14.進む道
「ごめん、金のカードは奪わなかった。一枚でも居場所がバレるのに、もっと多くを持つメリットがなくて。」
冷酷な、復讐の鬼の素顔を隠しきると、シーヌは笑ってティキに言った。もしかすると倒された彼らのカードを誰かが奪い去るかもしれないが、そんなことがあってもシーヌにデメリットはない。
ティキの方も、シーヌの笑顔やその裏にあるものに慣れることを決意したのか、彼のすっかり元に戻った笑顔を見ても、一瞬怯んだだけで、シーヌにそれが気づかれる前に覆い隠した。
「お前らとおって赤の連中と合流した方が、探し回るよりも楽やからな、そうさせてもらうことにしたわ。」
にこやかに帰ってきたグラウは、実に合理的!とでも言いたげに笑ってそう言い切った。
「ついてくるなら邪魔はしないでよ……。」
シーヌは、自分たちの行動に積極的に関わってくることはないだろう、と思いながらも、鬱陶しい、関わりたくないという思いからそう呟いてしまった。
「試験という名前を借りたデートの邪魔をされたくないんはわからんでもないけどな、そんな邪険に扱いなや。」
せっかくの協力者やねんで、と試験に参加者としてきているわけでもない、ただの依頼された傭兵がぼやく。あくまで他人だ。利害が一致しているだけで、同盟を結んでいるわけでもない。
ティキには今のグラウの『デート』というセリフは聞こえていなかったようで、少しだけ安心する。そもそもシーヌは目の前の男に一度も、ティキのことが好きだと話した記憶がない。
それだけわかりやすいのか、なんて考えて、振り払うようにグラウのことを考える。
本当は同行なんて認めたくないのだ、うさん臭いから。そもそもにして。
(そもそも、組合からの依頼自体が事実だと証明されていないんだし)
公表されているわけでも、書類を見せられたわけでもない、ただの本人からの自己申告だ。そんなもの、完全に信用することなど出来はしない。
「ティキ、もう寝てもいいよ。眠たいでしょ?」
シーヌはまだ今が夜遅くなのを、忘れはしなかった。さっきまで守られていたのだ、そろそろ交代するべきだろう、と思う。
「いや、シーヌが……」
「今は何も言わなくていいから、寝てよ。」
有無を言わさずに寝てもらうことにした。
一度寝て、復讐の心を燃え立たせてしまって、目が覚めてしまった。寝てと言われても、しばらく眠れやしないだろう、とシーヌは今の自分を分析する。
「ん……わかった。」
ティキはシーヌの雰囲気から何かを感じ取ったのだろう、言うことを聞くことにしたようだ。
ティキが落ち葉を撒いただけの、簡易とすら呼べない寝床に横になる。すぐさま寝息を立て始めて、疲れていたみたいだ、とシーヌは呟いた。
(お嬢様ならこんなところじゃ寝付けないかもしれないって心配したけれど)
健やかに寝息を立てるティキに、その心配が杞憂に終わったことを悟ってホッとすると同時に、シーヌは己自身について考え始める。
毎日のように、自分の在り方をシーヌは考えていた。自分の生き方、目的、そして行き着く先。今生きている道も、その先に待つものも、地獄のようなものであることはシーヌ自身、知っている。
昔、街一番強かった戦士が言っていた。戦士も、魔法使いも、戦うことを選んだ奴に、清いも汚いもあるものか、と。
あの戦士は、自分の今の生き方にも、「清いも汚いもあるものか」なんて言ってくれるのだろうか、と思う。あの戦士も死んだ。殺したのは、シキノ傭兵団のいったい誰か。……そんなこと、忘れはしない。頭にこびりついて離れない。
チェガの父は、どうしてあの街の騎士団の壊滅時に、手を出さなかったのか、その理由は、シーヌに聞き出す意思がない。彼は『暴虐事件に手を出さなかった』という結果しか見てはいない。
どういうわけか、元シキノ傭兵団のメンバーだと知って会いに行って、仇ではないとわかった。一度も戦わずに、今日まで来ていて、本当に仇ではないとさっき死んだ傭兵の言葉で確信して。
「ようやく、一つ目の復讐が終わるよ、みんな。」
ポツリと呟く。その言葉が聞こえているのは、グラウという男の傭兵。しかし彼は、何も言ってくることがない。
さっき共闘したことで、シーヌの目的はほとんど全部バレているだろう。しかし何も言わないこいつは、いったい何を思っているのだろう、と、シーヌは今考えなくてもいいことまで考え始めた。
(まあ、多少の思考の寄り道くらいは許されるさ)
明日はここからは移動しよう。さっきの死体を思い浮かべつつ、ドラッドへの復讐心をどうにか鎮める。
まだ、夜は長い。
早朝、ティキは目が覚めた。昨日の戦闘の疲れは、見える限りでは引いている。それでも完全に引ききったわけではないことを、高揚した気分を持っていることを、ティキはわかっていた。
