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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
神の愛し子
142/314

友人の本領

 まっすぐに、ただ、真っすぐに。

 シーヌたちは山を登る。見据える先は、はるかに遠く。

 頂上は三千五百メートル先。そこまで高い山ではないものの、全く高くないわけではない。

 それくらいの、微妙な高さの山である。だが、その頂上へと進むためには、相当な数の障害を乗り越えなければならない。

「さながら愛の逃避行だな。」

「やめろ。それならティキと二人で行くぞ。」

シーヌの即答に、チェガはやれやれとでも言うように槍を突き出して、雷を纏って突進してきた鹿を屠った。


 遠間から飛んできた炎の弾は、シーヌが即座に迎撃する。近くに寄ってくる獣をチェガが突き殺し、遠間から攻撃してくる敵をティキが撃ち殺す。

 そうして、半日ほど進んで、太陽が中天に昇ったころに三人は足を止めた。

「食うか。」

「だね。そろそろ何か食べないと、体が危ない。」

体力が持たない。三千メートル程度の山、登って降るだけなら一日でもできるが、斬ったはったの戦闘をしながらなら不可能だ。


 そもそも登山の時点で中々に体力は消耗する。だから、ティキが焼いたクッキーを片手に、殺した獣を捌いて、山に実った山菜をかじりながら、食事をする。

 シーヌたちは後方を振り返る。フェーダティーガーの死骸が、まだ目に視界の隅に映っている。

「進んで、ないな。」

あまりに遅々とした歩みに、シーヌはかなり嫌気がさした。これでは、山の反対側で敵を引き付けてくれているチェガの父たちに申し訳が立たない。

 だが、同時に、なんとなく感じていた。


 オデイア=ゴノリック=ディーダ。そして、チェガを鍛えたという彼ら。

 彼らではきっと、この獣たちの攻撃に、三日として持たないだろうと。

「リミットは、三日か。」

せめて高山病対策で十日欲しかった。シーヌの想定外は、彼ら神獣たちが、文字通り、神獣と呼べるほどの強さを誇っていたほどだ。

「師匠でも、きっと、この山の獣を滅ぼすまでに一日はかけるね。」

ちなみに、その一日の半分が過ぎ去って、三百余りの獣を殺したシーヌたちは、その数がこの山の戦力の一割に満たないことは承知していた。


 さて、どうするか。どん詰まりの状況に焦りながら、シーヌは山の頂上を見上げる。自分たちに勝ち目が見えない理由。それを必死に考えていた。

「質は僕たちの方がわずかに上。」

チェガも、まだギリギリついてこられるレベルの戦いを続けている。つまり、敵の質自体は、高いが、低い。一般的な人間よりはるかに強いが、人間中堅どころのチェガほどの実力のものが多い。


 おそらくだが、兵士として扱われる動物たちの最低ラインがそこなのだろう。つまり、今シーヌたちは、比較的弱い敵を相手にしている。

「質では勝っていても、数では圧倒的に下。」

倍率的には、千倍に迫るだろうか。一騎当千、という言葉を文字通りでやり遂げなければ、勝ち目はない。


 シーヌもティキもまだまだ余裕は残しているが、戦い続けるとなれば、必ず疲労で体は崩れる。シーヌはその時をひしひしと予感している。だからこそ、食事中、残り二人が本格的に休んでいる間に、手札を一枚切ることにした。

