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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
神の愛し子
131/314

復讐鬼の師匠

 え、シーヌ、師匠、いたの?

 ティキが喉元まで出かかって辛うじて呑みこんだ言葉である。

 いないわけがない。いくらクロウで“奇跡”を得、今日まで十年生きてきたとしてもだ。

 そもそも、十年を。学校を入るまでの五年か六年をどうやって過ごしてきたかという問題が残るのだ。ティキは全く考えていなかったし、知る必要はないと思っていたが……普通、六歳になったばかりくらいの少年が、孤児になって、学校に通える状況なんて、存在するわけがないのだから。


 ティキはシーヌが「師匠」と呼ぶ男を見た。

 優しそうな老人ではある。戦士の風格も備えている。だが、それ以上に得体のしれないものをティキは感じた。

 今までに出会ってきた全ての人々。シーヌが狩ってきた数多の怨敵。

 彼らなど歯牙にもかけなさそうな、異常な強さを感じる。ティキはその感覚に、思わず圧倒された。


「ほう?並みの戦士では気づけないはずだが……誰だい、彼女のことを寄生虫と言った奴は。」

冒険者組合ではその試験結果を見て、ティキのことを「寄生虫」と呼んでいたらしい。全く失礼にもほどがある、というシーヌの傍らで、ティキはわずかに「もとはそうだったね」苦笑を見せた。


