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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
青の花嫁
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人生の結末

 バグーリダ=フェディア=セーゲルは、仕事を為し終えた後気絶した。祝勝会には出ていたので、体調はエスティナの手で元に戻されたのであろう。

 最も、途中で退出していたので、本調子からはまだまだ遠そうではあったが。

 その彼のもとへ、俺は今、冒険者組合からの言葉を伝えるべく向かっている。しかし、あまりに応対が早い。

「アフィータさん。バグーリダ以降、冒険者組合員はここに来ましたか?」

「ええ。あなたがたがセーゲルへ向かって一週間後に。まだここに滞在しているはずです。」

「ああ、居座るね、それ。……まあ、仕方がないか。ここは今、いつ冒険者組合が介入せざるを得ない騒動が起きるかわからないからね。」

「どういうことです?」

理屈としては伝えにくい。が、おそらく伝えなければ彼女は納得しないだろう。


「地理的に、『竜の住処』に近いんだ、ここは。」

竜の谷しかり、竜の湖しかり、竜の山しかり。このセーゲルという立ち位置は、冒険者組合員にとって力試しの余興になるようなものが、ここには多い。

「そうでなくても、この地は冒険者組合の本拠地とは竜の谷を挟んだだけ。僕たち組合員にとっては、普通に絶好の遊び場所だ。」

セーゲル=ルックワーツ間抗争という面倒くさいものがなかったら、ここはとっくに冒険者組合員が乱獲する竜の素材で、変な発展の仕方をしているだろう。


「最強組織の名前は伊達じゃないんだよ。僕程度に戦える人間は、ごまんといる。」

そう、だからこそ、今争いをする益のない冒険者組合としては、ここに調停役を置いておく必要がある。

 セーゲルと冒険者組合の間に余計な争いが起きないように。上層部がどれだけ冒険者組合員と争いたくないと思っていても、民は冒険者組合を受け入れないかもしれないのだ。


 そうならないように、冒険者組合とそれ以外の凡人の橋渡しが必要だった。だから、この街に常駐する冒険者組合員が来るのだ。

 先日までは、それはバグーリダの役割だった。しかし、彼の社会復帰、政界復帰と共にその役目は変わった。今は、その新しく来た冒険者組合員の役割だろう。

 彼の役割は、冒険者組合の中では失われた。戦えない冒険者組合は、よほど高位の研究者以外は必要ない。

「失礼します。」

目の前の扉を、一つ深呼吸してから押し開く。ベッドの中で穏やかに微笑みながら俺を見つめる老体を見て、「変わった」などと遠慮のない感想を抱いた。


「冒険者組合からの伝令を申し伝えます、“空墜の弓兵”バグーリダ=フェディア=セーゲル。」

シーヌがその言葉を発すると、 バグーリダの看病をしていた三人がいっせいに臨戦態勢になった。

 彼の息子と、その妻。そして戦友。

「カレス、ミニア、エスティナ。構えを解け。これは、ルールである。」

己が死ぬ可能性が高いと、殺される可能性が高いと気付いているだろうに、彼は気丈だった。

 だからこそ、一安心するこんな彼なら、何があっても冒険者組合の機密を誰かに話すことはないだろう。その程度の気の強さは、しっかりと感じられた。


 深く息を吸い、そして吐き出す。これから言う言葉は、これからセーゲルの中心となってここを導いていく彼らに、大きな転機を迎えさせるだろう。

「冒険者組合から、あなたの名前を抹消します。……これからは、俗世に縛られて生きてください。」

冒険者組合が彼に下した決定は、彼の除名。殺害ではなかった。

「冒険者組合は最強組織でありますが、この世で最も自由な組織です。」

信じられないものを見るような彼らの視線の意味は、シーヌとてよく理解している。だから、彼は彼らの疑問に答えるように答えた。

「彼は自分の望むままにここに街を建て、望むままにこの街の敵と戦った。少し前までの彼ならともかく、今の彼をとがめることは、我々にはできない。」

今、政界に帰ったバグーリダは、彼が最も望んでいることをしているのだ。


 冒険者組合は、その形が何であれ、『自分で考え、自分で決めた人生を否定する』ことはできない。もちろん、それにかかわる議論はできるが、否定することだけは絶対にできない。

 だから今、冒険者組合がバグーリダを殺すということはまずい。それは、政治家になるということを否定する行為に限りなく近くなる。

 それに、彼が自分で考えて、彼がやりたくて選んだ道だ。

「冒険者組合員はどちらかと言えば支援しなくてはならない。ただし、戦えないものをそのまま組織内に置いておくわけにもいかない。」

冒険者組合の名が廃る。名前だけの最強組織に、意味はない。

「だから、除名という形をとる……条件付きで。」

「機密情報は話すな、ということじゃな?もちろん、承知している。」

ならば、何の問題もない。

「ここであなたを殺さなくても済むことを感謝する、バグーリダ=フェディア=セーゲル。戦友を殺すのは、非常に惜しい。」

戦友と言えば、おそらく争いになるであろう方の戦友は、どうしているのだろうか。シーヌは、共に試験を戦い抜いたデリアのことを少し思い出した。




 さて、そのデリアと言えば。きちんと自分の生まれ育った街へと帰還し、冒険者組合員になったことで得られるようになった資料を読み漁っていた。

 彼が知りたいのは、父のかかっている奇病……殺戮衝動についての資料である。

 『歯止めなき虐殺事件』の加害者たちの中で、彼は唯一気色が違う。他の者たちは己の享楽や信念に基づいて戦っていたが、彼は違う。

「ただ、破壊衝動のもとで戦った……と、聞いている。どうしてだ、父さんはこんな人じゃなかった!!」

どれだけ資料をあさっても、見つからない。あの日、『歯止めなき虐殺事件』の日、何があったのか。どこをどう探しても、デリアは見つけることが出来ない。

「デリア!!お義父さんが、また!」

「フェニ様は?」

「戦っている!けど、わからない。日に日に強くなっている!!」

父さんは、癇癪持ちだ。いや、違う。気付けば体の制御を手放して、暴走している時があるのだ。


 現場に急行した。父さんは誰もいない草原で、何かと対峙しているかのように剣を振っている。そして、それに合わせるように父の親友が剣を振って、暴走をすんでのところで押しとどめていた。

