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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
永久の魔女
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魔女の手ほどき

 永久の魔女は、話している時にこう言った。『私を倒せるようなものなど、そうはいない』と。

 それほど豪語する魔女の戦闘力を、シーヌはその身をもって味わっている。

「勝ち目が、ない……。」

それは、シーヌが必死に必死に、半時間もかけて戦って、よく理解したことだ。

 これまで戦った、ありとあらゆる誰よりも。この目の前にいる魔女は、強かった。


 目線を向けずとも発動する魔法。こちらの魔法全てを封殺してくる異常な技術力。

 近接戦闘に持っていこうにも、そもそも近づくことが叶わない。よって、ひたすらに魔女から放たれる、手加減された魔法攻撃を避けることが今のシーヌの課題だった。

 ティキも、それは同様である。だが、ティキはシーヌよりも余裕がない。

 十年近くにわたって戦闘訓練を続け、復讐を成し遂げる想像をし続けたシーヌと、戦闘とは縁のない環境で生きてきたティキとでは、純粋な戦闘技術に差が出るのは当然のことだった。


「反射神経さえちゃんと備えて、攻撃への対処をきちんとする。それだけで、戦闘の大半はなんとかなるんだよ!」

魔女の言うことは、至極もっともだとシーヌは思う。だが、魔女の攻撃の数は半端では捌ききれないほど、多い。

「シーヌ!復讐するんだろう!この程度に手間取ってどうするんだい!」

痛いところを突かれながらも、シーヌは最初の方針を変えず、ただ淡々と捌き続ける。

「あんたがそのつもりなら、こっちにも考えがあるよ!」

魔女がそう言った直後、シーヌの背に魔法の弾が直撃する。


 ヤバい、と思ったときにはすでに遅く、態勢を崩したシーヌは、回避行動に移る余裕なく大量の魔法の雨に打たれた。

「手を抜いているのがバレバレだよ、シーヌ!」

身体を起こすと、魔女が再びシーヌに向けて魔法の雨を放ち始める。

「いや、その量を撃っておいて言われても、困ります。」

痛みに全身が悲鳴を上げている中、なまじ強引に回避行動を取った。半回転する大きな回避行動を取った時、シーヌはその視界に、避けた魔力弾が反転して飛んでくるのを見る。

(さっき背中に攻撃されたのは、そう言うことか!)

気付いてしまえば、あとは簡単だ。シーヌはそれに対して同程度の威力の魔力弾をぶつけ、相殺する。

(全部相殺してしまえばいい!!)

シーヌはそう判断し、回避から迎撃へと意識を切り替える。


 回避に必要な能力は、その魔力弾の軌道を読み切る眼だ。それに対して、迎撃に必要な能力は、魔力弾の軌道を読む目に加えて、その攻撃が秘める威力を炙り出せるだけの目だ。

 回避に必要な動作こそなくなるものの、頭にかかる負担は迎撃の方が大きい。しかも、意識を迎撃に切り替えたその瞬間、シーヌは気付いた。

 魔女の使う魔力弾は、一撃一撃に込めた威力が微妙に違うのだ。しかも、数が多い分、強いものから弱いものまで、その幅は異様に大きい。


 魔女の絶技に、シーヌは感嘆の眼で魔女を見る。だが、同時に思った。

(これ全部、迎撃するの?)

