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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
神の愛し子
139/314

作戦立案

 チェガ=ティーダ。シーヌがデイニール魔法学校に通っていた頃の、同級生。

 冒険者組合員採用試験で、一次試験で落ちた男。

 その男が目の前にいることに、シーヌは何の感慨もなく見つめていた。

「おい、シーヌ?シ~ヌ?」

呼びかけられ、肩を揺すられ、手を目の前でヒラヒラと振られて、初めてシーヌは状況を認識した。


「どうしてお前がここにいる?」

「いやぁ、俺、お前の出自知っているし?」

そういう意味ではない。こいつがシーヌの元を訪ねるなんてこと、一生あり得ないと思っていたのに、これはどういうことだろうか。

「……俺はお前の友人であり続けたいんだ。意味は、お前のよく知る通り。」

その言葉を聞いて、シーヌの顔に苦笑が浮かぶ。この友人を名乗る男は、シーヌが思っていた以上におせっかいで、かけがえのない友だったらしい。

「ほんと、いい性格してるよ、お前。」

「だろ?今の俺なら、足手まといにはならないぜ?」

そうだろうな、とシーヌはその傷だらけの腕や足を見て思う。


 ある程度は、魔法で治したのだろう。それができないほど、この男は魔法に関しては出来が悪くない。

 だが、それでも癒しきれないほど圧倒的な傷を負った。この傷は、そういうことだろう。

 塞ぐだけ塞いで、後は放置した。そうしなければならないほど、多くの傷を負った。

 これだけの傷が残るとなると、それ以外には考えられないのだ。


 シーヌはその覚悟を受け止める。自分の友人が受けた傷。これが何のためにつけられたものか自覚しているがゆえに、シーヌは彼の協力を阻むことは出来ない。

「相当厄介だぞ?」

「それでもやるさ。お前たち二人で絶対に勝てないのが、数の暴力だからな。」

それでも冒険者組合員でもない俺は、国に喧嘩は売れなかったが。その呟きを聞いて、ケイ=アルスタンとの戦いは最初から来るつもりはなかったのだと思い知る。

 それは、ついてきたらシーヌも全力で拒絶しただろう。あの頃はまだティキを巻き込み続けていることに罪悪感を抱いていた。結婚しているという建前すらないチェガに、シーヌは決して参戦を許さなかっただろう。


 馬車の前まで戻ると、行動職として棒状のクッキーを焼いているティキに声をかける。

「久しぶりだな、シーヌの相棒。」

「……チェガさん?」

彼の登場に、シーヌ以上に驚いていた。




 馬車に放り込まれたレンガを使って、接着剤は用いずに作り上げた急造の竈でクッキーを焼きながら、ティキはチェガが来た経緯について訊ねた。

「シーヌが一番手助けを必要とするのが、ここだと思ったからだ。」

即答したチェガに、ティキは疑問を挟むことなく受け入れた。

 これまでの人生において、シーヌと最もかかわりの時間が長かった人物は、師アスハを除けば彼であることは疑いようもない。

 シーヌの少ない交友関係を考えると、おそらく過ごした時間の密度も、彼らの方が高いだろう。

 本の頭の隅によぎりかけた嫉妬の念を振り払って、ティキは続きを促す。


 だが、ティキの望みに反して、チェガの口からそれ以上の言葉が放たれることはなかった。

「え、それだけですか?」

「そもそも、俺がこいつの手助けをすることは決めてたからな。シーヌ、親父は、山の向こうにいるぜ。」

親子二人、揃っての参加である。そう彼は表明した。

「オッケー、合図は?」

「特にねぇよ。明日の、午後六時だ。」

その言葉に、シーヌは頷いて、「じゃ、明後日の朝に出発にしよう。」と即決する。


 ティキはその即決に驚いたように、どうして?という目をしながらシーヌを見つめた。

「単純に、時間的にちょうどいいんだ。昼行性の動物は睡眠時間が近い。夜行性の動物は、まだ目覚めたばかり。そんな一番隙が大きくなる時間に、囮であるオデイアが動く。なら、僕たちはその後に、同じ行動をすればいい。」

