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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
永久の魔女
124/314

魔女と暗殺者

 肩口を貫いた刃。刃の色は、血と、刃の銀と、そして緑色に輝いている。

 その意味が分からないほど、魔女は愚かではない。そして、自分の“奇跡”が、「刃に塗られた毒」に対しては効果を発揮しないことも、わかっていた。


 長年の経験は、魔女の寿命をほんの数分、伸ばしただけだ。だが、そのほんの数分は、魔女にとって最高級の「数分」である。

 魔女は自分の体の血液から、毒を消す。すでに回って機能停止を始めてしまった内臓を止めることは出来ないが、これ以上毒が回らないようにはできる。

 それと並行して、肩口に突き刺さった刃を蒸発させる。文字通り、蒸発……体ごと燃やして、消し去る。残った体を保護するのも忘れない。

 自分を刺した者は刃だ。である以上、“我、白刃の下でのみ死す”という“奇跡”の理からは、逃れられない。


 魔女は自分を刺した男を、シーヌの前に放り投げた。気づいていた。シーヌの“奇跡”が、今この瞬間に反応していることを。

 魔女が安堵した理由は、シーヌのこの“幻想世界”とも呼べる結界の維持が限界に近かったためだ。現実を塗り替えていた心象が、再び心の中に収まっていくはずだったためだ。

 だが、その男が魔女を刺したことで、シーヌは彼の姿をその瞳に捉えた。限界が近づき始めていたシーヌの心に、再び活力を与えてしまった。

 魔女とシーヌの間にはなかった、復讐者と被復讐者の関係。


 魔女を刺した刺客とシーヌの間では、それが成立し、ゆえに、シーヌと魔女の間に成り立っていた拮抗は、刺客との二者間では起こりえない。

 —―が。復讐鬼と刺客が斬り結ぶことは、なかった。復讐鬼が攻勢に出ることも、出来なかった。

 なぜなら、その刺客は、その瞬間にはその二人の前から姿を消していたから。この二人の前から姿を消せるような技術など、それこそ本物の『魔法』でなければあり得ない。


 魔法概念“奇跡”その区分は“享楽”。冠された名は、“世界最高の殺人鬼”。

 シーヌの“復讐”とほど近い。

 ほど近くありながらも、はるかに遠い。シーヌが目的を達成するための未来の変革であるというのであれば、刺客のそれは目的を達成するための周囲の変質だ。

 シーヌが自身の過去を、その苦しみを清算するために戦っているのであれば、刺客のそれは未来に苦しみを量産するために戦っているのだ。

 大きく。二人の鬼の性質は、大きく異なっていた。


 魔女は、気付く。自分が生きてきた意味に。いや、シーヌが今、ここに訪れていた意味に。

 魔女は、思う。これが、年寄りの、若者に捧げなければならない、役割であってほしいと。

 魔女は、死ぬ。一度こうして、「敵と認識した者に、刺されてしまった」以上、魔女は死ぬ。

 それでも、それでも。


 魔女は、まだ、死ねなかった。




 シーヌの世界を上書きする。それはきっと、死に際に発揮できる、最期の力。

 遠目から見ているだけのティキすらをもこの近くに呼び寄せて、描き上げたのは、魔女の心象世界だった。


 最初の心象世界は、まだ若かりし頃。

 自分が、まだ奇跡を得ていないころ。

「ここが、お前たちの言うところの、ネスティア王国王都シトライアだ。……千年前のね。」

時間がない。魔女はそう、わかっている。

 だから、弟子たちに口を開く余地を与えさせなかった。


「見ての通り、森だ。救いがないほどの、森だ。私の人生は、ここから始まった。」

龍と人の疑似戦闘を、見せる。ほとんど彼女らの頭に流し込むように、圧縮した記憶を押し付ける。

 自分たちが歩んだ道のり。シーヌたちに至るまでの、自分たちの開拓史を。

 そうして、ほとんど全てを流し終えて。


 シーヌとティキの脳に、自分たちの戦ってきた記録を飽和させて。

「小屋にあるものは、必要なら持っていきな。」

「シーヌ。あんたに必要なのはこの歴史だろう。闘いの記録を、整理しな。自由に使いな。」

「最後に……これを見な。」

魔女は連続してそう告げる。彼らの頭に入っているとは思えないが、ほんのわずかにでも引っかかればいいと願って。


 そこは、墓場だ。

 戦友たちの、墓場だ。

