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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
永久の魔女
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奇跡と人生

 魔法とは、理屈では説明のできない奇跡のことである。

 この格言は、魔法を扱う者にとって等しく、古い妄言でしかない。

 当時の時代から、魔法使いは多くいた。だからこそ、その英雄の告げた言葉は嘲笑と共に一蹴された。


 シーヌは、ティキは、そして目の前にいる魔女は。

 かの英雄の言葉が、何の誇張もないことを、よく知っている。

 ティキは自身が奇跡を持っていることを知らなかったが、シーヌをよく見てきているから。

 どう見ても格上で、勝ち目のない戦いで、シーヌはずっと勝ち続けてきた。だから、“奇跡”は魔法の中でも特に一線を画する力があるのはわかる。だからこそ、英雄が言いたかったことが何なのか、おぼろげながら察していた。


「奇跡とは。」

魔女が口を開く。その声は、先ほどまでの語り口と比べても、さらに重い。

「ようは、術者自身の生き方だ。その人がどう生きるか、どう生きたか。その信念の強さが一定以上に達したときに、“奇跡”というのは目覚める。」

シーヌは、何が何でも復讐したいと願ったから、“復讐”の奇跡に目覚めた。

 そういうことだろう。キャッツの“希望”も、ケイの“忠誠”も、アフィータの“願望”も。目覚めるに足るだけの信念をもって、生き続けてきた。その結果なのだろう。


 ティキの“理想”はどうなのだろうか、とシーヌは思う。おそらく、シーヌたちのものと違って、具体的な想像がしにくかったはずだ。

 彼女の、出会った頃の世間知らずさを考えるに、相当強く、“理想”の形を願ったに違いない。奇跡とは、簡単に入手できるものではないのだから。


「基本的に、一人の人間が得られる奇跡は、一つのみ。理由は言わずともわかるだろう?」

シーヌは軽く頷いた。理由は、さっき彼女が言った。「奇跡は、術者自身の生き方」だからだ。二つ、三つの生き方を同時に行う、なんてことはできないし、できたとしてもそれだけ意志力が割かれることになる以上、“奇跡”を得ることなど叶いやしない。

 だが、それでは、魔女がさっき言っていた「ティキは“奇跡”の質が変質している」というセリフが矛盾する。そんな気がした。


 魔女は深く深呼吸すると、再び口を開く。

「理論的に言うなら、人間はみんな、一生に一度は奇跡を得ることができる……。シーヌ、いつ頃だと思う?」

魔女は教師然として話す。シーヌも知らないことが多いため、彼女が教師として魔法について教えてくれることは非常にありがたかったが、その口調の変わり具合に少し疑問を抱いた。


「死に際、でしょうか?」

だが、彼女の説明は、多少の違和感を飲み込んででも聞くべきものだ。それほどシーヌのためになる。だから、彼は少し悩んでから、とにかく話を進めるべく、なんとなく浮かんだ言葉を告げた。

