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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
青の花嫁
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セーゲルの変化

流れに身を任せるだけ。シーヌのセーゲルという街に対する評価は、それに近い。いや、近かった。

 今、シーヌに頭を下げるエーデロイセを見て、シーヌはその評価を上方修正した。

 それでも、彼女の頼みを端的に言うならば『他力本願』である。特に、シーヌに頼らなければならないと言う部分では。


 頭を深々と下げる彼女の姿は、シーヌに思った以上の衝撃を与えている。しかし、あくまでシーヌは冷静だった。

「また、どうしたのです?」

その落ち着き払った彼の声に、エーデロイセは少しだけ怯えた表情を見せた。

 しかし、それでも気丈に彼女は顔を上げ続け、シーヌと面と向かい合う。

「これ以上、セーゲルの民に負担をかけさせるわけにはいかない。」

これまではずっとルックワーツと戦ってきた。


 しかし、セーゲルが今日まで戦ってこられたのは、ルックワーツが創街以来の因縁の敵だったからだと彼女は言う。

「正直、もともと味方だったものに弓を引けとは命じがたい。」

やるが、士気は高くないだろうと彼女は現実を認識していた。


 驚きはシーヌの中で徐々に大きくなる。彼女が、ここまで民と自分を切り分け、客観的に分析できるとはシーヌには思っていなかった。

「……話は聞きましょう。部屋に案内してください。」

だから。シーヌは、彼女に変化を与えたものを知りたくなった。

 だが、シーヌの背で眠るティキをこのまま放置するわけにもいかない。身体が冷えてしまう。


 その意図を正しく汲み取ると、彼女は再びシーヌの案内を始めた。何かすっきりしたような感覚を、シーヌはその背から受け取った。




 ティキを布団の上に寝かしつける。その頭を二、三度撫でたあと、シーヌは彼を待つ聖女のもとへと向かった。

 彼女は部屋に備え付けられた鍋にお湯を生み出し、それで茶を淹れていた。

 シーヌが入ってきたのを見て、コップの中に茶を移す。


 一口飲んで、シーヌは彼女に話を促すと同時に疑問に思った。

 エーデロイセ、アフィータ。彼女らを始めとして、聖人会のメンバーに魔法を使えるものはエスティナしかいなかったはずだ。

 しかし、その疑問はとりあえず飲み込んだ。もしかしたら彼女が自分で話すかもしれない。


 数秒間の間、彼女は口に出す言葉を選んでいた。

「本当は、頼むべきではないと言うことはわかっている。」

彼女はまずそう断った。断った上で、苦々しそうな表情で続けた。

「……だが、央都の聖人会の奴らには私たちでは勝てないんだ。」

士気に関わる以上の問題がありそうだった。

「さっきは士気に関わると言ったが、実はそれに関してはあまり気にしなくても良さそうなんだ。」

どうやら、シーヌがいない間にセーゲルでも変化があったらしい。


 エーデロイセの変化以前から薄々感じていたことが、現実味を帯びてシーヌの認識に影響を与え始めていた。

「だが、聖人会っていうのは、すべての聖人聖女の能力を把握しているんだよ。」

どうやら、二、三度すでに激突したらしい。そして、その全てにおいて戦闘にすらならなかったという。


 そこで彼女は気づいてしまったのだ。央都聖人会とは、もともと聖人会の発祥の地。

 そこから移住してきて、勝手に政治を始めた自分達の能力を彼らが知らないはずがない、と。

「エスティナの部隊は戦えていたんだけどな。」

それは当然だろうとシーヌは思った。

 エスティナはもともと戦闘部隊の人間だ。“三念”に囚われない戦い方を知らないはずがない。

 そもそも、エスティナの“三念”はセーゲルにいるどの聖人と比較しても魔法使いとしての側面が強い。個人の想いに拠った、自分本位の魔法を使うという側面が。


 だが、彼の部隊は数が少ない。“審判の騎兵隊”の数はせいぜい百を超えないほど。

 そして、敵はその三百倍近くいる。被害は一名たりとも出さなかった代わりに、敵への被害もそこまで多くは出せなかったらしかった。

 ふむ、と少し首を抱える。エスティナが言っていた戦略を考える。セーゲル聖人会では央都聖人会に勝ち目はなく、兵たちは既に疲れ果てている。

 ならば、とシーヌは考える。ここで手助けする必要は、あるのか。

「はっきり言うと、指揮官に僕は用がある。」

「知っている。……そして指揮官が死ねば、兵たちは一時撤退せざるを得ない。お前の復讐心を、利用させてほしい。」

本当に変わったようだ、と思った。正直怖くなった。

 何か裏があるのではないか、とつい勘ぐってしまいそうになるが、そこまで考えて思った。

「裏があるかと疑えるほどには、街の支配者としての自覚を感じられる……?」


 それは、いい傾向だと思った。

「どうして、そこまでの変化を?」

シーヌは気を取り直し、ようやくのことでその質問をした。

 事情の方も、願いの方も十分聞いた。あとは、彼ら彼女らの感情を聞く必要がある。

 清濁併せのむのは政治家の資質だ。隠し事、騙しごと。情報隠蔽に事実詐称。それが出来ない政治家に政治家たる資質はなく、しらを切れない政治家に才能はない。

 だから、兵たちの疲労加減が本当にそれほど極限状態なのか聞くことはしなかった。街の防衛戦であれば、一万の兵がいれば一年は持つのではないかということも、聞かなかった。


