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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
神の愛し子
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復讐鬼の快進撃

 チェガが足手まといにならない。それは、シーヌたちの侵略を推し進める活力になった。ティキとチェガを両方護ることを考えていたシーヌの、本格的な攻撃参入。チェガによる広範囲小石投石による空中の敵の無差別攻撃。

 ティキとチェガの決定的な違いは、その無差別攻撃に限界があるかないかだろう。チェガはこう意思がなくなったらその攻撃が終わり、ティキは戦う意志が残っている限り攻撃を続けられる。


 だが、限界のあるなしを左右できるほど、チェガの投石威力は神懸かっていた。ほんの少し翼に小石が触れれば、それだけで鳥たちは羽ばたけなくなるほどの羽を失い、落下する。

 魔法で攻撃するとき、魔法で焼く、斬る、貫くという想像は出来る。それなりに実物を見さえすれば、「そうなる」ことを想像するのは、本当に、容易だ。


 だが、それに伴う「痛み」を想像するのは難しい。「こうなってほしい」「こうしたい」という希望を語るのは簡単でも、その希望を叶えるための手順や計画を考えることは難しい、みたいなものだろう。

 魔法に「痛み」を伴わせるのであれば、その痛みを相手が感じるほど具体的に想像しなければならない。炎に感じる熱も、氷に触れる冷たさも、はっきりと思い浮かべる必要があった。


 ティキは、その痛みを想像することができない。痛みを感じることなくぬくぬくと育ってきたティキには、「痛い」ということがどういうことか、わからない。

 対して、シーヌは逆。強すぎる痛みを想像することはたやすいが、ほんのわずかな、骨折程度の痛みはわからない。その程度で痛みを感じられなくなる程度に、シーヌは痛みに慣れさせられている。


 そしてチェガは、その痛みを想像したくない。魔法で「痛い」と思わせるような感覚を思い起こさせるのは容易であるが、それを想像するということは、チェガも痛みをほぼ追体験することに他ならない。

 そんなことをしてしまえば、チェガも追体験して頭に焼き付いた痛みに身をすくませることになるだろう。一対一、タイマンの状況ならそれでもいいが、敵に周囲を包囲された状況での硬直は命取りだ。


 だが、そんな「敵に痛みを感じさせる」ことが魔法で出来なくとも、痛みを与える方法は存在する。

 それが、このチェガの投石の、あるいは近接戦闘の、強みだった。シーヌやティキと比べて、チェガは相手に与える「痛み」等のダメージが、大きい。

 空飛ぶ鳥には、痛みは大きな衝撃だ。捕食者に噛まれでもしない限り、鳥たちが痛みを感じることは多くない。ゆえに、痛みを感じる時点で、動揺する。


 魔法を使う想像力を欠くほどに、空を飛ぶ姿勢を崩すほどに。

 そうして、勝手に落下して、勝手に死ぬ。チェガの無差別攻撃が、即死にならなくてもいい理由が、それだった。


 そして、それは地面を歩く獣たちにも同じ。例えばかすり傷を負ったとき。

 とんでもない速度で、とんでもない威力で飛んできた小石の弾丸。直撃しなくてもかすれば、痛いのは当然、空気を貫いてきた摩擦熱がその皮膚に刺さる。

 痛み、熱さ。それ自体に生死を左右するような力はない。だが、痛みを与えるということ自体には、意味がある。


 意識が、シーヌたちから痛みという現象に一瞬逸れる。生物的な本能であるから、よほど訓練していないとその行動は避けられない。

 それが、シーヌたちに攻撃を仕掛ける複数個体に起こったら。そんな隙を見逃すような、シーヌとティキではない。

 これまで戦ってきた、命綱一本で生き続けるような非日常の中で、シーヌたちは間違いなく実力を育んできた。


 一瞬の隙があれば、敵になった獣の百や二百や瞬殺……とは言えぬまでも、優勢に持っていくことは出来る。

 そして、シーヌたちの目的は、山の頂上、獣たちの王……“神の愛し子”。彼らを殺す必要は、特にない。

「ティキ!」

「うん!」

チェガが作った隙に、ティキが穴をあけ、シーヌがこじ開けて登山を続ける。

 あとで下山するときに、彼らは障害になるかもしれない。そんなことを考える間もなく、シーヌたちは登山を続けた。




 チェガが小石で敵を殺し、あるいは怯ませるようになった直後。

 シーヌは、高山病の心配も兼ねて、ティキとチェガに、こう言った。

「多分、囮はそう長くもたない。だから、オデイアたちが持って行っている分の動物も、僕たちが引き寄せたいんだ。」

シーヌのその発言に、チェガが「結局お前らだけでやってんじゃねぇか」と己の無力を嘆くように発言した。その発言に、シーヌは純粋な謝罪の念を抱きつつ、それでも、復讐を叶えるために動かなければならない。