魔力弾の強さを合わせて、迎撃する。強すぎれば魔女の方に攻撃が飛ぶ可能性があるが、そんなところまでシーヌが魔法の制御に意識を割く余裕はない。

 できれば、完全迎撃。それを為す必要性があり、シーヌはそのための魔力弾を連続生成する。

「間に、合わない……!」

魔女は、シーヌが迎撃に意識を切り替えた瞬間から、攻撃の手を増やした。わざわざシーヌの反応できる限界数で、シーヌへの攻撃を行っている。

 間に合うのだ。シーヌが常に全力を出し続ければ。

「シーヌは、この調子であと一時間やるよ。」

すでに30分。倍の時間、シーヌは迎撃に意識を向け続けなければならない。




 一方ティキは、最初から迎撃の方向で対処していた。

 ティキに、シーヌのような魔力弾の軌道を見切って回避するような技術はない。わかっていたが故の、全力迎撃だった。

 軌道を読めないから、ティキは最初から魔女と自分の中間点で迎撃する、なんていう考えは捨てている。

 最初から、自分のそばまで飛んできた魔力弾を迎撃し、魔法同士が衝突した衝撃波は自分の身にまとった防御膜が受け流す。


 最初から自分の力量をわきまえて、自分にできる方法で戦うというのが、ティキが選んだ方法だった。

「ティキは厄介だね。魔力弾という性質上、そんなに多く彼女に一度に向けられない。その性質を、よく理解している。」

シーヌは復讐を為すための訓練をしているが、ティキは護身術の勉強をしている。そんな小さな違いが、シーヌとティキのこの手ほどきでの戦い方の差異をつけていた。


 現実を直視し、確実に反応できる方法で相対する……そんな戦い方をするティキには、魔女も方法を切り替える。

(速度を上げれば反応することが厳しくなるだろうが……ティキに身体強化は厳しかろうな。)

