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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
青の花嫁
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自分たちの生活

 部屋から出た私、エーデロイセは安堵の域を吐き、ピッタリと壁にへばりついて離れないミニアの頭の上に拳骨を落とした。

「いたぁい!」

自分が盗み聞きしていることも忘れて喚いた彼女に、少し頭が痛くなった。これでは、彼女はわざわざ静かにしていた意味すらない。

「馬鹿者、バレバレだったぞ!……将軍、あなたもいらっしゃったのか。」

彼女の騒ぎを隠れ蓑にするように静かに息を殺していた巨体を見て、私は驚愕を隠せなかった。


 いつもこうだ。カレスは、どう考えてもその体躯には似合わないほど隠密技術が高い。どうしてそれほどまでに優秀なのだろうか、とたまに感じる。

「とにかく、行くぞ。」

私は呆れを隠さずにミニアを一瞥すると、とりあえず先を促す。

 カレス将軍がいるのであれば、シーヌが後を追ってきていたらわかるだろう。秘密の話をするのにはもってこいだった。


「明日、か。」

シーヌには悪いと思っているが、アフィータは兵士たちの説得に成功するまいと思っている。それを成功させるには、まずはセーゲルの歴史を書き換えなければならない。

 セーゲルは聖人会ありきで成り立ってきた街だ。そのボスと敵対するということは、自分たちと敵対するということに等しい。

「しかし、セーゲルを滅ぼしたくはない。」

何しろ私たちの育ってきた街なのだ、思い出はたくさんある。


「失敗はしない、と感じたが。」

唐突に、カレスが言った。その言葉に、私は驚いて彼を振り返る。

「おそらく、アフィータは変わった。いや、変わりすぎた。この程度の後のなさは、大したことがないと思っているのではないだろうか。」

そんな馬鹿な、という言葉がつい喉元まで出かかった。だが、頭ごなしに否定してはならないと学んだばかりである。


 しかし、受け入れがたい事実であることは変わらなかった。というより、無理だろうという想いの方が強かった。

 だが、もしカレスの言うことが本当だと仮定して。どうやったら勝てるだろうか。

 どうすれば、セーゲルという街は存続できるだろうか。エーデロイセの思考はそこで詰まる。

「そこは文字通り戦闘職である者に任せるといい、エーデロイセ。」

カレスはそう言うと、二ッと笑う。彼はルックワーツ抗争以来、自分の配下の兵士たちの調練を厳しくしていた。


 されはさながら炎のように攻撃的で、竜のように暴力的な調練だ。我々があの調練を最初から受け入れていたら、もっと早くにルックワーツとの抗争が終わったのではないかと思うほどに。

 まだ、央都聖人会が出てきてから彼は戦場に出ていない。「これはまだ聖人会の問題である」とは彼の弁だ。


 全く持ってその通りなので何も言わない。だが、シーヌとバグーリダ、ワデシャが戦場に出ることになれば、それは聖人会だけの問題ではなくなるのだろう。

「カレス将軍。……よろしく、お願いします。」

セーゲルの未来は、これからは聖人会が担わない。彼に頭を下げたことで、私はそれをとても強く自覚した。





 ティキは、シーヌに質問があった。彼の過去。それについて詳しく知りたい。

 そう言うと、シーヌは「言えない。言葉にはできない」と首を振った。

 事実だけを淡々と語ることは出来る。でもそこに、感情は入れられない。ティキが知りたいのは、その僕の感情でしょう、と。

 シトライアに行くまで、行ってからの過程でシーヌとティキの関係には変化があった。だから、ティキが本気でシーヌのことを知りたいと思っていることは、シーヌにも十分伝わっていた。


 だが、それとこれとは別なのだ。シーヌとティキの関係がいくら発展しようと、シーヌの中で解決していない問題は、シーヌは人には話せない。

 その返答も予想していたティキは、だから別のことを聞いた。すなわち。

「ユミル=ファミラって、何をした人?」

個人について、聞いた。

 ティキはシーヌの想いについて、この二ヵ月である程度は理解をしていた。


 つまり、シーヌが話すことのできないのは、過去の事件についてではない、ということに。

(私は、覚えている)