「引き付けてくれているのは助かっている。だから、逆に、長く敵を引き付けていてほしいんだ。」

シーヌの発言にチェガは「ああ」と答える。実は、シーヌがこの判断をすることを、囮役を引き受けたチェガの師たちは考慮していたからだ。

 シーヌとティキが冒険者組合員であることは、チェガの師たちにも話した。チェガはその上で、友の役に立ちたいと頼み込んだのだから。

「派手に戦って、こっちに敵を引き付けて、でも全部は引き付けない。師匠たちの方も敵が減った方が戦いやすくなるから、減った分だけ補充が行く?」

「そう。総合的に見たとき、僕たちに引きつけて、彼らが敵の数を減らしてくれていた時の方が動物たちの数は減っている。それが、十頭程度の差であっても構わない。……アギャンを殺すまでの時間が、欲しい。」

時間を稼ぐためには、チェガとティキの働きが必要不可欠。そしてその負担は、敵の一人分でも減らしていたほうが、楽になる。


 それだけではない。自分に敵を引き付けておいた場合、シーヌが得られる恩恵は意外と大きい。それは、移動が、頂上に登るのが、遅くなるということだ。

 前方後方両方が敵に回る状況というのは、もちろんシーヌたちの命の危険も迫ることになるが、同時に登り続けるのが困難になるということ。

 足止めされる時間が長くなれば長くなるほど、歩みが遅々とすれば遅々とするほど、体が高山に慣れる。高山病対策に必要なのは、適度な運動と、薄い酸素への慣れと、十分な休息と、水分補給。


 今シーヌたちが行おうとしているのは、過度な運動と、薄い酸素への慣れと、不足した休息と、水分補給。

 これで高山病対策になると思っているシーヌもシーヌだが……慣れる時間の有無は、結構大きかった。




 シーヌはだから、そう指示して。チェガはそれを、受諾した。

「これでも食らえぇぇぇ!」

木々に影響はないようにと意識をしたうえで放たれた、光のドーム。とんでもない派手さを示しつつ、それに見合った数の敵を屠っている。

 そんな連続攻撃に釣られるように、獣たちはシーヌに寄ってくる。それを迎撃しながら、シーヌは少しだけ息を漏らした。

「ちょっと、多い。」

頂上はこの位置からだとよく見えない。だが、体感的に、シーヌは自分たちがどこにいるかを察している。


 昨日、つまり侵攻初日の半日よりは、歩みが速い。だが、半日かけてまだ、二百メートル程度しか登っていない。

 現在の立地、山麓からおよそ二千六百メートル。登頂までの残り距離、およそ九百メートル。

 その距離を登るまでが、シーヌたちには、とても長く感じた。




 夜は、チェガとティキが眠る。ティキとチェガには一日眠らせることにした。シーヌは不眠番くらいできるよう訓練しているし、丸二日分くらいなら思考が停止しないように戦い続けられるように訓練もした。

 脳を休めながら、思考停止しながらも確実に体だけで動けるような、そんな無茶な戦闘訓練だってした。


 それは、客観的に言えば普通ではない。だが、シーヌが復讐を果たすためには、必ず踏み入れなければならない領域だった。

 そう、アスハに言われて育ってきたシーヌは、短剣をいくつか作り出すと、敵に向かって連続で投擲する。

 チェガの小石投げに触発された。シーヌは今晩、短剣投げの練習に没頭しようと決めた。

 ぼんやりと友人と妻を護るより、訓練をしながら不寝番をする方が有益だ、と思う。


 上空から急降下してきたミミズク。炎を吐き出しティキを狙うモモンガ。超音波に催眠の意志を流しこみ、チェガにシーヌを殺させようとするコウモリたち。

 夜の獣たちは、非常に悪質だ。その全てを護り、あるいは手を出させないように先制しながら、シーヌは山のうちのどれだけの獣を狩ったのかと頭を悩ませる。


 そろそろ総戦力の一割は割っただろうか。だが、数の上だけで質の上では全然かもしれない。

 最初のフェーダティーガー。龍と竜を除けばほぼ最強の存在である彼らを蹴散らしてからこっち、上へ上るごとに獣たちの質が上がってきている。

 生命の可能性はどこまででも行けるのだと、そう教えられている気がする場所だな、と感じた。


 翌日に現れた敵は、シーヌの想像をはるかに超えていた。

 現れたのは、一頭の熊。これまでに現れた大量の獣たちとは違い、明らかに一頭でそこに佇んでいる。

 だが、その個体から放たれる強者の気配は、これまでの獣たちを遥かに超えていた。やはり、この先は量より質の戦いになるのだと理解する。

「敵が数頼りに攻めてくるのは、夜だけか。」

「だな。夜襲の目的はこちらを休ませないこと。そして昼に戦う敵は……。」

「こちらを疲れさせること。……もしかしたら、質で攻めてくるのは私たち、量での攻撃は囮役、という区分かもしれないよ?」


シーヌの呟きを拾うように、チェガ、ティキが後に続く。

 それでも、止まるわけにはいかないとシーヌたちは一歩踏み出し、おそらく最初の「神獣」であろう獣に、戦闘を挑みかかった。




 チェガとティキが後に続こうとした瞬間、彼らには別々の敵が襲い掛かった。ティキには大きな犬が、チェガには小さな狸が。

チェガはなんとなく力量で相手を選ばれているような気分になったが、狸が放ってきた魔法を回避してからすぐにその考えを改める。

 魔法と体技は違う。身体能力が高いものが魔法をうまく使えるわけではない。目の前の狸はどう見ても魔法がうまいタイプで、ティキの方に言った犬は体技系の戦闘が得意なタイプだ。