 小さな小さな、ティキにすら感知しがたい、目に見ることすらかなわないような魔法を作り上げる。

山の頂上に向けてほんのわずかに飛ばされたそれは、シーヌたちと距離をとっても真っすぐに突き進み、シーヌの索敵外へも進んでいく。


 シーヌやティキが使う索敵、警戒用の魔法は、自身を中心とした円状に作られている。

 二人はその索敵範囲の中にある、動物たちの感覚を頼りに、魔法を放つ。

 それは、全方位を警戒する以上、当然となる魔法の使い方だ。だが同時に、敵が多いと、その全てを感知し続けるというデメリットを負っている。


 それはつまり、脳にかかる負荷が多いということ。数があまりに多いと、対処してから次にいくまでに微妙なタイムラグが出るから、焦ってさらに負荷がかかる。

 それを避けるために、シーヌは定期的に大規模魔法で敵を一掃しようと決意した。

 自分達に魔法の余波が届かないような遠間、獣たちが大量にたむろっているところ。


 そこに、魔法で作り上げた小型爆弾を放り投げる。そう、さっき作った微小な魔法。

 それに、シーヌは三つの効果をつけていた。

 一つは、獣たちの集まる場所をピンポイントで狙うための、視覚同調。

 一つは、獣たちを一掃するための広範囲爆撃。

 最後に、木々に火を移さないための消化魔法。


 とても繊細な技術を使って、想像しがたい想像を安易に行って、食事中にも関わらず一気にごっそりと動物たちを処分した。

 それを食事中に何度も行う。獣たちに断末魔を与えるまもなく処分しているはずなのだが、群れを一つ処分するごとに警戒度も上がっていた。


 野生の勘か、魔法が発動してから死ぬまでの数瞬で何か信号でも発信しているのか。

 両方だろうと当たりをつけて、シーヌはさらに魔法を飛ばす。

 対策など必要ない。感知できない攻撃に、対応などできないのだから。




 ……シーヌがそうやって食事中に殺した敵の数は、これまでの倍。六百。だが、そこまでやったあと、シーヌは同じ手を繰り返すのをやめざるを得なくなった。

 決して対策など取れないだろうと思っていたシーヌの手は、割とあっさりと対応された。

 手段は、単純だ。群れず、定距離を開けて、魔法が爆発する瞬間を予兆したものがその魔法を抑え込む。


 最初に気付いた一頭は、ただ爆発を遅らせるだけでもいい。その特定個体が爆発を抑えている隙に、周囲にいるほかの獣たちが手を貸してさらに抑えつけ、最終的には相殺する。


 そもそも定距離を開けた時点で、いくら後半以降劇とは雖もまとめて消し飛ばせる頭数には限界が出るのだ。

 その上、壁のようにではなく散発的に作られた落とし穴のように、獣たちが配置されている。それでもって離れ過ぎず、近すぎず。範囲攻撃で一括排除ができないように、陣を組んでいるのだ。


 さすがにシーヌも、微小レベルまで小さくした魔法を、遠隔で、高威力で爆発させるとなると、予兆なしでは難しい。そんな高度なことができるのは冒険者組合のなかでも中堅並みの実力者だ。

「行こうか。」

食事をとること、約30分。十分に休息は取ったと判断し、シーヌとティキは立ち上がる。

 チェガも、「おっしゃ!」と威勢のいい掛け声をかけて立ち上がり、同時に上空から急降下してきた燕を突き刺した。


 上空をチラリと見上げる。シーヌの視界に映る、索敵範囲から微妙に外れた位置を飛び回る、多数の鳥たち。いきなり魔法を撃ち込んでも、ひらりひらりと避けられるため、シーヌは決して彼らに魔法を放ちはしなかった。


 空気がある限り、彼らはぎりぎりの高さまで空を飛べる。それは、シーヌとしてはとんでもなく厄介な敵の性質だった。

 なぜなら、見上げるように視認するだけでは、敵との正確な距離は測れない。距離が読めないということは、敵個体をピンポイントで、狙いすました一撃が放てないということだ。


 攻撃を爆散させようにも、どれだけの広範囲に攻撃を広げればいいのかわからない。だから、余計な力の放出と、それを無駄にした時の心理的な負担を考えると、やる気になれなかった。

 だが、そんなシーヌの決意をよそに、ティキ一羽のハトに狙いを定めて魔法を放つ。

 それは回避した鳩を即座に追いかけ、追いかけっこを始める前に仕留めて殺した。


 唖然としてシーヌはティキを見る。追いかけっこを始めたのならもっと時間がかかると思っていたため、そんな瞬殺をしてのけたティキには、感心するような、呆れるような、複雑な心境だった。


 結局、上空にまるで雲のように飛び回る鳥たちは、ティキが一人で相手をし始めた。

 つまり、地上でシーヌたちを襲おうとする獣たちはシーヌとチェガが相手をすることになったのだが、そこはさっきとんでもない大殺戮を行ったことが功を奏したか、しばらく敵が姿を見せることはなかった。

「……出ないなら、行こうか。」

「シーヌ、上はやっとくよ。」

「じゃあ、先の不安は減らしとこうかな。」

そんなわずかな言葉で、シーヌとティキは互いの役割を配分する。ティキをシーヌの側に浮かばせると、「チェガ、ついてこい。」と言って山を駆け上がる。


 慌ててチェガがシーヌの後を追いながら見たのは、シーヌに移動を完全に任せて頭上を見上げ、次々に鳥たちを落としていく。

 対してシーヌは、ティキを浮かばせ運びながら、前方に無差別に魔法の弾丸を放っていく。

 しかもどうやら、数撃てば当たる方式ではない。弾丸自体をひとつの目とした、サーチアンドデストロイ方式だ。


 それは、途中でクイっと魔法の軌道が曲がっているから理解できること。それだけ見れば、チェガにもシーヌがどれほどのことをしているのか理解できる。

(ったく、めちゃくちゃ息が合ってんじゃねぇか。)

