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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
神の愛し子
141/314

神前の森

 二時間。チェガの父、オデイア=ゴノリック=ディーダたちが突撃をかけてから、二時間。

 シーヌたちは混乱してやまない『神の住み給う山』に突撃をかける。

 馬車は森に入ったすぐのところで、ペガサスたちに守らせた。自分たちが突撃して大将首を取らんとしているのに、人の乗らない馬車は、獣たちには価値がないからだ。


 盗賊ならば『いまこそ』と叫んでこの馬車をくすねにくるだろうが、彼らにはそれができない。

 この森が恐怖の対象として燦然と輝く限り、命の惜しい盗賊が、この森に入ってくることなどないからだ。

 ゆえに、ほとんど森の淵に近い場所であるとはいえ、その馬車に手を出される心配を、シーヌたちがする必要がなかった。


 とはいえ、万が一の可能性もある。馬車を運べるような大きな獣はシーヌたちの迎撃に出るだろうが(基本的に大きな獣ほど基礎能力が高いからだ)、帰りの馬車が壊されているのはシーヌたちも困る。

 だから、護衛としてペガサスたちは残った。足手まといであるという理由もなくはないが、どちらかと言えば護衛の意味合いが強い。


 そうして荷物を安全に保護すると、シーヌたちはひたすら森の中を駆け抜ける。

 索敵魔法に引っかかる傍から魔法で焼き払って、敵は一切近づけないのをいいことに、最初から全力疾走だった。


 森を抜け、山のふもとにたどり着くまでの距離は、およそ五キロ。魔法で身体強化を施したシーヌたちなら、十分もかけずにたどり着ける距離。

 そこまでたどり着いて、立ち止まって、シーヌは「おい」と呆れを込めた言葉を漏らした。

 全く予想していなかったわけではない。ここまですんなりと来られたことも、誘いだったと言われれば納得も行く。


 だからと言って、目の前に広がる、一匹ですら脅威と言われるフェーダティーガーが群れて集っているさまを見るのはどうも嫌であったが。




 フェーダティーガー。世界最強種である龍種、その下位存在である竜種、それに最も近いと言われる獣。

 そもそも竜種自体が最強種族とは程遠いがゆえに、それよりも下位の獣と称されるものは非常に多い。

 だが、それらの中でも、フェーダティーガーは群を抜いていた。一説には、一定程度の実戦をこなしているフェーダティーガーは、中位の竜を超え、上位の竜に迫る。

 ヒエラルキーのある竜のうちでも、上位に迫れるとなれば話は別。ものによっては一軍を壊滅させ、十頭揃えば一国をも陥落せしめる。


 そんな異常な彼らに迫るほどの、獣。

 ましてや、魔法を使い、『神の住み給う山』でより強い獣たちと戦ってきた彼らだ。決して、経験足らずの弱獣などではないだろう。

 その脅威は、以前にシーヌが戦った“赤竜殺しの英雄”に匹敵する。いや、凌駕している。


 なぜなら、目の前にいるフェーダティーガーの数は、どう数え誤っても、二十を切ることはないのだから。

 一軍に匹敵する上位の竜に迫る獣。

 それが、二十は下らないような、圧倒的な数量でもって、シーヌたちに牙をむこうと構えていた。


 だが、当時よりはるかに技量の上がったシーヌたちの、壁になるにはいささか役不足だった。

 フェーダティーガーの群れは、確かに、冒険者組合になりたての頃のシーヌなら決して超えることのできない壁だったろう。

 だが、“永久の魔女”から、彼女が生きた長い年月で築き上げた圧倒的経験値を頭に流し込まれたシーヌであれば。

 ただ、強くて厚い数の暴力を超える術を、持っている。


 そして、それ以前として。

「一対多の戦いなら、私は負けないんだよ?」

ティキが出した、十八番となった『剣の雨』。だが今回のそれは、今までティキが放ってきたそれとは大きく異なる。

 シーヌと同様、“永久の魔女”の生きた経験全てを『視た』ティキは、魔法の想像の仕方を、魔女が出会い、語らった人数分、知っている。


 その知識というのは、暴力的だ。ティキの目の前に映る、圧倒的暴力が、かわいく見えるくらいに、暴力的な力となる。

 シーヌとティキが魔女と出会い、魔女に全てを教えられたからこそ手に入れた魔法概念。

 それは、“継承”。魔法概念“継承”。冠された名は、“学習”。

 受け継ぎ、視、感じ、識り。

 その果てに得た、威力補正と効率上昇。

 純粋な努力の成果である。同時に、ただの暴力の権化でもある。


 剣は、より多く生成される。剣の種類は、より豊富に顕現する。