シーヌの策略に驚きつつ、ティキがどういうこと?と首を傾げた。まだ、理解が追い付かないらしい。


「今僕たちがここにいることは、アギャンや神獣たちも把握している。」

その言葉に、ティキは頷いた。

「つまり、僕たちの近くに、獣たちの目は集中している。しかもさっき、僕たちは策も何もなく突っ込んだばかりだ。」

獣たちは勘がいい。シーヌたちが、馬車たっぷりの荷物を持ってこそすれ、身一つ、策なしで突っ込んできたことは悟っている。


 そして、今シーヌたちがこの近くにいることは、獣たちもわかっているだろう。シーヌが地下、地上に限らず近づくもの全てを排除している以上、シーヌの居場所を教えているのと変わらない。

「いったん帰るのか、それとももう一度突っ込んでくるのか。獣たちも様子を窺っている。」

索敵は戦争の基礎。獣たちもそれはよく理解している。というより、獣たちであるからこそ、本能でそれをやっている。


 だからこそ、シーヌたちがほんの直前まで知らなかった、チェガの父、オデイアの参入、その時間と位置が重要になってくる。

「僕たちも存在を認知していない、獣たちの知らない敵の参入。それが指し示す意味、衝撃は、彼らにとっては計り知れないことだろう。」

だからこそ、そのタイミングを見計らって、慌てている中で突撃する。シーヌはこともなげにそう言うと、少し首を傾げてから言った。


「わかる?」

「そこまで聞いたら、わかるよ。」

そういった後、ティキは竈の中の温度を魔法で調節しながら言った。

「混乱しているところを突き抜けたら、立て直すことができた彼らに包囲されると思うけれど。」

「馬車を抱えて、守りながら戦うより、数が少なくなった敵地を、三人で横断する方が容易いと思うよ。」

そう言われると返事の返しようがないけど、とティキは唸る。ティキにはもう一つ、圧倒的に大きな懸念があった。


「オデイアさんは、強いの?」

三人で行動するシーヌたちと違う。完全に単身で突っ込むチェガの父への心配である。

「強いぜ。シーヌにゃ悪いが、あれでもドラッド=ファーベの身内だからな。」

シーヌに悪い、というのは、シーヌの敵だったから、という意味だろう。すでに死んだ人間の話をされて怒るほど、シーヌも短慮ではない。

「父親に『あれでも』はないだろ?」

「そうか?真逆だと思うが?」

「寡黙なところとか、そっくりだと思わないか?」

「思わねぇ。傲慢と臆病だぜ?どう見たら似ているんだよ。」

だが、それでも。彼ら二人は、身内であった。

「どちらにせよ、ドラッドが師で親父が弟子だった。が、身内であることに変わりはねぇ。」

強いぜ。そう言ったチェガの顔は、父を誇りに思う息子の顔だった。




「……森の淵を歩いていた少年がシーヌたちの結界に入って出てこない?」

獣道を大鷲から伝令を受け取ったアギャンは、慈愛に満ちた目を鷲に向け、その頭を撫でてから大きく頷く。

「二人が三人になったところで変わらん。いや、ペガサスが四頭いやか?」

この山の王として君臨している、壮年の男性。その体に衣服と呼べるような大層な服は着ていない。

 ただ、幼少のころに街で過ごした記憶から、全裸にはなっていないだけ。腰回りにほんのわずかな衣服をまとい、杖をついて岩に座り、近くになっていたブドウを一粒一粒丁寧に食べている。


