魔女の話す『魔法』
翌朝。ティキは小鍋に氷漬けにしたカボチャの切り身を入れて、火をかける。
ティキの使う魔法は、生活に便利なように工夫されている。もともと、リュット学園は女学校だ。たとえお嬢様が通うような学校であろうとも、女性の心得については勉強する。
料理に最適な魔法、なんてものは、それこそいくつもいくつも教えられていた。
「おはよう、シーヌ。」
氷が溶けて、お湯になる。それを見計らって、カボチャを潰し、混ぜる。
鞄を漁って鶏がらのスープを入れた瓶を出し、数滴落として、さらに混ぜ合わせる。
「順番おかしくなかった、今?」
「もともと氷と一緒になっているからね、カボチャ。仕方がないよ。」
魔法で混ぜる。二人分が完成したころに、ティキはパンをそのスープの中に浸し、ゆっくり煮たて始めた。
「一応クッキーもあるんだけどね。それは今度にしよう、シーヌ。」
しっかりと保存した焼き菓子は保存食に良い。意志のように固いパンを、スープでふやかして味をつけて食べるよりも、はるかにお手軽でもある。
もちろん、問題ない。シーヌは頷いて、ティキが料理を作り終えるのを待つ。ひたすらに肉と芋の焼き物を食べ続ける予定だった復讐への旅路は、ティキのおかげで味わい豊かなものになっていた。
ティキの頭に手を乗せる。感謝の気持ちを込めて、二度、三度とその頭を撫でた。
「ん……。」
ティキは嬉しそうに、幸せそうに目を細める。
シーヌは、わずかな罪悪感と共に、その幸福を噛みしめていた。
食事を終えて、ティキがシーヌの膝の上でスヤスヤと寝息を立てた。もうすぐ、“永久の魔女”がシーヌたちを迎えに来るだろうと思い、シーヌたちはそこまで周囲に警戒をしていなかった。
「やれやれ。見込みは正しいとはいえ、そこまで安心して眠るかい、普通?」
「普通の神経なら、僕との結婚を選んだりはしてないでしょうね。」
「そりゃそうだ。こりゃ一本取られたね。」
魔女はそう言うと、シーヌたちの前までまっすぐに歩いてきた。
「まさか、傷一つ負わないとは思わなかったよ。」
ティキがパッと目を開いた。声に反応したのだろう。
「合格だ、おいで。あんたたちに、私の知りうる、最大の力をやろう。……そう、真実、というね。」
魔女は、最後に呟くようにそう言うと、彼女自身の小屋に向けて歩き出す。
シーヌとティキは互いに顔を見合わせると、小走りで彼女の後に続いた。
目の前には、超高級品。紅茶だ。
そして、牛乳。これもまた、高級品だ。特に、こんな森の中にあっては、「どうしてここにあるんだ」と思わず口走るほどに。
最後に、砂糖。この小屋の地下から樽にして五つ分の砂糖を見たときは腰を抜かすほど、シーヌたちは驚いた。
そして、それらがきっちりと混ぜ合わされた、目の前の品。シーヌとティキは、手を触れるのも憚るほどに慄いていた。
「……まあ、貧乏人には恐れ多いほどの高級品だからねぇ。」
その反応はわからないでもないよ、と魔女は言った。
「私の名前、知っているかい?」
だから、シーヌたちの戦慄は無視するようにしたらしい。シーヌとティキは一瞬で自分を取りもどすと、「知らない」と答えた。
「とこしえのまじょ、と呼ばれているこことは知っている。昔話も、何度も読んだ。」
「けど、あなたの実在は信じていても、あなたのことについては聞いたことがないよ。」
シーヌたちのそのセリフに、彼女は表情を見せることなく笑った。
「ああ、そうだろうねぇ。名前なんてもんが出回ってたら、私は理想の偶像じゃあなくなっちまう。」
理想の偶像。どういう意味だ、と首を傾げる。
「私の名前は知らなくていい。知る必要はないね。」
ただ、名前を聞くと、彼女に対する見方が変わってしまうのだろう、ということは、いやでも理解してしまった。
魔女は寂しそうに笑っている。その笑いが、彼女にとっては何度もやってきたものなのだというのはその表情でわかっていた。
千年以上も生きた。そして、何百人という友を見送った。彼女の笑みは、そんな笑みだ。寂しげな、それでもって、同類が一人もいないことを悲しむ笑み。
しかし、その笑みをすぐに取り消して、魔女は言った。
「これから、魔法について、教えてやる。お前たちが学校で学んだことから、学ばなかったことまでな。」
身体中が、震えた。
今まで知らなかったことを、知ることができなかったことを、シーヌたちは、今から知る。
「あたしの物語については、知っての通り。何人もの死を見て、何人もの英雄を看取ってきた。その中で、あたしが一番嫌った死がある。何か、分かるか?」
戦死だろう。シーヌは即答した。
目の前で死んでいく。その辛さを、彼女は存分に見てきたのだろうから。
「いや、違う。……病死と、老衰だ。」
寿命を全うすることを、恐れる。彼女はそう言った。
「戦死しても、病死老衰でも、死んでしまえばただの屍だ。だが、戦死の方が、老衰よりも華がある。」
戦い続ける人間は、美しい。彼女はそんなことを断言する。
「病床で、年齢で。動けず、死ぬことを知りながら日々を過ごす。あたしは、そんなものを、心底恐れた。」
なるほど、と思った。彼女はもともと、混沌の時代の英雄。戦い続け、戦いの中で死んでいくことを、望んでいたのだろう。
「私が得た奇跡の名は、“決意”。冠された名は、“我、白刃の下でのみ死す”だ。」
