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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
神の愛し子
132/314

忘れていた平穏

 ティキの歩幅に合わせながら、シーヌは豪華な廊下を歩く。

 この街は工業都市というだけあって、とんでもなく実用的で、美しさのない建物が多いが、ここは唯一、工業都市の商人たちの技術の粋を集めた建物になっている。

 実用的で、華美。まさしく『世界最強組織の建物』というにふさわしい建物だ。


 それは、内装にしても同様である。ネスティア王国首都シトライアの城も、ここまで美しくはなかった、とティキは感じる。

 そんな美しい場所から、とりあえず退去する。でもまた来れるから、次に来るのが楽しみだ。そんな感じのことを思いながら、ティキはシーヌが何か紙を受け取るのをぼんやりと見ていた。

「ティキ、そこの部屋で着替えてきて。」

シーヌは執事に渡された紙片を読みながらそう言う。使用人と思しき女性が近づいてきて一礼したのを見て、彼女が案内してくれるのだと判断し、ティキは彼女に頷いた。


 シーヌは既に、別室の方へと案内されている。何のための案内だろうと思いながら、開けられた扉をくぐると、そこは衣装部屋だった。

「ああ、また厩舎で着替えられても困るもんね。」

ティキはあっさりその処置に納得すると、機能性にあふれた一着を選ぶ。適当に選んだものの、サイズが合わずに即座に断念した。


 自分に合うサイズの服を探す。ここにあるものは、この街の服飾職人たちが冒険者組合員に献上するために作り上げた力作であり、それだけ、飾りも多い。

 外行き様の服が多いのである。ティキの求める「どこでも扱える、捨ててもいい服」なんてものは非常に少ない。


 ロングスカートは論外だと目もくれない。ミニスカートは動きの時に余計なことに気を取られそうだから、履かない。

 見るからに動きにくそうな生地の衣装も論外。破れやすそうなものはすぐにダメになりそうだから、持っていけない。

 ティキはそういった基準で「ダメ」「これもダメ」と言っているが、メイドたちはむしろ嬉々として、ティキの望みの外のものを持ってくる。


「ティキ様、このようなものは如何でしょうか?」

「着れません。」

即断即決。だが、ティキは断った理由を言わないため、ただメイドたちは「眼鏡にかなわなかったのだわ」とさらに豪華なものを持ってくる。

 ティキも、勧められる服が軽く二十を超えたあたりでそれに気づいた。


「美しさとかはいりませんから、動きやすくて丈夫な服をお願いします。」

「どうしてですか?奥様は必要ないものであると思いますが……。」

出来の悪いメイドだ、とティキは思う。目上の人間の言葉に質問を返すなど、メイドとしては間違いなく失格である。


 デイニール魔法学園に、ティキは知り合いはそう多くいなかった。だが、あそこはお嬢様学校である。おおくの貴族のご令嬢たちがいたし、仕えている使用人も多くいた。

 ティキにも建前上の使用人は何人かいたが、基本的に見た目だけである。使用人としての仕事はするが、ティキが隔離された学園生活を送っていたため、彼らの仕事もまた、ほとんどが監視業務であった。

 何が言いたいかと言えば、ティキは「本当の」使用人というものをよく知っているのだ。だから、ここにいる彼らが「本業として」使用人をやっているわけではないとなんとなくわかっていた。


「冒険者組合員の側仕え、研究の人たちの助手、冒険者組合との専属契約した庭師、かな?」

それにしては人数が多いが、彼女らは一様にびくりと肩を震わせる。

 この部屋に女性しかいないのはティキの着替えが控えているからではあるが、シーヌの部屋にいる男性の使用人たちもきっと、本業使用人ではないに違いない。


「私が今要求した衣装。早く持ってきてくださいませんか?」

「どうしてか理由をお聞きしても?女性は男性に守られるものでしょう?」

メイドの一言に、ティキは思わず笑いを漏らす。自分を何だと思っているのだ、と怒りを通り越して呆れてしまった。

「ティキ=アツーア=ブラウ様。“寄生虫”と聞いておりますが。」

ティキの内心を透かしたかのようにメイドが言う。冒険者組合の人たちがティキをそういう風に見ていると知れたのは、ティキにとっては僥倖だったと言えよう。


「逃げなければならない時だってあります。私は、冒険者組合員なのですから。」

ブルブルと震えるような所作を見せつつ、ティキが言う。そのセリフと動作は、本当に怯えている小娘のよう。

 まるで必死に強がっているかのような演出であり、だからこそメイドは“寄生虫”の噂に間違いはなかったと、満足そうに首を振った。


 それは、メイドには、身の丈に合わない組織に入ってしまって、生き延びるのに必死な、生き汚い女性に見えたのだ。実際、シーヌと結婚した背景は、「兄と結婚したくない」という、貴族の家としては自分勝手な理由である。

