街の名はミッセン
学園都市、ブロッセ。商業都市、マニエル。そして工業都市、ミッセン。この三つは、この大陸の中央付近で冒険者組合が持つ、数少ない冒険者組合が所有する都市だ。
魔女の森を出て。シーヌとティキが向かったのは、冒険者組合が全面的にバックについた数少ない都市、ミッセンだった。
「何をするの?」
「情報集め、かな、まずは。」
残りの復讐敵は、アテスロイにいる一名以外は居場所を把握していない。
だが、クロウに攻めてきた者たちは、基本的に冒険者組合に「それなりの立場、あるいは強者たる資格がある」という条件があったものだ。つまり、その当時からずっと、冒険者組合にマークされている。
それから外れることができるような唯一最大の障害は、すでに自分から現れて死んだ。だから、残りは多少の冒険をするだけで復讐を果たすことができると確信している。
シーヌは冒険者組合の証を見せて、街へと入る。冒険者組合員が管理する街は、冒険者組合の会員証の効果が絶大だ。
セーゲルでもシトライアでも、それぞれ案内人がいて、シーヌたちの身分を保証してくれた。だが、これからは気を付けておかないと、冒険者組合に否定的な街で組合証を見せたりすれば、一発で街全体を敵に回すだろう。
これまで恵まれていたんだという認識を改めて持つと、シーヌは工業都市のとある店舗の前で足を止めた。
「竜の血、いくらになる?」
「ビーカー1で紅十個。」
「安いな?」
「最近中位の竜狩りが横行しているらしい。血はあんまり出回らないが、爪とか皮とかは異常に出回っているぜ。」
血が出回らないのはなぜだろうか。竜の血には研究対象としての大きな価値があるはずだから、買う人はまとめ買いするはずだ。
(研究者自体が、竜を狩っている……?)
それなら、同様に研究対象となる皮や爪を売っている理由はよくわからない。が、一番あり得る可能性として、シーヌはそれを考えた。
竜を狩れる実力を持つ研究者として、嫌な顔が頭をよぎる。しかし、その予想も確定したものではないと、頭を振って消し去った。
「坊主は旅してんのかい。」
「まあ、そうだね。」
「何で旅してんだい?」
「馬だね。ペガサスを使ってる。」
この街は工業都市だ。用事があるのは、冒険者組合員か、旅人か、商人。それ以外の人がこの街に来ることはない。
もとより、街から街に渡り歩く手段が、徒歩か馬か馬車しかない上、獣がそれなりの数闊歩しているのだ。街や村の外を出歩こうとする人など、そう多くいるはずがない。
「ペガサス?その年で?坊主、冒険者組合にでも入るつもりかい。」
「もう入ってるよ、おっちゃん。で、竜の血、買ってくれる?」
紅石などホイホイ用意できないのがわかっていながら、俺は言う。ここは工業都市。オーダーメイドの作品か、商人への商品の売り以外に用がない場所だ。むしろ、碧石や翠石を用意しろと言われる方が難しいだろう。
「……おい、坊主。ってぇことは、後ろの嬢ちゃんもかい?」
話を聞く気が、全くないようだった。
しばらく話をしたらいったんおさまるかな、なんて思って、話を続ける。多分、人と話さないこの街では、話し相手に飢えているんだろうと、そう思って。
「まあ、そうだね。ティキも冒険者組合で、僕の妻だ。」
「待て、ティキってこの間見たぞ。ってことは、お前、シーヌ=ヒンメル=ブラウ?」
どうやら有名人になったらしい、とシーヌは遠い目をしながら思った。
店主は瞠目して、ひょろりとしているシーヌとどっからどう見てもお嬢様なティキを眺めやった後、ポン、と手を打った。
「坊主、物々交換でどうだ。」
いきなり商談に入った店主に、シーヌは面倒そうな表情を覗かせる。
「あんなお嬢さんをずっと長旅に連れまわすんだろ?旅の設備を充実させるくらい、しておいたらどうだ?」
続くセリフに、一行の余地はあるな、と思う。どうせ竜の血で稼いだお金は、指輪の一つや二つにでも買えようと思っていたのだ。
アクセサリーを買うより、生活基盤の充実の方が重要だろう。シーヌはそう判断する。
