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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
永久の魔女
123/314

復讐鬼と『魔女』

 “幻想展開・地獄”。それは、シーヌが自らの人生のうちで築き上げた、自分にとっての悪夢。

 ガレット=ヒルデナ=アリリードによって、シーヌは一度、殺されている。それに、『歯止めなき暴虐事件』において、シーヌは何度も、死んだ方がましと言えるような絶望を味わってきた。

 魔女は、それだけの苦しみを、きっと『知らない』。知識としては、識っているだろう。ほんの一部であれば、何度も味わったことがあるだろう。

 だが、シーヌは同時に確信している。……あの苦しみを、あの絶望を、あの憤怒を。

 自分ほど、冷静に、真っ当から、受け止めた者はおらず……それは、目の前に座るこの魔女にも、通じるだろう、と。


「ほう、幻想展開、ねぇ。」

魔女が感心したような声を上げる。幻想展開とは、言ってしまえば想像力の産物。魔法における、一つの極致とも呼べるものだ。

「世界を一時的に書き換えるほどの、幻想。あんた、そんなに想像力があったのかい?」

意志力だけだと思っていた。そんなところだろうとシーヌはあたりをつける。実際、『事件』以前のシーヌならさておき、今のシーヌにそこまで圧倒的な想像力は存在しない。


「ありません。僕の“幻想展開”は、現実を現実で塗り替える能力ですよ。」

「“地獄”なんていう現実はないね。そんな土地、この世界のどこにもないよ。」

魔女の言うことは最もだ。そんな土地は、地上どこを探しても、ない。復讐を叶えるために訓練をし続けたシーヌも、そんな土地にたどり着くことは出来なかったし、知っている人間もいなかった。

