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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
神の愛し子
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愛し子の情報

 朝食を食べに食堂の方へ行くと、女将が食事を用意して待っていた。

 目を腫らしたティキを見て、「乱暴したのかい。」と怒鳴りつけてきたが、ティキが違うと首を振るとすぐに料理を置いて引っ込んだ。

 全く、こういうことになれば女性が強い……というのは、女性がか弱いということが前提なら仕方のないことだ。

「食べようか。」

さっそくパンを手に取る。柔らかい感触が手に返ってきて、これはいつもの非常食扱いの石パンではないと気付いた。


 この類のパンは、滅多に出回ってはいない。高いからだ。

 普通は王侯貴族が食べるもの。これを最後に食べたのは、シーヌとしては冒険者組合でティキとペアを組んだ直後。オデイア=ゴノリック=ディーダがシーヌに与えた食糧。あれが最後だ。

 やはりここは冒険者組合の土地。それに足るだけの裕福さだ、と、ただも同然の料金で泊まらせてもらえるシーヌたちは感心する。


 酵母を使った柔らかいパンは、しかしその代償に、あまりにも保存食に向いてはいない。野菜や果実とは違うのだ。

 結果として、保存食は基本、芋と塩漬けにした野菜類、そして干し肉の類となる。つまりはこの贅沢が、こういうところにいるとき限りの、とんでもない贅沢であるという理解を、シーヌとティキは共有する。


 シーヌはそこまで食に興味はないものの—―、やはり、ティキの嬉しそうな顔を見れることが、楽しみであった。

 ちなみに、この酵母を使ったパンの発祥、開発を成功させたのは冒険者組合所属都市の一つである。海の向こうの孤島で開発されたらしい。

 冒険者組合では研究の結果は共有される。この工業都市では、商品の開発も盛んなため、実験と称していくつかの食糧が提供される。


 金持ちの道楽。この都市は食事に関して言うなれば、割とそれを体現するような実験の結果が多くあった。

「なんか、面白い味だった。」

赤いスープを飲み終えて、自室に戻りながらティキが言うと、シーヌはほんのわずかに頷いた。別段食べ物に興味がないだけで、シーヌの味覚自体は正常である。


 ベッドの端に腰掛ける。座れば柔らかい感触が返ってくるくらい、この宿の布団は柔らかい。それを忘れてベッドに勢いよく座り込んたティキの体が、少し反動で浮いた。それで崩したバランスをそっと片手で抑えつつ、シーヌは資料をティキの膝の上に乗せる。


 体が完全にベッドに収まると、ティキは勢いよくシーヌの方を振り返る。

「どうしたの?」

完全に、今までのシーヌと違う。ティキはその違いに戸惑っているようだ。

「もう、僕の復讐心は抑えておけないのは伝わったと思う。……だから、僕は。」

今まで、誰と戦うか、どういう因縁があるか。ティキには一度も言わなかった。


 ティキには、シーヌの、恋だったかもしれない女の子の話をしていない。

 ティキには、チェガ以上に仲のいい、本当の親友がいた話を、していない。

 あの日の出来事をすべて口にすることはシーヌにはできない。思い出すだけで怒りに頭が赤く染まるのだ。だが、毎日思い出さない日は存在しない。

 言葉にすることは出来ない。そうしたとき、シーヌがティキに手を出さないと、その心と体に一生消えない傷を作らないという確信がない。


 むしろ、つけるだろう。ティキをあの日の仇たちと混同して、その全身を切り裂いても飽き足らない衝動に身を任せるかもしれない。

 シーヌが今までそこまでしなかったのは、ティキに嫌われたくないというストッパーが、心の奥底にあったから。だが、ティキのことすら忘れてしまうような衝動に身を焦がされてしまえば。


「ティキ。今から殺しに行く人の名前は、アギャン=ディッド=アイ。“神の愛し子”と呼ばれる獣使いだ。」

僕は、の続きを言葉に出来ず、淡々とシーヌは口を開いた。そうすることしか、シーヌにはできなかったからだ。

「獣使い?」

シーヌの複雑な心境をなんとなく察して、ティキはただそれだけを口にした。それに感謝をしつつ、シーヌは首を縦に振る。

「“清廉な扇動者”は世界の事象に命令ができるタイプの人間だったけど、彼の場合は若干異なる。彼は、動物に絶対好かれるっていう特性を持っているんだ。」


 体質。動物と言葉を交わし、動物の心に共感することができる、体質。

 魔法が意思や想いというものを体現し、世界に影響を及ぼすものである以上、動物たちが魔法を使えないと思うのは早計だ。

 実際、言葉を介し、一端以上の知識や自意識のある、中位以上の龍は、魔法を使える。ペガサスも、老齢まで生きれば魔法を扱う。


 動物たちと話ができる彼は、動物たちの心に寄り添うことで、友としての立ち位置を得、同時に教官としての立ち位置を得た。

 純粋な実力として最も強い復讐敵は、ケイ、ペストリー、そして“殺戮将軍”ウォルニア。

 だが、最も厄介という点で言うなら、ユミル、アギャン、そしてフェニだろう。


 他の有象無象は、割と容易に倒せる、とシーヌは思っている。ガレットに一度殺されたことなど、もうシーヌには記憶にはないのだ。

 アギャンは厄介だ。どうしても、奴が友達とする動物たちを、シーヌは仇だと思えない。

 将に指揮される兵士でも、人間である以上戦いやすい。だが、愛玩動物としてしか見れないような動物たちを殺すことには、さすがのシーヌにも抵抗がある。


 彼自身は強くない。なのに、持っている手札そのものがとても厄介。

 それが、動物たちと話すことができる“神の愛し子”アギャンである。


「動物が、魔法を使うの?」

「そう。魔法を使えるようにするんだ。セーゲルには“調教の聖女”ミニアがいた。彼女も、動物に魔法を使わせられるようにはできる。でも、それよりスマートで、高威力の魔法を放たせられるのが、“神の愛し子”だ。」