 魔女が歩み続けた、道程だ。

 戦乱の時代にすらなれなかった、開拓の時代。今以上に危険が跋扈し、自然が最も恐ろしかったころ。

 魔女は彼らの墓場を見て、言った。


「あたしが救えなかった命がある。」

「あたしが最期を看取った命がある。」

「どちらもかけがえのない、大事な記憶だ。」

「天寿を全うした者は、満足して逝った。病死した者は、泣きながら逝った。もちろん、受け入れて笑んで死んだ者もいた。」

 でもね。魔女は笑う。

「大切な者を守れなかった者たちはその一生を悔やみ続けていたよ。」

そうはなるな、という言葉を残し、魔女の世界が晴れる。


 そこは魔女の生きた人生の中でも、最も長き時を過ごした場所。

 その森の中で、魔女は死期を悟りながら、想念を放出する。

 自分の体を周囲と完全に適応させ、どこにいるか気配さえ掴ませない“奇跡”を行使し続けている男。

 その刺客の前に、シーヌとティキを置いてけぼりにして、魔女は躍り出た。


「あんたは、死んでもらうよ。」

「いいや、お前が死ね。」

男の刃と、魔女の魔法がぶつかる。魔女と刺客は、本来シーヌという人間を介さなければ、決して出会うことのなかった二人だ。

 撃ち合った。斬り合った。その腕を見せ合った。

 先に倒れたのは、魔女だった。


 刺客にも、それなりの傷はある。シーヌと戦えないであろうだけの深手は負っている。

 シーヌは再起動しない。まだ、魔女に与えられた記憶映像に呑まれて動けない。

 横になった魔女に、ツカツカと暗殺者は近づいて、言った。

「どうして、戦った?」

「死ぬなら、一人がいいからね。看取られるのは気に食わないのさ。」

多くの人間を看取り続けてきた、魔女。それゆえにこそ、知り合いが死ぬところを見る苦しみは、いやというほど理解している。


 だから、魔女はシーヌとティキにそれを与えたくなかった。

 特に、シーヌに。自分が死ぬ様を、見せたくはなかった。

「死期を、自分で早めたのか。」

「そうだね、そうなるね。……あたしが本気を出していないことは、あんたも気づいていたんだろう?」

「ああ、最初の一撃でお前を殺せなかった時点で、俺の負けは確定していたはずなんだ。」

それだけの実力差は、あった。圧倒的ともいうべき、差が。


 刺客は畏敬の念を抱きながらも、刺客は情けはかけない。

「とどめは刺さんのか?」

「あいにくと、とどめを刺す必要が見つからなくてな。」

全くその通りだ、と魔女は笑う。

 自分は何もしなくても、死ぬのだから。


 そもそも刺客の殺人は、享楽によるものだ。必要に応じたものではない。

 殺人は、目的だ。魔女を殺す。そのために刺客は戦い、魔女の体に刃を突き刺したのだ。

「そうかい。……世の中は随分と、変わったんだねぇ。」

「どういう、意味だ。」

魔女はふっと微笑む。

「人殺しが、享楽でできる、それだけ人間の数が多くなった証拠さ。復讐も、殺人も。あの頃には、あり得なかった。」

魔女は語りながらも、目を閉じる。自分が駆け抜けた日々が、生き抜いた日々が、その瞼に映っている。


 魔女の最期は、独り言で終わった。そのころには刺客は、意識が未だ曖昧なシーヌを殺そうとその場を発っている。

「あたしらも、十分な仕事は、果たしたのだろうねぇ。あの頃の戦い、生き抜けたみんなの在り方は、最期に弟子に叩き込んだ。」

殺人鬼が復讐鬼を殺しに向かった。そんなことは、百も承知で。

 どうせ、シーヌが勝つと、魔女は信じていた。


 シーヌとティキ。彼女らは、非常に興味深かった。

 魔女は思う。二人は、何かに憑かれているのではないか、と。

 シーヌとティキは、決して出会えないはずの人間だから。あの二人が出会えたことは、きっと、世界の意志を汲んでいるのだろうと。


 目の前に、何か光が見えた気がした。

 それはとても暖かいもので、同時に魔女を誘っているようなもので。

「ああ、そういうことかい。」

それに魔女は、誘われた気がした。

 きっと、それは、死者たちの魂と呼ぶべきものだと、魔女は思った。




 ようやく、死ねる。魔女はその身を、襲い来る睡魔に委ねる。

 シーヌ=ヒンメル=ブラウとティキ=アツーア=ブラウ。

 自分の全てを与えた弟子が、自分の死を見ないことを、切に願った。


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