聖王の求めるもの
今回は少々短いです。
エスティナ。かつて央都聖人会で“粛清の聖王”として名を馳せた、戦闘魔法師。
彼の頼みの続きを、とりあえずシーヌは促した。
「端的に。わしがセーゲルから抜ければ、解決する。」
え、とシーヌが首をかしげる。ティキはなんとなくわかったのか、ポンと手を打っていた。
「最後の『聖人会』の聖人だから、ですね?」
「あぁ、そうだ。アフィータ、ガセアルート、ナミサ、ミニア、エーデロイセ、アスレイ。誰一人として、央都の地を踏んだ者はいない。」
組織への所属有無の問題ではなく、都市と絡んだ人物かどうかの問題だ。
エスティナはあくまで央都の人間、それ以外はあくまでセーゲルの人間。
そういう主張があれば、大抵のことは『政情により』で解決する。
しかし、それでは……。
「甘い見方ですよ、エスティナさん。」
ティキの、ポツリとした呟きがシーヌの気持ちを代弁した。
「これが三代後とかの聖人聖女ならわかりません。しかし、今代の聖人は半数が央都出身でしょう。」
もちろん、連れてこられたのは子供の頃で、もはや覚えていないだろう。
しかし、ガセアルートは央都出身、他の聖人たちも央都出身の両親を持つ者が多い。正直な話、血が濃すぎる。
央都聖人会とは関係ないとは決して言えない。言うだけの論拠を持ち得ない。
しかし、バグーリダが央都に帰るのは正しい選択だ、と告げた。
「“粛清の聖王”としての身分を盛大に活用し、大将のいない軍と共に央都に行きます。その間に誰か他の聖人が王都に行くのです。」
そうして国王から軍を借りて、ルックワーツに陣取ってもらえばいいとティキは言った。
エスティナは時間稼ぎである。その役割のためなら、央都に行くことも許容できるとティキは言うのだ。
「……それでも、構わない。俺は央都へ行く。」
「シーヌ。どっちでもいいよ?」
ここまで話を進めた上で俺に話を投げてくる。この悪女め、とシーヌは思った。
これでは話を断る方が難しい。しかし、悪い気もしなかった。
これは、“奇跡”が受けることを促している。ガレットに闇討ちをかけたときと同じ感覚が、シーヌの体を支配している。
「報酬、は?」
「お前自身の強化。……が、できる魔女のもとへの案内だ。」
頭に疑問符が浮かんだ。僕の強化ができる、魔女のもとへの案内。
「人は彼女のことをこう呼ぶ。“永遠の魔女”と。」
受けよう。そう思った。
昔話のうちの一つ。不老不死を得た魔女の話。
『人は死ねばただの屍』という言葉を遺したお伽噺の魔女。しかし、その魔女はすでに二千年近い年月を生きているはずだ。
どうしてそのような年月を生きることが叶うのか、どうして殺されていないのか。シーヌは興味が湧いて仕方がない。
「引き受けた。」
気づけば、出された要求の無茶性も、忘れて声を出していた、それを聞いて、エスティナは満足そうに何度か頷く。
「手伝え、バグル。」
「無茶をいうな、スティ。」
息の合った毒の掛け合い。それを見て、シーヌはチェガを思い出す。
あいつは元気にしているだろうか。デリアは、アゲーティルは。
一度仲違いしようとまた元通りになっている彼らに、シーヌは二度と会えないかもしれない友人を想った。
チェガ=ティーダ。シーヌの学生時代の友人である彼は、シーヌのいずれ訪れるであろう地の強敵と戦うべく、己を鍛えている最中だった。
父の知己を頼り、彼らの元で修行を重ねていた。
「身体強化が甘い!胴体に全くかかってないよ!」
「攻撃を弾きたいなら優先順位をちゃんとつけろ。自分の動きと合わせながらやれ!」
「コラー!斧の握りが弱すぎる!そんなんだからすぐすっぽ抜けるんだよ!」
次々とかけられる声にいちいち反応している余裕なんてない。
その修行はチェガをかなり強力にはしていた。初期のチェガなら、5分も持たずに倒れていただろう。
かれこれ20分近く、ひたすら投げ飛ばされる石や木の枝、刃を避け続けられるのはこれまで鍛え続けられたからだ。
常人以上の訓練を、力尽きてなお求められる。
チェガはこの2ヶ月前後、ずっとそんな無茶を要求されてきた。
