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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
永久の魔女
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魔法と三念

 翌日。今日こそは『三念』について教えてもらえると、シーヌとティキは張り切って魔女の下へと向かった。

 魔女は愉快そうにシーヌたちを出迎える。魔女にとって珍しい、誰かと語らう機会は、魔女にとってとても楽しい機会なのだった。


「じゃあ、三念の話を始めようか。」

シーヌはこのことに関しては大きな疑問があった。“有用複製”のことである。

 これだけは、完全にシーヌの中にある“三念”の中で、それが一番異質である。それだけではない。

 “三念”と“奇跡”。違いだけは明瞭なその名前だが、どう考えても有用なのは“三念”だ。

 ドラッドの持つ“無傷”。アゲーティルの持つ“不感知”。ファリナが持つ“非存在”。

 そして、聖人会たちの持つ、“三念”の作り方。最も魔法の中で中途半端な立ち位置にある。

 そして、“奇跡”を持たない者の間では、これの扱い方次第で勝負が決するということを、シーヌはとてもよく理解していた。


「“三念”とは……“奇跡”未満の魔法概念、言い換えれば、『世界を騙せるほどまでは強くない自らの意志』というものだ。」

魔女の説明に、シーヌは軽く頷いた。そうだろう。そうでなければ、説明がつかない。

 シーヌが持つ魔法概念。“奇跡”であるところの“復讐”以外では、“苦痛”“憎悪”そして“有用複製”が“三念”となる。


 『第三番目の魔法概念』を略したその概念は、『想像力』、『意志』という二つの概念を、さらに上に昇華させたようなもの。

 “奇跡”ほど身に着け難いものではないものの、簡単に身に着けられるものでもない。

 それなりの覚悟と、それなりの想いを持って生きてきた人間以外に、この概念を身に着けることは出来ない、とシーヌは思っている。


 だが、そのシーヌの考えを、魔女は即座に否定した。

「一瞬。ほんの一瞬でも、“三念”に届きうるだけの想いを持てば、人間誰しもその概念は持つことができる。」

シーヌはその言葉に耳を疑った。圧倒的な意志力でもって世界を騙す“奇跡”には至らない。それが“三念”なのではないかと、シーヌは昨晩予想していたのだ。


 しかし、魔女はそのシーヌの認識を否定した。シーヌには、それが意外に思えてならない。

「間違っているわけではない。しかし、正しくもないのさ……シーヌ、“奇跡”は、恒常的に発動しているものか?」

その問いを受けて、シーヌは思考を切り替えて答えた。

「無理です。世界を騙せるほどの意志力を恒常的に出し続けるなんて、出来るわけがないでしょう?」

「ああ、そうだ。不可能だ。なら、それに満たない“三念”の想いなど、永遠に持ち続けられるはずがない。」


「形が変わるのに、どうしてその概念を使用し続けられるんだ?」

「想いは変わるかもしれない、が、思い出……昔感じた想いは再現できるからだ。そいて、それができるほどの強い想い。それが、“三念”に必要な要素だ。」

過去を思い出す。あるいは、自分の信念を曲げない。


 色褪せがたい経験や想い、価値観。それらが丸々、“三念”という形として残る。そういうものだと魔女は言った。

「ただ、“三念”は奇跡と比べて発生率が高い。ゆえに、利用するものが現れる。」

それが聖人会である。

「彼らの目的は、人民の思想の統制だった。国家として人民みんなを思考統制し、同じ思考を持つ集団をいくつか作った。それらすべてを噛み合わせて思想統制された、最強の一団を作り上げることそれが彼らの目論見だった。」

だてに長く生きているというわけではないらしい。組織の成り立ちを語れる人間など、聖人会中枢にいる人間でもない限り、彼女以外にはいないだろう。


「その方法で、人間を管理するために使いやすい価値観から、聖人会は作り始めた。……もしもお前が聖人会に歪なものを感じたのであれば、それはおそらく、管理されるための価値観を作った影響だろう。」

人の想いを作り出し、意志の強さと“三念”の能力をコントロールする。

 聖人会の作り出していた、生物としてあってはならないような価値観……『他人のために行動し、自分のことは後回しにする』というのは、そういう過程で作り上げられたらしい。


「歪極まりない価値観だが……統治者としてはとても管理しやすいものだ。そして、そのやり方を、冒険者組合は傍観することにした。」

何か問題が起これば介入するつもりだったのだと、魔女の話し方でシーヌは悟る。どうやら、そう遠くない未来に聖人会はほとんど滅びる予定だったようだ。

「今でこそ大きくない勢力ではあるが、いずれ冒険者組合にとって羽虫程度の存在にはなる可能性があったからね。もう十年もせぬ間に聖人会という組織は滅びていただろうさ。」


 今の聖人会は、冒険者組合という組織にとって羽虫以下の存在らしい。“清廉なる扇動者”ユミルの宣戦布告など、組織に敵対したという認識すら持っていないのかもしれなかった。