「中位の竜の血、ビーカー三つ分。冷凍処置中。僕が出せる最大値です。どうしますか?」
「二本目分までの旅支度を整えてやる。手数料込だ。」
そんなにかかるだろうか、とシーヌは思った。
「見たところ、ペガサスが四頭。二頭で一つの馬車を引くとして、二つの馬車を、ペガサス仕様。そりゃ、それなりにするさ。」
「二つも馬車はいらないが。」
「ペガサスってのはな、空を飛べる分、地上でものを引っ張る力は馬より弱いんだ。さすがに空中仕様の馬車は開発されてねぇしな。」
それだけ馬車自体を小さくするしかなく、一台に乗せられる荷物も多くないのだという。
「結果論ではあるが、馬車は二台必要になるし、それだけ金がかかる。車輪って最近売れねぇぁらな、作られていないんだ。」
その分高いらしい。王侯貴族の馬車はそれを作る専属職人がいて、また運送業者や冒険者組合御用達の馬車業者も、馬車を作る専属の職人がいる。
自分たち用の馬車を作るというのは、よほどの富豪か、個人経営の商人か。どちらにせよ、よほどのことでなければあり得ない、例外の一人として、シーヌたちは入ろうとしていた。
「とはいえ、冒険者組合で、お前たちのように外で活躍しているような奴らは基本馬車を持ってる。それなしで旅なんて、割と無謀だからな。」
それは、よく理解した。シーヌとて今日までかなりの数の野営をやっているし、多くの狩をしていたりする。が、塩ですら基本的に持ち歩かずに行動するというのは、結構厳しいものがあった。
「ナイフや鍋も、適当に魔法で作ったりはしているんだろうがはっきり言って、無茶が過ぎる。」
衛生面を考えても、きっちりした調理器具と衣料くらいは整えておけと彼は言う。
「洗濯は魔法でやれば問題ないとしても、食事は人間の大事な生命線だ。特に冒険者組合員はな、いつどこに敵がいてもいいようにしておくのが生き残る鉄則だ。」
敵が多いからな、と続ける彼に、シーヌは頬が引きつる思いがした。全くもってその通りだ、と理解している。
今まで殺した、10人の、敵。彼らと彼らの部下たちには、それだけの、家族がいたはずだ。
彼らがシーヌを恨み、憎み、殺そうとしてきたとしても、シーヌに文句を言う資格はない。
いつ、敵が襲ってきてもいいように。それは、きっと、常に警戒態勢を維持し続けることを前提にしているのではない。
常に万全の力を出すことができるように、ということを前提としている。であるなら、常に健康でなければならず、疲れは少しの休みで取れるようにしておかなければならないということ。
彼が馬車を購入することを勧め、二台にしてそれなりの荷物を積めと言っているのは、そういう理由だった。
「わかった、が……そこまでするのなら、紅石20個じゃ足りないんじゃないか?」
「紅石20って、庶民が十年過ごせるだけの額なんだがな。まあ、足りない。」
「なら、どうして。」
「お前、疲れているんじゃないか?ここは、ミッセンだぜ?冒険者組合が統治する、冒険者組合御用達の、冒険者組合員たちのための開発都市だ。」
そういえばそうだった、とシーヌは思い出す。冒険者組合に所属するということは、有名人である、あるいはすごい研究者である、もしくは純粋に強い。そういう人間であるということだ。
それ以外には、シーヌのように、将来有望な戦士であるという可能性もある。
どれにせよ、数人集まれば一国一城を相手取れる傑物の集まりである。
それらから、通貨として使われている石を、ぼったくる。ただの自殺行為以外の、何物でもない。
だからあらゆる商人は冒険者組合員になるべく便宜を図ろうとする。たとえ国が禁止したところで、その行為には何の効力もない。
冒険者組合の怒りを買って、未来永劫に繁盛できない商人生命と比べたら、国による制裁など全く怖くない。というより、世界共通の認識として、大国が3国程度同盟したレベルでは、冒険者組合と喧嘩は出来ない。
そんな冒険者組合が、他国の経済事情を慮って、無駄に組合員への格安をし過ぎないようにするための措置として、この工業都市と、商業都市が作られたのだ。