 その攻撃はより精密に、的確に敵の頭蓋を穿つ。

 無差別に降り注いでいた攻撃は、軌道を選んで放たれるようになった。

 それは、攻撃の筋が読みやすくなったこととは、同義ではない。


 相手を確実に追い詰めて、殺す。無差別殺戮者から、計画的殺人者に変わっただけだ。前者より後者の方が、質が悪い。

 一頭、二頭、三頭。十、十一、十二。

 時を追うごとに増える屍。空気を汚す血の匂い。

 フェーダティーガーたちは、翼の生えた虎と呼びならわされるだけあって、図体も大きい。

 尾の大きな図体を、剣が貫き、回避しようとしてもその体の大きさの姓で全てを避けきれず、どころか回避先から落ちてきた剣によって地面に縫い付けられる。


「すげぇ。」

チェガの感心したような、恐れるような。そんな声がティキの耳朶を打った時、すでにティキはその剣の暴力を終えていた。

「ただ魔法を上から下に振り下ろしただけですよ?」

ティキがなんでもないことのようににこりと微笑んで言う。だが、何でもないことでは、決してない。


 広範囲にわたる魔法を、完全に制御下に置きながら、無慈悲に、残酷に、敵を殺していく。

 その作業が、難しくないわけがないのだ。

「あれは、フェーダティーガーたちが大きくて、的になりやすかったから、こんな短時間で終えられたんです。」

短時間。総称しながらも、十分の時は経っている。


「小さい動物だったら、上手く避けながら懐に入ることもできたと思います。」

そうさせないように、綿密に魔法を撃ったのに、よく言うよ。シーヌはそう心の中で呟きながら、上空から近づいてくる一個体を迎撃した。

 魔法で護られた感触が一瞬だけ伝わり、そのあとすぐに壁を破って肉を突き穿つ。


 彼らも魔法を使っていた。ティキが降らせた圧倒的な数の魔法に対して、全身を覆うような魔法の殻で抵抗しようとはしていた。

 それをあざ笑うかのように、ティキの魔法が平然とそれらを突き破った。おそらく、彼らにとっては青天の霹靂だったはずだ。


 冒険者組合に入れるほどの実力ではない、世界的に中堅どころの戦闘家では突き崩すのに時間がかかるような、そんな魔法の威力の感触はあった。

 彼らは、ようやく冒険者組合の下位レベルに足をかけたくらいの実力を持つシーヌたちと戦えるほどは、強くなかった。そして、それほどの強者と戦ったことも、ほとんどなかったに違いない。


 相当な古参の獣でなければ、そんな圧倒的な力を持つ人間と戦ったことはないだろう。

 シーヌたちは、まず最初に作られた関門を、わずか十分で突破した。

「俺、必要だった?」

「ティキが言った通り、ティキの剣の雨には弱点があるよ。」

それは、雨の中を平然と渡って来れるような、あるいは全てを回避しながらこちらに来られるような敵には意味がないということ。

 そして、この『剣の雨』を含む広範囲にわたる魔法は、とんでもない想像力と意志力を使うということ。


 それは、とんでもない負荷を脳にかける。戦う意志があっても頭が働かなければ使えない『魔法』というもので、脳に負荷をかけ続けることは、すなわち魔法が使えなくなる危険を近づけることになる。

「最初だから、派手にやった。でも、次からはゆっくりやらないと。」

「へぇ。俺はティキさんを護れば良いのか?」

「ああ。ティキは近接戦闘は得意じゃない。敵が彼女に近づいたら、お前は容赦なくそいつを斬れ。」

「はいよ。お前の奥さんに手なんか出させるかよ。」

堂々と宣言するチェガに、シーヌは頼もしさと一抹の不安を感じた。


 自分と、対等とは決して呼べない、チェガ。友人として対等だとは、シーヌも思っている。

 だが、戦闘力という意味では別だ。間違いなく学生時代よりはるかに強くなっているのは間違いないが、シーヌと彼には圧倒的実力の隔たりがあるのだ。

 近接戦闘も魔法戦闘も両方できるシーヌと、近接戦闘の方が得意なチェガ。

 学生時分にはすでに“奇跡”を得ていたシーヌと、未だ“三念”が芽生えているかどうかも怪しいチェガ。


 もしかしたら、三人そろって下山できないかもしれない。半ばシーヌは確信しながら、一歩を踏み出す。

「じゃあ、登るよ。」

シーヌはそう言葉に出すことで思考を切り替えると、敵、アギャンがいると思われる頂上に向けて睨みをかける。

 これからは、数百メートル登るごとに休みを取らなければならない。

 登るだけならまだしも、戦いがあるのだ。高山病なんかには、なっていられない。

 シーヌは久しぶりの登山の計画を頭の中で組み立てながら、片隅で、どうやってチェガとティキを護ろうかとも考えていた。


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