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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
永久の魔女
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夢幻の死神

 彼と直接対面したのは、最初は『歯止めなき暴虐事件』の時だ。

 その時、彼が殺したのは、シーヌの幼馴染、ビネルの家族。ビネル本人はまだアグランによって殺されてはいなかった。大切な人たちを次々と失って、その心をだいぶと摩耗させながらも、シーヌはまだ、鬼にはなり切れていなかった。


 初恋の少女の家族の死を目の当たりにし、その少女の手を引きながら逃げまどい、それでも一人でも知り合いをたすけようと、彼の家に滑り込んだのだ。

 彼らの手を握って、家から出て、ビネルを探してクロウから逃げようと思ったときに、それは現れた。


 漆黒の闇。すでに日は夕暮れに差し掛かった時間、赤い色をした空の下で、影より濃いそれは、シーヌの気付く間もなく一番後ろを走っていた少女の首を掻っ捌いた。

「ヘレナ!」

ビネルの妹が、最初の犠牲者だった。残った八人の家族は、まだ生きていた。

「楽しませてくれよぅ?」

それはもしかしたら、シーヌがその日会ったうちでも、最も理解できない人間だったかもしれない。


 すでに逃げおおせたドラッドは、強者との戦いを楽しんでいた。シーヌも模擬戦闘は楽しかったから、そこにただ人死にが追加されただけだと思えば、まだその人間性に折り合いはつけられた。

 ガレットとはそもそも戦わなかった。ただ質問されて、持ち込んできたものに怒っただけだった。攻め込んだことに文句はあったが、悲しいかな、それ以上何もなかった。


 ユミルとはそもそも顔を合せなかったし、ネスティア王国の配下“四翼”に至ってはその存在と信仰を知ったのはだいぶ後の話だ。

 彼らの上司であったケイはただ悩み、道を決めた、一人の人間であった。アグランは最初から道を定めていた、ただの政治家であった。


 その判断の是非、その考え方の是非は別として、彼らはシーヌが完全に理解できない『けだもの』ではなかった。彼らはあくまで、一つの『ヒト』としての判断で、シーヌたちを殺して回っていた。

 だが、彼は、違った。積極的に強い敵との戦いを挑んでいったドラッドとは別の、戦いを楽しむ男だった。


 その楽しむ『戦い』は、非殺傷や腕試しと言った趣がない。

 ただ、享楽のために。殺人のために。ペストリー=ベスドナーは、シーヌに、そんな『ヒトではない』生物の生き方を見せつけてきていた。

 何度も見てきた蹂躙劇の幕開けは、死神の分裂から始まった。


 “夢幻の死神”の好む戦法は、よく使う背後からの不意打ちではない。質より量とでも言わんばかりの、複数人の『自分自身による攻撃』である。

 複数の魔法を、それぞれ別の軌道を描いて操作するというのは、難しい。

 それは、ティキの十八番『剣の雨』が、ただひたすらに地面に降り注ぐ以外の軌道を描かないことでもわかる。


 自分の耳に入ってきた言語を、三つ四つ以上の言語に同時翻訳する。それ以上の、圧倒的難しさである。

 それを平然と操作してのけるペストリーは、超一流以上の魔法の腕を持っているのだろう。その性格、価値観は倫理なき獣のそれでも、その実力はクロウに攻め込む一人に選ばれたもののそれ……よりはるかに優れたものであった。


 シーヌはのちに知る。この男が、クロウに攻め込んできた敵の中で最も強い一人だということを。

 冒険者組合に所属しない、クロウ近隣の戦士たちの中で、最強格の……“奇跡”を得ていたものは、三人。

 “黒鉄の天使”ケイ=アルスタン。“殺戮将軍”タリス=クロード=シャルラッハ。そして、“夢幻の死神”ペストリー=ベスドナー。

 この三人のうちの一人が、シーヌが最初に出会った怪物で……最後に出会ったけだものだった。




 複数人に分裂したペストリーは、シーヌたちを討たんと近づいてくる。堂々と隠れもせずに近づいてくる姿は、まるで、この程度なら正面切ってでも勝てると嗤っているかのよう。

