殲滅した。チェガが後方で万に近い大軍と、一人で戦っている。

 シーヌとティキは、まさかそれ以上いると考えてはいなかった。

「方角はね、後ろだけじゃない。……そして、僕は、魔法使いだ。」

索敵魔法を騙す魔法。彼が扱っていたそれが解除されたことで、シーヌたちは己の間違いに気が付いた。


 目の前にいる敵、アギャン=ディッド=アイ。彼もまた、一人の、魔法使いであったのだと。

 “獣使い”“アレイティア家の出奔者”という、大きな二つの情報に紛れて忘れていた、忘れてはいけなかった情報。

 シーヌは警戒していたはずなのだ。『アギャン自身の能力については、一切の情報がない』ということを。


 そうして。シーヌとティキは、目の前のアギャンを護ろうとする数万に及ぶ怪物たちに、戦いを挑んだ。


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