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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
永久の魔女
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魔女と『主人公」

 シーヌはあの後、ずっと悩み続けた。

 悩まないわけがない。“三念”へ疑念から発展した、シーヌの人生への解釈は、彼の人生そのものの捉え方を疑いかねない。

 今日まで生きてきたのは、『シーヌ=ヒンメルという名の少年』なのか『“復讐”という名の“奇跡”なのか。

 そう、きっと何度もシーヌは己に問いかけたのだろう。


 だが、夜ご飯の時には、シーヌは何かが吹っ切れたかのように笑顔を見せていた。どういう心境の変化があったのかはティキにはわからなかったが、彼が落ち着いたことには深い安堵を覚えていた。

 パサパサの食事にはすでに慣れているとはいえ、そろそろ量が不安になってきていた。あと三日は持つし、それ以降も三日分はある。恐ろしいのは、何かあった時に非常用として備えておく分がないことだ。

「そろそろ、どこかの街に行かないといけないかな……。」

そういえば魔女はどうやって食糧を確保しているのだろう。そんなことをティキは考えた。


「先寝ててよ。」

ティキはシーヌにそう促す。相変わらず小屋では獣たちがシーヌたちの寝込みを襲い、その体を食らいつくそうとしてきている。

 そのため、シーヌとティキは毎日、交代で見張りをする必要があった。今日はシーヌに先に休む役割を譲る。

 二時間ごと四回の交代制に変わった最近では、シーヌが先に見張りをして、朝はティキがシーヌを起こす、というのが定例化していた。


「いや、でも……。」

「疲れたでしょ?」

一日中悩んでいたのをティキは見ている。だからこそのその譲歩だったし、シーヌもそれ自体には気づいていた。

 だが、ティキとて疲れているはずだという当たり前の事実が、シーヌに首を縦に振らせない。

 ティキはシーヌの瞳をじっと見つめる。シーヌはその眼力に押されるように、小屋の中に入っていった。


 少しして、シーヌが眠りについた気配がして、ティキはゆっくりと伸びをする。シーヌの思っている通り、ティキとていろんな話を聞いて疲れてはいるのだ。

 シーヌの方が重傷そうだと思ったから一度休ませたが、シーヌがそこまで辛そうでないなら自分が休みたいくらいだった。


 火を見つめながら、魔法で回りに獣が来ないか管理しつつ、眠らないようにじっとする。

 すると、警戒範囲に入ってくる獣ではない気配があった。

「魔女さん。」

「あんたが私を直接呼んだのは……いや、あんたら、人の名前呼ばなさすぎじゃないのかい?」

「必要ありませんから。それで、どんな用ですか?」

「用というほどではないさ。シーヌがいないところで、あんたと話をしたかったんだよ。」

魔女はティキの隣に座りこむと、火に手をかざして暖をとりながら呟く。

「あたしは、あんたたちのせいで一つ疑問が芽生えてねぇ。」

いきなりだった。だが、ティキはまるでそう言われるのを予想していたかのように動じない。


 最もだ。魔女は自分で言ったのだから。

 シーヌがおそらく、史上最も若い“奇跡”の使用者で、ティキはおおよそ考えられない“奇跡”の質が変質した魔法使い。

 長年生きてきた魔女が初めて見るというのが二人も同時に現れた。それなら、疑問の一つや二つ、芽生えるだろう。


「あんた、どういう想いで家を出たんだい?」

やはり、肝心なのはそこなんだ。ティキはその言葉を聞いて感じた。

 “奇跡”の説明を聞いてから、そして“奇跡”の変質の話を聞いて、魔女は興味を持っているだろうという予想はしていた。

 だから、ティキは口を開く。冒険者組合に来ようと思った、理由から。今日までの日々を、ずっと。




 アレイティア公爵家。ティキが生まれた実家。

 ティキに要求されたのは、公爵家として、より濃い血を残すこと。