少しだけ、興奮しているのがわかる。あまり戦わなかった自分でもこうなのだ、もっと戦って、もっともっと興奮したかもしれないシーヌは、いったいどんな気分なのだろう、なんて思った。
シーヌはきっと、これからもずっとこういう道を歩いていくのだろう。それが悪いことだ、なんては思わないけれど、シーヌ自身が変わっていってしまうのじゃないか、なんて怖くなる。
「おはよう、ティキ。」
シーヌが変わらない口調で挨拶してくる。その目に少しだけ疲れが見えて、シーヌにお疲れ様、なんて言いたくなった。
まだ、そんなことは言えない。シーヌが疲れ切っているのだとしても、私はシーヌを癒やしてあげられるほど、彼と寄り添う覚悟が出来てはいない。
彼が私を好きになってくれたように、私も彼を好きになれたら、きっと私はシーヌを癒やしてあげることに躊躇いなんてないのだろうな、なんて意識に上がった。
わかっている。もう私はシーヌのことが好きになってはいるんだ。でも、依存しないため、なんて自制して、本当は自分のこの想いも生きるために彼を利用しようとする自分を抑えているだけ。
自分のことを醜いな、と思う。シーヌには、だからこそ、まだ想いを伝えられない。私はまだ、自分の醜さを自分で受け入れることが出来ないから。
シーヌは、早くても集合場所に集まってしまうことにした。あまり離れすぎると、集合日に集めれない可能性がある。もともと時間を決め損ねたのだ、グラウのこともあるしちょうどいい、とシーヌは思うことにした。
ティキにチェガの父からもらった携行食を朝ごはんとして渡して、シーヌは昨日の死体を覗きに出る。
鼻が曲がりそうなほどの血の匂いとともにその原因の姿が見えた。これが、自分のやったことで、これからやっていくことだ。ひどい嫌悪感とともにそれを認識して、ただ淡々とその服を漁る。
シーヌが持っているよりも業物の短剣が一本、出てきた。昨日は夜闇に紛れて見つけられなかったのだろうな、と思いつつ、彼は自身のものと交換する。
誰かがそれを見たら、シーヌに恐れを抱くだろう。死者の冒涜に、激しい怒りを覚えるだろう。
それでも、シーヌは遠慮なく死体をまさぐり、その所有物のうち使えそうなものを片端から奪い取った。盗人と呼ばれようと、人間として問題視されようと、シーヌは復讐する以上、この程度のことに嫌悪を抱いてはいられないことを知っている。
そして、シーヌの行為が辛うじて見える木陰に、胡散臭い傭兵と、シーヌの相方たる少女がいた。
シーヌがやった死者への冒涜を、傭兵として戦場をかけたことがある男は普通に受け入れている。
少女も、それが悪いことだとはさすがにわかっていて、それでも顔色一つ、変えずに見ていた。ティキはシーヌに養ってもらうつもりだ。なら、彼のそれくらい、受け入れられずにどうするの、という覚悟で見ている。
(少女は少年を受け入れた。知らぬは少年のみなりや、とね)
グラウはティキの表情を眺めて、すれ違う子供たちの恋愛事情に内心でニヤける。
(さあ、俺の依頼は赤と青を合格させることだが、さて、他は合格するのかね)
シーヌが触らないように注意している金のカードを眺めつつ、グラウは試験の行く末に思いを馳せた。
昼は人間がよく動き回るが、同時に獣も動き回る。フェーダーティーガー然り、そして今襲ってきている人食い鳥、ハエナオオワシ然り。
空から目をつけられたのだ、誰が悪いというつもりはない。この鳥はせいぜい翼を広げ切っても1メートルない程度の大きさなのだ。目視して警戒するのは難しいのだ。
「メンドイなぁ。」
走りながら、グラウが何かを投げた。野生の勘か、速度を上げて回避する。
「燃えて!」
炎の槍を打ち出そうとしたティキの槍を、シーヌが即座に水をかけて消す。
「山火事になるぞ!凍り付け!」
氷の塊を打ち出す。四方から攻撃をかけた氷が当たれば、ハエナオオワシを包み込んで凍り付かせるはずだった。
「また空ぁ?」
ぐんぐんと昇っていくワシを見て、シーヌが疲れたような声を上げた。もう五度目じゃん、とさらに泣き言を叫ぶ。
「シーヌ、目立っちゃってもいい?」
ティキも疲れたように、ワシを見上げる。私なら落とせるよ、という意味を込めて。
「仕方ないか、やろう。」
さっきまでは、シーヌはそれを止めていた。今目立って、傭兵たちに集まられても面倒だと思っていたから。しかし、このまま何度も同じことを繰り返すほうが面倒だった。
ハエナオオワシの特性は、何度も同じ獲物を攻撃し、疲れきるまであとを追い、最後に食べる。このままでは、シーヌが怒りで攻撃の手を強めるまで、疲れさせられることが目に見えていた。