「……気になることがあるんです。」

思考をそこで打ち切って、シーヌは自らの疑問の方へと話を持っていく。

「何だい?」

「僕には“有用複製”という“三念”があります。それは、僕の想いに関連したものではない。」

気付けば、あった。それ以上何も言えない三念なのだと、シーヌは説明する。

「それについては説明できる。とても簡単な理屈だからな。」

「そうなのですか?」

魔女はシーヌの疑問をあっさりと説明できると断言した。


 亀の甲より年の功という言葉があるが、千年生きた魔女にはその言葉が非常に似合うとシーヌは思う。

「お前が持つ概念は、“復讐”以外なら“憎悪”、“苦痛”、“有用複製”。合っているかい?」

「ええ、合っています。」

だろうねぇ、と魔女は一度二度頷きを見せる。


「“苦痛”と“憎悪”は感情に由来するものだよ。“復讐”は生き方を象徴しているけど、その2つはきっかけといえばわかるかい?」

わかる。シーヌはそう主張するかのように頷いた。

「“有用複製”は逆だ。“復讐”という生き方を確実に成すために、君に必要な要素を後付けしたものだ。」

つまり、“有用複製”という“三念”を得なければ、復讐を成し遂げられないと“奇跡”が判断したということ。


 シーヌはわずかな緊張感をにじませながらも、わかっていたと首を縦に振る。そして、次の言葉を口にした。

「僕は……“奇跡”に操られているのですね?」

正確には、“奇跡”を得た人間は、だろう。“奇跡”が運命を操るようなものである以上、宿主を操ることはいともたやすく出来るような気がした。


「本来であれば、ありえん。が、シーヌ。お前に限って言えば、あり得るのだ。」

魔女は、シーヌの望まない答えを言った。シーヌが望んでいたのは、“奇跡”を行使できるものはみんながみんな“奇跡”によって知らず知らずの間に振り回されているのだというもの。

 それに対して魔女の答えは、“奇跡”に操られているのはシーヌに限るのだという回答。

 望まない答えが返ってきたことに苛立ちを覚えながらも、シーヌは続きをうながす。魔女のセリフは、おそらく真実だ。

 ここまでシーヌにとって納得のいく説明ばかりをされてきたのだ。魔女が確信のないことをおいそれと話すとは思えない。

「理由は、シーヌ。お前の若さにある。あんたが“復讐”を得た当時、あんたの年齢は6つだった。」

六歳の時にはすでに、シーヌは己の生き方を決めてしまっていた。


 それが何の弊害ももたらさなかった。そんなわけがない。

「未成熟な精神に、不釣り合いな負荷。異常に異常を重ねた結果が、あんたの“奇跡”だ。」

「だからこそ、“奇跡”はあんたを導かなければいけなかった。あんたがどれだけ“復讐”を成し遂げたくても、六歳のガキが出来ることには限度があるからね。」

シーヌは聞きたくないとでもいうかのように首を振りつつも、否定はしない。否定する要素がないのを、シーヌは重々承知している。


 魔女はそんなシーヌに哀れなものでも眺める目を向け、それからティキに目をやる。

「あんたもなんだけどね、ティキ。“奇跡”なんていうのは、間違っても十代やそこらの人間に手に入れられるものじゃないんだ。」

あたしが見た中であんたらが一番若い。魔女はどうとればいいかわからない、小さな声音でそう言った。

 波乱万丈なシーヌたちを憐れんでいるようにも、これからの成長を期待するようにも見えるこの眼差しは、魔女にとってどういう意味を有するのだろうか、とティキは思う。


「さて、魔法に関する講義はこれで終わりにするかい?」

「……僕は」

魔女が意識して明るく言おうとしたところに、シーヌが暗い声音で介入する。

「自分の生き方を強く意識するんだね。」

魔女はシーヌが何を言いたいのかを察して言葉を発する。“奇跡”にシーヌが操られるのではなく、“奇跡”をシーヌがうまく操る方法について、だ。

「前例がないからわからないけどね。あんたは史上最年少の“奇跡行使者”さ。……代償は、相当大きいようだけどねぇ。」

魔女は嘆息して、続けた。

「また明日おいで。かたき討ちの手伝いをしてやろう。」

具体的には、戦闘の手ほどきを。魔女はシーヌを見て、ティキを見て、思う。


 シーヌ=ヒンメルという少年に、安息を与えたいと。

 復讐という生き方は、一度決めた以上、成し遂げるだろう。シーヌはすでにその道を歩み、何人もの人を殺しているのだから。

 ここでシーヌが歩みを止めることはない。なぜなら、これまで復讐してきた相手たちを辱める行為になるから。

 彼らと敵対し、憎悪を持って殺人を為したシーヌにも、わかっているのだ。


 たとえ自分たちの未来を奪った相手とは言え、彼らにも未来があったのだ、と。

 自分たちの人生を蹂躙した彼らにも、彼らの人生があったのだ、と。


 シーヌは彼らを辱め、彼らの人生を否定しないためにもなさなければならない。

 シーヌ自身の、復讐という人生を、歩まなければならない。


 だが、魔女は思う。それさえ終わってしまえば、シーヌはこれ以上、後ろに、過去に囚われることはないだろうと。

 ティキという例を見たからこそ、新しい人生を歩めるだろうと。

 つい、そう願ってしまうのだった。


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