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第95話 包囲(下)


 秘密組織『黒狼』の一人、痕跡を残さず扉を開ける技術を持った『兎』が、標的が住む家の扉を開ける。

 カギは音も立てず解除された。


 開かれた裏口から、『黒狼』の実行部隊が次々と屋内へ侵入していく。 

 五人が中へ入り、扉が閉まると、一人だけ外に残った見張りが、ぐにゃりと崩れ落ちた。

 教会の暗部『夜明けの光』の一人が、見張りに【睡眠スリープ】の魔術を掛けたのだ。


 二人がかりで見張りを拘束した集団は、全部で七人を数えた。

 その一人が閉まった戸口を開けようとして、舌打ちする。

 どうやら『黒狼』は、侵入する時、内側からカギを掛けたようだ。


 七人の内一人が前に出ると、その手に持つ小型魔法杖ワンドから、白い光がドアノブに飛んだ。【開錠アンロック】の魔術は、ダンジョンで罠が仕掛けられた宝箱を開けるために開発された魔術だ。

 使い手は、それを施錠された扉を開けるために使った。


 先ほど【睡眠】を使った者も、この【開錠】を使った者も呪文を詠唱していない。

 この組織に入るためには、その仕事の性質からも、【無詠唱】の技術が条件なのだ。

 めったにいない、その技術を持つ者が七人揃うことからも、この組織の奥深さがうかがえた。


 細心の注意を払って「獲物」を追いかけていた『黒狼』は、突然背後から飛んできた魔術に、一人、また一人と倒れていった。

 聴覚に優れた『兎』が最初に倒されたことは、彼らにとって不運以外のなにものでもなかった。


 最後に残った『黒狼』の三人は、仲間の異変にも気づかず、地下へと続く通路が隠されている小部屋に踏みこむ。

 部屋の入り口で、『犬』が彼のユニークスキルを使い、目的の匂いが銅像の置かれた台へと続いているのに気づいた。

 そこまであと一歩というところで、背後から飛んできた魔術の光を浴びる。

 彼の衣服には、魔術をある程度弾く仕掛けがしてある。しかし、睡眠をもたらすその光は、体の一部にでも触れたなら、その効果を発揮する。


 薄れゆく意識の中で、『犬』が見たのは、仮面を着けた白ローブの人物だった。


(よ、『夜明けの光』……)


 それは、絶対に敵対してはいけないと、かしらから念を押されていた組織だった



 白ローブたちは、その半分が倒した黒服の拘束にかかり、あと半分が屋内の捜索を始めた。

 

「くそう、少女がいないぞ!」

「この部屋、窓が開いています!」

「くそう!

 入れ違いだったか!」

「よし、四人は彼女を追え!

 残りはここを調べるぞ!」


 四人の白ローブが、開いていた窓から次々と外へ出ていく。

 残った『夜明けの光』は、邸内を隈なく調べたが、対象はどこにも隠れていなかった。

 彼らの誤算は、地下へ続く通路を塞いでいた台には、認識阻害の魔術に加え高度の対魔術結界が掛けられていたことだ。魔術を使い捜索していた彼らには、目の前にある隠し通路がどうしても見つからなかった。

 それは、まさに魔術が使えるからこその盲点とでもいうべきものだった。





 

 





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