 確かに、チェガの予想した、力量で相手を選んではいた。だが、どっちが強い弱いではない。敵にとって不得手な攻撃方法を得意とする獣を、一対一の相手に選んでいた。

 狸に向けて槍を突き出すと、狸は蜃気楼のように消えてしまう。

「……幻術の類か。」

魔法のうちでも厄介な類だ。殺しても殺せていないうえ、こういう手合いは大概本体はこの場にいない。


 とはいえ、近くにいるはずだ。目の前に再び現れた狸は立ち姿として完成されている。

 しかも、動きに何の淀みもなく、チェガをしっかりと認識している。

 そんな高度な魔法技術を使うためには、よほどの練度と正確な空間認識能力が必要になる。

 縦、横、高さ。その全てにわたって完璧に認識するためには、よほど近くの位置にいなければできないはずだ。

 そうチェガは考えて、槍を振り回す。

 前後左右、あらゆるところを走り回りながら狸を注視し、その姿がぶれるところを探していた。


 シーヌは戦闘に入ったチェガとティキを傍目に、目の前の巨熊を見る。彼か彼女か、シーヌは見分けることができない。だが、そんな些末なことは気にならない。それ以上に気になることが、どうしても、ある。

「そんなに、なれるのか。」

目の前にいる巨熊の強さは、かつて見た赤竜を超えている。成長前とはいえ、ワデシャ、アフィータ、ティキの三人がかりで倒したクトリスを、おそらく単体で倒せるほど。

「幹部級の中で、最弱、か、これ?」

シーヌはその時、魔女の記憶の中にあった龍王の話を思い出す。


 今よりはるかに自然が劣悪で、獣も魔獣も神獣も溢れかえっていた頃。彼らを纏めていた、龍たちの長。人間をペットとして飼っていた彼らに対し、人間が住みやすい環境を作ろうと奮闘したのが“永久の魔女”を含めた“英雄”たち。

 彼らが戦った龍王の本拠で、最初の方は快調に敵を蹂躙していた彼らの歩みが止まった理由が、敵が雑魚から幹部級に変わったからだと言い伝えられている。

「魔女の経験も、それは事実であると言っていた。」

だからこそ、目の前の状況が厄介だと……いや、危険であると警鐘を鳴らす。


 全く知られていない、アギャンの山にたどり着くまでの記録。

 もし彼が、原初の龍王の物語をなぞっているのならば、二つ問題が発生するのだ。


 一つは、これから出てくる敵が確実に、徐々に強くなっていくということ。

 そしてもう一つは、アギャンがその物語を知ることができるほど、高貴な生まれであるということ。

 前者はさておき、後者は非常に厄介だ。高貴な生まれであるということは、それだけの教育を受けているということなのだから。


 シーヌは過剰火力と思われるほどの熱戦を熊の腹へと射出する。

 魔法で阻まれても、止めずに当て続ける。熱線自体はただの魔法だが、その熱すぎる熱線は周囲の空気を熱し、熊の皮膚をチリチリと焼く。

 一応、熊が両腕を広げられるくらいの範囲で膜を張って、温められた空気がシーヌたちの方に寄ってこないよう、閉じ込めている。


 熊がどれだけ抵抗しようと、関係なく確実に殺せる。そんな状況を作り上げていた。

 熊が苦しそうにシーヌの作った膜を叩く。鋼鉄よりもはるかに固く作り上げた膜をいくら殴ったところで割れない、とシーヌは自負していた。

 息が苦しそうに、熊が悶える。

「灰が焼かれている、だろう?」

シーヌを恨めしそうに見る熊が、手を光らせながら涙目に膜をぶん殴った。

「……嘘だろ、おい。」

最近このセリフが多い。シーヌはそんなしょうもないことを思いながら、熱線の熱の温度と膜の強度を上げた。


 魔法づくりの熱窯の中で、熊が肺を焼かれて崩れ落ちる。皮膚が焼けるまでもう少しだろう、などと思いながら、シーヌは熱線を遥か山の上にも向けて放つ。

 頂上付近は強い獣が多いだろう。多少山に火が付いたところで、すぐに鎮火するはずだ。

「この熱線で何頭か死んでくれたらラッキー、かな?」

ほとんど完全な不意打ちのおかげで百頭くらいの獣が死んだのを知らずに、シーヌは口にする。

 三か月前とは比べ物にならないくらい強くなったシーヌは、数に囲まれない限り、たいていの神獣を倒せそうであった。


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