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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
永久の魔女
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幻想展開

 翌日。シーヌとティキは、魔女の手ほどきを受けるべく、外に出ていた。

「あんたらに足りないものはいくつか思いつくけれどね……正直を言うと、復讐には必要ないものばっかりだ。」

特にティキはね。魔女のそのセリフに、シーヌもこくこくと頷いて同意を示す。

 ティキは何もしなくても強い。シーヌが嫌でも実感させられていることだ。


 シーヌが考えに考えた一手であろうと、ティキは無思考で切り抜けてしまう……圧倒的暴力がある。

 彼女は想像力に非常に優れている。ゆえに、反射的な思考だけで攻撃行動の全てをキャンセルできてしまう。

 シーヌが復讐を為すために、シーヌ自身が戦う。それを前提にした場合、ティキは自分にわざわざ何かしなくても、護身程度ならできてしまう。


 魔女が何かを教える必要は、正直ほとんどなかった。端的に言ってしまえば、「実践あるのみ」である。

 対してシーヌの場合は別だ。彼は復讐に手を汚す。いや、すでに汚している。

 その割には、弱い……というのが、魔女の感想だった。


「お前は本気を出すのが遅すぎる。……最初から、切り抜けられただろう?」

昨日の手ほどきのことを言っているのだとわかって、シーヌはほんのわずかにだけ首を動かす。

「シーヌは最初から本気を出すことだ。……あんたの場合は、攻撃は最大の防御、の理屈を採用するべきだね。」

魔女はシーヌをそう評価する。実際、防御に専念して魔女の隙を伺っていた時より、攻勢に出たときの方が強かった。

 魔女は笑う。シーヌは復讐のために生きてきたこともあって、その意志や魔法は防御には向いていない。


「ティキは逆に、防御……というより、カウンターだね。無意識の防御能力が高いからこそ、敵の隙を突く攻撃を覚えた方がいい。」

魔女はティキに必要なのは、攻撃をするという意識なのだと言った。

 魔女は二人の方を見て、言う。

「鬼ごっこを始めるよ。私は身体強化の魔法は使わずに、あんたらを追いかける。半日くらい、逃げ切ってみな。」




 シーヌに足りないのは、本気を出すということ……本気で逃げるにしろ、戦うにしろ、条件が整わないと本気を出せないことである。

 もっと単純な言い方をするなら、復讐相手には初手から本気なのに、それ以外に対しては本気を出しづらい、と思っている点だ。

 逆に言うと、シーヌは本気を常に出しておけば、自然、本気を出す時の出力も上がる。結果として、復讐相手に対しての戦闘力も大きくなる。

 常在戦場であれ。魔女はシーヌにそう叩き込むつもりだった。


 対してティキの場合は、そもそもの意識改革だ。必要なのは、攻撃するということ。

 魔女は一言も妨害禁止とは言わなかったし、シーヌやティキに対して魔法をかけないとは言っていない。

 むしろ積極的に魔法を仕掛けるつもりだった。足止めから本格的に傷つける魔法まで、意地悪く徹底的に叩く。そのつもりで、「鬼ごっこ」といったわけである。




 ティキは足を木に引っ掛けて、転びそうになった。慌てて強制的に体を浮かせて逃走する。

 足が地から離れた瞬間に跳んできた魔力弾を、空を飛んで回避した。

「へえ、空を飛べるのかい。器用な子だね。」

感心したかのように頷きつつ、魔女は悠々と歩きながらティキに近づく。


 身体強化など使わなくても、この森は魔女のホームグラウンドだ。歩き方も、近道も、これほど心得ている場所はない。

 それに、魔女はシーヌとティキに、半日くらいは逃げて見せろと言った。その理由は、半日も逃がさない自信があるからだ。

 空を飛んで逃亡を図ったティキの頭上に、大鷲が急降下して攻撃を加えようとする。

 この森にいる生物たちは、魔女の支配下。魔女がこの森の頂点として、常に猛威を振るっている。

 ゆえに、数の上では魔女の方が圧倒的に有利なのだ。シーヌとティキにとって現状は、森一つ、全てを敵に回しているのと大差がない。


 今の時刻は、午前十時。かれこれ一時間、シーヌとティキは逃げていた。

 彼ら二人がそこまで逃げ続けていられるのは、魔女が未だ、シーヌたちに手心を加えているからだ。それをティキは薄々気付き始めている(ちなみにシーヌは、最初からわかっている)。


 今までシーヌとティキは、交代で見張りをし、森の獣たちと戦ってきた。だが、そのほとんどが夜行性の者たちで、昼行性の獣たちとはシーヌたちはさほど戦っていない。

 鷲や鷹、隼などから逃げ回り、地面では猪や熊、蛇から逃げ、森の木々や虫たちすらもが自分たちの敵。

 ティキたちはそういう環境で、ずっと逃げ回り続けている。正直、半日も体力が持つはずがない。


 開始二時間。ティキは、捕まった。

 最後の方はそれこそ凶悪極まる結界を展開していたが……どんな魔法も、魔女の敵ではない。だが、魔女は逃げ延びるために防御魔法をそのまま攻撃にしたティキの結果に、満足していた。