今のチェガは、身体能力だけならシーヌを軽く上回っている。どころか、魔法なしの戦闘なら軽くシーヌを凌駕しているだろう。
魔法ありになると、強者としか戦ってこなかったシーヌに軍配が上がる。
どんな攻撃をどう捌けばいいか、シーヌはその身をもってよく教えられていた。
しかし、チェガの努力は、そのシーヌの経験を越えうるほどに実力を伸ばしている。
いつか隣に立って共に戦うという目標のため、チェガは努力を続けていたのだ。
その努力は結果的に、身を結ぶ。チェガはいずれきちんとシーヌと共に戦うことになる。
しかし、それは三月近く先の話であった。
シーヌはなぜか、無性にティキの頭を撫でたくなった。彼と最後に会ったときに立ち合っていたのがティキだけだからだろう。
無意識でティキの頭を撫で続けながら、シーヌは目の前の老人二人を眺める。
「バグーリダさんを使おうと言うとこは、何か作戦がおありで?」
敬語などあまり使わないな、と思いながらシーヌは問いかける。
バグーリダはワデシャと同じ弓兵だ。三万を同時に無力化できる弓術などあるのだろうか。
「ある。……アフィータの説得が功を奏せばな。」
四面作戦だ、とエスティナは笑った。
なるほど、と詳細を聞いて思った。それならば確かに、犠牲はほんの数千から一万で済む。
全部で三万もいる敵からしたら微々たるものだし、逆にそれくらいは削らないとセーゲルが舐められる。
ちょうどいい塩梅、というやつだろうとシーヌは感じた。
やるか。シーヌは軽く頷く。頭の中で二度三度、状況をシミュレートしてみてから言った。
「いつやるんです?」
「明日、アフィータが兵を説得して、出陣の準備まで三日。それまでは休みだ。」
エスティナは少しだけ悩んでから言い切ると、ティキの方を見つつ言った。
「とりあえず今日は寝るといい。ティキが限界のようだ。」
ふと横を見ると、ティキの頭が上下に揺れていた。
ずっと頭を撫でていたのに気づかなかったシーヌは、自分も疲れているのかな、と思う。
「わかりました。お気遣いいただきありがとうございます。」
無意識で頭を下げていた。ほんの数週間前の自分なら、決してしない行為だった。
いつから変わったのだろう、と自問しながら、ティキを背負う。
「では、明日の八時に演説場で会おう。」
バグーリダはそう言うと、ポンとシーヌの背をおして部屋から出す。
目の前にはエーデロイセがたっていて。
「……案内役だ。着いてこい。」
シーヌの前を歩き始めた。
黙々と歩くエーデロイセに、何か怖いものを感じた。シーヌはその正体を理解しないまま、ただ何か覚悟を決めようとしていることだけを察する。
だからシーヌも何も言わず、黙々とついていった。
“混乱の聖女”エーデロイセ。彼女には、シーヌは一度負けた関係である。
個人で勝ち、軍で負けた。シーヌたち冒険者組合員の弱いところは、根本的に数が少ないところである。
量より質が戦争の勝敗を決めることは多々あるが、それでも純粋に三万を一人で相手にしたらシーヌは負ける。
勝てると豪語する冒険者組合員もいるが、それは上位10%ほどに入るような圧倒的な魔法使いのみだ。
(何がしたいんだろう。)
どこかの建物に入った。おそらく宿だろうな、と思う。
ティキを背負ったまま警戒を続けるのは並大抵の集中力ではできない。
10分以上たった今、シーヌの集中力は限界が近く、代わりに眠気が迫ってきていた。
「……端的に言おう。」
ようやく一大決心がついたのか、エーデロイセはゆっくり口を開き
「悪かった。お前に悪くあたって。」
眠気がふっとぶかとシーヌは思った。ティキを落としかけて、あわてて背負いなおした。
「私はもう、お前の生き方には干渉しない。できるならやれとも言わない。」
そこまで言ってから少しだけ首を捻って。
「ああ、なんか、ムカムカする。」
不穏な一言を間にいれてから、言った。
「頼む。セーゲルを救ってくれ。」
20年近くにわたる抗争で疲弊した街を救うべく、彼女は頭を下げたのだった。
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