シーヌが、アグラン=ヴェノールを討ってくれと頼んだ日のことを。幼馴染の仇だと言った、あの日のことを。

 ティキは、シーヌは個人について語るなら答えられるということに気付いていた。事件全体については感情が飽和して話せないということも。

「彼女は……よく、わからない。」

シーヌは驚くべきことに、次の復讐仇のことを「わからない」と答えた。次の一言は、さらにティキを驚かせる。


「あの日あの場所にいたことは知っている。でも、会ってはいないんだ。……ただ、あの中で最も重要な役割を担っていた女でもある。」

つまり、シーヌは知らない女を、顔も知らない敵を殺そうとしているのだ。それを聞いて、少しだけティキの心境は複雑になった。

「彼女がいなければ、『歯止めなき暴虐事件』は起きなかったとすら言われている。」

その情報をどこから得たのか、シーヌはポツリ、とそう呟く。その奥に込められた、まるで自身ごと焼き滅ぼさんとするかのような激情に、ティキはヒュっと息をのむ。


「冒険者組合は、決して、「クロウの民を皆殺しにしろ」とは命じなかった。それを決断したのは、当時あの場にいた『英雄』たちであり、『彼女』だった。」

シーヌは座っている椅子に腕を叩きつけようとして反対の腕でグッと抑え、ギリギリと自分の腕を痛めつけながら、言った。

「“清廉な扇動者”。その二つ名は伊達ではない。彼女は人殺しの経験が一度もないんだ。」

ある意味、シーヌが“竜呑の詐欺師”と名付けたガレットより悪質な詐欺師だ。彼は真実を隠したが、彼女は嘘を本当だと思わせた。


 シーヌたちクロウの者を生かしておけば、のちに必ず災厄になると、ドラッドやガレット、アグランたちを焚きつけたのだ。

 ある意味、彼女の言は真実になったと言えるだろう。シーヌを生かしたことで、シーヌという災厄が世界に波紋を呼び起こしている。


 だが、シーヌにとってはそんなことは関係ない。彼にとって肝心なのは。

「あの虐殺の現場にいて、彼女は僕らを殺すことを推奨した。ただ研究結果を焼きたかった冒険者組合とは違う。」

疑わしきは殺す。彼女のその精神を、シーヌは許すことが出来ない。

「あの日、あの場で虐殺を止めなかった者。だから僕は、復讐するんだ。」

シーヌはそう言うと、壁の向こう、央都聖人会の軍をにらみつけるようにしながら宣言する。シーヌの目に篭められた感情は、いまだ全く衰えを見せていなかった。





 シーヌとティキは翌朝、アフィータの宣誓を聞くべく広場まで行った。正直、聞く必要はそこまで感じていない。

「アフィータさんなら、大丈夫だと思うよ。」

とティキが断言したからだ。アフィータはあれでも、扇動の才能がある。


 実際、聞いていて心地よかった。自分たちは何のために戦うのか。何を求めて戦うのか。

 アフィータは、現状、央都聖人会が持ってきた案件を皆に話してから問いかけた。

「私は、皆とここで生きていたい。それ以外、私は望まない!」

その声は、セーゲルの住民たちの心に強く響いた。


 今までは、傍若無人なルックワーツを許すな、だとかあなたの隣人を守るために剣を取れだとかいう要求だったものが、大きく変わっていた。

「ここで自由に生きる!そのための力を勝ち取るのだ!!」

今回は違う。彼女は、自分のために戦えと言った。自分が幸せにここで生きていくために戦えと。

「私たちは間違えて生きてきた!他人のために戦うというのは、自分のために戦わないというのは、逃げでしかなかった!!」

彼女のその叫びに、セーゲルの住民たちの心は揺れ動かされる。

「いいか!私たちが要請を受けなかったとき、央都レイの住民の生活はボロボロになるだろう!」

なにしろ、冒険者組合員に喧嘩を売った。シーヌなどより強い人があふれかえる組織に喧嘩を売ったのだ。

 対等だと思うこと自体が大間違い。彼らは、やろうと思えば上位陣を十人も出せば世界征服が出来る。その攻撃の方向がまっすぐに一都市に向くのだ。『歯止めなき暴虐事件』など、一日で再現できる。


「だが、私たちが要請を受けたとき、私たちは皆死に絶えるかもしれない!」

彼女は戦いたくないという住民や兵士たちに、究極の二択を突きつける。

「答えろ!!我々の生活のために央都と戦うか、我々が死に絶えるために冒険者組合と戦うか!」

実際のところ、突き詰めればセーゲルにできる選択はそれしかない。


 そして、その選択を住民につきつけるのは、エーデロイセもガセアルートも避けようとしたことだ。それを、アフィータは堂々と、隠し立てせずに住民に伝えた。伝えて、兵士たちに決断するように要求した。

 アフィータの思惑はただ一つ。これから、セーゲルの行く先は、セーゲルの民が決めていく。ただ、それだけである。


 先頭の兵士の一人が、アフィータに向けて膝をついた。彼は、シトライアに向かった代表団の一人。

 続いて、カレス将軍の隊の兵が膝をついた。ここで央都と戦うという決意を込めて。

 それを皮切りに、セーゲル軍一万余、すべてがセーゲルの旗を掲げたアフィータに向けて膝をつく。そのまま続けて、セーゲルの住民たちまでも。

「出陣は、三日後だ!いいか!私たちは、自分の生活をこの手でつかみに行く!今日からは、聖人会がお前たちの生き方を縛ることは決してしない。」

そこまで言い終えると、彼女は一分ほど呼吸を挟んで、大きな声で宣言した。


「セーゲルは、もう自分たちの力で歩めると、親たる央都レイに宣言する!いいな!!」

彼女は自分たちを子に例えた。

「いい例だ。」

シーヌが無意識に呟き、微笑んだ。子が親離れする。そう認識すれば、いくら兵士たちでも剣を向けにくいという感情を誤魔化すことが出来るだろう。


 シーヌは、勝利を確信した。これで、エスティナの言っていた策は、ほとんどが完了したようなものだ。

「ティキ、乗馬デートでもしない?」

「うん、わかった。行こう。」

だから、彼はその後……このセーゲルでの最後の戦闘の後のことに、手をかけることにした。つまり、まだ乗りこなせないペガサスの手綱さばきの練習である。


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