 シーヌの師匠。彼が冒険者組合員であったことには何も言わない。

 むしろ、ドラッドやガレットなど、明らかに格上である相手を前に怯えなかった理由が、怨讐以外にもあるとわかって少し納得したほどだ。

 つまり、シーヌは。クロウでの事件以外でも、格上の相手と戦うことに慣れている。


「さて、ここに来た理由はわかっているが、誰を殺った?」

「“隻脚”、“英雄”、“天使”、“四翼”と配下、“洗脳”、“死神”。」

「相当な数を討ったな、シーヌ。むしろ怖いぞ。」

ピックアップされた数が異常に多く、シーヌの師匠は頬を引き攣らせる。

「どういうわけかかなり都合よく話が進むんだ。」

「いや、それは“奇跡”持ちなら当たり前だが……。」

言いながら、アスハは椅子に座る。机越しにシーヌとティキを座らせて、さて、と口を開く。


「普段着を何とかしろ。」

「おい。」

「何とかすると約束しろ。あのぼろ布では見るに堪えん。」

そんなにヤバいだろうか、とシーヌがティキの方を見る。

「妻にそれを聞くのか、お前は。気にして言えぬに決まってるだろうが。」

「え、いや、そこまで弁護していただかなくても……。」


 ティキはとりあえず、衣服については気にしないという言葉を発そうとした。

「シーヌよ、よく聞け。」

「な、なんです、師匠。」

この男が真剣な声を出したとき。それは得てして、シーヌが理不尽を感じる時だと決まっている。

 これまでの経験でそれを嫌というほど知っているシーヌは、少し腰を浮かせ、逃げの姿勢に入りながら問い返す。

「男はな、女の前では着飾っておくべきなのだ。特に好きな女の前ではな。」

あ、そこまで理不尽でもなかった。シーヌがちょっと一安心しかけて、そこでピシリと硬直する。

 そーっとティキの方を見たが、ティキの表情は見えなかった。着飾ってほしいのか、欲しくないのか、わからない。


「ではシーヌよ。」

弟子が全く理解していないことを見て取ったアスハは、言葉を変える。

「普段着の彼女と、正装の彼女。どちらの方が美しいと思う?」

「え?そりゃ、今だけど……でもいつもの方が落ち着くかな。」

「それは見慣れているというのだ。夫婦関係でも恋人関係でも、マンネリは破局の合図ぞ?」

「それはあんたの基準だろ?僕はティキと居れたらそれでいい。」

堂々とした反論に少しアスハがたじろぐ。まさか弟子がここまで馬鹿だとは思っていなかった。


「ッ。まさかシーヌ、まだ童貞か?」

「出会って二ヵ月でそこまで行く方がどうか……してないか。」

特に娯楽のないこの世界だ。普通、結婚しているのに何もないとか、頭がおかしい。

「……なるほど。マンネリも何もないな。」

「あんたは一体何なんだ。」

何が言いたい、とかの疑問ですらなかった。


 シーヌははぁ、と一つ大きなため息を吐く。

「で、本題に入ろう。」

「ティキさん。着飾ったシーヌ、見たくないかね?」

あ、こいつ。そう思ったときには手遅れだった。

 ティキは曖昧な笑顔で、返事も何もせずにいただけだ。だが、その表情は言葉以上に雄弁である。


 見たい、けど迷惑だろうから言えない。そんな新庄がありありと読み取れて、アスハはもう一押しだと思った。

「いつものシーヌと今のシーヌ、どっちが好みだ?」

この場合、きちんとした綺麗な服を着ているシーヌと来ていないシーヌ、という意味である。

「ドキドキするのは、今のシーヌ、かなぁ。でもいつものシーヌは安心するんですよ。」

それを聞いてシーヌの師匠は手を額にぱちりと置いた。似たもの夫婦とはこのことである。


 アスハは知らない。ティキがアレイティア公爵家で、血脈婚という名の超近親婚をさせられる予定であったことを。

 そして、それは決して表ざたにできるようなことではない。彼女は公爵家にとって最も秘匿するべき事項であり、そのために最大限の隠匿が施されていた。

 その分、使われた費用は馬鹿にならない。彼女の身のまわりの世話をする人間を限定し、彼女を知る人間に秘匿を要請するためのお金を払う。


 また、彼女を囲うための設備はもっと高い。アレイティア公爵家では、ティキを育てるために長男を育てる費用の十倍近い値段、収入の六割ほどを使用していた。

 貨石にして、年間金石一つと銀石三つ。シーヌが多用する紅石にして、実に一万と三百個。

 ティキを育てるために使っているお金がこれだけなのだから、彼女に上質な衣服などやっている余裕はない。


 逆に衣服にかかる費用など安いものではあるが……飼い娘に服など買いたくない、というのが彼女の父の思いである。

 そうして、お金持ちの娘にして、虐待こそされないものの家畜のように飼われる人間が誕生する。ティキがきれいな衣服に憧れはしても絶対の願望を持たないのは、非常に当然の成行きであった。




「もう、いいわ。あとで何着か都合してやる。」

「いらない。」

「息子代わりの嫁だ。それくらいさせろ。」

子宝に恵まれなかったことをアスハはずっと嘆いていた。それを知っているシーヌは、育ててくれた恩もあって強く出られない。

「はぁ。わかった、諦めてやる。」

「お前は何様だ。」

折れたシーヌの物言いに突っ込みを入れる。が、すぐさまアスハは雰囲気を切り替えた。


 再開を喜ぶのはここまで。その想いをくみ取って、シーヌは背筋を伸ばす。

「シーヌ。お前の仇の情報は、確かにここにある。」

アスハは椅子の下から木箱を取り出し、開けて中身を見せる。

 それは何冊もの辞書を重ね合わせたかのように、分厚い。

「条件付きで、見せてやる。」

その声音は真剣そのものだ。だから、シーヌは一度、大きく頷いた。とにかく話せ、という意味である。


「一つ。必ず、一勢力ずつ相手をしろ。そのためにデータも分けてある。」

「わかった。それは、受け入れる。」

どちらにせよ、国一つを相手取ったりはしたくない。“黒鉄の天使”は元帥であった都合上、国家一つを相手取っているのと変わらなかったが、国王がこちらの味方だったし、兵力も一万に満たなかった。

 だがこの先、“殺戮将軍”を含め何人かは、数千を率いる指揮官であったりすることが多い。もしも同盟を組んでいたりしたら、必ず単独で動いている時に戦えとアスハは言っている。


「二つ。一人を討つたびに、ここに帰って来い。弟子の成長を見届けるためと、報告のためだ。……お前の復讐敵は、それなりに地位が高い。こちらもしなければならない配慮がある。」

すでに手遅れになってしまった、『ネスティア王国』という事例がある。シーヌが復讐するのが予想よりはるかに速かったがゆえに、世界を混乱させないようにするための下地を作り損ねた。


 “赤竜殺しの英雄”だけならよかったが、“黒鉄の天使”以下の人間はネスティア王国の権威として、圧倒的武力の象徴として成り立っていた。それが崩れれば、あの国はこれから、周辺諸国からの侵攻が激しくなるだろう。

 セーゲルが勢力として大きくなり、いずれは“黒鉄の天使”の役割を果たせそうなのは知っている。が、それは十年以上後の話だ。


「何人かが冒険者組合の権威を使って国と交渉したり裏工作を頑張ってはいるが、限度がある。お前の目標を把握していないと、我々も動きづらい。」

「わかった。つまり、敵を決めたら報告しに来いと。」

「そうだ。最後に。」

合計三つなら先にそう言え。シーヌは自分のことを棚に上げてそう思いつつ、続きを促した。


「“幻想展開”は、使いすぎるな。特に、“地獄”。お前の内面世界を外に出しすぎるな。」

「待て、どうして“地獄”を知っている?」

“凍土”“焦土”“砂漠”“火山”。その辺なら確かにこの男に見せたことのある“幻想”だから、知っていて当然だ。というより、あれを覚えるように教えたのは目の前の男だ。

