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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
永久の魔女
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魔女の森

 永久の魔女。その伝説は、古い。千年近く、遡る。

 まだこの世界の多くが未開の森に満ちていた頃。上位の竜が平然と道を闊歩し、下位や中位の龍に人々の文明が何度も破壊されていた頃。

 いまだ世界は混沌の渦中にあり、誰一人として平和を謳歌していなかった、地獄のような日々。


 人間の安住の地を得んと、人々は寄り集まって戦った。龍を倒し、竜を排し、それにも満たない多くの獣たちを殺しつくした。

 そうして安住の地を得る過程で、何人もの英雄が生まれ、死んでいった。彼女はその中で、生き残った英雄の一人である。


 これは、その彼女の、生き残った後を描いた童話だ。




 昔、昔。英雄と呼ばれた一人の魔女がいました。

 彼女は、とても強く、とても優しく、とても強欲な人でした。

 彼女は永遠の命を求め、世界中をさまよいました。

 途中の旅で何度も何度も色んな人の命を助け、何度も何度も永遠の命についての話を求めました。

 いつまでもいつまでも、魔女は希望を捨てずに、永遠の命を探し求め続けました。


「どうしてそんなものを探すのか。」

英雄の一人が尋ねます。

「死んだら、ただの屍じゃないか。私が生きたと、形には残らないじゃないか。」

魔女はそう言って、再び永遠の命を探しに行こうとします。

 ですが、英雄はそのセリフだけでは満足しませんでした。

「どうして、そう考えることになったんだ?」

英雄は、そんなことを問いかけました。それは、魔女が永遠の命を求める本当の理由だと思ったからです。


 魔女は少し考えて、言いました。

「何度も目の前で、人が死んだからさ。」

そう彼女は言い、その返事を英雄は納得して聞き入れました。

 混沌の時代には、目の前で人が死んでしまう、なんてことは日常茶飯事だったのです。

 何度も何度も友の死を目撃し、魔女は死を、魂に刻み込み続けました。


 混沌の時代が終わって、未開地を少しずつ切り開きながら発展していこうとしているその時でも、魔女は何度も死を目撃し続けました。

 魔女の死生観は、そのまま魔女のポリシーになりました。

 死んでしまえば、ただの屍。もう言葉の返事が返ってくることもない。

 もう共に戦えず、共に酒を酌み交わすこともできず、共に遊ぶこともできない。


 だから、魔女は、死ぬことを最も恐れました。記憶にしか残らないことを恐れました。

 だから、魔女は命を求めたのです。決して、死なないことを。

 そうして、魔女はある日、ある森の中に入っていきました。それ以降、魔女が永遠の命を求めて旅をしたという記録は、ありません。

 ただ、英雄たちは首をそろえてこう言いました。「魔女はもう、生き続ける力を手に入れた」と。




 “永久の魔女”。その童話を思い出していた。

 この世界の誰もが知る童話。この世で最も古い、英雄譚の一つ。

 彼女が救った命は数知れず、彼女が為した偉業も数知れない。

 だからこそ、シーヌは疑問に思っていた。彼女が本当に“永久の魔女”であるならば、これほどあっさりと姿を見せるのだろうか、と。

「あんたの疑問は、大方正しいさ。」

見透かしたよううに、先導する魔女は言う。

「だけれどね、こんなに近くに“奇跡”の気配が二つもすりゃ、あたしだって警戒する。生き続けるってのは大変なんだよ。」

魔女のセリフが理解できない。シーヌは軽く首を傾げる。

「永遠の命は手に入れたんじゃ?」

「違う、手に入れてはいないさ。副産物さね、ただの。」

副産物。永遠の命が、副産物。

「あんたは本当に永遠の命が手に入るとでも思っているのかい?」

「いえ、思っていません。ですが、そのありえそうにないことを為したからこそ、僕はあなたに敬意を抱いているのです。」

そりゃあたいそうな敬意だ。魔女はそう言って笑った。

「あたしが永遠の命を手に入れた、というのは嘘さ。でもね、ほとんど似たようなもんだよ。」

そう言われて、彼女をまじまじと見た。

 シーヌは思う。今の自分で彼女に勝てるか。もちろん、答えは「不可能」だ。

 シーヌは思う。どうしてそう思うのか。答えは簡単。千年もの間、生きてきた、洗練された魔法があるからだ。

 シーヌは思う。目の前の魔女の目的は何か。答えは、「わからない」だ。


 バグーリダの手紙を読んでいる。シーヌはその彼女の背中に、何か寂しそうなものを見た。

「さて、シーヌ、ティキ。ここだ。入りなさい。」

小さな家だった。人一人が生きていける、いや、人三人くらいなら辛うじて生活できそうな、それくらいには小さな家だった。

「お邪魔します。」

ティキは驚きもなく、普通に中に入っていく。


「質素なのが驚きかい?」

「ええ。あなたほど高名な者であれば、もっと広い家に住んでいるものだと思いまして。」

そのセリフに、魔女はそっと目を伏せた。

「広い屋敷に住むことはできるさ。でもね、そうすれば維持のために誰かを雇う必要がある。」

わざわざ言われるまでもなく、当然のことだ。