おそらく、世界に一つしかない、永遠の命を得る奇跡。
しかし、その名称は。聞けば聞くほど、得たくないと感じるもの。
まさかの、自らの死に方を指定するものだった。
さて、こうなると、ただ『死に方』を指定しただけの彼女が、どうして永遠の命を得たのかが気になった。
「どうして永遠の命を手にいれることになったんだ?」
シーヌは単刀直入に、まっすぐ問いかける。そのまっすぐさに、少し魔女は面食らう。
「もう少し遠回しな言い方はできんのか、お前は……まあ、いい。とても簡単な理屈だ。」
彼女はあきれたようにため息をつくと、続けた。
「混沌の時代。人間は今よりもはるかに強かった。お前たち程度の実力者はそれこそ三人に一人はいたんだ。」
それこそ驚きだった。シーヌとティキは冒険者組合の所属。千年も前から綿々と受け継がれてきた、『冒険者組合』という名前は、世界中で一握りの強者であることを示すもの。
しかし、そのレベルが、世界規模でゴロゴロいた、というのだ。信じられない、を通り越して、ありえない、と言える。
「そんな中で、私は生き延び、彼らに英雄と称えられた。……ほとんど、負けなどあり得ない。そういうレベルに、私はいた。」
どうして彼女が、永遠に生きることになったのか。シーヌは、気が付いた。
隣で息をのむ声が聞こえた以上、ティキも理解しているのだろう。
「私を殺せるものが、この世にはいない。上位の龍ですら、私は殺せる……奇跡の助けなどなくてもね。」
奇跡の助けなくして、復讐を為せない。シーヌとは真逆の、在り方だった。
「悲しいかな、その時点で私は不死へと至った。……私を誰も、殺せないからだ。」
自死はできず他殺されることもなく、病死と老衰では死なない。
そう、それが目の前にいる魔女の、悲しい人生だ。
だが、一つ疑問が残る。永遠の命については、シーヌもティキも納得した。
「どうして、千年も生きて、その若さなんだ?」
「それを説明するには、安保の全容を語らないとだめだね。」
それは、語れるだけの理解があるということだろうか。
「千年もあったんだ。あたしがどういうものを得てきたのかは、ほかでもないあたしがよく知っているね。」
なぜ、どうして。基本的に、すべての要素は語れるのだ。そう、魔女は言った。
「まず、魔法について。あんたたちのよく知る、『想像力と意思力』の話だね。」
魔女はゆっくり息を吐いて、言う。
「魔法の基礎として、あんたたちはこう習ったはずだ。『魔法は想像力で現象を決め、意志の強さが強度を決める』と。」
「そしてそれは、おおよそ正しい。」
そこから、魔女の熱演が始まった。
魔法とは、確かに、「こういう現象を起こそう」という想像から始まる。願い、と言い換えてもいいだろう。
そして、その願いが、世界に魔法という形で、現象を作り上げる。でもね、その考えは少々おかしい。どうしてかわかるかい?
わからないだろうね。当たり前に魔法を使うほど、わからないだろう。ねえ、どうして何でもない人が、ただの想像力だけで魔法なんて使えるんだい?
そもそも、魔法とは何だい?わからないじゃないか、あんたらは。だろう?
あたしは、答えを知っている。つまりはね、世界を自分の思うように動かそう、って想いさ。
どんな人間にも、思い通りの世界っていうのがある。魔法同士の戦いっていうのは、どっちが世界により強く言うことを聞いてもらうかってな戦いなわけだ。
いいかい、想像力っていうのは、『どう世界を思い通りにするか』ということを考えるための媒体に過ぎない。
結局、ただわかりやすいイメージがあった方が、世界に言うことを聞かせやすい、っていうだけさ。何せ、言うことを聞くのは世界だ。内容がわかりやすい方がいいに決まってる。
で、次に意志力だけどね。これは、魔法の強度を形作るものじゃない。
さっきの説明を聞いていたらわかるだろう?魔法っていうのがそもそも、世界にどう言うことを聞いてもらうか、なんだ。
じゃあ、意志力は魔法の強度じゃあない。世界に言うことを聞けと命令する、その強制力の強さだ。硬い意志を持ち合わせたものが勝ちぬける理由。わかったね?
魔法とは、こういうものさ。だから、魔法技術の極致っていうのが、工程の少ない現象の発令になるのさ。死ねと思えば死ぬ、っていう。
もちろん、いきなり道を歩いていて、通りがかったやつ相手に『死ね』なんて願ったとしても、成功するわけがない。
成功するにはちゃんと、それなりの理由がないと。なかったとしても、それなりの気持ちを持っていないといけない。
気まぐれで人を殺せはしない。
どうしてかわかるかい?世界が納得しないから?いやいや、そんな生易しい理由ではないとも。
根っこの部分であらゆる生物は、死にたくないっていう願望を持っている。薄弱な意思で人を殺そうとすれば、その願望に阻まれるのさ。
そう。潜在意識ってやつだね。人間の本当の願い、とも言える。
それを超えるくらいの意志が、想いがないと、人殺しなんて願いは叶わない。だから、火や石、刃なんかを使って、人間を間接的に殺そうとするのさ。何せ、その方が楽だからね。
ここまででわからないことはあるかい?あったら今のうちに言っとくれ、次は『三念』の話に入るから。
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