 だが、“地獄”は別。あれは“復讐”の旅の過程で編み出した、正真正銘の“幻想”だ。この男が知っているのはおかしい。


 ティキはカマをかけられたのだと思った。だが、男はそんなティキの予想をはるかに超えることを言う。

「『魔女の森』を出て、五日。ペガサスに乗り、雲の中に隠れ、周囲に雲を生み出しながら移動。」それは、シーヌとティキがここに来るまでの旅路である。

「お前の“地獄”は、お前の怨念は強すぎる。たとえ“幻想”であるとしても、現実を一時上塗りする以上、全く周りに影響がないわけではないのだ。


 遠回しに、怨念を感じ取れてしまった、と言っているようなものだ。そう言われて、シーヌはピクピクと頬を揺らす。

「ここまで、お前の負の感情は伝わった。それを何度も繰り返せば、わかるな?」

わかる、と言わざるを得ない。


 シーヌの師匠、アスハ=ミネル=ニーバス。

 シーヌを指導した彼だから、あの負の感情がシーヌのものだと気付いた。だから、まだ、他のものにはあの怨念がシーヌのものだとは気づかないだろう。

 だが、何度も展開し、その場所にシーヌやティキが毎回いれば、シーヌの心の中に渦巻く感情に気付くものが現れる。

 それだけならまだいい。だが、問題は、それを危険視された場合だ。


 冒険者組合には、シーヌより強い戦士たちがごまんといる。

 シーヌと同じことができるものも、それなりの数はいるだろう。

 だが、それらはシーヌのような『負の感情』を大きく籠めたりはしない。力の制御砲右方は良く知っているし、呑まれるような負の感情を抱き続ける苦しみを知るものが多いためだ。


「お前の抱える『負の感情』を理解したとき、私たちは「どうしてそうなったのか」を調べ、お前が『歯止めなき暴虐事件』の生き残りだと知るだろう。」

「そうなったとき、十年もその感情を抱えてきたお前を、「感情に呑まれることがない」と断じられる人間は、きっといない。」

十年。それは、人間の精神がすり減るには十分な時間だとアスハは言う。まして、幼いころから育ててきたのだと知れば、危険視されるのは免れないだろう、と。

「クロウを討伐しろと指示を出したのは冒険者組合だ。組合を恨む獅子身中の虫でない、とも、誰も言い切れん。」

むしろ、それゆえにシーヌを殺そうとする刺客は現れるに違いない。

「ゆえに、だ。シーヌ、復讐心を抑えろとは言わんが、絶対に、それを現実に上塗りするな。」


 アスハの強い言葉に、シーヌはうなだれる。それがシーヌを想っての発言であると重々理解しているからこそ、シーヌはそれ以上の言葉を重ねられない。

「わかったよ、師匠。もう、“幻想展開・地獄”は使わない。」

「……一度だけ、一人だけ、使用を許す。」

それはシーヌから見たら異常な譲歩だが、アスハからすれば当然の措置だ。


 誰だ、と問いかける視線に対し、アスハは答える。“殺戮将軍”の時は、むしろ積極的に使え、と。

 アスハには朝飯前に殺せるようなシーヌの復讐敵たちも、シーヌには重荷だ。まして一分くらいはアスハを前に立っていれそうな“殺戮将軍”を前に、手札を伏せては勝てないだろうとアスハは言うのだ。


 ちなみに、その“殺戮将軍”は“夢幻の死神”ペストリー=ベストナー、“黒鉄の天使”ケイ=アルスタン=ネモンと同格である。シーヌの師匠は、その三人を、一対一の状況であれば一分程度で殺せると言っているのだ。


 ケイを倒すために一時間もかけたシーヌとは対称的である。どれだけシーヌが冒険者組合員として下っ端の実力しかないか、よくわかるというものだ。

 とはいえ、シーヌも“永久の魔女”から膨大な経験を見せてもらったところであるから、その実力差は微かに狭まっているかもしれない。


「で、誰の情報なら見せられるんだ?」

工作するために戦う相手を一人に絞れ、というのであれば、すぐに工作できる人間もピックアップされているはずだ。そうシーヌは目線で問いかける。

「今すぐに、なら一人だな。一週間もすれば、三人増える。」

「わかった。誰だ?」

今すぐに、開示できる仇の情報の開示を求める。怨念は恨み疲れる可能性がある以上、早く終わらせておきたかった。


「“神の愛し子”アギャン。あの獣使いだ。」

「それでいい。資料をくれ。」

急に復讐鬼の顔を出しながら要請したシーヌに、アスハは何の驚きもなく資料を差し出す。シーヌはそれを受けとると立ち上がった。

「行ってくる。」

「あぁ、帰ってこい。」

それは、シーヌが学園都市ブロッセに向かったときにも言った挨拶。


 シーヌの親代わりとしてシーヌを育てたアスハは、またきちんと挨拶ができたことに喜びを覚えて涙を浮かべる。

 背負った悲しい過去から解き放たれてくれることを祈りながらも、アスハはシーヌを見送った。これでいいのだと自らに言い聞かせながら。




 アスハのへやの扉から、彼の秘書が姿を表す。

「よかったのですか?“永久の魔女”を殺したのは、彼でしょう?」

「いいや、あいつは悪くない。見ただろ、シーヌの後ろに、あの方はいた。」

「そうなのですか?……あなただけですよ、死者の念など見えるのは。」

「そうか、そうだな。……大丈夫、シーヌは色んなものに、護られているから。」

すっかり息子を心配する親のような心情になっているアスハを見て、秘書は軽く吐息をつく。


「私服はどうするのです?」

「ああ、お前の判断で、似合いそうなのをあの仲介屋に渡しておいてくれ。金一個までは経費で落とす。」

「高すぎですよ、馬鹿……」

すっかり親バカと化した彼に、秘書は再びため息を漏らした。

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