「そうするとね、あたしは雇った子を、看取らなくちゃいけなくなるんだよ……。」

永遠の命はあくまで副産物。しかし、永遠の命があることには変わりがないらしい。

「寿命で、病で。死んでいくものを見続ける。それがどれだけ辛いか、あんたにはわからないだろう。」

シーヌは「わかる」と声を大にして言いたくなった。だが、それを言うことはできない。

 十年前にすべてを失ったシーヌと、千年間友を失い続けた魔女。この二人は、致命的な部分で、重みが違うのだから。




 家の中に入り、腰を下ろす。布団はない。

「数日。あんたたちはここにいてもらう。」

魔女は冒頭にそう言った。

「七日も居ればいいだろう。バグーリダとキャッツに、あんたらの成長を頼まれている。」

手紙をヒラヒラと振りながら、彼女は言った。

「頼まれた分はきっちりとやってやるさ。何しろ、十年ぶりの客人だ。」

十年.そのセリフに、シーヌの眉が一瞬よった。しかし、すぐに取り繕って、「わかりました」と彼は答える。

 目の前の魔女の威厳にはシーヌとて逆らえる気はしていない。


 もし彼女がその気になれば、シーヌなど赤子の手を捻るように殺せるのだと、シーヌは知っていた。

「さて。今日は何も話す気はないし、聞く気もないよ。すべては明日からさ。」

魔女はそう長くない旅路を歩んできたシーヌたちを休ませようとするかのように言う。

「ゆっくりしておくれ。ただし、眠るのは向こうの小屋の方で頼むよ。」

彼女はそう言うと、鍋を持ってきて何かを煮込み始める。

「ほら、行った行った。ここでは自給自足だ。」

自給自足。なんと久しぶりに聞く響きだろうか。

「行こうか、ティキ。」

「うん。まずは向こうの小屋を見に行こう?」

シーヌとティキはそう決めると、すぐさま家を出る。シーヌたちが通ってきた家の裏に、人二人が入れるような小屋があった。

 ぎい、と扉を押してティキが中に入ろうとする。


 シーヌは少し下を見て、ギョッとした。人間より少し大きい程度の大きさの足跡が、扉の中に入った形跡があったからだ。

 それに気づいた瞬間、シーヌはティキを抱き寄せて後方に跳んだ。直後、ティキのいた場所に自分たちよりも大きな猿が現れる。

「……成長させる、ね。ティキ、小屋の周りをゆっくり一周してきてくれない?」

大猿を短剣を抜いて牽制しながら、シーヌは言った。ティキは頷くと、シーヌから離れてゆっくり小屋を回り始める。


 シーヌはティキに意図が伝わったと確信して、剣を持って突きかかった。もちろん、猿は反応して回避し、むしろ反撃を狙ってくる。

「貫け。」

その体を、大地から伸びた土の槍が貫こうとした。当たったにも拘わらず、槍の方がポキリと折れる。

「……さすが、魔女の森。出てくる魔獣も一級品か。」

再び突きかかる。シーヌと猿の位置がまたもや反転し、お互いが背を向け合った。

 きっと今、猿の目の前にはティキがいる。しかも、しっかり猿を攻撃する用意が整ったティキが、だ。


 その攻撃に対処すべく、猿はティキの方へと飛びかかるだろう。その隙を突こうとシーヌが反転した瞬間だった。

「な。」

目の前に腕を振りかぶった猿がいた。ティキのことを全く気にせず、シーヌに躍りかかってきたらしい。

 とっさに“無傷”の応用で防御膜を張る。シーヌが無意識に『鉄壁』と名付けたその魔法は、猿の攻撃をきっちりと防いだ。……膜に大きく亀裂を刻んで。

「強い。賢い。なんて化け物だよ!」

森の主も主だが、住民も住民だった。

 シーヌに飛びかかれば、巻き込むことを恐れたティキが猿を攻撃することはない。

 この大猿は、そんなことを予想したうえで攻撃を仕掛けたのだ。

「さて、どうしよう?」

シーヌは短剣を握りしめる。シーヌの急造の魔法では、この猿の毛皮を貫けない。

 仕方がないので、斬りこんだ。すれ違おうとしたが。真正面から向き合ってティキの方に歩ませてくれない。

 厄介極まりない。シーヌは、そんな感想を抱きながら猿と対峙した。




 シーヌ一人で、猿を倒すことはできた。ただし、20分以上もの時間をかけて。

 簡単に倒れてくれるような敵ではなかった。今までに倒してきた偉人たちよりはるかに劣る獣ごときに、シーヌは苦戦を強いられたのだ。

 わずかにでも付けた自信がへし折られた。そんな気分だった。

「おいしいね、これ。」

代わりに、その猿の肉は美味しかった。戦利品と考えるには、少々物足りない気分にはなったが。


「わかったことが、一つあるね。」

ティキは燃える火を眺めながら、言った。

「この小屋には窓が二つ、扉が一つ。窓は、30センチ四方ほどの大きさで、鍵がない。」

それは、聞くだけで恐ろしいことだ。つまり。

「これは、小屋の形はしているけれど、私たちを守る役割は果たしてくれない。」

そして、森と言えば夜行性の動物も多い。


「交代で見張りだね。」

「ってなると、そろそろ眠った方がいいか。」

もう日は暮れている。時間は、午後八時を指していた。

「三時間で交代しよう。ティキから寝て。」

そう言うと、シーヌはティキより先に小屋に入り、中を検める。

 見つけた蛇をひっつかんで外に出し、軽くティキの背を押した。

「大丈夫。ティキはちゃんと守るから。」

長い長い、夜の戦いが始まろうとしていた。


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