「そう、死に際だよ。ただし、条件付きでね。」

まるで出来のいい生徒を褒めるように、魔女は笑う。


 条件。ここまで魔法や“奇跡”についての説明を受けてしまえば、シーヌも答えを出すのは簡単だった。そしてそれは、ティキも同様。

「「生涯、同じことをひたすら想っていること。」」

「その通り。理論上、そのまま七十年も生きれば叶う。」

ある一つの願望、意志、想い、あるいは悪意。それらを長く願い続ければ、誰でも奇跡を得ることは可能だと魔女は言った。

「でも、そんなことはできない。ほとんどできないね。人間、長く生きれば考えは変わる。大きなものから小さなものまで。変わらないものはないよ。」

それだけ生きた魔女だからこそ言えるのだろう。同時に、彼女が生きていることの意味を、シーヌは強く実感した。


 千年経っても、想いの変わらない魔女。彼女の自分語りが事実なのであれば、死ぬことを望みながらも安楽死を望まない。

 戦場で死ぬという望み。それが、彼女が千年、変わらず抱え続けてきたもの。

 では、千年の間に、魔女の変わったものと言えば、何なのだろうか。シーヌはそのことに、疑問を抱いた。


「若くして“奇跡”を得るということは、人一人が一生をかけて育む望みを、それまでの短期間で醸成したということ。」

魔女はシーヌとティキをじっと眺めていった。

「ケイ=アルスタン=ネモンの、忠誠。あれのように、生涯終わりのない奇跡ならよい。しかし、シーヌ、あんたの復讐には、終わりがある。」

魔女の言いたいことは、おおよそわかる。だが、シーヌはその道を捨てるつもりはない。


「そんな眼をしなくてもわかっているさ。それに、“奇跡”という魔法概念以上の『奇跡』が、あたしの目の前であるからね。」

ティキの方を見ながら、魔女は言う。ティキは彼女にとって、そこまで面白い存在なのだろうか。

「面白い、というより、未知を見ているよ。“奇跡”が変質するなんてこと、聞いたことがないからね。シーヌ、もしかしたら、あんたにも同じことが起こるかもしれない。」

そういう希望くらいはあたしだって持ってしまうね。そう言うほど、ティキの『奇跡の変質』は考えられないことらしい。

「まあ、先のことはわからないが……“奇跡”を得られるほどの想いを、変える方法などないよ。」

それよりも、問題があるね。そう魔女は言うと、ティキの方を向き直る。


「ティキ。シーヌは知っての通り、これだ。……だが、“復讐”という奇跡を得ている、ということは大きな問題がある。」

そもそも復讐という想い自体が、“奇跡”のレベルまで昇華されることは少ないのだが、と魔女は前置きして言った。

「シーヌが“復讐”という奇跡を得ている以上、どれだけ厳しい道を歩むことになろうとも、必ず復讐は成し遂げられるだろう。止められるとすれば、“復讐”対象や関係者じゃない、完全な赤の他人でなければ不可能だ。」

ティキのようなね、と魔女は言った。


「シーヌが復讐を成し遂げるか、道半ばで死ぬのか。それはわからない。」

「だけどね、復讐を成し遂げたとき、シーヌは一つの『一生』を終える。」

「“奇跡”になるまで復讐心を燃やしているんだ。その相手が尽きたとき、どうなるか……わかるね?」

ティキは大きく頷いた。彼女のその反応に、シーヌはどう反応すべきかわからず、成り行きを見守る。


「どれだけわかっていても、シーヌは廃人になる道を避けられない。……ティキ。おそらく、その時にはあんたが、シーヌの命を護ることになる。その覚悟はあるかい?」

魔女はティキの目を見て問いかける。シーヌは、「やはり、その道は避けられないのか」という目で見ていた。

「当たり前です。シーヌは私の生きる意味だから。」

そう言って胸を張って言い切ると、ティキは続ける。

「でも、絶対に廃人になるの?」

「なるね。あたしが見てきた中での例外は、あんたくらいさ。」

魔女は遠くを見るような眼をした。そして、そのまま、悲しげな瞳で言う。

「生きる意味を失う。ティキ。シーヌにとって“復讐”相手を失うということは、あんたがシーヌを失うというのとほとんど同じ意味だよ。」

ここまで二人の間で想い合う大きさの違いがはっきり異なる二人も、それでもってうまく関係性が成り立っている夫婦も、珍しいかもしれない。

 魔女はシーヌとティキに対して、わずかにそんなことを思った。

「大丈夫。シーヌが復讐を終えるまでは、私は二番目でいいから。」

終わったら何が何でも一番に思ってもらおうという魂胆だろうか。それが叶うのか、そもそもシーヌが正気を取り戻すのかどうかもわからない。

 だが、彼女の目には覚悟が満ちていて、きっと二人は大丈夫だと思った。


「あとは……三念の話は、明日にしよう。それと、ティキ。」

「はい?」

「あんたの奇跡がどう変わったのか、知りたい。……明後日でいい、あんたの人生を、サラッとでいいから語ってくれ。」

ティキはそれを聞いて、少し迷ったのちに、言った。

「……他言、無用。そうですね?」

「もちろんだ。……ここには、数年に一度しか人は来ないしね。」

魔女が寂しそうに笑うのを見て、シーヌは思った。

 千年の間で最も変わったのは、あの表情なのかもしれないな、と。


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