 ただ、感情は聞いておく必要があった。清濁併せのむ覚悟が出来たのか、それともそれ以外の理由なのか、そうではないのか。

 聞いておかなくてはならないと、そう思った。

 だから、彼女の顔から一瞬血の気が引いたとしても、シーヌは気にしようと思わなかった。

「純粋に。ここは私たちの家だ。失敗するとわかっている戦闘に、手を貸してやるわけにはいかない。」

堂々と彼女は宣言した。


「シーヌ、ティキ。お前たち二人にすら勝てない私たちが、冒険者組合員に挑むなど馬鹿げている。」

既に敗北した身であることから、しっかりと現実認識をしていた。

「央都の要求を飲めば、ルックワーツ時以上の戦乱に巻き込まれることになる。」

未来予想図がしっかり立てられていて、

「私たちは、まだ自力で歩けない。手を借りるのなら、利害関係が一致した人間だ。」

人を使うという概念も、しっかりとその意識の下に存在していて。

「その時真っ先に浮かんだのが、お前だった。借りもある。返せないほど大きな借りに変わってしまう。」

それでも、受け入れることにしたのかとシーヌは問う。それに対して、彼女は笑って言った。

「いいや。頼まなくてもやってくれるだろうから、私たちが頭を下げたという形を整えただけさ。」

正しい。エスティナや彼女らが言わなくても、シーヌは確かに、央都聖人会の軍と戦っていただろう。

 目的は敵将ユミル=ファミラ。“清廉な扇動者”。彼女が敵なら、シーヌは間違いなく一人でも戦いに行く。


「借りを作る。返させるという目的でシーヌ=ヒンメルという冒険者がここに来る。そのたびに私たちは、自分たちの失敗の理由を思い返す。私たちはそれが目的だ。」

「その、失敗とは?」

為政者としての間違いなのか、あくまで一軍を率いる将としての間違いなのか。彼女のそのセリフで、大きく彼らの意見を聞くかどうかが変わってくる。シーヌはそう思い……。


「簡単だ。……私たちが、もっと上から与えられた役割に満足し、役割を持たぬ者、我が道を行く者を非難したという事実。私は、これを我々の人間としての失敗であると認識している。」

そのセリフに、シーヌは腰を抜かした。

 いきなり出てくるセリフではない。どうしてだ、どうして!シーヌの思考が、『なぜ』という言葉に絡めとられる。

「央都聖人会に、務めを果たせと言われたんだ。お前たちがここの統治者になれたのは私たちのおかげだから、務めを果たせと。」

最初の戦闘の時だろう。央都レイの思惑に従わないと決めたときに言われたのだろう。

「その時に、我々の愚かさに気がついた。シーヌ。あれらの抑圧に縛られたままの我々では、央都の奴らには勝てない。」

アスレイ以外の上位陣は、すでに自らの失敗に気がついたらしい。だが、兵士たちは話が別だ。

 彼らとて、セーゲル誕生から50年。ずっと、聖人会に洗脳されてきたという過去がある。


「頼むシーヌ=ヒンメル=ブラウ。私たちに、力を貸してほしい。」

いいだろう。そう思った。だから、シーヌは条件に付いて提示することにした。

「傭兵と。」

ハッと、彼女は顔をあげる。正面、そして寝室の扉に人の気配を感じた。

 シーヌは無視して、話を続ける。

「傭兵と、自由に出歩く冒険者組合の違いは、雇われる条件です。」

ドラッドやガラフなどの傭兵は、元が傭兵団だったこともあり、冒険者組合になってからも金のために仕事を引き受け続けた。

 しかし、シーヌやティキは違う。グレゴリー以下四人も、バグーリダも、各々の意図に雇われるための条件はそれぞれ違う。

 だが、冒険者組合員である以上、そこには絶対不可侵の条件が存在する。

「僕たちは、僕たちの目的を叶えるためにしか雇われない。ユミル=ファリナを討ち、エスティナに与えられた報酬を受け取るまで、この土地に滞在し降りかかる火の粉を払うことを約束しましょう。」

エスティナの目的上、セーゲルを出るのはそう遅くはない。せいぜい、後一週間。その間にすべて終わらせよう。シーヌはそう決意して、寝室から首を出したティキに対して笑いかけた。


気づけば百話を超えていました……

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