 だから、これは、シーヌの旅した現実ではない。シーヌが見た現実ではない。


 これは、シーヌが体感している心象世界、そのものだ。シーヌが今生きているという事実、そのものを示している。

 シーヌはそう、瞳を閉じてゆっくりと、語った。


 魔女は苦々しげな表情を、隠しもしない。そもそも隠せるようなものでもない。

 シーヌにとって、これが紛れもない現実である。それは、いやというほど理解できる。出来てしまう。

 それは、彼の“幻想展開”に呑み込まれた瞬間から伝わってくる彼の感情が、それは真実だと、伝えてくるのだ。

 魔女はその世界から抜け出そうと決意した。ここは、シーヌにとっての日常。むしろ、ティキや自分と一緒に現実を生きている方が、彼にとっては非日常。


「魘されるとは、聞いたことがなかったなぁ。」

夢にまで、見続けているとは。魔女はそう言っているようだ。

「魘されるわけがない。……もう十年も、付き合っている。」

毎日毎日同じ夢を、同じ苦しみを、夢に見続けている。シーヌはそう断言する。

「魘されるな、直視しろ。……俺を、『復讐鬼』と『シーヌ=ヒンメル』に分けた師は、そう言ったよ。」

魘されるのは、そこから逃げたいと思っているからだと、言われたらしい。

 魔女は、その言葉に息をのんだ……シーヌにそういった師に、若干の心当たりがあったからだ。


「直視しろ、か……。」

魔女は呟く。その言葉が心に響いていた。

 ティキに希望した、シーヌを生かし続ける役割。シーヌが予想した、自分が生き残れるかもしれないという道筋。

 魔女が見えたかもしれなかった、“奇跡”を果たした者の、自失の起こらない方法が、一気に崩れていく。そんな感覚に、魔女は陥る。

 シーヌの見続けてきた現実を、その覚悟のほどを、魔女は理解できていなかった。それを、強く強く実感する。

 “奇跡”が、“復讐”である。シーヌのそれは。魔女の思っていたそれは。


 膝が崩れる、それでも、魔女はシーヌを見た。魔女の予想だにしていなかった現実が、そこにはある。

 魔女の味わってきたことのない、人間のドロドロとした憎しみが、そこにはあった。


「私が望んだのは、名誉ある戦死……栄光と希望に満ちた、最高の生だった。……お前は、違うんだな。」

魔女の生きた、魔女が栄光を手にした時代。それは、弱肉強食にして、人間以外の獣、自然たちが敵だった、時代。

 シーヌとは時代が違う。……うっすらと、そう理解した。


 魔女はシーヌの世界から抜け出そうと、自分の生きた過去を呼び出す。

 辛い過去には、栄誉や、希望は意味を為さない。

 苦しみを否定するには、その苦しみ以上の幸福か、……さらに圧倒的な、苦しみしかない。

「どう、してだ?」

だが、抜け出せなかった。ゆえに、魔女は詰まった。どうしてそうなったのかわからない。

 だが、魔女の過去の苦しみは、魔女の過去の涙は。シーヌの世界を、欠片たりとも上書きすることができなかった。


「魔女。あなたの生きた時代は、過酷だったのかもしれない。」

「でも、過去のもの……もう、何百年も、過去のものだ。記憶が風化しない、わけがない。」

どんな想いも、どんな苦しみも、どんな過酷さも。

 それは時間とともに風化していくもものなのだと、シーヌは笑いながら言葉にした。


 次の瞬間には、シーヌと魔女は同時に魔法を放っていた。

 魔女の経験と、シーヌの絶望。それらは互いにぶつかり合って、相殺される。

 ここは、シーヌの心象世界。シーヌの歩んだ、そしてこれから歩いていく、世界そのもの。

 “永久の魔女”はシーヌの復讐敵ではないものの……ここでは、シーヌと魔女が五分五分程度にはなれてしまう。

 魔女にとっては、全力の攻撃が相殺されてしまうような状況は、数百年ぶりだった。魔女が“奇跡”を得て数百年。

 もうあり得ないだろうと思っていた光景が、そこにはあった。


「あは?」

何かが、壊れた。そんな感覚に、魔女は襲われる。

 久しぶりの、拮抗。滅多にいない、まともに渡り合える相手。

 魔女が壊れるには……全ての疑問を丸投げするには、十分な理由だった……十分な理由すぎた。

 生きたくて生きてきているわけではない。死ねなくて生きているのだ。

 魔女は、ずっと抑圧していた想いを、曝け出す。


 “我、白刃の下でのみ死す”。魔女の持つそれは、魔女に永遠の生という名の地獄を強いた。

 シーヌと魔女は、ある意味、似ている。生き続けたシーヌと、死ねなかった魔女。彼らは、その在り方の差をかけて、激突した。


 ティキはそれを、“幻想展開”の範囲の外から、見守っている。

 本来の目的がただの鬼ごっこであったことなど、二人は忘れ去っていることなど、ティキはわかりきっている。

 それが、シーヌなりの優しさであってほしい。そうティキは願っていた。


 死は、休息だ。疲れ切った命にとって死は逃げ場所だ。

 だからシーヌが、魔女と正面切って戦っていることは、魔女のためのシーヌの優しさであろうと思っていたかった。

 シーヌが開いた、“地獄”を見て、思う。

 あれの中のほんの一部に、私への想いはあるのだろうか。

 あるいは。私が死んだら、シーヌはその時―――。




 魔女とシーヌの争いは白熱していた。

 シーヌの世界という名のただの悪夢は、魔女にとって、苦痛であり過ぎる。

 大事なものを失う悲しみ、辛さ。それは魔女も痛いほどよくわかっている。しかし、数年おき、あるいは数十年おきだ。

 一度に全てを喪う悲しみを、魔女は知らない。


 シーヌの世界は、幼少の頃の『事件』の時に、止まってしまっている。その苦しみ、背負い続けてきた憎悪。

 魔女の体は、そのシーヌ=ヒンメルという人間の世界の中に、浸っていた。


 魔女の魔法は、シーヌの世界の中では、威力が落ちる。

 意志力が魔法の威力になって現れるというルールの中で、魔女がシーヌの想いを押し付けられながらも魔法が放てている。

 それは、異常な話だった。


 考えてみるといい。火山の加工で、溶岩の中に身を浸しながら、前に進もうとする所業を。

 永久凍土、絶対零度の世界の中で、裸一貫で生き延びようとする無茶を。

 前も後ろも見えず、自分の輪郭ですらもおぼろになるような暗闇の中で、一筋の光明を探す旅を。

 魔女が行っている、「シーヌの“地獄”で魔法を放つ」という行為は、限りなく、それに近い。


 わかるだろうか。魔女が、それを行えてしまっているということが、どれだけおかしい事態であるのか。

 それを行える魔女が、どれだけ異常者であるのか。


 千年。

 魔女の生きた軌跡は、この瞬間、このあり得ない事態を作り出すために、大いに活用されている。


 シーヌは驚きながら、信じられないとでも言うように瞠目しながら。

 それでも全く手を休めることなく、その手から、周囲から、何でもないところから。

 次々と魔法を作り出しては放ち、魔女はそれらを迎撃し続ける。


 シーヌが“地獄”を展開することによって、魔女の歳月というアドバンテージが相殺されている、ように見える。

 客観的に見たら、シーヌが優勢。しかし、見るものが見たらわかっただろう。

 シーヌが、圧倒的に劣勢である、と。


 理由は、明白だ。

 たとえ、シーヌの展開している“地獄”が、シーヌにとって日常の一幕でしかないとしても。

 シーヌが、当たり前のように日々感じているものだとしても。

 そのシーヌの心の中の世界を現実に体現し、世界を上書きし続けられる、なんてことは、ありえない。

 シーヌの意志は、どこかで摩耗する。その心や想いが褪せることなく、変わることがなかったとしても、シーヌには……いや、人間には、いやでも休まなければならない瞬間が、訪れるのだ。




 魔女はその長年の経験で、シーヌの限界が近いことを感じ取った。

 それがゆえに、魔女は安堵した。このまま消耗戦になっても魔女は勝てたと確信できる。

 だが、彼の展開した幻想は頂けない。これは、魔女に限らず、ありとあらゆる人間たちの心を蝕む牢獄だ。

 魔女は、これほど人間の在り方を歪めてしまいそうな心象は初めて見た。


 誰もかれも、心の中にそれなりの心象を持っている。

 自分の世界を、覚えている。特に、“奇跡”を扱える者たちは、それが顕著だ。

 だが、シーヌのそれには、底が感じられない。底なし沼……いや、入り口も、ないかもしれない。

 魔女もなんと表現すればいいのかわからない。だが、こんなところにずっといたくはないような、世界だ。


 だから、シーヌの限界が見え始めたとき、安堵した。それこそ、極限の集中状態が、緩むほどに。

 それでも、シーヌに対する集中と、自分に対する集中は解いていない。

 解けてしまったのは、その二者以外に対する、集中。あるいは、警戒。


 その気の緩みは、暗殺を生業とする者にとって、絶好の、この上ない好機であった。

 “夢幻の死神”と呼ばれる男は、その好機を逃すほど下手な暗殺者ではなかった。

 シーヌと魔女の戦いが終結へと向かう直前。

 魔女へ向けられた殺意に、魔女は気付かず。

 ただ、昔取った杵柄が、勝手に体を動かして。


 魔女の左の肩口に、しっかりと長剣が刺さっていた。


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