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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
青の花嫁
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出立の日まで

 やりすぎた。ものすごく恥ずかしい。

 シーヌは正直、そんな感想を抱きながら宿に帰る。

「ごめん、ティキ、ごめんって!」

ティキはあの後しばらくは夢見心地でシーヌに甘えていたが、結婚式が終わったとたん我に返った。


 シーヌといちゃつけたという現実から目覚めれば、目の前に残るのは大衆の前でいちゃついたという現実である。ティキが恥ずかしさから拗ねてしまうのも、仕方がないことだ。

 結局ティキの機嫌は戻らず、ウェディングドレスを着替え終えたころくらいまでは戻ることがないのだった。




 ティキは全く拗ねてなどいない。シーヌから見たら、拗ねているように見えただけだ。

 もちろん、恥ずかしさはあるが、ティキは上機嫌だった。当然だ。今まで恋情を極力抑えるようにしていたシーヌが、恋情を抑えなかったのである。

 ティキにとって、おそらく最大級の前進だと言えるだろう。


 着替えの時も、手伝ってくれた女の人たちには散々からかわれた。「幸せそうでございましたね」とか、「まるで物語に出てくる王子王女のようでしたわ」とかだ。

 当たり前だ、シーヌは私の理想の王子様なのだから、と私は微笑んで返しておいた。

(過去さえなければ、間違いなく王子様なのだけど)

とは、さすがに言えない。


 間に彼女たちとの会話を挟んだおかげでティキはシーヌの顔を見る余裕ができた。さっきまでは恥ずかしすぎてまともに顔を見ることができなかったのだ。

 しかし、シーヌの顔を見て、申し訳なさそうな、そんな表情を見て気分が変わった。

(謝ろうと思っていたけれど……もう少しからかっていましょう)

そうして、宿に帰るまでは不機嫌なフリをしていたのだが……。


 からかいすぎた。ティキは宿に帰り着いた時のシーヌの表情を見て、わずかに反省する。

 シーヌは泣きそうな表情をしていた。まるで、捨てられた子犬のような。

(ああ、シーヌの心境が変化したんだった。)

ティキは思いだす。今までシーヌが、ことさら恋愛関係、夫婦関係については気にしないように、させないようにしてきたことを。

 そしてそれが、この結婚式を機に改めようとしてくれていたことを。

 結婚式の最中、シーヌはティキと一緒にいようとしていた。距離を詰めようと、甘えようとしてくれていた。

「ごめん、シーヌ。別にそこまで不機嫌じゃないよ。」

彼の心の動揺を抑えるべく、ティキはちゃんとシーヌに謝る。


 こんなところで、彼と離れたくはない。

「今日は、ずっと一緒にいよう、ね?」

もう、夜は遅い。結婚式の夜に一緒にいると言えば、やることは一つしかないだろう。

「シーヌ……。」

ティキはシーヌを上目遣いに見詰めた。この日のために、アフィータに頼んで本を読み漁ったのだ。

 シーヌはきっと、ティキのことしか考えられなくなるに違いない。そうであってほしい。

 彼女は、そんなことを思いながら、シーヌをギュッと抱きしめた。




 子供ができていないと切に願う。シーヌは心の中で、そうぼやいた。

 もちろん、幸せではあった。心の中で渦巻いていた憎悪や苦しみは、忘却の彼方へと追いやられた。

 そんなシーヌを、今のシーヌは全く欠片も許すことができなかった。

(ティキと一緒にいたいとは願った。それは嘘じゃない。)

ならどうして自分を許せないのか。理由は、考えるまでもなく、明白だ。

(自分の生き方を、あの日の想いを、自分自身の手で穢してしまったからだ!)

もちろん、シーヌがそう感じているだけに過ぎない。


 自分の腕の中ですやすやと眠るティキを眺める。その背に手を回して、抱きしめる。

 当然のことだが、人肌の温もりは、温かい。まるで何かを安心させるようなその温もりに、シーヌは心まで委ねたいような、そんな心地に陥った。

(ダメだ、ダメ。落ち着け、落ち着くんだよ、僕。)

生理反応がわずかに持ち上がり、自分も人間なんだ、と強く感じる。

「積極的に死の際まで言っているから、なんだろうか、これは。」

呟く。ティキは、目を開けない。


 旅が終われば、復讐が終われば、こんな幸せもいいのかもしれない。

 もしあの事件がなかったら、僕はあの幼馴染と、こうなれたのだろうか。

 もう失われた日々を思う。ティキを抱きしめながら考えることではないが、ティキと出会える可能性が全くなかったであろう日々を考える。

 良いのだろうか。あの日同様に、幸せになってしまって。そんな自分を、自分は許すことができるのだろうか。


(許さなくていいんだよ、シーヌ)

