結婚式にて
聖人会のトップ。セーゲルの人々。
戦争終結三日後の、セーゲルの聖女の結婚式の騒ぎの大きさ、集まった人々の多さは、戦勝祝いの宴以上に多かった。
アフィータは幸せそうに、ワデシャは少々苦笑気味に。
それでも、楽しそうで、幸せそうで。
ティキは、ここに、一つの憧れを見た。
自分が歩みたかった、皆から祝福される結婚式。物語に出てくる、最高の女の子の憧れ。
「明日は、私が……。」
正直、これほど大規模な結婚式は望んでいない。
アフィータの顔を見て、人々の祝福するような顔を見て、望まないと言えば当然嘘になる。
が、シーヌは決して、この幸せを望まないだろう。
「おめでとうございます、アフィータさん。」
「ありがとう、ティキさん。明日はあなたですよ。」
「うん。……少し、想像できない私がいるんです。」
ティキは、結婚に、恋愛に、ずっと憧れている。
「私は……血脈婚が定められていたから。」
だから、恋愛と結婚に憧れた。その結婚が、今目の前にある。
ティキは何ともいえない感慨のようなものを抱いている。
「まあ、私のことはいいんです。明日、シーヌに言いますから……。アフィータさん、幸せになってください。」
彼女がこれから背負い続けることになる、セーゲルとその住民。それらの重責に負けないほど、幸せになってほしいと、ティキは思った。
「はい。もちろんです!」
この二ヵ月で、ティキは初めて、アフィータが笑っている顔を見た。
それくらい、彼女はとても嬉しそうな、笑顔を見せていた。
シーヌは今すぐに逃げ出したい思いに駆られていた。
「ワデシャさん。」
「どうしましたか、シーヌ?」
「昨日のあなた達より人が多い気がするんですが。」
「気のせいではありませんね。……言葉にしないだけで、セーゲルの者たちは皆、あなたに感謝しているんです。」
感謝。そんなものをされるいわれはない!とはシーヌも言えない。
「それに、ティキさんの思い出に残る結婚式だと思いますよ。」
それを言われると、シーヌに嫌だという言葉は出せない。今こそアゲーティルの“不感知”を使って、全力で逃げ出したいところだった。
「逃げてはダメです。夫として、男らしいところの一つや二つ、見せてみなさい。」
「……実感がわかないんだよ、結婚式なんて。」
敬語という殻をかなぐり捨てて、愚痴でも言うようにシーヌは吐き捨てる。
「僕に結婚するという未来は考えられなかった。なのに、今はこんな有様だ。」
どうすればいいんだよ、全く。シーヌはそうグダグダと文句を言いながら、頭を抱える。
「全く、僕はどうしてあの日あんなことを言ったんだ?」
「好きだったからでしょう?」
そうなんだけど、とシーヌは呟く。
「どう考えても、あれは僕の思考とはかけ離れているんだ。あの場面で正しい選択は、ティキがどういう選択をしようと気にせず、ドラッドを殺すことだったはずなんだから。」
そもそも、はじまりからしておかしかった。
“奇跡”の導きに逆らい、遅れて冒険者組合の試験に駆けた。その時点で、どう考えてもおかしい。
「誰かが“奇跡”を使っていたとしか考えられないような、そんな感じがあるんだよ……。」
「もう過ぎたことでしょう?」
シーヌの予想は、間違ったものではない。
そもそもシーヌが正しい手順で“奇跡”を踏襲したのであれば、シーヌはティキではない、他の女の子とペアを組み、シーヌ一人でドラッドを討ち、シーヌ一人が試験に合格していたはずだ。
戦場の中でガレットを奇襲して殺し、眠るケイを暗殺していたはずだ。
シーヌは、一度“奇跡”に逆らった瞬間から、難しい復讐の旅路を歩いている。
「まあ、そうだけど……じゃあ、行ってくる。」
過ぎたこと。そのワデシャの言葉でシーヌは諦めをつけて立ち上がる。
(結局、僕はまだティキのことを何も知らない。)
彼女がアレイティア公爵家の一員であり、リュット魔法学園衛生課の卒業生であること。
それ以上のティキのことを何も知らない。それでも、シーヌは今から結婚する。
そのことに、彼は少し、納得できない気持ちでいた。
「シーヌ=アニャーラ改めシーヌ=ヒンメル。汝、生涯にわたり……。」
誓いの言葉の宣言。場所が違い、宗教が違えば話すことは当然違う。
(聖人会の結婚式とクロウの結婚式と、冒険者組合の街の結婚式と、どれも言葉が違うんだね……)
至極当然のことであるが、そんなものは結婚式に出なければわからない。
シーヌは隣のティキを見ながら、思う。
(死ぬまで大切にしろ、という誓いは守る。でも、いつだ、僕が死ぬのは。)
