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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
神の愛し子
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作戦までに

 チェガが加わったことで、シーヌとティキはあれからの話をした。

 どうやらドラッドを殺したその場面は、彼ら親子は見ていたらしい。

 だから、それ以降。ガレット、ケイ、アグラン以下四翼、ユミル、ペストリー。シーヌとティキが戦い、殺してきたメンツを聞いて、二人の歩みに戦慄を感じる。

 チェガは、そんな夜をその日は過ごした。馬車の中に入って眠りについたティキと、馬車に背をもたれさせながらチェガと談笑をするシーヌ。


 チェガが一番驚いたのは、シーヌのその、随分と柔らかくなった表情だった。

(まさか、まだほんの三か月だぜ?)

ティキの想いが、シーヌの心を動かした。そう思うには、チェガはシーヌのことを知りすぎている。

 容易に心を開くはずがないシーヌ=ヒンメルという少年のことを考えると、チェガは、ティキに覚えた薄気味悪さを隠すのが精いっぱいだった。


 どうやら、シーヌもその気配は感じ取っていたらしい。

 学校に通っていた六年。その間一緒に過ごした友人には、チェガの思いもよく見えたらしい。

「最初は、強制だったらしい。」

だから、唐突に言われたその言葉を、どの話題に対するものか、チェガは容易に読み取った。

「強制的な恋愛感情って?」

「ああ。それができる、魔法の業があるのさ。」

技ではなく、業。行為、心身の活動を指し示すその言葉を聞いたとき、チェガは「なるほど」と頷いた。


 それを人は、“奇跡”と呼ぶ。あり得ないことを起こすこと。あるいは、起こること。

 それを、ティキが、望みの下で、シーヌに対して『行った』のだと、チェガはほとんど正しく認識した。

「わかっているなら、解けよ。」

「ところが、どうやら植え付けられたのはほんの最初の時だけらしい。」

それも、ティキの気付かぬうちに。そのセリフに、チェガはどういえばいいのかと言葉を探す。

「あぁ……どういうことだ?」

いくら理解力のずば抜けたチェガも、前提条件が、『復讐を果たすために全てを擲てる』シーヌであれば、まさか、シーヌが本気で恋愛感情を抱いてティキと結婚しているとは考えられないらしい。


 そんなチェガの様子を見て、それだけ自分は変わってしまったのだという認識を深めつつも、シーヌはあまり悪い気はしていなかった。

「恋のきっかけこそ強制的に植え付けられたものだったとはいえ、恋情を育んだのは自分自身。そういうことらしい。」

「じゃあ、あれか?俺がティキに、『捨てられるぞ』って脅したのは意味がなかったってか?」

意味がなかったとまでは言わないかな、とシーヌは言葉に迷いつつも答える。


 チェガがティキにそう警告しなかったら、ティキはシーヌに食らいつこうと頑張らなかったかもしれないからだ。

「まあ、今は、僕もティキも、普通に結婚生活を送れているよ。」

「復讐の旅路に妻を連れ歩いて、どこが普通の結婚生活だ。」

チェガの即答に心地よさを感じる。友人として、戦友になろうとして、シーヌについてきてくれた学友。

 そんな彼に感謝しつつ、シーヌは迫りくる睡眠欲に身を委ねる。


「頼んだ、チェガ。」

「おうよ。たまには一晩ゆっくり眠れや。」

ペガサスの引く馬車だから、シーヌたちはいつもゆっくり眠っている。そんな小話を入れる暇なく、シーヌはそのまま眠りに落ちた。




 パチパチと燃えさかる炎と、その光にあてられた友人の横顔を見る。

 背負った使命の壮絶さから、疲弊した心を癒すように、ティキはシーヌの前に訪れたのかもしれない。

 そう思わなければ、シーヌの変容を受け入れられる気が、チェガにはなかった。だが、今日一日見た二人の日常は本物だ。ほんのわずかなやり取り、家事の分担や馬車の寝台の使用までも、彼らの所作は互いを信頼しきった夫婦のものだった。

「やってられねぇ。」

あまりに予想外の変容に、脇に抱えた槍を力強く握りなおしつつ、思う。

「俺にも春は、来ないのだろうか。」

この二人を見るまでは決して本気で思わなかったことを、言葉にして紡いだ。


 シーヌが想像以上に変化してしまう『恋愛』というものを、チェガも体験してみたい。

 今まで思いもしなかったその思考に、チェガは「影響され過ぎだな」と呟いた後、まじめに警戒を始めた。

 シーヌとティキ、自分、そしてペガサス四頭。彼ら以外の動物を、近づく傍からすべて殺す。そのつもりで、チェガは広範囲にわたる索敵魔法を形作る。

 まずは、一晩。続いて、もう一晩。

 それが終われば、警戒と排他だけの平穏な日々は終わる。

 そして、殺戮だけの血に塗れた日々が、幕を開けるはずだった。




 夜が明け、日はのぼる。

 シーヌとチェガは、かつて学友時代に競い合ったのと同様に、武器を打ち合わせ、修練に没頭していた。

「どうやった?」

魔法を織り交ぜながら実戦さながらに戦うシーヌに、チェガは辛うじてついていく。瞬殺を信じて疑わなかったシーヌは、足元で必死に食らいつくようなチェガの戦いに驚いたように問いかけた。

