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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
隻脚の魔法士
12/314

12.魔法概念

インフルで倒れてました、遅くなってごめんなさいです……

 ティキとシーヌは、北へ北へと進んで、森の中の少し開けた場所で腰を下ろした。

「……ティキ、一戦でいい、君と模擬戦を申し込みたい。」

シーヌはこの二日間、知ろうとしなかったことを知ることにした。彼女の実力についてである。


「もちろん。どこまでアリ?」

「傷はナシだ。それが与えられるわけでないなら、何をしてもいい。」

シーヌはかなり厳しめの条件をティキに提示した。傷さえつけなければ、多少痛いくらいは問題ない、と。


 もちろんシーヌは、攻撃に威力をつけるつもりはない。どころか、彼女に当たるような魔法を撃つつもりもなかった。好きになった人に理由なく傷つけられるほど、彼は大人ではない。


 それを聞いて、「わかった」と答えたティキは、そのまま四歩ほどシーヌから離れる。彼女とシーヌは、懐から杖を出して構えた。シーヌは空色の、ティキは藍色の宝玉が、その杖の先についている。

 ティキが小石を拾ってシーヌに向けて投擲する。シーヌは杖の先端、石のないほうで打ち返し、それはティキの足元にゆっくり落ちた。それを合図に、ティキとシーヌは模擬戦を始めた。


 ティキの十八番は分身攻撃らしい。シーヌはこちらに駆け始めた瞬間から、一人、二人と数を増やし始めていた。その想像力は真面目に恐ろしいと感じる。それだけの彼女自身を、彼女は想像し続けて、違和感なくその姿を動かし続けているのだ。


 シーヌは全てを対象にして魔力弾を同時生成し、一気に撃ち放った。

「……凄いじゃん。」

全てのティキが見事に魔力弾を回避した。あれを見ると、彼女らは魔法で作られた幻影などではなく全員に意思があるのではないか、なんて思えてくる。


「じゃあ、これで行こう。」

目の前一帯に、大量の剣を映し出す。それは魔力弾ですらない、ただの影だ。当たっても何の影響も及ぼさない。


 しかし、そんなことはよっぽどよく見ないとわからない。彼女はただでさえ他の幻影の投影に集中力を割いているだろうから、この剣が幻影であることに気づけないだろう。そうシーヌは考えた。

「タァァァ!」

同時射出する。時間差で撃つなんて高等技術、今のシーヌには到底使えない。しかし、ティキにはそんなことを理解する必要はなかった。

 まっすぐに突っ込んで、そのまままっすぐに突っ切る。

「傷つけるのがナシなら、これは実体があるわけないよね!」


すべての幻影が同時にそう言う。複数の同じ声の合唱に、大きな声でないのに大きな声に聞こえた。

「はぁぁぁぁ!」


シーヌは多くの魔力弾を、ティキの一人に向けて撃ち放つ。彼はその一人が本物のティキだと確信していた。

「え、な、どうして!」

(後で答えてあげるよ!)


シーヌは魔力弾をすべて回避してのけたティキに、走りよってその手を伸ばす。

「……?」

ゾワッと、シーヌの背筋に怖気が走った。自分の右から自身に風を叩きつけて、その場から全力で回避する。

(さっきあいつ相手に使っているのを見てたのに!)


シーヌは歯噛みしつつ、ティキの幻影たちを睨み付ける。彼女の幻影には実体がないが、そこから撃ちだされる魔力弾には実体がある。

 幻影のいくつかがシーヌに向けて、実体を持った攻撃を仕掛けてきたらしい。もちろん、そうしようと思ったのはティキ本人だ。


 シーヌは自分のいた場所にも視線を巡らせ、その現場に驚愕した。大きな穴が穿たれている。今日一日シーヌが見ていた中で、一番大きな威力の魔力弾が撃ち放たれていたに違いない。

 確かに、ティキの今までの魔法程度なら、シーヌは恐怖も危険も感じることがなかっただろうし、だからこそ今のティキの攻撃には、今までのティキとは全く別の要素が込められていた、とシーヌは予想した。

