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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
永久の魔女
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魔法と奇跡

 シーヌたちは魔女の質問に、沈黙を持って答えた。内容を理解しているから、ではない。

 むしろ逆、今まで信じてきた魔法の基礎を、悉く超えてくる理論がそこにはあったからだ。


 何より驚いたのは、想像力や意志力に関する問題ではない。魔法というもの、それそのものに対する理論だった。魔法とは、あくまで自分の想いを実現させるための技術であると思っていた。

 そして、普通に使え、誰でも使えるものであるからこそ、どういうものであるかを認識する必要性はなかった。

 まさか、想像力と意志力を通じて、世界に自分の意志を具現化させるものだとは思っていなかった。

 いや、違う。シーヌたちはそのことについて理解していながらも……世界に命令しているような、そんな馬鹿なことをしているとは思いもよらなかったのだ。

 だが、その魔法は、もはや自分たちの生活と密接に絡み合っている。今更使うな、とは言えない。

 たとえ彼女の主張する理論で行くと、魔法を使うたびに何かが……それこそ、魔法というものが破綻して、いずれ使えなくなる可能性を理解しながら。それでもシーヌたちは魔法を使わずして生きていけず……それは、目の前に座る魔女も同様だった。


「私は、この理論を、ここに来たものにしか披露しない。……理由は、わかるね。」

いやというほどわかる。シーヌは何度も大きく頷いた。

 これを発表すれば、それだけで世界が傾く。……どころの話ではない。世界の構図、そのものが崩れる。

 魔法がどれだけ世界に使われているのか。シーヌたちはとてもよく理解している。 

 その本来の秘密が暴かれ、証明されたら。誰でもその秘密を知ってしまったら。

 間違いなく世界の勢力図は傾く。冒険者組合員クラスの魔法使いが、何百万人と生まれられる土台……それが、この秘密の意味だ。


 正直に、恐ろしい。全人類が滅びかねない秘密を、シーヌとティキは握らされた。

「そして、この理論がわかったからこそ、それ以上のものもわかるようになった。」

それ以上のもの、が何を指しているのか、シーヌはさすがに理解した。

 そう、シーヌの、復讐の旅路の原点。『歯止めなき暴虐事件』が起こった、その理由。


「“奇跡”とは、なにか……。」

「そう。それについて、あたしは答えを持っている。」

おびえるように、ティキは体を抱きしめた。

 シーヌは震える腕を無理やり抑え、顔をあげて問いかける。

「“奇跡”……僕は今まで、何人もの奇跡を見て、聞いてきた。」


 キャッツ=ネメシア=セーゲルの、“希望”。“その傷は己にあり”。

 アフィータ=クシャータの、“願望”。“故郷を護る仲間とともに”。

 ケイ=アルスタン=ネモンの,“忠誠”。“我、国賊を討つ守護者”。

 そして、彼自身の、“復讐”。“仇に絶望と死を”。


 たくさんの“奇跡”には、共通性が何もないように見えた。

 誰に与えられるのかも、どういう条件で与えられるのかも、わからないように見えた。

 それを、目の前の魔女はわかるという。


「クロウは……奇跡について研究して、滅ぼされた。」

「知っているよ。聞いていた。……アプローチ方法が正しかったからだろうねぇ。」

「正しかった、のか?」

実際、シーヌが奇跡を得ている。だが、やったのは、自意識の強化だけ。


 あの頃、あの街でシーヌたちがやっていたのは、本当にそれだけなのだ。それ以外には、何一つとしてやっていなかった。

「ああ、正しかった。自意識。つまり、自分はこうでありたいという願いだね。」

願い。「こうでありたい」、という願いは、そのまま「こうしたい」という願いに通ずる。

 シーヌはわずかに口角をあげる。滅ぼされるに足るだけの、冒険者組合が恐れるだけの、理由はあった。


 『クロウ』という村は本当に、世界のパワーバランスを壊しかねなかったのだ。

 シーヌはそのことには言及しない。何も言わず、何も思わず……そのまま魔女に、続きを促す。

「シーヌ=ヒンメル=ブラウ。あんたの持っている“奇跡”は、“復讐”だね?」