 それはさながら、神話に出てくる神様のような姿だ。獣たちから忠誠を得、誰も入れぬ禁断の地の頂上で、優雅に退屈な日々を過ごしているのだから。


 アギャンは自分に付き従う獣たちを見つめた。何度も代替わりが起きた獣たちも見れば、二度ほどしか代替わりが起こらなかった獣もいる。

 彼らに共通しているのはただ一つ。年を重ねるごとに増していった、アギャンへの止まない忠誠心。

 魔法を教わる獣が増えると、魔法を教える獣も増えた。

 もはやこの山、そして周辺の森に、魔法を使えぬものは存在しない。


 その中でも特に強い個体に、アギャンは特別な力の代償で、従属化の魔法を押し付けた。

 この『神の住み給う山』は、特に山を仕切る個体の、アギャンへの異常な忠誠心で成り立っている。

「なんか、でも、懐かしい気配がした。いとこかな。」

いとこの娘って、どう呼ぶんだったかな。もう遥か過去の、人間たちの世界で過ごした記憶を思い返しながら、アギャンは笑う。

「ティレイヌが何をしようとして、何を失敗したのかは興味があるけど……それより、僕は僕の身を守らないとね。」

岩の下に置いてあった、自分の大切な剣を握る。かつて家出するときに、父を殺して得た形見の剣。久しぶりにこれを握るな、とアギャンは苦笑を浮かばせる。


 そっと引き抜いた剣。まるで魔法にかかっていたかのように、その剣は30年の時を得ても錆び一つない。それどころか、劣化した気配すら見られない。

「みんな、いつもありがとうね。」

その岩の下にいた、群れて生活する彼らに声をかける。アギャンがさせた、剣を保存、劣化させない魔法。それを、ほぼ常設で、アギャンは彼らに使わせ続けていたのだ。


 結界魔法なんてものはない。魔法は常設できないのが定説であり、眠る時等、必ず、魔法は解除される。

 だが、魔法を常設する方法はなくても、解除させない方法はある。剣の保存をアギャンが30年以上もできていた理由は、それを行い続けていたからだ。

「ほら、今日はネズミの死骸だ。細かく切ってあるから、しっかりお食べ。もうすぐしたら、久しぶりのご馳走を分けてあげるから。」

十ほどに解体したネズミの肉を、岩の下、少し大きな窪みに入れると、待っていましたとばかりに彼らは率先して集まってくる。


 魔法を常時かけ続けられるからくりは、こうだ。

 保存の魔法を複数個体でかける。時間になれば他の一つの個体が保存の魔法をかけ、そうすると別の個体が自身のかけている保存の魔法を解除する。

 まるで輪唱するかのように。何体も、何体もの個体が、全力で保存の魔法をかけ続けてきたのだ。30年以上もの、長い時間を。

 アギャンがゆっくり、彼らを潰さないように岩を下ろしていく。それを見て取った彼らが、群れに伝令をしてその岩場に潰されないように、安全な地中へ逃れていく。


 アギャンが完全に岩を置き終え、その下が完全に真っ暗になると、彼らは再び動き出す。

 アギャンがここに来て、最初に魔法を教えたのは、記録上では猫ということになっている。彼の血族と親和性のいい猫であれば、確かに魔法を教えるのはとても容易だ。


 だが、真実は違う。アギャンが最初に魔法を教えた生物。

 それは、岩の下に棲息する、アリたちであった。

「ふふふ、彼らは、僕が虫と話せることは知らない。」

だって、僕の家でも、飛び切りの異常として取り扱われたのだから。鼻歌交じりにそう思うアギャンは、呟いた。

「動物だけに警戒をすると死ぬんだ、少年。……この世界はね、全てを疑わなきゃいけない。特に、アレイティアの血族と戦うのなら、山なんていう立地で戦っちゃ、死ぬんだよ?」

アギャンの声は不吉で、それでもって。とても、とても。恐ろしい、声音だった。


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[一言] >「どちらがドラッドが師で親父が弟子だった。が、身内であることに変わりはねぇ。」 すみません、ここの意味はよくわかりません...
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