ふと、義兄の声が聞こえた、気がした。

(あの日のことを忘れなくてもいい。忘れられなくてもいい。でも、幸せになってくれれば、何でもいいんだ)

きっと幻聴だ。シーヌはそう思った。

 だが、懐かしく、それでいて心地いい声だ。シーヌは少し、その幻聴に耳を傾ける。

(そのまま、生きなさい、シーヌ。僕たちは、君の過去だ。未来を決める権利は、僕らにはない)

(でも、願うことは許してほしい)

(僕たちは、あの事件で死んだみんなは……)

そこからは、声が聞こえなかった。いや、単にシーヌが、眠りに落ちた。


 シーヌにしか聞こえない、その幻聴は、シーヌが眠りに落ちたと気付いてから、かすかに笑った。

(ティキ=アツーア=ブラウ。僕の義弟を、クロウの息子を、任せた。)

彼らはそう言うと、シーヌにすら聞こえない何かに変わって、それでもそこにとどまり続けた。

 これまでも、これからも。彼らは己が目的を達成するまで、シーヌのそばにとどまり続ける。




 それから数日。シーヌたちは、レイへと向かうべくセーゲルを出ることになる。

「良いのか?新婚だろう、まだ時間は……。」

「ありません。……そもそも、レイに向かうまでに結婚式を二度行うということ自体がおかしかったと言わざるを得ません。」

ガセアルートの言葉にティキは辛辣にそう言い放つと、ペガサスの上に飛び乗った。

「……まあ、そうは言いますが、ティキも喜んでいましたので。」

「彼女が嬉しかったのは結婚式ではなくあなたの変化だと思いますけどね。」

シーヌのフォローに対して、すぐさまワデシャが茶々を入れる。それは、間違いなくそうだろう、とシーヌも思った。

 シーヌはティキを邪険に扱えなくなった。結婚式という形で、二人が共にいるという覚悟を、想いを、ティキから受け取ってしまったから。

「さて、と。でもまあ、そうなったら早く復讐の旅路も終わらせたいし、行ってくる。」

「ええ。あなたの苦しみが早くすべて解けきってくれることを、切に願っていますよ、シーヌ。」

ワデシャが軽く笑ったのち、続けた。

「しかし、本当によろしいのですか、あれは。」

「あれは僕のじゃない、ティキの契約だ。細かいことはティキに聞いてくれ。」

ワデシャの視線の先には、彼と初めて会ったときにティキに従属させられたハイエナがいる。

 彼らアオカミたちの世話を請け負ったセーゲル、“調教の聖女”ミニアに、ティキは言った。

「軍事利用しようと、殺そうと、構いません。ただし、これらは私の支配下にある獣です。それだけは、忘れないように。」

もしも軍事利用や政治に利用をして功をあげたら、それはミニアの功績であると同時にティキの功績だと、ティキは念押しした。

「これ以上恩を売って、今度は何を得るつもりなのやら。」

「そもそも、恩は返し切れていないですからね、シーヌ君?」

会った初期のような呼び方で、彼女がシーヌに言う。

「セーゲルの住人、全十万人。あなたたち二人には、その命運を三回、背負わせました。……その借りは、一度の結婚式と数週間程度の滞在費では足りませんから。」

「復讐に利用させてもらっただけ、利害関係の一致でしょう。」

この話は何度もやった。この街がシーヌたちに報酬を支払いたいと言っても、シーヌは頑なに聞かなかった。

 利害関係の一致だ。冒険者組合は、お前たちに雇われてなどいない、と。


 だが、シーヌの事情はそうでもティキの事情は違う。彼女はただ、シーヌに従っただけなのだから。

「ええ。だから、彼女に対する借りはきちんと返させていただきます。」

 ティキに借りを返す。それは、夫であるシーヌを救うことでも成立してしまう、という解釈の誤差がある。

 しかし、シーヌは「あくまで対象はティキに対してだ」と言われてしまえば、引き下がるしかない。

「……わかった。ティキが困ったようだったら、手伝ってやってくれ。……そして、ティキに何かあるようなら、僕がここを頼るって約束する。」

ティキに借りを返させる約束をして、シーヌは改めてその身を翻した。

 もう、このセーゲルに長居する必要はない。

 この近隣に、復讐敵は存在しない。

 次の目的地は、エスティナが案内する場所……“永久の魔女”の、住まう森だ。


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