 それと同時に、二人の手が止まり、どちらともなく離れる。崩れ落ちるようにチェガが地面に座り込んだ。

 彼の荒い息を聞いて、シーヌは返事はしばらく待とうという姿勢を見せる。ありがとよ、とでも言うように片手をあげると、チェガは思いっきり地面に倒れこんだ。


 あぁあ、とでも言うように荒い息を吐いたあと、チェガはゆっくりと立ち上がる。

「やっぱ、手ぇ、抜いてたのか。」

「抜いてはいない。魔法を使わなかっただけだよ、昔は。」

「ああ、そうか。純粋な体技と剣技だけを、俺と磨いていたのか。」

それも、どうしても必要なことだった。そして、シーヌの魔法にはついてこれなくとも、身一つで戦いの練習をするのであれば、互角に競えるチェガという人材が、近くにいた。


 魔法の練習に至っては、冒険者組合最高級の人間であった、“次元越えのアスハ”が直々にシーヌに指導を与えていた。

 魔法学校などの教師なぞより、圧倒的に強い。教育者としてはあまりに向いていなかったアスハであるが、シーヌにはそこにいるだけで励みになる存在だった。

 なにせ、その壁は、シーヌの復讐敵たち全てを束にしてなお届かないほど、高い。

 彼に手が届くように訓練するという、ただそれだけで訓練としては上々だ。


 なにせ、魔法の訓練ほど、その目標意識の高さ、目指す境地の高さが成果に出るものはない。純粋な意思の強さがその威力に関わってくるのが、魔法というものであるからだ。


 確かに訓練の時から、ずっと魔法を使っていれば、チェガでは最初から勝負にすらならなかった。それは間違いのない事実だろう。

 だが、シーヌが魔法を使った訓練をしなかったからこそ、チェガはシーヌと友人でいられたのだ。

 彼らが出会った当時。10歳の夏。あの時点でシーヌがチェガに本気を出していたのならば、チェガはシーヌを、その背景も相まって、異常に畏怖していただろう。


 シーヌに言わせてみれば畏怖して当然ではある。が、彼と過ごした友人期間は、それをいらないと切り捨てていたあの頃より、今に影響を与えている。

 これまで出会った、味方となった人間たち。彼らと手を組むことができた背景には、少なからず、チェガらによって他人と話す機会があったことが挙げられる。逆に、学生時代、復讐に取りつかれた視野のままで誰とも話さずに生きていたら、全ての復讐を己一人でしか成し遂げられなかっただろう。


 魔法で煙幕を張って体にまとわりついた汗をサッと流す。馬車の方に戻ると、ティキが料理を作って待っている。

「お前の戦いを見て、お前の傷を見て、思ったんだ。」

シーヌは、チェガに、何をしてそこまで強くなったのか、深くは聞くまいと思った。


 その身体中に出来上がった傷は、三か月という短時間で引き締められた実践的な肉体は。

 それが地獄というのも生ぬるい煉獄の底で作り上げたものだと、何より雄弁に語っていたから。

 それが、友人を助けるためにやったことだと、何の躊躇いもなく言ってのけそうなチェガに、その苦しみを語らせるつもりはなかったから。

 外道を突き進む復讐鬼(シーヌ)は、人道を突き進む修羅(チェガ)に、こう言った。

「お前が友人で、今更ながらだが、よかったと思う。」

その言葉に、チェガは驚いたように硬直し、面白いように笑顔になる。


 そうして、シーヌの肩に手を回して、言った。

「何言ってんだよ。ほら、ティキさんが飯作ってるんだろ。行くぞ!」

照れたような友人の行動に、「なんか、普通の人っぽいな」と思いながら、シーヌは笑みを浮かべて後を追う。

 はるか記憶の彼方にある懐かしい光景をこの目で見た。

 そんな感慨を、もう得られないはずだった日々を、シーヌは身近に感じた。


 だからこそ。だからこそ、復讐鬼の物語は。

 失ったものを嘆き、奪われた憎しみを燃やし続ける感情は。

 さらに燃えさかり、仇たちへの復讐の念を、より強く、思い描かせるのだった。




 その夜。

 狼の遠吠えが、山の中に木霊した。

 シーヌの索敵範囲外から、フクロウやミミズクたちが山へとむけて羽ばたいていく。

 時間にして一時間ほど経っただろうか。なんとなく、シーヌたちに向けられていた、非常に遠くから見つめる目が、減った気がした。

「シーヌ、いい?」

眠っていた彼を、ティキは起こす。シーヌも目を覚ました後、なんとなく状況を察したようだった。


「減った?」

「多分、チェガさんのお父さんだと思う。」

「いくら強いとはいえ、一人にここまで割くか?」

「一人じゃねぇよ。ちょっと俺を鍛えた人たちが、な。」

起き上がってきたチェガの言葉に、シーヌはほうと感心したような声を上げた。


「じゃ、行こうぜ、シーヌ。」

「だな。朝まで待つメリットが、思い浮かばない。もう何時間だ?」

ここまで包囲網が減れば、三人でも大きな苦しみなく突破できる。そう踏んだシーヌは、一応だとティキに確認をとる。

「狼が遠吠えしてからは、大体二時間くらいかな。」

月と星の位置を見ながら、ティキが答えた。その答えを信用して、シーヌも立ち上がる。

「おそらく動物たちは移動中なはずだ。今なら、背後から仕留められる。」

「俺もそう思うぜ。ティキさんは?」

「賛成します。うまくいくはずです。行こう、シーヌ?」

三人の意見が一致した。なら、きっと、勝てるだろう。

 シーヌはそう思って、立ち上がった。


 最後に全ての装備を確認して、結界の魔法を解除する。

「行こう。」

敵とその下っ端。神獣たちが見せた、致命的な隙。

 シーヌたちはその隙を逃さず、対象の首を取らんと、突っ込んだ。


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