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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
神の愛し子
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ペガサスの馬車

 ティキの、シーヌの旅についていきたいという願いは、願望を超えてむしろ執着であった。

 なぜなら、そのために避妊の魔法を習得してしまったからである。

「残り二勢力とかになったら教えて?ちょうどいいくらいになると思うから。」

何がかを察すのは簡単だった。ティキの妄執とも呼べる執念に、シーヌは背筋が凍るのを感じるほどだった。


 だが、復讐の旅路に、最期までついてきてくれる。その気持ちには、素直に喜びを感じたのも事実だ。

 正しい道を歩んでいるとは間違っても言えない。むしろ、過ちに向けて突き進んでいるという感覚が強い。

 そんな中、自身を追い続けてくれるというなら、嬉しいに決まっている。同時に、そんなことで人生をふいにさせてしまっていることに罪悪感も覚えた。


 彼女と一緒の時間を過ごす時間が長くなればなるほど、その想いは加速する。二つの感情の板挟みになりながらも、シーヌはティキと愛のあふれた七日間を過ごした。

 そんな密度の濃い日常が終わりをつげ、シーヌとティキは、ペガサスたちを引き連れつつ仲介屋の店に向かった。




 不用心ではあるが、馬車は屋外に置かれていた。こんなもの、屋内においておく場所はなかったのだろう。

 見張りが立っているのを見て安心し、シーヌたちは店内へと入る。

「満足のいく出来でしたでしょうか?」

「はい。乗ってみないことには乗り心地はわかりませんが、見た目はこれで十分です。ありがとうございます。」

質素な外見。飾り気のない、実用性を重視した馬車。

 一目で旅人のものだとわかる。だが、その分とても頑丈だ。


 鉄で作られた外装。既存の技術を使える限りに使って作られた、劣化で壊れることを限界まで防がれた馬車。

 シーヌとティキが冒険者組合員であったから、これだけの馬車を手に入れられた。これさえあれば、復讐の旅路が楽になる。特に、移動面。荷物を抱えて歩く必要がない。それは一つの大きなアドバンテージだ。

 そして、食事と睡眠の質の向上。


 食事の質は、馬車に荷物を積みこめるから向上するのは当然だ。食器も、食糧も、本当に少量しか持てないわけではない。

 そして、睡眠。荷物置きではない方の馬車、シーヌたちが乗車予定の馬車には、ベッドが備え付けられているのだ。

 仲介人曰く、『椅子とベッドをわざわざ別にする必要もないだろう?』ということらしく、シーヌもその意見には同意だった。ティキは少し不満そうだったが。


 そんな表情を見て、仲介人が慌てて、『シーツは何枚か置いてあるから。どうせ野宿だったら地面の上に寝るんだろ?な?』といって機嫌を取ろうとしていた。思わず素が出ていたところに、シーヌは失笑を禁じえなかったようで、じろりと仲介人に睨まれていたが。


 荷物を点検している中で、どうやら冷凍品を置いてあるらしいところに、陶器を発見した。辛うじて見えた中身は、白く、牛乳を彷彿とさせる。

「……というか、冷凍品?」

冷凍しても牛乳は腐らないわけではない。いや、腐るわけではないが、加熱処理をしないと飲めなくなる。

 そんなものを馬車に積んでいる理由も、そもそも冷凍処理を施している理由もわからず、シーヌは仲介人に説明を求める。


 仲介屋はその視線を受け止めると、まずその冷凍品を一つ、持ち上げた。

「冷凍の肉野菜類。これらはみんな、小分けにして冷凍処理を施してある。品数にして9。食事数にして、21食分。」

見れば、わかる。肉が鶏と豚。野菜は人参をはじめとして7種。全部、21食分、冷凍処理がされている。


「ただ冷凍処理をしただけなら、融けてすぐにダメになるからな。冷凍してある奴らの外側は、それなりの厚さの氷で覆ってある。馬車の中、荷物の下、断熱材で作った箱の中。ここに入れておけば、氷は溶けても肉や野菜までは簡単には溶けないだろう。」