「魔法概念、“願望”。」


シーヌはボソリ、と呟いた。その言葉を受けて、驚いたのか、あるいは不思議に思ったのか、ティキが幻影たちに続けて撃たせようとしていた魔力弾をすべて消す。

「“想像”、“意思”に次ぐ第三の概念。君がどういう想いを持ったのかは知らないけれど、多分、願望じゃないかな。」


シーヌは笑みを浮かべた。さっきまで、シーヌはティキに恐怖を感じていなかった。でも、今は彼女が怖い。それはきっと、彼女がシーヌを害しうるだけの能力を得たからだ、そう思った。



 ティキは、第三の魔法概念が願望だと聞いて、その足を止めた。さっきから、自分の戦闘能力が自分の技術の範疇にないことは、少しだけ気づいていた。

(シーヌに守られるだけじゃあないって示したいって、今朝からずっと思ってた)


それが私に力を与えてくれたのだろうかと、ティキは不思議に思った。それなら、魔法とは何とも不思議なものだ。

 現象を起こすための想像力以外、意思も願望も、自分たちの心に宿るものなのだから。

(魔法概念“願望”。冠された名を、“見栄”。)

ふいに、頭に何かの声が聞こえて、ハッとしたように顔を上げた。その拍子にすべての幻影も消えるが、そんなことは今のティキには些細な問題だ。


「何か聞こえたんだ、ティキ?」

シーヌは苦笑して彼女を見る。その声は彼女自身の奥底、彼女の知らない彼女の声だとは、さすがにまだシーヌは言わない、が。

「模擬戦は終了しよう。三つ目の魔法概念を持てたってことは、君の意思は薄弱ではないってことでもあるから。」


ドサリと、シーヌは腰を下ろした。少し安心したような表情をしている。

「何も知らなくて弱っていただけ。本当に心が弱いわけではない。やっと本当のティキのことが少しわかった。」


シーヌはそういうと、一言、彼女にだけ教えるつもりで彼の秘密を話した。

「僕の持っている第三の魔法概念、その一つは“妄執”、冠された名を“憎悪”。もう一つ、魔法概念“願望”、冠された名を“苦痛”。」


彼が持っている、第三の魔法概念のことを、シーヌは話し始めた。

「どういうことか、第三の魔法概念は意思の派生、あるいは進化としてあるものらしくて。」

“妄執”も“願望”も、位置する場所は同じみたいだ、とシーヌは語る。


「その上、の魔法ってあるの?」

ティキは、自分が至っている魔法の高みが、最高の位置だとは思えなかった。だから、その質問は自然に口から溢れていた。

 

「……」

シーヌはそれを聞いて、悩むような表情をした。考えて、考えて、考えて、言った。

「多分、あると思っているよ。魔法に必要な能力として、想像を“現象”、意思を“強度”、その先にあるのを“おもい”と呼ぶのなら……。」


シーヌは悩むように頭をひねらせて、続いてどうしようかという風に頭を抱え込む。

「きっと、その先にあるものは、魔法概念“奇跡”。呼ぶとすれば、これが“魔法”だろうね。」

昔の、有名な魔法使いの考えを、彼なりに理解したかのような一言を呟いた。

(魔法概念“奇跡”……?その考え方は、いや、ある意味正しいのかな?)


ティキはシーヌの考えを、あり得るものとして考え始めた。魔法とは、理屈では説明できない奇跡のことである。

 奇跡のことを魔法と呼ぶなら、そこに至るまでの魔法がどれだけ厳しいのかを、一段階上の魔法概念を知った少女は察することができた。


 それほど起こりえない能力ならば、世間に出回ってないのも当然だ。

(それに、私の“願望”は“見栄”だった。見栄を張りたいとき以外に、私のこの“願望”は効果が出ないと思う。)

彼女は頭に響いた言葉の「意味」に比重を置いた。響いてきた言葉の頭は、「魔法概念」。

(魔法概念として、願望。そこから細分化して、見栄)