 それが根拠のない地震ではないということは、シーヌにはわかった。なぜなら、それだけ圧倒的な力量差を、当時のシーヌは感じ取ることができたから。


 だが、このまま彼が近づくのを許せばシーヌに限らず皆が死ぬ。それは、助けに来たシーヌの行為がすべて無になること。

 今まで助けられなかった、目の前で死んでいった家族や友人。彼らの死を無駄にしないためにも、シーヌには一人でも多く、この村からみんなを脱出させたい。

 だから、せいぜい時間稼ぎ程度しかできないとわかっていても、シーヌは一歩踏み出した。近づいてくるペストリーを相手に、戦い抜くつもりで先制攻撃を仕掛ける。

 目前に迫っていた男が、それを食らって消滅する。シーヌはその現象への喜びは一切示さず、次々と分裂しているペストリーに攻撃を仕掛け、消滅させていく。


 ビネルの家族を助けに来るまでに、何度も何度も戦ったのだ。ここで躊躇すればどうなるか、大切な人たちが、文字通り命を持って教えてくれた。

 だから間断なく攻撃を仕掛けているが、やはり、ペストリーの方が上手だった。

 というよりかは、シーヌの方が、未熟だったのだ。どういう風に戦っても、ペストリーはシーヌを嘲笑うかのように次々と分身を生み出し、攻撃させる。

 終わりのない波状攻撃に、先にシーヌが膝を屈するのは、時間の問題であるのは間違いがなかった。


 シーヌの攻撃を助けるかのように。ビネルの家族たちが攻撃に手を貸し始めた。それから、シーヌが戦い始めてからは離していた幼馴染の手を握りしめさせて。

「シーヌくん。ビネルを、お願いね?」

何を言っているかわからない。そんな瞳で、シーヌは自分に声をかけてきた女性の目を見上げた。


 その女性は、ビネルの母。彼女は、自分の息子の友人たちを逃がすために、戦う覚悟を決める。

 ビネルの父、祖父と祖母。そしてまだ十になったばかりの兄。

 この危機に際して、ビネルを生かすためには何をすればいいのかを、心得ていた。それがただ命を延ばすだけのものなのか、それともこの街からの脱出に成功するのか。

 そこまでは彼らもわからなかったが、この状況で自分たちがやるべきことは、理解していた。

「逃げるんだ、シーヌくん。」

ビネルの父が先頭に立って、近づいてくるペストリーを牽制しながら、言う。


 シーヌは、いやいやと首を振った。だが、それを許さないとでもいうかのようにビネルの祖父母がシーヌを横へとはじく。

「ここは俺たちが時間を稼ぐ。」

「だから、早く行きなさい!」

「わしらの分まで、生きろよ、シーヌくん!!」

彼ら自身よりはるかに強大な敵を相手にして、ビネルの家族は、未来をシーヌたちに託すかのように突っ込んでいく。


「彼らさえ—―彼らさえ、いなければ。」

幸せな生活がずっと続いたはずなのに。幼馴染の声、頬を伝う涙。

 シーヌはそれを見て、何もできない悔しさと、彼女にそんな顔をさせてしまう敵たちへの憎しみを噛みしめるように、幼馴染の手を引いていく。

 これが、“夢幻の死神”との、最初の邂逅。それから、シーヌとペストリーは一度も顔を合わせることなく、十年の月日を過ごす。




 実際はシーヌの拠点にしていた街に何度かペストリーは顔を見せていて、実力的に勝てないと踏んでいたシーヌは、居場所を把握していても殺しに出ることはなかった。

 もし実力で拮抗できると確信できたとしても、シーヌは彼に手を出さなかっただろう。冒険者組合の所属ではなかった彼がペストリーを殺してしまうと、犯罪問題になってしまうところだからだ。


 犯罪問題になってシーヌが捕まり、贖罪をせねばならなくなる。それは、シーヌの復讐に充てられる時間が大幅に減るということだ。

 しかも、それまでに誰かが死んでしまうかもしれない。老齢、病気、あるいは他殺。

 シーヌの復讐仇たちはみな、いつ殺されてもおかしくない人間ばかりだ。今まで()()()()()()()()()誰も殺されてはいなかったが、何十年とかかれば必ず誰かが死んでいただろう。

 それがわかっているからこそ、しーぬはこれまで、牢獄に入れられてしまうようなへまはしなかった。ペストリーを殺しに行くなど早まった真似は出来なかった。


 こうして、目の前にいる男に対して、にやりと笑う。シーヌは、心の底から、この瞬間を待ち望んでいた。

 ペストリーを殺す瞬間を。ペストリーと殺し合える瞬間を。

 最も身近にいる仇でありながら、その首を取ることができなかった、その無念。その飲み続けた涙がようやく報われる日が来たのだから、。




 ペストリーはシーヌを睨む。こうなった以上、自分は敗けると悟っている。

 ペストリーの利は、それを悟っていることだ。そして、もう一つ。

 シーヌの“復讐”の奇跡から逃れえた、『ドラッド=ファーべ=アレイ』、今はアヅール=イネイという名で生きる男。

 “復讐”から逃れる方法は、一度死んだと確信させることであると、その確信に至っていた。


 一度死ぬとわかっては、自分の人生もそれなりに大切なものであった、と感じるのが、人であるらしい。

 孤児に生まれた自分が、ただ享楽に浸って人殺しをしてきた自分がまさか「死にたくない」などと思うとは、とペストリーは呆れる。

 孤児に生まれて、その日暮らしで生きてきた。人殺しをすることでその遺産をごっそりと奪い、それで生活するのが自分に許された暮らしだった。


 いつから、人殺しが楽しいと思ったのかはわからない。

 ただ、せいぜい三大欲求を満たす程度にしか娯楽のないこの時代で、三大欲求を満たすことすらできなかった男は、生きる楽しみや充足感を、自分のできることで楽しみを覚えるしかなかったのも事実だ。

 結果として、人殺しが彼の唯一の娯楽になった。


 魔法は、使いたいと思えば使えるようになった。自分が二人いればいいのに、と思えば、自分の影を作り出して操ることができるようになった。

 最初は自分の影が傷つけば自分も傷つくような感覚があったのだが、しばらくしたらそれも切り離せるようになった。


 ただ、殺した。生きるための殺人は、殺すための殺人に変わった。殺すための殺人は、自分が悦を得るための殺人に変わった。

 とある貴族からの依頼で、こっそりと人を殺した。自分の楽しみで金が得られるというのは、非常に役得なことだ、と思った。


 そして、別な貴族から、別な貴族の暗殺依頼を受けたとき、その貴族を護衛する同業者と、出会った。


 なんとも、蛇の道は蛇ということで、同業者を芸につけていたらしい。しかし、そいつはそこそこ名の通っていたらしくとも、ペストリーの敵ではなかった。

 この時、初めてペストリーは気付いたのだ。自分が最も優秀な、“世界最高の殺人鬼”であると。


 自分を殺そうとしている少年を見る。憎々しげに自分を見るその目に、ペストリーは愉悦の色を覗かせる。

「お前は、絶対、俺が殺す、ぜぇぇぇ!」

クロウで、その他有象無象を殺したように。ペストリーは、けだものの本性を解放しながら、シーヌを殺すべく……殺されるべく、駆けだした。


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