「じゃあ、行ってくるよ。」
ティキは空を飛んだ。背中に翼を生やすイメージで。実際に白い羽が生え、彼女はまるで天使のように空を駆ける。
空から悠然とシーヌたちを見ていたワシは焦った。焦って、ティキの首をめがけて突撃した。
「相手を包め、焔の檻。」
ティキほどの魔法使いは、あまり起こしたい魔法の現象を、口にはしない。でも、ティキはよく口にした。
今回起こそうとする現象は彼女にとってあまり馴染みのない、殺しの魔法だ。だからティキは、想像できない殺しの現象を、あくまで結果としてとらえて、現象だけを起こすことにした。
「縮め、縮め、焔よ。焼け、焼け、中身を。」
炎が形作った大きな丸い檻を、小さくしてワシの体にぴったりと張り付ける。
「貫け、炎の槍!」
その炎の球体に、炎の槍を形作って突き刺した。自分が、ティキ=アツーアが殺すことに意味がある、そうティキは思う。
丸焼けになったワシが、力なく地上に落ちる。ティキはその体を風で包むと、自分と一緒にシーヌの元へと降り始めた。
「鋼の魔法技術書に記載された中級技術、ジェイルジャベリン、の炎版ねぇ。シーヌ、お前の奥さん、かなり強いで。」
その応用力を見てか、それともその技術力を見てか、グラウがからかうように言う。どっちが守られる立場だろうか、と。
魔法技術に、威力がきちんとついてきたティキは、シーヌを上回る実力を持つ。まだシーヌが勝てると誰もがわかっているが、あと一年もすればどうだろうか。
「愛想つかされんようにな。」
ニヤニヤと笑いながら、ティキのほうへ歩いていくグラウの背中を見ながら、
「結婚してないし。」
シーヌはそこ以外に何かいうセリフを持たなかった。
目的地に到着した。
シーヌは全力で怒鳴りたくなった。文句を言うのが間違いだとわかっていても、文句を言いたくなる光景が広がっていたからだ。
デリアとアリスはそこにいた。もしかしたら、自分たちが離れてすぐにそこに戻っていたのかもしれない。デリアがアリスを膝枕していて、アリスはそこで気持ちよさげに眠っていた。
「よ、シーヌ。来たか。」
まるで予想していたかのような物言いに驚く。
「アゲーティル、これでいいですよね?」
不意に隣から声が聞こえて、シーヌは驚いて飛び退った。まるで、グラウと初めて会った時のティキのように。
「……アゲーティルの時は気づいていたようなので、私も気付かれていると思っていましたが、そんなことはなかったのですね。」
知らない女性がそこにいた。しかし、その正体についてはシーヌには心当たりがあった。
「グラウの妻か。」
「ええ。ファリナ=べティア=スティーティアといいます。初めまして、シーヌ=ヒンメル。」
ファリナは静かに一礼した。今もし殺すつもりが彼女にあったなら、シーヌは間違いなく死んでいたな、と思う。
「魔法概念“信念”冠された名は“非存在”。直接干渉しようとしない限り、決して存在が知られない魔法です。」
表情から疑念でも読み取ったのだろう。自分の口から自分の魔法を打ち明けてくれた。それにしても、魔法概念は特化させれば専用魔法なんてものを扱えるようになるのだろうか、と思う。
「なるほど、グラウが自分より諜報に向いているというわけだ。」
(聞くだけなら、干渉するとは言えないからな)
逆に、殺そうとすればすぐに気配が出るのだろう。完全に説明を信じるわけでもないが、彼女が自分を騙す理由もなく、何でもできる魔法というわけでもない。疑わなくてもいいだろう、とシーヌは判断した。
「で、なんでここに、全員を集めたんだ?」
「どうして俺が集めたと思ったんや?」
自分は何も言うてないやろ、とグラウは言う。
「言わなかったんじゃなくて、言う必要がなかったんだろ?」
シーヌは答えた。今騙しあいをするのは、信用を得られなくなるぞ、というように
「今ファリナさんがお前に確認を取ったじゃないか。」
ファリナさんがしまったというように表情を固めた。グラウは呆れたように自分の妻を見る。
「っていうか、俺の名前覚えてたんかいな。」
「いや、消去法でわかるじゃない。」
疲れたのかボケたようなことを呟くグラウに、ティキが早くしろというようにツッコミを入れた。グラウのほうを警戒したかのように睨んでいる。
「……ガラフ傭兵団が幹部会を招集した。幹部以外も集まって、シーヌが持つカードへ向かって進んでいる。」
グラウが、おそらくファリナが持ってきたであろう情報を、開示した。
次の更新は月曜日です。
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