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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
青の花嫁
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空墜の弓兵

 セーゲルを興したあの頃。私はまだ、若かった。



 派手な演説でこれまでのセーゲルを否定したアフィータと、その演説の内容に、バグーリダは年甲斐もなく心躍らせた。

 かつて“空墜の弓兵”と呼ばれた冒険者組合員の一人。胸に宿した多くの“三念”は既に干からび、枯葉となった魔法使い。


 そんな彼が、エスティナの作戦通りの位置に、息子の部隊に守られながら、彼は央都聖人会の軍の方を眺めている。

 “犠牲の聖女”キャッツとの間に設けた息子も、すっかり大きくなった。今は父に傷1つつけるまいと、妻と共に張り切ってバグーリダを守っている。なかなかに幸せな人生だな、と感じている。


 いまだに孫がいないことだけは少し残念ではある。妻がその孫を抱かぬまま逝ってしまったことにも、複雑な心境はある。

 しかし、息子に守られているということ。自分を守れるほど息子が成長したという事。それは、その複雑さを押し隠せるほどには喜ばしいことだ。


 弓を見る。鋼鉄製の、もう五十年以上愛用し、そのうちの三十年近くをただただ死蔵させてしまっていた、愛弓。

「シーヌたちは、所定の位置についたか?」

「おそらくは。父上、本当にやるのか。」

息子は、エスティナの作戦が通用しない可能性について考えているらしい。

「やる。……心配せずとも、シーヌの復讐心があるから、負けはせんよ。」

だからこそ、ただの露払いが必要なのだ。三下のような扱いではあるが、仕方がない。軍勢戦はセーゲルの戦い、シーヌの戦いはユミル=ファリナとの復讐のみだ。


 セーゲルの戦い、という思考に、バグーリダがかすかに笑う。そう、本当はこれも、ルックワーツとの戦いも、すべてはセーゲルの戦いだ。

 特にこれは、バグーリダ、エスティナ、キャッツが生み出した、自分たちの失態であるがゆえに。




 央都聖人会の軍。彼らを見ながら、自分がセーゲルという街を作った経緯を思い出す。

 あの頃の自分は、シーヌのように愚直で、ティキのように無垢で、アフィータのようにまっすぐであった。そう思う。

 

自分はただ、しがらみに囚われたくなかったのだ。だから、聖人会の影響力のないこのネスティア王国の僻地で、冒険者組合員としてではなく、一介の一私人として街を創った。その選択には、後悔などない。

「あるとすれば、己の無知か。」

「どうした、父上?」

「親子でそんなに改まるでないわ、貴族様でもあるまいに。」

カレスは一時期王都にいた。シトライア軍最強の軍団、黒天衆の一人だった。だから、無意識にあちらの習慣を他の人に重ねようとしているのだろう。


「かつての、わしらの……そうじゃな、失敗じゃ。」

「聖人会を招き入れたこと、ですか?」

息子は、私たちがそれを後悔していることを知っている。だからこそのその問いかけであったのだろうが……違う。違うのだと、バグーリダは首を振る。

「何はともあれ組織というものが、どれだけ厄介かという話であるよ。わしらがどれだけ拒もうと、聖人会はセーゲルに居座ったに違いない、というな。」

結局、バグーリダにとっての後悔は全てそこに収束する。最初から、キャッツやエスティナには自由などなかったのだ、と気づけなかった。それが、彼の唯一無二の失敗だ。


 重力の操作とは、非常に難しい。常に世界全体にかかっているものを、一時的に自分の支配下に置くということだ。

 それをするのは、正直な話、無茶と呼ばれる暴挙である。未来や運命を操作するのが“奇跡”という領分なのと同じように、本来は“奇跡”の領分だ。


 それを、無理矢理人の手に収める。簡単なことではない、という安っぽい言葉で表せるほど、単純なことではない。最強の力というには極めて用途が限定される、一国を滅ぼさんとする能力。