「誓います。」
返答が、やや棒読みになったのは仕方がないだろう。
ティキはそれは気にせずに、同じ誓いを繰り返す。
「では、誓いのキスを。」
そう言えば、いままでキスは頬にしかしたことがなかったかな、と思った。
「シーヌ?」
「どうしたの、ティキ?」
ウェディングドレスのベールをあげる。結婚式だからか、化粧をしているからか。
ティキの顔は、いつもよりももっと、綺麗に見えた。
「ありがとう、私の夢を叶えてくれて。」
その笑顔は、とても儚く、とても容易に消えてしまいそうなもので。
「もっと言えばいい。出来る範囲でなら、叶えるから。」
言って、その唇に自分のそれをそっと落とす。
「ティキ。僕は、確かに君と一緒にいたいと望んだんだ。だから、ついてきて。」
僕も、君に合わせるから。言い終わった瞬間、爆発的な歓声が轟いた。
「街の英雄様のご結婚だ!パレードを開け、車をだせぇぇ!!」
シーヌたちは、その衣装が着崩れないように細心の注意が払われながら、教会の前の車に乗せられる。
人力で動かされるそれに素直に乗せられて、街を練り歩く姿は、まるで物語の王子様とお姫様のようで。
「まあ、たまにはこういうのも、いいか。」
シーヌの呟きに、ティキが驚いたように彼を見る。
そのあと、あわててシーヌの額に手を触れて、自分の頭にも手を触れた。
「熱はないよ。……雰囲気には当てられたかもしれないけれど。」
恥ずかしそうにそう言うと、まっすぐ前を見る。
ティキはそんなシーヌが面白くて、笑った。
シーヌはそんなティキの顔を、見ようとはしない。恥ずかしいのだろう。だが、右手はティキの手を探してしっかりと握る。
「珍しいね、シーヌ?」
からかうように、ティキはシーヌの横顔を覗き込んで言った。
「……これからはもう少し、ちゃんとする。」
必死に自分に留めようとしながら、同時に距離を置こうとしてきた。
そんな二律違反は、なるべく避けようとシーヌは言った。
「昔の僕ならいざ知らず……今の僕には、ティキが必要だ。お願いだから、ずっとそばで。」
それ以上は、恥ずかしくて言えなかった。
それまでも十分に恥ずかしいセリフを言っているというのに、途中で薬でもきれたかのように恥ずかしがるシーヌを、ティキは可愛いものを見る目で眺める。
「シーヌ?」
「ん?」
「大好きだよ?」
ボッと、シーヌの顔が紅く染まった。
「……ティキも、何かふっきれただろ。」
「うん。憧れが現実になっちゃったからさ、この現実を、もっとちゃんと受け止めようって。」
もう恋物語に憧れるのはおしまい。ティキはそう言う。
「私は、物語に憧れる女の子じゃないし、シーヌは私の理想の王子様じゃない。」
言葉にするごとに、ティキの中の何かが変わっていく気がした。
とっても大切な、ティキを今日まで導いてきた存在が、ティキの中で姿を変えていくような。
「私は、恋物語の主人公に憧れなくてもいいんだって、知ったよ。」
シーヌの頬に、口づけする。パレードを眺める観客たちが歓声をあげるが、シーヌやティキには全く聞こえない。
もう、車の上は彼女の、糖分だけで出来た空間に成り代わっている。
「私は、私の恋愛物語の、主人公なんだから。憧れなくても、私は私のまま、主人公になる。」
ギュッと、握る手に力を入れる。
「絶対に離さないから、覚悟してね、シーヌ?」
シーヌもまた、ティキのセリフに当てられたように手を握り返して。
「大丈夫。僕も、ティキは離さないようにするから。……だから、絶対離れないで。」
遅すぎた愛情表現。だが、シーヌたちにはそれくらいでちょうどよかった。
両者ともに、そっと顔を近づけて、キスをする。
もう、歓声はない。
皆がその夢のような光景に、息を忘れて魅入っていた。
(ようやく、現在を生きはじめた。そんなところですかね、シーヌさん。)
その様子を遠目で見ながら、ワデシャは思った。これまでの彼の生き方を思えば、それは壮絶に過ぎる。
そして、日常を歩み、恋愛をしていくことに、どれだけ多くの葛藤を抱え込んでいくことか。
それでも彼らは乗り越えるだろう、とワデシャは思う。
(まあ、あれを見せられてそう思わない人はいないと思いますけど。)
場所も忘れて互いに見つめ合い、キスを交わす二人を見て、ワデシャは若返ったような気恥しさを覚え。
「……私もあてられました。アフィータを探しに行きましょう。」
逃げるように、その場を後にした。
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