まだ、シーヌが“奇跡”を得ていることは話していない。しかし、彼女がそれに気づいたことに、シーヌは驚く気にならなかった。

 千年も生きた魔女だ。そういうこともあるだろう。シーヌにとって、その程度の認識しか抱かなかった。


「シーヌ。あんたの扱う奇跡がどういうものかは、予想できる。要は、未来に合わせて今を作る、運命の引き寄せだ。」

そうなのかどうかは、シーヌはわからなかった。

 ただ、復讐相手を殺す未来を思い描けば、それが可能な選択肢がシーヌの中で浮かび上がる。その程度の認識だった。

「あんたは、運命を引き寄せる奇跡を使う。だから、ティキに捕まったのさ。」

思わず首を傾げた。シーヌは、ここでティキが出てくるとは思ってもいなかったのだから。


「ティキ。あんたの持っている奇跡は、“理想”だね。……いや、持っていた、と言いうべきか。」

魔女のセリフに、ティキの方が飛び上がる。そして、驚いたように叫んだ。

「わ、私、奇跡を持っていたんですか?」

シーヌは予想していたその言葉。


 明らかに、ティキとシーヌは……一緒にいること自体が、おかしい組み合わせなのだ。

 方やすべてを失った復讐鬼。方や、ほとんどすべてを持っていたお嬢様。


 釣り合うはずもない。そもそも、出会うはずでも、ない。

 よほど強い因果の操作がなければ、あり得ない。


 ティキと会った日のことを思い出す。あの日、シーヌは。

(予定していたよりも遥かに遅く、学校を出た。)

そもそも、卒業式以外に出る気はなかった。


 あの日のティキが無事、冒険者組合の試験場まで辿り着けたことも、おかしい。

(あれだけ外に怯えたティキが、無事に試験場までたどり着けた?馬鹿な。)


 そして、挙げ句の果てに。ティキに、シーヌが一目惚れをしたこと。それが、最もおかしい。

(僕はまだ、クロウを引きずっている。……初恋の人の仇も、討てていないのに!)

それがゆえに。普通であれば、シーヌがティキに一目惚れをすることなど、『あり得ない』。


 ただし、不可能なことを可能にしたときに使われる、非常に便利な言葉があった。

 その言葉を冠した、魔法概念が存在した。

 そう。最初に、シーヌに恋心を植え付ける。それができる、裏技が一つ。


 ティキ=アツーアが、“奇跡”を持っていることは、まず、間違いない。


(ということは、これまでの選択のいくつかも、介入されているのか。)

試験の、始め。結婚の決断。もしかしたら、ガレットやケイの行動にまで、ティキの奇跡の範疇は及んでいるのではないか、と思う。


「……で、あなたの思う、彼女の“奇跡”の効果は?」

「おおよそ、ではあるが……新たな運命線の作成、であろう。億が一のもあり得ない、そんな可能性を作り出し、軌道に乗せる。そんな“奇跡”だ。」

戦闘用の奇跡であればどれほど恐ろしかったか、と彼女はぼやく。


 続けて、彼女は話す。

「だが、この可能性は、正直に言うとかなり低い。なぜなら、存在しない可能性を作り出す、なんてことは、まず想像できない。」

とんでもない意思力があったとして。自分の望む未来があるのなら、その未来を自分に引き寄せることの方が、簡単だ。


 シーヌの扱う、未来を見て現在を選択する“奇跡”。

 それが見れる未来は、可能性がほんのわずかでもあれば、選択することが出来るのだから。


「だから、私はもう一つの予想を推す。……今辿ってる運命線を、ほんのわずかにねじ曲げる“奇跡”。」

「それは、つまり?」

「たとえば、シーヌがティキを引き離す未来を選択したとして。彼女は、その選択から、『ティキを引き離す原因』となる事象が発生しないよう、そこに間接的にでも、関われる人間の運命、行動をねじ曲げられる。」


 人間、必ず何かを選択する機会がある。それが選択だと思っていなくても、選択となっている可能性がある。

 例えば今、足踏みするかしないか。正座を崩すか崩さないか。それらも歴とした『一つの選択』だ。


 その小さな選択肢がより集まって、今の世界が出来ているとしたら。

 ティキの奇跡は、世界そのものを、ほんの一瞬、完全にねじ曲げる“奇跡”といえる。

「だが、おそらく……奇跡の質が変質している。何かあったな。」

「“奇跡”の質の変質?」

シーヌが驚いて、魔女に問いかける。その声を受けて魔女は微かにシーヌの方を向き、二度、軽く頷いて言った。


「さて、奇跡について、語ろうか。」

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