 そのためだけに産み落とされたティキという少女に、自由はない。

 だが、よりよい血を残すためには、より才能が高い少女の方がよい。というより、無能の少女の血を残す方がリスクが高い。


 そういう議論の中で、ティキという少女はリュット学園で教育を施されるようになったのだ。

 友達はいない。血脈婚である以上、誰かと話をする必要はない。

 アレイティア公爵の狙いは、ただただティキの才能の見定めだ。だから、教師を数人付けるだけで、別室授業を受けさせた。

 彼女が教室以外に行ける場所は、図書室、魔法練習場、そしてお手洗いくらいだ。

 だからこそ、というべきか。


 もともと自宅で自由のなかったティキは、唯一自由に通える図書室に入り浸り、物語というものに触れた。

 こんな冒険がしたい。こんな恋がしてみたい。……いずれ、ティキは家に縛られず、外で自由に恋をしたいと願うことになる。

 願い、実際図書館の本を片端から読み漁った。見つからないと諦めたりはせず、きっと見つかると探し続けた。


 その結果、冒険者組合という道を見つけ、両親の目を盗んで試験を受けた。思えば、この時点ですでに“奇跡”は目覚めていたのかもしれない。

 それからは、シーヌと出会い、親の雇った傭兵に連れて帰されそうになり、シーヌと結婚した。

 シーヌの復讐に付き合いながら、シーヌと結婚式を挙行した。

 ただ、それだけ。それだけの人生だ、と私は思う。


 ここに、“奇跡”が変質する理由は、どこにもない。私はそう、魔女に向けて告げた。




 パチパチと火花が散る音がする。

 ティキが話し終えるまで、一頭たりとも獣たちはよってこなかった。そのことに疑問を感じることもなく、ティキは魔女の方を眺める。


 魔女は何か言葉を探したように目元をふらつかせた後、一度、二度、深呼吸した。

「あんたの“奇跡”の変質の理由の説明は、つけれるよ。」

意外とあっさり、魔女はそう言った。

「結婚式をしたっていうのが鍵だね……『恋物語』っていうのは、結婚しました、めでたしめでたしでは終わらないだろう?」

「そうですね。幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたし、です。」

「であれば。結婚が終局ではなく、結婚の先には、恋物語以上の何かがあろう?」

「それを得るための、“奇跡”の変質……ということですか。」

「ああ。ティキ=アツーア=ブラウ。お前はおそらく、恋の先を知るために、“奇跡”の変質を起こしたのだ。」

ある意味シーヌと似ているな。魔女の発言は、ティキの心を深くえぐった。


 ティキはもともと、“奇跡”を得ていることにすら気づいていなかった。

 そう、それは、ティキが、己をよく知らずに己の信念を突き進んだということ。

 だからこそ、ティキの場合。自分が奇跡に使われたのか、奇跡を使ったのか、よくわからないのだ。

「だけどね。」

二時間がそろそろ経つ。その近くまで黙っていながら、魔女はティキが交代の間際にようやく口を開いた。

「シーヌを、あんたの理想が選んだ。っていうことは、あいつはあんたに、『恋の先』を教えてくれるんじゃないかな。」

慰めるように言われたセリフに、ティキは何とも言えない視線を魔女に送る。


 “奇跡”がどうティキたちを動かしても、ティキには全く理解できていないのだ。

 シーヌと出会えたことは良かったかもしれないが、“奇跡”に利用されたからだとは認めたくない。そんなもやもやをティキは持っていた。

 そんなティキの苛立ちを知ってか知らずか、魔女はさらに油を注ぐ。

「“奇跡”を行使できるっていうのは、知らない方が身のためだって、あたしはそう思うよ。」

私もそう思います。ティキは無意識にそう口を動かして、歩き出す。

 声にならない、自分自身への疑念は、簡単には晴れないのだろうと、遠ざかる背を見て魔女は思った。


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