火山にでも入ったら別だろうがな、という仲介屋の言葉に、シーヌは軽く納得を示すように頷く。

 熱を通さない。直射日光に当たらない。そして、そこに入っている食材がそれぞれに冷気を放っている。

 人口の氷室のようなものだ。逆にこれで食材が解凍され、全てダメになるようなことがあれば、どんな手段を使っても食糧保存は出来ないだろう。


「で、その陶器の中にあるある白い奴。それ、ホワイトソースっていうやつだ。」

「ホワイトソース?これが?」

ティキが飛びついた。それでシーヌには、パスタに関する食材なのだとわかった。

 彼女はここ数日、時折ふらりといなくなっては何か調べ物をしていた。それが食糧に関するものだというのは、シーヌもうすうす察していた。

「ああ、その陶器はこの街で作られた、小型の陶器だ。その中に、一つ1食分ほどのホワイトソースが入ってある。もちろん、二人分という前提だが。」

そういうと、それらの冷凍処理された陶器たちも断熱材で作られた氷室の中に放り込みなおされていく。

 ホワイトソースとは、どうやら牛乳とバターと小麦粉を煮たものらしい。ティキが大興奮しているのを、シーヌは微笑まし気に見ながら、食材以外のものを確認していく。


 すべて、ある。むしろ、今まで以上に楽な生活になりそうで、少し怖くなる。そんな設備の充実具合を見て、シーヌは大きく息を吐いた。

「仲介屋。これが、残りの竜の血だ。」

「はいよ。毎度アリ。坊主、もう少し付き合えや。」

もう丁寧に話すのを面倒がったらしい仲介屋に付き合って、店に入る。その間ティキは、使用人たちに馬車とペガサスたちのつなぎ方を教えられていた。


「満足か?」

「はい。欲を言えば、もう少し横幅を抑えてほしかったですね。」

「無茶言うんじゃねぇよ。ペガサスには翼があるんだ、馬と違って、横幅を取っておかなきゃなんないからな。」

「わかってますよ。職人もきっとギリギリまで狭めてくれたのでしょう。ありがとうございます。」

シーヌたちが乗る馬車は、ペガサス2頭で一つの馬車を引く。そしてペガサスには翼があり、ずっと閉じているわけにもいかない。


 畳んでいる翼が蒸れないよう、たまに広げるのだ。一翼1メーターあるそれらがぶつかり合わないようにするために、2頭引きの馬車の横幅は、最低2メートル50センチの幅を取る。

 山道を通るのには少々不便だ、と思っていると、仲介人が言った。

「まあ、縦横を逆にすれば1頭引きに変えられる。そのための御者台というか、繋ぎもあるし、車輪を変えられるようにもしてある、が……使うのはお勧めしない。」

だろうね、とシーヌは内心で答える。もともとそういう仕様ではないのに、強引に仕様を変える。まるで壊れてくれとでもいうようなものだ。

 絶対にやらない。シーヌはそう決意を固める。たとえ今から向かうのが山の中で、道なき道を進むのだとしてもだ。むしろ通りやすい道を魔法で作ろう、という無駄な決意すら固めていた。


「で、これが指輪だ。」

渡されたそれを手に取る。当然ながら、箱に入れられて渡されているし、開いていない。だが、シーヌはその蓋を開けることを躊躇った。

「怖いのか?」

「うん。」

素直にシーヌは答えた。一応、セーゲルからの餞別で結婚式を挙げたときに小さな指輪はもらっているが……シーヌが自分で買った指輪は、初めてだ。


 それから1分ほど、シーヌは指輪の入った箱をじっと見つめたあと、頷いた。

「見ないのか?」

「うん。……多分、僕が見ても、似合うのかどうかはわからないでしょう。」

「お前が満足するかどうかもか?」

「つけるのはティキですから。僕は、飾りつけに興味はありません。」

ティキが着飾ることに興味はない。ティキが喜ぶならばそれでいい。その辺の感覚は、多分ずっと治らないだろうとシーヌは思う。


「では、僕はこれで。ありがとうございました。」

「またのお越しをお待ちしております。」

最後くらいは形式ばった言い方だった。それにクスリと微笑み、シーヌはその場を立ち去る。

 次は、“神の愛し子”アギャン=ディッド=アイ。彼の住む山へ。シーヌとティキは、ついに半数をきった復讐敵たちの一人のもとへと歩を進めるべく、ミッセンを出た。


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