 だから、「汚い」というその認識に大きな過ちはないとティキも内心呟きつつ、上質の、女性用の、動きやすい服を持ってきたのを、そのまま受け取った。

 サイズが合うかどうかを確認した後、一着はそのまま着て、もう一着は渡された手提げ袋の中に入れる。


 忘れ物や落し物がないか確認して、正装も手提げ袋に丁寧に入れると、ティキは微笑んでメイドに言った。

「ついでに言っとくけれど、私、シーヌより強いから。」

嘘である。現状、同じだけ魔女から経験を見せられ、戦い方を知っている二人の力量差はほぼ同等。

 互いに戦っていないために、どちらが優れているのかはまだわからない、というのが現状だった。


 入ってきた扉をくぐる。メイドたちは唖然として声を失い、なぜか動けなくなっている。

 全く、感情に踊らされてやるべきことができないようではとことんメイド失格ね。ティキは口には出さず、そう思った。




 シーヌとティキは先ほど分かれた場所で合流する。厩舎まで向かわずとも、賢いペガサスたちはシーヌを自らの脚で迎えに来ていた。

「僕、ちゃんと繋いでから来たよね。」

「ペガサスに綱は無意味なんじゃなかったっけ?」

驚いているシーヌにそう答えながら、ティキは言葉を話すペガサスの方に跨った。シーヌは自分のペガサスは一頭だけなので、「どれに乗ろう」なんて迷うことがない。逆にティキが連れまわせるペガサスは三頭いるから、たまに別のペガサスに乗ったりもしていた。

「シーヌ、見に行きたいものがあるんだけど。」

「いいよ。僕はその間これ読んでるから。」

ティキがペガサスにこの街を歩かせ、気になった職人の工房を訪問する。そうして買い物をして回っている間にも、シーヌは馬上で“神の愛し子”の情報を読み漁っていた。


 ペガサスに騎乗するというのは、いくつか利点がある。

 最も大きな利点は空を飛べるということであるが、次点で優れた利点は、手綱を握る必要がないということだ。

 ペガサスは、賢い。馬というのは元々賢い動物であるが、ペガサスというのは、それとは比較にいならないくらい賢い。


 人間の言葉を解し、意思に乗せて魔法として放つことで、会話を成立させられる。百年以上生きたペガサスにはそれができるものがちらほら現れる。

 そこまで歳を得られていないペガサスでも、言葉を理解するくらいはできるし、馬上の騎手の安全を確保するくらい朝飯前である(当然ながら、戦場で騎手が殺されないように動き回れる、というほどではない)。


 ゆえにシーヌは馬上で安心して資料を読み進めることができ、結果、ティキの買い物を全く見ていなかった。魔女の家からくすねてきた紅石を二つほど、ティキに渡しただけである。

 ティキがランジェリーショップに行ったとして、シーヌの目線はずっと資料にくぎ付けであり、ペガサスの上に乗ったままだったため、そうと把握することはなかった。


「シーヌ、ついたよ。」

ティキがシーヌに声をかけたのは、冒険者組合ミッセン支部を出てから三時間後。シーヌとティキが着替えている間に使用人がペガサスたちに教えていた宿に行きつくまでに、ティキはそれだけショッピングを楽しんでいたのである。


 沈みかけている太陽を西に確認して、シーヌはそれだけの時間が経っていたことに初めて気づいた。

「そう。長かったんだね、ティキ。」

「シーヌも、三時間も資料を読み続けられるとは思っていなかったね。全然声をかけても反応してくれないから。」

それは悪かった、とシーヌは頭を下げる。復讐をすることに関わることには、まだ、執着心が大きい。そしてその執着心の分だけ、集中力は高まっていた。

「もし商業都市に行くことがあったら、ちゃんと買い物に付き合うから。」

「ほんと?わかった!」

シーヌはお詫びとしてそんなことを提案し、ティキは大喜びする。


 ちなみにここは『工業都市』だ。あくまで、物を作るための都市であるため、商売はせいぜい副業でしかない。

 『商業都市』は物を売るための都市だ。世界中の名産が集まり、競りにかけられ、あるいは店頭に出されて売られていく。

 この街よりはるかに、物も、店も多い都市で、女性と買い物デートに出かける。それは男にとっては苦行でしかないのだが……シーヌは、そんなこと、知らない。


 宿に入ると、女将さんが笑顔で出迎えた。その視線は二人の抱えた多くの荷物に向けられていて、「不用心なこと」という呟きも漏れている。

 ペガサスに全て乗せて運んでいたのを、窓から見ていたのだろう。ちょうど大きな窓の一枚が、厩舎と玄関をつなぐ道にあるのを見て、シーヌは頷いた。

「今週は貸し切りだよ。なんたって、新入りの冒険者組合員様の宿泊だからね。」

「ありがとう。食事を戴いてもいいか?……そういや、ティキは食べたのか?」

「食べようと思ったけどシーヌが文字の海から帰ってこないから諦めたんだよ。」

そう聞くと、シーヌの表情に申し訳なさそうな色が浮かんだ。

「ごめん。今週、どこかで行こうか?」

「うん、お願い!」


 今までで一番活き活きしているように見えるティキを見て、シーヌの頬もほころんだ。

「二人分、お願いします。」

それによってここ最近ずっと張りつめていたシーヌも、少し心を緩める。セーゲル=ルックワーツ間抗争からこっち、全然気を緩めていなかった、とシーヌは思った。

 同時に、自分がそんなんだから、ティキにもそれを強要していたのではないかと思い当たる。本当に必要な時以外はもう少しリラックスしていこう、とシーヌは心に決めた。


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