「……なんだ、あれ?」

父の、それに剣を合わせるフェニ様の近くに、何か黒い靄が見えた。

「来るな、来るなぁ!」

父の今日の暴走は、いつもと少し違う。言葉を話した。それだけではない。

 なにか、指向性を持つ何かと戦っている気配がした。

「ユミルゥゥ!」

はっとした。それは、『歯止めなき暴虐事件』最大の引き金になった女の名前。

「“清廉な扇動者”?でも彼女は、冒険者組合に宣戦を……まさか。」


 『歯止めなき暴虐事件』において敵を蹂躙しつくした男の一人、わが父ウォルニア=アデス=シャルラッハ。そして、その事件の引き金を引いた女ユミル=ファリナ。

 その二人の関係性を考えたときに、出てくる自分の知り合いが一人。

「シーヌ=ヒンメル=ブラウ……。」

その言葉を聞いた瞬間、フェニ様がピタリと体を止める。

「デリア様、今、なんと?」

問いかけてきた瞬間、彼の頭上に剣が伸びる。

「危ない!!」

抜き打ちざまに父と剣を交え……弾き飛ばされる。咄嗟の行動だったため、態勢が十分ではなかったようだ。


 しかし、フェニ様の命を救うことには成功した。深手は負ってしまったが、二ヵ月も療養すれば完治する程度だ。

「これからは俺が受け持ちます。しっかり休んで。」

そういうと、デリアは父に剣を向けて正面から打ち合い……

 十数分の暴走ののち、父はある程度落ち着きを取り戻した。

「す、すまん、フェニ……。」

「いえ、構いません、将軍。ご気分はいかがですか?」

「最悪だ。親友を傷つけ、息子と剣を斬り結ぶ。これを最悪と呼ばずして何というのだ。」

全くですね、とフェニは笑いながら、デリアの肩を借りて立ち上がった。


 長身で体格のいい父に、身長の低いフェニ様では寄りかかれない。

「デリア、あなた、先ほど、シーヌ、と言いましたか?」

「ええ。冒険者組合員試験で、共に戦いました。あの時、一年後にここに来る、と言っていたので、後十か月しないうちに父上の首を取りに来るはずです。」

「あと、私も、ですね。さてさて、どうしたものか……。」

フェニ様はご自身も殺される対象に入っていると言った。つまり、フェニ様も『歯止めなき暴虐事件』の現場に行ったということだ。

「フェニ様、無礼を承知で聞きます。あの日、父に何があったのですか?」

聞かなければならなかった。どうしても、今の父の状況は不審に過ぎる。


 しかし、彼からの返事はなかった。どころか、とんでもなく険しい表情をしていた。

「父上は……。」

「すまん。あの日のことは……なぜか、全く覚えておらんのだ。なぜわしがあの日自ら戦ったのかすらも……覚えておらん。」

が、シーヌという名は覚えているな、と言った。

「わしに引導を渡すとするなら、あのように純粋なものが良い。そう思った……。来るなら、わしは抵抗せんよ。」

「将軍!!」

フェニ様が、やめてくれというように叫ぶ。だが、俺も彼も知っていた。父があのような目をするときは、父は決して自分の意見を曲げはしないと。

「そうか、あの時の少年が、か……。きっと、死んだ者たちに守られているのだろう。」

「死んだ者たちに、守られている……?父上、どういうことですか?」

デリアは、これが父の暴走の理由かもしれないと辺りをつけた。

 しかし、父は笑って「気にするな」というだけで、決して答えてはくれなかった……。




 シーヌとティキは、宿に戻るべく道を歩く。宴会騒ぎの兵士たちはいまも酒を酌み交わし、元気に明るく楽しんでいた。

「おっ、英雄どの!一杯どうだい?」

シーヌは勧められるままに酒を飲みほし「ありがとう」と言って歩き続ける。

「僕に来た指令は、バグーリダの処分を委ねるというものだ。今僕は彼を殺せない。」

シーヌはまた勧められるがままに一杯酒をもらい、近くにあった水もついでに飲み干すと、再びティキの手を引いて歩き始める。


 シーヌの頬は少しだけ紅潮している。ここの酒はそこまで強くはないが、シーヌは宿に入るまでも含めて、すでにかなりのアルコールを摂取している。

 だから、彼は少し酔っていた。

 ティキの手を、恋人繋ぎでしっかり繋ぎ止める程度には、きっちりと。


「彼を今殺すと、僕はカレス将軍やエスティナと戦うことになる……ティキと二人がかりでも、この街から出られるかわからない。」

だから理由をでっちあげてでも、彼を生かしておかなければならなかった。

「まあ、殺せと指令はされていないから。大丈夫、だと思いたいなぁ……。」

宿に帰ると、シーヌはそう呟いた。お湯で濡らした手拭いで、二人とも体を拭き取ると、布団の中に入る。


「ティキ、おいで。」

シーヌは自分の布団の中に、ティキを招いた。ああ、酔っているんだとティキは思う。

「おやすみ、ティキ。」

彼女をギュっと抱き締めると……シーヌはそのまま眠りに落ちた。

 ティキは、彼の拘束から逃れることもできず、その日は一睡もできなかった。

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