冒険者組合員に対する、絶対的な格安を確約した都市として、ここはある。一般的に見て格安である馬車の料金も、『冒険者組合の所属員たるシーヌ』に対しては、割と高めの金額であった。
そんな事情は知らないシーヌである。冒険者組合に所属しているから安くなったのだということは理解しても、冒険者組合員への相場は理解していない。
それを理解するのは、後数年後がいいところだろう。よって、相場よりはるかに高い額をぼったくろうとその店主がしたところで、
「シーヌ、同じ注文をするなら、別の店に行こう?」
遠回しに、「その店はダメだよ」とティキが伝えた。彼女が話したことに店主は驚き、話を聞いていたことにシーヌが驚く。
「冒険者組合の相場は知らないけど、貴族社会の豪華な馬車と同じ相場なんてありえないもの。貴族の馬車は一台で紅石10。どう考えても、ぼったくられているよ。」
シーヌは振り返ると店主は頭を掻きながら、しゃあねえな、と言った。
「坊主と嬢ちゃんの装備もセット。どうだい?」
「足りない。紅茶が欲しい。」
「またとんでもなく高価なもんを。いや、紅石20の正確な相場としちゃ、100グラムくらいはつけるのが正解か……?」
「そう。シーヌは得物ならいいのを持ってるから、シーヌには得物じゃなく砥石だよ。」
「扱い方がわかるのか?」
「わかる?シーヌ?」
自分のわからない話をとんとん拍子で進めていくティキを茫然と見ていたシーヌは、問いかけられて初めて再起動して、さっき何を話されていたかを思い出す。
「砥石ね、うん。使えるよ。……確かに、砥石はなかったね。」
「調理器具一式が揃うんだったら、馬車二台と紅茶と私の鎧?さえもらえれば、妥当かな。」
「ティキの鎧はいらないよ。あるから。……ああ、そうだ。僕、欲しいものがあるんだけど。」
「何?」
「言えない。」
お金の管理をティキに丸投げしている感じを見ていると、夫婦みたいでいいな、と思う。
まあ、シーヌのお金がシーヌが最も無頓着だった食事や、ティキの趣味である紅茶に使われるあたり、本当に夫婦っぽいと言えば夫婦っぽいのだが。
「そうだね……うん。シーヌのお金だし、残りはシーヌに任せるよ。」
そう言って微妙な表情をしながら、ペガサスの方へと戻る。ティキの鎧はいらない、といった理由について察しているのだ。……魔女の家から持ってきたのだと。
「で、坊主。何が欲しいんだ?」
「結婚指輪。」
シーヌの言い放った言葉に「そりゃあ言えねぇわな、ハッハッハ」と店主は笑った。
「もう一個くらい紅ねぇのか?上質なもんを約束するぜ?」
「二個出そう。仲介と手数料でさらに二個。」
そう言うと、「こいつ、ぼられかけたのにまだ出すのか。」と驚いたようにシーヌを見た。
「これだけ出せばお前も下手な詐欺はできんだろう?」
店主にとっては、彼の十年近い年収を仲介と手数料に上乗せされたのだ。ここまでされてさらにぼったくれば、この上質な客との縁がなくなる。
「ああ、わかったわかった。冒険者組合員ってのは良くも悪くも金払いが荒い。」
「お前たちにとってはうれしい限りだろう?じゃあ、何日かかる?」
「奥さんの指のサイズ。」
「測ってある。」
シーヌと店主の指輪購入契約はさっさと進む。様式美として結婚指輪は欲しいが、その質はシーヌには理解できないから、お金に任せた最上級の質のものを、と頼んだのだ。
「最高品質のは無理だが……そうだな、金の許す限りの最高品質を買ってきてやる。」
「頼んだ。妻は審美眼に長けているからな、下手なのは買うなよ?」
念押しする。ワデシャに教わった交渉の姿勢を出来る限り使って、下手に出ず話をした。
「わかったわかった。一週間後に来い、そのころまでに何とかしよう。」
この街の看板、全工業都市の職人と顔なじみの男は、自分の誇りと金にかけて出来る限りの準備を約束する。
シーヌはそれに満足したように微笑むと、ティキの方へと歩いていった。次は、冒険者組合の支部に顔を出さなければ、と考えながら。
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