 バグーリダは弓をひく。先に矢はつがえず、その両脚を地面にへばりつけ、重くなっていく自分自身の重みに逆らおうとする。


 この能力は、もともと重力を操ろうとして身に着けた能力ではない。これはあくまで副産物だ。

 この理論が発覚した時の自身の驚愕。使いこなせるようになって舞い上がってキャッツに報告しに行った日。

 もう何十年も前の出来事ではあるが、今でもまだ思い返すことが出来る。


 もとは、弓を引くという所作で狙いを定めると同時に相手を拘束するイメージを持っていた。

 自分が一度弓を引けば、敵はそこから動けないというイメージを。それが、徐々に『弓を引けば敵が射程に入ってくる』というものに塗り替わっていた。

 そして最後には、『弓を引けば複数の敵がその射程に入ってくる』というイメージに変わった。


 思えばその頃すでに、弓の弦を引き絞るという作業が、引力を操作するという作業になり変わっていたのだと思う。

 私はそれに気づかぬまま、百発百中の弓の腕前になる手段を得たと、その技術をひたすら磨いた。


 バグーリダがそれを重力の操作になると理解したきっかけは、おそらくあれだ。

 キャッツが獣に殺されかけていた、あの日。獣だけを射殺すのが難しく、しかしキャッツを見殺しにするわけにもいかず、矢をつがえずに弦を引いた。

 その時はじめて、キャッツも獣も、不自然に宙を浮いた。浮いたのだ。

 バグーリダの、“空墜の弓兵”としての名声は、このあとに得たものだ。自分が弓の弦を引くという行動を鍵として、重力操作をしているのだと気づいてから。


 彼がその方法を得るためには、きちんと段階を踏んでいるという事実が必要だった。

 魔法を習得するときと同じ。炎を維持できない者が、いくら頑張ってもいきなり炎の柱は作り出せない。


 もちろん、“奇跡”や“三念”という反則技を得ていれば話は別だ。その反則技も個人個人によって性質が異なるため、全く同じ才能を別人が保有している、なんてことはあまりない。

 しかし、魔法を操ることにおいて、その反則技は努力である程度埋めることができる。


 バグーリダの重力矢は、その努力の結果だった。しかし、才能ではなく努力で得たものには、当然ながら限界は早い。

 そう。今の彼の額から流れ出る汗が、尋常な量ではないように。

「父上!!!」

カレスが焦ったように手を伸ばし、兵士達がわずかにざわめく。

(しっかり、しなければ……)

そんな失態は、全て自分が普通の体調ではないからだ。

「……動揺を、」

かろうじて舌に乗った言葉は、全くカレスを安心させることはできない。


 彼が出来るのは、ただ自分の役割を思い出させることだけだ。

「表に、出すな。お前は、何人の命を、背負って、いる?」

膝をつく。頭だけは下ろさず、どんどん宙に浮き上がっていく敵軍一万を眺めやる。


 エスティナの立てた策は単純で、だからこそ老いたバグーリダの体には相当な負担がかかっていた。

 右翼のバグーリダ、左翼のエスティナ、中央のアフィータ。

 各々二千、二千、六千の軍で各一万ずつを迎え撃つというもの。


 バグーリダの“重力矢”があれば一万の兵の無力化はできる。

 エスティナの“体調管理”があれば、一万の兵を動けない程度に衰弱させられる。

 あとは、アフィータが一万の軍と牽制しあっている間にシーヌたちがユミルを討つというもの。

 バグーリダは、策が全て為るまで、ひたすら敵を浮かせ続けなければならなかった。





(今日で、射ち納めだな。)

冒険者組合に、老兵の居場所はない。待っているのは、死だけである。


 老兵であろうとも、現役であれば、あるいは相当の名声があれば、殺されない。刺客を送られたりはしない。しかし、バグーリダは、この最後の一射で現役を引退せざるを得なくなる。

 そして、彼は。冒険者組合において誰より。そう、誰よりも、功績が少ない。

 珍しい獣を討伐したわけでも、ほんの少数でも世に貢献したわけでもない。


 冒険者組合にとってバグーリダは、ただ聖人会の聖女と恋に落ち、新たな街を産み出しながら聖人会に乗っ取られた、滑稽で哀れな老兵でしかない。

(死の間際くらい、何かやればよかったか。)

キャッツがセーゲルの運命をシーヌに託したように、自分も何か。


 次に気がついた時、戦場の趨勢はすでに、セーゲル優位に傾いていた。

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