 ティキの頭に、魔獣という言葉がよぎる。それは、『魔法を使える獣』という意味だ。

「“神の愛し子”は、魔獣生産機?」

「名前の由来とは違うけど、本質的には同じかな?」

魔獣の多くは、人を害する。それは、魔法という圧倒的力を得て、思いあがったがゆえに起こることだ。

 だが、アギャンが魔法を使えるようにした動物たちは、違う。彼は、弱者をいたぶる動物は、許さない。


 彼に魔法を教わった、全ての動物による粛清。とある山を支点にして活動している彼らは、山の中での領土争いの関係上、人を襲うという愚挙を犯せない。

 結果、魔法を使う、暴走しない動物の群れが出来上がる。近隣の彼らはその動物たちを『神獣』と呼ぶことになり、そしてその神獣たちが住む山を『神が住み給う山』と崇め奉る。

 そして、全ての神獣たちに愛される、とても美しかった少年のことを、“神の愛し子”と呼んだのだ。


「神獣生産機。言うなれば、そんな感じだよ。」

「どういうこと?そういう人たちはあんまり、『歯止めなき暴虐事件』なんかに出てくることはなさそうだけど……。」

そう。彼女の指摘はものすごく正しい。シーヌも、当初は、そう思っていた。


 だが、どうしてクロウが攻められたのか、アスハに一度聞いてみたら、割とあっさりと答えてくれたのだ。答えになっていないような言い回しで。

「人は、神にすら怯えるものだ。」

神にすら怯える。それは、存在しない者にすら怯えるという意味だ。


 脅威になるかもしれないから。自分たちの平穏を壊すかもしれないから。

 人は、それだけで、どこまでも残虐になれる、ということだと知ったのは、かなり後になってからだった。

 もしかしたら、クロウの人たちが臨時で作った騎士団が、攻撃してきた彼らを撃退したのかもしれない。それが、思った以上に強くて、「もしかしたら僕らの山にも攻撃されるのでは?」と思ったのかもしれない。


 わかっているのは、ただ一つ。“神の愛し子”アギャンは、シーヌの街を攻撃し、多くの人間の命を奪った。

 それも、彼自身だけではなく、凶暴な動物たちと、一緒に。


「彼は、僕の知り合いを誰も殺していない。……でも、許せない。」

結局、特に彼やガレットに対しては、逆恨みに近いのだ。

 シーヌが会った人でもない。シーヌの家族や友人知人、その家族……彼らには、何の手出しもされてはいない。

 シーヌの心の炎が燃え滾る。自分たちの平穏を壊した彼らを、たとえ面識がなくても、シーヌは許す気にはなれやしない。



 シーヌのその、横顔に、ティキはそっと手を寄せた。言葉は要らないとばかりにその頬を撫で、頭をぽふぽふと叩く。

 シーヌの復讐心を矯正するつもりはティキにはない。だから、そんな言い訳をするように言葉にしなくてもいい。

 ティキのそんな心情を汲み取って、シーヌは僅かに微笑みを浮かべる。


 ありがとう。言葉にならない想いを心の中で呟いて、シーヌは話を続ける。

「問題は、彼の住む山の影響で、周辺国家が戦争をしないということなんだ。」

そのどこが問題なのか、とティキは聞かなかった。一瞬聞きたそうな表情にはなったが、すぐに理解したのだ。


「あの山にほんの僅かにでも被害がいくなら、アギャンが被害を与えた国家に報復する。それが大問題なんだ。」

「戦争しても、自然に影響を与えることができない。動物を狩れないから、糧食にも不備が出る。」

「そう。結果、戦争ができない。彼を殺せば、その均衡が崩れる。」

もう20年近く続いてきたルールだ。


 実際戦争をやって、滅ぼされた国家も、ある。その様はとても悲惨だったという。

 咆哮で家屋を壊せる獅子。羽ばたきで風を巻き起こす鴉。

 城の警備は昼夜飛び回る鳥たちの前には意味を為さず、地面を掘る土竜たちに城内への侵入を容易にされる。


 それらのせいで戦争がなかった、彼らのお陰で保たれていた、危うい均衡。

 それを崩す。アギャンを殺すというのはそういうことだ。


 それを、シーヌはやろうとしている。周辺地域をまとめて、戦火の海に沈める可能性がある、鬼畜の所業。

「生態系が壊れるから、動物たちを殺しすぎるわけにもいかない。」

それが跳ね上げる難易度を、シーヌとティキは容易に想像つける。


 ティキは、わかった、というように頷いた。

「馬車が出来たら、行こう?でも、ちょっと、一回街の外に出てくるよ。」

やることがあるから。ティキはそう言って、買い物の前にミッセンから外へ出た。


 今回は、シーヌも少し、罪の意識がある。次殺す彼は、憎悪だけに任せて殺せる相手ではない。

「それでも、やりとげる。」

ティキが放つ七色の信号魔法を見ながら、シーヌは固く、決意した。

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