(“奇跡”が魔法概念の一つとすれば、さらに細分化されるはず)

(いや、奇跡って言われるくらいだもん、もっと限定的かもしれない)

(その限定的な概念の下でしか起こせない魔法なら、眉唾としか言われない)


だったら、だったら。

(そんなものは、存在しないのと同じ。存在しないことが起これば、それは奇跡ね)

卵が先か、鶏が先かという言葉が、ティキの頭によぎる。言いえて妙だ、と思ってシーヌに伝えてみたら、「やっぱりそう思う?」という答えが、微笑とともにシーヌから返ってきた。

 シーヌの“憎悪”と“苦痛”はどこから来ているのだろうか、とティキは思う。


 憎悪、なんてものは、ティキが感じたことがない感情だ。彼女は先のない未来からの脱出を求めただけ。彼女の感情の先には、希望しかなかった。

「でも、ティキが第三の魔法概念を得てくれてよかった。」

シーヌはティキの疑問に気付いていながら、無視した上で立ち上がり、歩きながら話を続ける。


「僕はドラッドを討つ。ティキはさ、周りの傭兵たちを相手して欲しい。」

アリスとティキが、きっと自分とデリアの露払い役を担うだろう。今の彼女ならそれが可能だ、とシーヌは判断した。


 もちろん、ティキの得た魔法概念が、必要な時に使えるものだという判断まではシーヌにできない。彼女の魔法概念が何なのか、シーヌは全く聞いてはいないし、聞こうともしていない。

 彼にとって大事だったことは、ティキが“願望”を習得できるだけの精神的な強さ、あるいは確固たる自分の意思を持ち合わせていること。


 それさえあれば、ティキほどの技術力を持ち合わせた魔法使いなら、そうそう負けはしない。シーヌはそのことを身をもって知っていたし、盲目的に信じてもいた。




「待て、その役、俺らも混ぜろ。」

急に、彼らの真下から声が聞こえた。ティキがギョッとして飛び退き、シーヌが何もない足元を踏み潰そうとした。

「ちょっ、バレてるのは知ってたけどいきなりそれは止めろや!」


ティキは目を見開いてその光景を見た。シーヌの足元が浮いている。魔力の流れを感知したら、そこに人一人が寝転んでいて、両腕で足を止めていた。

「俺はアゲーティル=グラウ=スティーティア、灰の傭兵団団長だ。」

「シーヌ=ヒンメル。話を続けろ。」


冷たい視線、冷たい言葉で、彼は足元の男に圧力をかける。そいつがどれだけ重い空気を霧散させようとしても、決して緩めようとしていない。

 今日2回目の、シーヌの張り詰めた雰囲気。決して緩めようとしない圧力。

 ティキはその空気に当てられたかのように固まっていたが、動き出さないシーヌを見て、彼女の役割を無意識的に理解した。


「シーヌ、落ち着いて話を聞こうよ。離してあげて。」

その声を聞いてだろう。シーヌはアゲーティルの上から足を下ろした。

「アゲーティルって呼びにくいだろ。グラウの方で呼んでくれ。」


一度も名前を呼んでいないのに、いきなり気安く呼ぶ名前を指定してくる男。どうしてそんなよくわからないことを言い出すのかを不思議に思いながら、ティキは話をシーヌに丸投げすることにした。




「まあ、胡散臭くて信用できねぇだろうから、俺の手札を一枚明かしてやる。」

その交渉の口火を切ったのは、やはり言い出したアゲーティルという男だった。

「俺の使用魔法は魔法概念“信念”、名を“不感知”。ま、なぜか気付かれてはいたが。」


男は自嘲気味にそういうと、今から本題だというようにズズイ、とシーヌに顔を寄せていった。

「ガラフ傭兵団の目的を阻止したい。俺はそのために、冒険者組合から依頼されてここにいる。」

真剣な表情で、冒険者組合が試験監督の暴走を止めるために用意している、審判であることを伝えてきた。


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