 ティキの使った魔法は、ある一定範囲に自分以外が入り込んできたとき、すぐさまそれを真っ二つに裂く、というものだ。

 これには獣たちも辟易した。そもそも、近づくことすら叶わなかった。

 魔女が自ら出向き、無効化しながら捕まえなければならなかったのだ。魔女の中では、満足する結果だったのだろう。


 ティキの頭を背中を二度ほど叩き、「よく頑張った」と言ったことからも、魔女の機嫌のよさが伺える。

 ティキはそう聞いた瞬間、何かを成し遂げたように感じながらも、意識を失っていった。




 さて、シーヌの方はと言えば。

 魔女は、いや、魔女の森は、その姿を完全に失っていた。魔女もなかなか、慌てた。

 いったん先にティキの後を追い、捕まえたはいいものの、シーヌの姿はそこまで行っても見つからなかったのだ。


 ちゃんと種はある。“有用複製”による、“不感知”の模倣――を、さらに模倣したものだ。

 魔女には、“有用複製”によって、復讐に使える魔法を一時的に再現できる、ということは話してある。それが、復讐相手を前にした時、あるいは復讐に必要な時限定である、ということも、だ。


 だが、その先……模倣した魔法の感覚から、疑似的な“三念”の模倣ができる、という話は、していない。

 シーヌは最初から、何枚かの手札は、隠してあった。


 魔女は仕方なく、森の中全域にわたって、自分の意志を行き渡らせる。たとえ“三念”そのものであろうとも見つけることができる、魔女のとんでも意志力によって、シーヌの位置は察知された。

「なんとまあ、無茶な……天才かい、あいつは……。」

魔女はひとりごちながら、シーヌの方へと向かい始めた。彼の位置を察知した時に、彼の扱った魔法の質についても読み取ったのだ。魔女はその無茶苦茶さに、周りに誰もいないにも関わらず苦笑している。


 シーヌは魔女に居場所が察知されたことを悟ると、すぐさま宙に足場を作って駆け始める。実は、空を飛ぶよりも動きとしてはこちらの方がやりやすい。

 なぜなら、足場が透明なだけで、シーヌは人としての動きのまま動けるからだ。—―空を飛ぶ時のような浮遊感は、最初からない。


 襲い掛かってくる鳥たちも、シーヌが足場を設けている以上、真下から襲ってくることはない。前後左右と、上方。そこからくる分だけ対処すればいいのであれば、シーヌも楽々と対処できた。


 続いて、魔女が空を飛んできて、魔法を仕掛ける。そんなもの見る価値がないとでも言うようにシーヌは無視したことに、魔女は驚いた。

 魔女が放った魔法は、間違いなくシーヌの持つ絶対領域よりも強い。しかもシーヌの絶対領域は、彼が攻撃されまいと意識するからこそ出るものだ。

 今シーヌは、攻撃に集中しているゆえか、はたまた魔女に気を向けないと決めたが故か、絶対領域を展開していない。どうして、この魔法を無視すると決めたのか。


 見届けようと思った瞬間、シーヌの立っていた、空中の足場が消え、シーヌは一瞬で地面へ向けて落下していく。


 魔女は大いに焦った。このまま落ちても、シーヌは何とか命だけは助かるだろう。が、完璧に救われるとは限らない。

 むしろ、腕の一本や二本、折れてしまってもおかしくはない。

 昨日シーヌの命を狙う刺客がいると気付いた以上、このままシーヌに傷ついてもらうわけにはいかなかった。魔女と刺客の実力差に気付かれたであろう以上、刺客はおそらく、シーヌ自身のみを狙ってくるであろうからだ。


 結果、魔女はシーヌの方へ飛び降りた。もう少しじっくりシーヌを鍛え上げるつもりだったが、そんなことを気にする余裕などないとでもいうかのように、だ。

 実際気にする余裕はなかった。だからこそ、魔女はその気持ちがシーヌに利用されているとは思わなかった。


 この訓練と称した鬼ごっこの中で、シーヌは気付いていた。

 この森という、魔女にとって絶好の環境で、魔女から逃げ切れるはずがない、という当たり前の事実にだ。

 そして、シーヌは思った。別に、鬼ごっこで逃げ切らなくてもいいのではないか、と。


 シーヌは、魔女が生き続けることを苦痛に感じているのを、気付いている。

 彼女は永遠の生を望んだのではなく、ただ名誉ある戦死を望んだだけであるということに、気付いている。

 だから、シーヌは思った。魔女を殺そう、と。その決意は、実際最初からあるのだと。


 だから、空中で、魔女が目の前に来た瞬間、シーヌは呟いた。

「“幻想展開”。」


—―それは、シーヌが扱える魔法たちの中では、ひときわ異彩を放つ魔法。

 復讐の旅路を成し遂げるために生きてきたからこそ得られた、正真正銘、シーヌの執念の詰まった魔法。

 同時に、“奇跡”でも、“三念”でもない。シーヌだけが思い描ける、シーヌの生きるシーヌの世界。

「“地獄”。」

ただ暗い、暗闇しかない、シーヌの一度体験した世界が、“永久の魔女”を……永遠に生き続けてきた人を、包み込んだ。


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