元々持つ反射神経を底上げしようと思えば、身体強化を自分にかけるのが一番である。だが、そもそも近接戦闘向きでないティキは、身体強化の練習をさせるわけにもいかない。

 身体強化の技術など得ても、宝の持ち腐れにしかならない。魔女はそうであることを、認識していた。


さて、そうなると、ティキの得意な戦い方をさらに伸ばすべき、という考えに至るのは当然の帰結である。

 だが、ティキの得意な戦術がどういうものか、魔女はこの短時間では把握できない。

「とりあえず、様子見でやってみるか。」

魔女がとった方法は、ティキの周りを、円状に360度囲むように、魔法の弾を展開させることだった。

 いつ攻撃するか、その予兆は見せず、時折一つだけ放ってみる。

 ティキは危なげなくそれに反応し、攻撃を迎撃していたが……どうすればいいか、若干迷っているようだった。


「仕方がない、かな?」

そうポツリと呟くのが、魔女の耳に辛うじて聞こえた。

 どういう意味だ。魔女が考える前に、魔女が展開した、微動だにさせなかった魔力弾たちが掻き消えていく。

 魔女の眼には、何かが降ってきて、魔力弾を消し飛ばしたという事実が、映っていた。

「……無差別攻撃か!」

ティキの……いや、魔力弾たちの上を見れば、魔女が展開したよりもはるかに多い数の魔法が、想念が、剣の形になって展開している。

「これだけの数の魔力……いや、想念を同時展開できるとは……。」

魔女は驚き、呆れと共にその光景を見て、遠慮は不要とさっきよりも多い数の魔力弾、もとい想念の塊を撃ちだした。

 ほとんどが、無差別に降りしきる剣たちに呑まれて、消えていく。剣の雨から難を逃れた想念たちも、悉くがティキの近くで相殺される。


 軌道が読めない、ティキも特別意識しているわけではない、無差別攻撃。魔女が想念をいかにうまく操れたとしても、その全てをかいくぐり、彼女自身に当てられるわけがない。

 言ってしまえば、小さな虫が、嵐の中、その降りしきる雫に一度も打たれることなく、木に生った果実まで飛ぶようなものだ。ほとんど不可能に近い。

 どころか、ティキは徐々にその雨の範囲を広げてきていた。ほんのわずかずつではあるが、に十分も放置すれば、魔女の元まで雨はやってくるだろう。


 魔女は深々とため息をつく。思った以上に優秀、というより、計算不可能だったティキに対する、呆れと、同時の称賛を込めて。

「数では無理なら、威力だな。」

想念の弾は、ほとんど完全に迎撃される。迎撃という意識がないにも拘わらず、ティキはその全てを相殺する。

 例えるなら、弓から放つ矢を盾で防げないから、砦の中に籠ったようなものだ。

 それなら魔女も、矢ではなく砲を用いればいい。


 想念の弾から、想念の線に切り替えようとした瞬間に、魔女は背筋に冷たいものを感じて飛び退る。

「……そうか。一瞬で抜け出てここまで来たのか。」

「ティキに意識を割いている今なら、絶対に抜けると踏んだのですが。」

シーヌが、短剣を振りぬいてそこにいた。どうやら、ほんの一瞬で、どういう手段を使ったのか、想念の弾幕から抜け出してきたらしい。

「ティキもあの場から一歩も動いていないのに、まさか攻撃を仕掛けてくるとはね。あんたを舐めてたよ、シーヌ。」

「ありがとう、と言っておきます!」

シーヌは大地を蹴って魔女に肉薄する。身体強化を用いているのだろう、人体には出せないような異常な速度を出していた。


 魔女は大量の魔力弾をもって迎撃すようとし、その全てがシーヌに近づいた瞬間蒸発して消えたのを見て、驚く。

「絶対領域でも持っているのかい!」

「ただ自分の想念をばらまいているだけですよ!」

それが絶対領域って言うんだい。魔女はそうぼやく。どんな魔法も、シーヌがばらまく想念以上の想いを込めて放たないと蒸発してしまう。それが、絶対領域だ。

 いわば、自分の周りにだけ描き上げた固有結界である。これを貫通して攻撃するためには、最初から魔法を使わないか、シーヌの想い以上の想いで魔法を放つか、どちらかをしなければならない。


 魔女はそのどちらをも使わなかった。近接戦闘は彼女の中では得意とは言えず、シーヌの想念を越えるような威力の攻撃は、シーヌとのこの距離では自分もまきこむ恐れがあるからだ。

「仕方がないね、これでどうだい!」

魔女はシーヌとのあいだに、とんでもない熱波を作り出す。それは空気を伝わってシーヌにも届き、火傷すると直感で悟ったシーヌはその場でたたらを踏んだ。


 シーヌが足を止め、魔女が後方に下がる。そうして空いた距離を使って、魔女は少しだけ攻撃意志を強めて魔法を放った。

 魔女にとっての『少し』は、まだ若いシーヌたちの『相当分』である。シーヌがまいた想念など、あっさり貫通されてしまった。


 魔女はだらりと腕を下ろし、二度、三度、手を叩く。

「もういい、シーヌ、ティキ。あんたらの実力は十分に把握した。あまり手ほどきなんて必要なさそうだね。」

そう言うと、魔女はチラリと森の外へと目をやって。

「明日は別のことをやろう。あんたらに必要なものが何か、わかったからね。」

そう言うと、シーヌたちに休むように促す。

 まだ、正午に差し掛かろうと、そんな時間のことであった。




「……あれが、“永久の魔女”か……。」

森の外、はるか遠くで、遠見の魔法を使って中をのぞいていた男は言う。

「シーヌ=アニャーラ。……その前に、あの魔女を殺さねば、厳しいか。」

いかに不死身とはいえ、首を落とせばシーヌと相対する時間くらいは稼げるだろうと男は思う。

 それが唯一、魔女を永遠に殺しうる方法であると男は知らず、だが、出来ると踏んでいた。


「しかし、この距離から気付かれるとは思わなかった。 ―—だが、まあ問題はない。」

男の名前は、ペストリー=ベスドナー。シーヌの復讐敵の一人である。

「シーヌ=アニャーラは俺が殺す。それでいいな、ドラッド。」

「今はアヅール=イレイだ。その名で呼んで、生きているとバレたらどうする。」

「……すまない。承知した……ではな。また会おう。」

「ああ、会える日を楽しみにしている。」

シーヌの復讐敵。彼ら全員に、かつてドラッド=ファーベ=アレイだった男は警告して回る。


 シーヌ=アニャーラが、『歯止めなき暴虐事件』の生き残りが、俺たちを殺しに出ているぞ、と。

「これで全員に伝えた。……雇用主の元へと戻るか。」

おそらくペストリーは生きて帰ってこないだろう。ドラッドはそう確信しつつ、帰路につく。

 ドラッドの目的は、復讐。そのためには、シーヌには復讐を成し遂げてもらわなければならなかった。

(シーヌの“奇跡”は、あなたという『存在』と相性が悪いですからね。)

そう語るドラッドの“奇跡”に従い、彼は彼の目的の元、シーヌを罠へといざなうのだった。


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