かつてシーヌとティキが試験のためにペアを組んだことは、チェガにも記憶に新しい。

 その時に、ティキがシーヌと一緒にいられないことを危惧した。シーヌに依存する女では、シーヌの荷物になる。チェガはそう確信して、ティキに警告までしていた。


 だが、実際はどうだ、とチェガは笑う。このままでは、荷物なのは間違いなく自分だ。

 そう思うと、槍を持つ手に自然と力が入ってくる。さっきまでとは全然違う速度で山を駆け上がりながら、チェガは思った。

(早く、挽回、いや、役に立たねぇと。)

しかし、非常にもその機会はそのまま半日、やってこない。もう日が沈み、シーヌたちが遅めの夕食を取るようになった段階で、初めてチェガは気付いた。

(挽回したいなら、今のままじゃダメだ。手札を一枚、切るしかない。)


 チェガが得意なのは、近接戦闘だ。

 そして近接戦闘と相性のいい、魔法だ。

 チェガは魔法を放出するのは得意ではない。代わりに、槍に魔法を纏わせることは出来る。

「……来たか。」

ティキが眠りにつき、チェガとシーヌが起きている。シーヌが眠る時、チェガも眠ることになっている。


 実力がはっきりした。シーヌたちは、チェガにただの夜鐘の役目も荷が重いと感じている。

 シーヌたちのその判断は、間違っているとは言えない。確かに、平常時のチェガでは、決してシーヌたちの平常時には勝てない。

 だが、それでも俺はシーヌたちの役に立ちたくてここまで来たのだと、チェガは胸を張って宣言できる。そのために、今日まで努力を重ねてきたのだと。


 最初に山のふもとで出会ったフェーダティーガー。おそらく中位の竜に匹敵するはずだった彼らよりも強い個体が、空から急襲をかけてくる。

 シーヌが牽制にはなった魔力弾を、全て魔法で防ぎ切った。間違いなく強い、とチェガは苦笑する。

「シーヌ!伏せろ!!」

だからこそ、チェガは今が実力を示すチャンスだとばかりに後退した。槍を持つ手に力を籠め、これでもかとばかりに体を反らせる。


 チェガの体から放たれた槍は、さながら雷のような光を放ちながら、フェーダティーガーの顔面に直撃する。

 トラ面の顔が、翼をはやした胴が、その内臓から貫かれて、息絶える。

 ティキが広範囲攻撃を十八番としているのに対する、逆。圧倒的な、一点集中型大火力。

 それを食らえば、シーヌとてひとたまりもないだろう。あれなら、下位の龍種も貫けるだろう。

 そう断言できてしまうような圧倒的攻撃に、シーヌは感嘆の眼をチェガに向けた。

「それ、何発撃てる?」

「制限はあまりないな。溜めの時間も含めて、一撃10秒。一時間は続けられるはずだ。」

「確か、コントロールは良かったよね?」

「ああ。……おまえ、まさか。」

チェガはシーヌが言わんとしていることを察した。槍を生成し両手で構え、シーヌの方を恐る恐る見る。


「これで、出来ない?」

シーヌが手渡したのは、どこにでも転がっているような石だ。石ころと言う方が正しいような大きさの。

 出来るか出来ないかで言えば、出来る。が、それが指し示すことが何かを察したチェガは、あまりできると言いたくなかった。

「……出来る。」

が、シーヌと肩を並べて戦うためにここまで来たのだ。チェガに、出来ないと口にする選択はない。


 出来る、と答えるまでにわずかにあった間が、「何を指示されるのか理解した間」だと判断したシーヌは、「じゃ、よろしく」と言ったシーヌの顔を複雑な表情で見たチェガは、まあいいか、と再び地面に座って警戒を始める。

「僕は寝るよ。」

「ティキは?」

「予定通りの時間に起こしてあげて。」

「へいへい。」

チェガが軽く答えると、シーヌは寝息を立て始める。


 一人で警戒できると認められたのは嬉しいものの、非常に複雑な気分を味わうチェガは、近づいてきたネズミの顔に小石を当てる。

 近づいてくる敵を悉く石で撃退しながら、チェガは呆れと共に息を漏らす。

「現金な奴め。」

使えるとわかったらすぐに掌を返す。これくらい図太い神経で行かなければ、復讐をすべてなど果たせないのだろう。そう結論付けると、小石を親指に乗せて弾き飛ばした。


 まだ、一日。シーヌが事前に狩りつくしていたおかげで、一日でなんとか千五百メートル、登った。

 だが、まだ、神獣たちは本領を出していない。チェガはなんとなくそんなことを感じながら、ティキを起こすまでの時間、ずっと警戒を続けていた。


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