第96話 影の神殿
帝都には教会の中央神殿がある。
そして、それを中心に八つの神殿がそれぞれの地区に置かれている。
しかし、教会でも、そのトップ数人しかしらない、施設も存在する。
影の神殿ともいえる、その施設は、フォレスト魔術学院からほど遠くない下町にあった。
グレンが住んでいいた一軒家から、二区画ほどしか離れていないその場所は、外側を高い壁で覆われており、中が見えなくなっている。
この壁には、魔術による防音が施されており、中の音が外に漏れないよう工夫されていた。
なぜ、そんなことをする必要があるかは、今、ここで行われていることを見れば明らかだ。
どこか海鳥の鳴き声に似た音は、取調べを受ける『黒狼』たちの口から流れだしたものだ。
容赦ない仕打ちで、すでに五体満足な者は誰もいない。
そして、すでに二人の者が命を失っていた。
「お前が『犬』だな?
少女の行く方を吐いたら楽にしてやる。
あれをどこへやった?」
仮面をかぶった男が、鎖で大の字に吊るされた、総髪片目の男に問いかける。
ほとんど裸同然の男は、体のあちこちが紫色に変色していた。
黙ったままの『犬』に仮面の男が、まるで独り言のように言った。
「これを使えば、知っていることを全て吐くことになる。
その後、脳は破壊されるがな」
仮面の男が手にした茶色の薬瓶を『犬』の顔に近づける。
まぶたが腫れ、見える方の片目すらつぶれた『犬』だが、自分の知らない危険な薬物が付きつけられていると、その刺激臭で分かっていた
「では、苦しんで死ね」
薬瓶の蓋を取った仮面の男は、『犬』の鼻をつまみ、その口を開けさせた。
液状の薬剤が、『犬』の喉に流し込まれようとしたまさにその時、部屋の入り口で何かの音がした。
カラン
その音で仮面の男が背後を振りかえる。
彼は花のような香りを感じた途端、体から力が抜け、ぐにゃりと地面に倒れた。
部屋の入り口には、金属製の缶が転がっている。
しばらくして、商人風の格好で黒いマスクを着けた、小柄な人物が入ってきた。
「か、頭……」
入ってきた人物は、『犬』の言葉を聞いても黙ったままだ。流れるような動作で吊られた『犬』の拘束を解くと、彼に肩を貸し部屋から連れだした。
入り組んだ廊下を進み、建物の外に出る。
そこには大型の幌馬車が停められており、その後ろに置かれた階段状の足場を上がった「頭」は、幌の隙間から『犬』と一緒に中へ入った。
そこには、捕えられていた『黒狼』たちが横たえられ、仲間から手当てを受けていた。
すぐに馬車が動きだす。
「ヤツらに『花』が効いて良かった」
マスクから漏れ出た声は女性のものだった。
先ほど彼女が使った缶には、揮発性の麻痺毒が入っていた。そして『黒狼』は、その全員が、その麻痺毒に耐性があるよう鍛えられていた。
「頭、すまない」
任務の失敗を謝る『犬』だが、彼はそう言った後、すぐに意識を失った。
「このままでは済まさん」
静かな声でそう言った『黒狼』の頭は、凍るような目つきで横たわる手下たちを眺めていた。




